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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
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16.魔族との遭遇

 俺の視界に映し出された三つの映像。これは、スティア、ホシ、バドの三人がそれぞれ見ている光景そのものだ。

 その中の一つ、バドの視界を注視すると、スティアの言った通り、俺達を攻撃している者達の影が遠くに見えた。

 まだ表情も分からないが、木の陰に二人と、その二人に挟まれる位置に一人。こちらに相対するように、三つの人間らしき生物が確かにそこに立っていた。


 これが俺が使うことのできるたった一つの支援魔法(サポートマジック)、 ≪感覚共有(センシズシェア)≫だ。

 効果は魔法がかかった対象との視覚の共有。今の場合、皆に先頭を走るバドの視覚を共有させることで、前方の視野を広げたというわけだ。


 ちなみに、ホシとスティアにはバドの視界を共有させているが、俺だけはバドだけでなくスティアとホシの視界も共有させている。が、それについてはちゃんと理由がある。

 この魔法は便利だが、どうしようもない欠点もまた持っていたからだ。


 この視覚の共有だが、魔法を発動した直後は、自分の視界に他人の視界がぶれるように重なって現れる。

 だがこの状態ではまともに周囲の状況など見えないし、それどころか視界がぶれるせいで気分が悪くなってしまい、すぐに頭痛や吐き気を催してしまうのだ。


 じゃあこの魔法使えないじゃん、と思うかもしれない。実際昔は俺もそう思っていた。

 だがそれは早計だった。これを回避するためのコツが、ちゃんとあったのだ。


 例えば、手に何か――そう、手紙や資料などを持って歩いていたとして、それを読みながら歩いていたとする。

 チラチラとそれに目を落としつつ歩いていた場合、気分が悪くなるだろうか? 普通はならないだろう。


 つまりだ。手元など、自分の視界を阻害しない場所に他人の視界を持ってくれば良かったのだ。

 そして試行錯誤の末、他人の視界が魔力操作を応用すれば、自在に移動や拡大縮小が可能だということを発見した。

 それが分かってからは、この魔法は格段に有用性を増していた。


 ただその代わり、別の問題が生じることにもなった。他人の視界を見たい場合、視線をそちに向ける必要がある、という問題だ。

 これが一人二人の視界の共有なら大した問題にはならないが、共有する人数が増えすぎると確認するだけでも大変だ。

 そればかりかまともに戦えなくなってしまう。戦闘中の余所見など、本来あってはならないことだからな。


 だから共有する人数は必要最低限。それがこの魔法を使うにあたっての鉄則であり、スティアとホシにバドの視界だけを共有させた理由だった。


 なお俺にだけ三人の視界が映るように魔法をかけた理由は、指示出し役をしているからだ。指揮を執るなら、全員の行動が分かった方が何かと都合がいいからな。

 ただ先ほど述べた通り俺自身は戦いづらくなるため、そちらに関しては完全に三人に任せるつもりだった。


「バド! 突っ込んで攪乱しろ! 弓を持っている奴はホシ、スティアで処理してくれ!」

『了解!』


 視界が開けたことで更にスピードが上がる。バドはプレートアーマーを装備しているくせにもの凄い速さで、まるで飛ぶように疾走している。

 ホシとスティアは問題なく付いて行くが、俺はかなりギリギリだ。全力で走っているのに情けない。


 猛然と直進する俺達四人。すぐにバドの視界に映る相手の姿が鮮明になった。

 その頭部はやはり、人間と大きく異なっていた。チサ村の人間は犬っぽい人と言っていたが、犬なんて可愛いもんじゃ全くない。


 奴らの顔はずっと凶悪な、敵意に満ちた狼の顔そのものだ。

 木の陰にいる二人はこちらに矢を放ち続けており、真ん中の一人は剣を構え、いつでも来いと言うかのように獰猛に牙を剥いている。

 森の薄闇に輝る双眸が、ギラリと強い敵意を帯びていた。


(本当に魔族か! こんな場所にっ!)


 自分の目で確認することになり、思わず顔が歪む。

 魔族はフォレストウルフなど赤子と思えるほどの、一線を画す強さを持つ超生物だ。いかにこの三人と言えど、注意しなければこちらも危険だ。

 俺は先頭を駆けるバドに警戒を飛ばそうと口を開く。


 だが。それよりも僅かに早く、彼は地面を蹴り飛ばした。

 凄まじい瞬発力で弾かれた様に飛んで行く。彼は一気に距離を詰め、真ん中に立つ魔族へ、真正面から突っ込んで行った。


 バドの視界に一瞬だけ、驚愕から目を見開いた狼の顔が映る。だが壁盾で思い切り殴り飛ばされた奴は、後方へかっ飛んで行って見えなくなってしまった。


(”盾突撃(チャージアタック)”! 相変わらず威力が出鱈目だな!)


 その威力に舌を巻く。あの高い防御力と超重量、そしてスピードを生かした”盾突撃(チャージアタック)”は、バドの得意技の一つだ。ありゃ死んだかもしれん。

 一方で、その様子を間近で見せられた二人の魔族共は一瞬腰が引けたものの、分が悪いと判断したのかすぐに散開して森の中へと消えて行く。

 こりゃ不味い。逃げられる。


「ホシは右! スティアは左だ!」


 すぐさま指示を出すと、ホシとスティアはタンと地を蹴りその場から走り出す。素早いもので、俺がバドの傍まで来た時にはもう、二人の姿は見えなくなっていた。

 息を整えながら、バドが魔族を吹き飛ばした方向を伺う。すると遠くの木に打ち付けられたようで、うめき声を上げていた。この程度で済むとは丈夫なものだ。


「バド、あいつを拘束してくれるか。今縄を出す。ああ、仲間を呼ばれると面倒だから猿轡(さるぐつわ)もしておいてくれ」


 縄をウエストバッグから取り出してバドに手渡す。彼は素直に頷いて、縄を持って魔族の下へ駆けて行った。

 俺もそれに歩いて続きながら、周囲の警戒をしつつ二人の視界へ視線を向けた。


 スティアの視界を見ると、どうももう倒してしまったようだ。気絶した様子の魔族を上から見ている視界がそこにはあった。

 一方のホシはまだ交戦中のようだ。魔族に向かってメイスを振り回しているのが見える。

 だが、いくら魔族でもアレをまともに喰らったら即死だろう。そのメイスを頭に当てるような真似はしないで欲しいが、大丈夫だろうか。


「どうもここにいた魔族は三人みたいだな。ホシとスティアも逃がさずに捕縛できそうだし、ひとまず安心か」


 そう呟くも、全く安心できない状況なのはよく分かっている。問題があるか否かはまだ誰も分からないのだ。

 バドが縄を打っている魔族の姿を見ると、苦々しさが湧き上がってくる。

 下唇を軽く噛み、俺はそんな気持ちを紛らわせた。



 ------------------



 あの後すぐにホシも魔族を倒し、ここにいた魔族全員を捕縛することができた。

 ホシとスティアはそれぞれ魔族を捕まえると、スティアは担いで、ホシは片足を掴んで引きずって、ここまで魔族共を連れてきた。

 そして今、俺達の目の前に捕縛され猿轡(さるぐつわ)を嚙まされた魔族達が三人、見事に地面に転がされている。


「魔族にしては随分あっけなく捕まりましたわね。まさか被り物で、中身は普通の人族なんてことはありませんわよね?」


 スティアが呆れたような口調で、じっとりと魔族達を見下ろす。


「ないない! 引っ張っても取れなかったもん!」


 だがホシの言う通りだろう。なにせ、ホシは倒した魔族の足を引きずってここまで連れてきたからな。

 引きずられた魔族の毛並みはもう見るも無残にボロボロだ。一部に禿げ上がっている箇所もあり、哀愁を漂わせている。これで偽物だったら大したものだ。


「魔族かどうかは間違いないだろう。見てみろこの禿跡」

「あら本当。見事に禿げていますわね。これはご愁傷様」


 言葉に反してスティアの言い方は非常に冷たい。だがそれも致し方ないだろう。

 視線すら冷たい彼女から目を逸らすと、俺はまた魔族達に顔を向けた。


 連中はすでに目を覚まし、こちらを睨みつけている。

 相手が相手なら震えあがるのかもしれない。だがそんなもんで臆するほど、こっちはヤワじゃない。


「少し下がってろ。こいつらの目的を探ってみる」

「貴方様、猿轡(さるぐつわ)を取りますか?」

「いや、仲間を呼ばれると面倒だ。まずは≪共有(シェア)≫で様子を見る」


 スティアに軽く頭を横に振ってから、俺は目の前の魔族らに≪感覚共有(センシズシェア)≫をかける。

 違和感を覚えたのだろう。かけた直後、彼らはビクリと体を震わせる。そしてキョロキョロと目だけ動かし、俺達の顔に視線を巡らせた。


「さて、お前に聞きたいことがある。素直に吐いてもらうぞ」


 そんな魔族らの中から一人を選び、俺は片膝を突き正面から見据える。そいつは動かしていた視線を俺の顔で止め、憎々しげにこちらを見返してきた。

 もし視線で攻撃できたなら、ただでは済まなかった。そう思わずにいられない程、憎しみのこもった目がそこにあった。


 こんな目を見ると魔族を尋問していた頃を思い出してしまう。幾度と無く見てきた目ではあるが、どうにも慣れないものだ。

 苦々しく思いながらも≪感覚共有(センシズシェア)≫に意識を集中した。

 どす黒いヘドロのような強い憎しみがドロドロと渦巻いている。俺は気分の悪さに、思わず眉をしかめてしまった。


 俺の≪感覚共有(センシズシェア)≫で共有できるのは視覚だけではない。この魔法は、共有するものを選択することのできる魔法だった。


 一つは五感だ。五感とは、視覚、触覚、味覚、聴覚そして嗅覚のことだ。

 先ほどの戦闘では視覚を選び、俺と他三人に≪感覚共有(センシズシェア)≫をかけたというわけだな。


 そしてもう一つ。それは感情だ。

 俺も門外漢のため良くは知らないが、五感を共有できることを考えると、感情ではなく、正確には第六感と言ったほうがいいのかもしれない。


 ちなみにこの感情の共有、俺が≪感覚共有(センシズシェア)≫を使っていないときでも微弱に発動しているらしく、常に相手の抱く感情が少しだけ分かってしまうという弊害があった。


 そのせいで王国軍に籍を置いている間、俺を良く思わない奴ばかりで、なかなか心理的にきついものがあった。それを恨めしく思うことも多かったが、ただデメリットばかりでもなかった。

 悪感情を抱いている人間をすぐに看破でき、危機を逃れたこともあったからだ。

 他人の感情なんて分からないほうがいい。そんなことを強く思いながらも、皮肉にもこの力には随分世話になっていた。


 話を戻そう。この感情の共有だが、あくまでも感情の共有であり、相手が何を考えているかまでは分からない。

 だがそれでも使い方によってはかなり有用な魔法だ。この感情の共有で、魔族らの状況が多少なりとも探れるはずだと、俺は経験上確信していた。


「この森にお前達の仲間はいるか? いるならそいつらも捕まえなくちゃならん。どこにいる? 答えろ」


 俺の問いに目の前の魔族は獣のように低く唸る。殺気が大きく膨らみ、見る間に魔族の毛がぶわりと逆立った。

 これにスティアが動こうとしたが、俺は手で制した。彼女には分からなかっただろうが、しかし俺は魔族の心の内に、激しい焦燥が滲み出したのをはっきりと理解できたからだ。


 この焦りようからすると、やはりまだ仲間がいるようだ。情報を引き出すため、集中しながらさらに質問を重ねていく。


「この方向か。それともこっちか? ……違うか。ならこっちだな?」


 俺は指で北東、北、北西の順に示していく。すると北の方向を指差したときに、焦燥感がさらに大きくなるのを感じ取れた。

 そこで一旦北西にずらしてみると、ほっとしたのか感情が落ち着いたのを感じた。これはやはり北で間違いないな。


「やっぱりまだ仲間がいるようだな。どれだけの数がいるかは分からないが、どうも北の方向が怪しい。とにかく、北へ行ってみよう」

「うん! 分かった!」

「流石ですわ貴方様!」


 スティアは褒めてくれるが、この尋問をしていると自分の意地の悪さが良く分かってしまって、実のところ微妙な気分だった。

 魔族相手とはいえ相手は感情を持つ生き物だ。今も俺がやっぱり北だと言ったのを聞いた魔族の動揺がありありと伝わってきたため、後ろめたさを感じて魔法をすぐに解除した。


「でもこれどうするの? 置いていく?」


 ホシが魔族を指差す。”これ”扱いも酷いが、その提案もあんまりだろう。

 いかに魔族でも、身動きが取れない状態でこんな場所に放置したら、魔物の餌にしかならない。


「いや、魔物に襲われて死んだなんて言ったら後味が悪いだろ」


 俺は首を横に振り、ホシの非情すぎる提案を却下した。


「じゃーどうするの?」

「うーん……。シャドウ、頼めるか?」


 俺の頼みにぐにゃりと影が歪み、魔族達へするすると伸びていく。

 連中が目を剥いてそれを見ているが、拘束しているし説明しても分からないだろうからお構いなしだ。


 シャドウに触れられた魔族達は、フォレストウルフ達と同じように影の中へと沈み始める。

 何が起きているのか分からず必死にもがくが、抵抗も空しくずぶずぶと沈んでいく。これから起こることが想像もつかず、恐怖から混乱しているようだ。


 ≪感覚共有(センシズシェア)≫をかけなくても十分理解できる。以前酔った勢いで、部下に揶揄(からか)い半分で同じことをしたところ、半狂乱になった奴もいたしな。正直あれはスマンかった。


「少しそこで大人しくしていろ。何、命に危険は無い」


 一応最低限の説明もしてみたが、こちらの言うことなど信じられないのだろう。

 うーうーと喚きつつ、三人の魔族は影の中に沈んでいった。


「これで万が一こっちが危なくなっても人質に使えるな。念のための保険だ」


 魔族達を飲み込んだ影がするすると戻ってくる。

 さて、どれだけの魔族が待ち受けているのか分からないが、数によっては手に負えない可能性もある。なんにせよ、こちらが先手を取れればいいのだが。


 斥候役のスティアが頼りだ。彼女に目を向けると俺の意図に気づいたらしく、にこりと笑みを返してくれた。全く、頼もしい仲間を持つと心強いわ。

 どこか険のある彼女の笑みに若干引きつりながら頷く。そして俺達はさらに北へと向かった。

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[一言] 感覚共有超優秀だな
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