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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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145.山賊心得その三 ずらかる時は――

 俺が元山賊であることを伝えた後、何も言葉を出せなくなったフィリーネは、まるで逃げるようにして部屋を出て行ってしまった。


 その後しばらくして、夕食が振舞われるとのことで部屋を移動したが、同席したフィリーネとはさして会話も弾まず――伯爵は多忙らしく同席していなかった――結局気まずい空気を払拭できぬまま、彼女と分かれることとなったのだった。


 その後久々に広い風呂に入った俺達は、皆ご機嫌でまた客室に戻ってきた。今は俺とバドに割り当てられた部屋に、スティアとホシが押しかけてきて、思い思いにくつろいでいるところだ。


 ただ。俺には今日が終わるまでに、どうしても済ませておかなければならないことがあった。疲れもありダラダラしたくもあったが、状況がそうも許さず、俺だけは一人テーブルにつき、先程からずっとペンを走らせ続けていた。


 俺が心配していたのは、サイラスのことだった。

 少し危ういところのあるアイツには、今回のような無茶を今後しないように釘を刺しておかなければならない。

 だが、今あいつは眠ったままだ。そして俺達が去るまでに、目が覚めることもないだろう。

 そういうわけで、こうして手紙を残していくことにした、というわけだった。


 走り書きならともかく、ちゃんと字を書くのも久々で、やけに汚いのがちょっと気になるが……ま、まあ判別不可能という程でもないから、その点はもう気にしないでおこう。気持ちが伝わりゃいいんだ。うん。


「貴方様、なぜ本当のことを言わなかったのです?」


 思うようにならない筆跡にどうにもスッとせず、内心モヤモヤとしていたところ、スティアがそんな言葉をかけてきて、俺の手ははたと止まった。


「本当のこと?」

「師団長を辞した理由が他にもあると、彼女に伝えても良かったのでは?」


 俺は首を少し傾げながらそう言うスティアに言葉を返さず、視線を手元に戻し、またサラサラとペンを動かし始める。

 確かにスティアが言う通り、俺が元山賊であり、命乞いのために戦っていたという理由は、もう何年も前に風化し消え去ってしまっているものだった。


 スティア達にも明確に伝えてはいないが、俺が師団長を辞した本当の理由は別にある。

 元山賊の俺を良く思わない人間達が王国には多くいて、その軋轢(あつれき)が、人族と異種族の人間達が紡いだ友好的な関係にヒビを入れかねない動きを見せていたため、それを未然に防ぐため姿を消した。それに尽きる。


 だがそんな王国のドロドロした話をフィリーネにして、一体どうしろと言うのだ。

 ハルツハイム伯爵家はただでさえ降爵の件があって、王家に対しての不信感を募らせていそうなのだ。そんな面倒臭そうなことは黙っておくに限る。


 黙ってペンを走らせる俺に対し、スティアは不自然にじりじりと近づいてくる。徐々に徐々にと俺との距離を詰め、


「――見せてくださいましっ!」


 その手を、俺が書いている手紙へとサッと伸ばしてきた。


「嫌だよバカ! 誰が見せるかってさっきも言っただろうが!」


 俺は手紙をかばう様に体で隠し、スティアをシッシッと追い払う。俺達は先ほどから幾度となくこの攻防を繰り返していた。

 スティアが先ほどの話を蒸し返している理由が、俺の気を逸らすためだなんてことは、俺にはとっくにお見通しだぜ!


「見せてくださっても良いではないですか! 酷いですわ!」

「酷くねぇよ! こういう去り際の手紙ってのは、ちょっと気取ったぐらいが格好いいんだよ! そんな手紙を見せられるか! お前は俺を殺す気か!?」

「見たいのですわ! 見たいのですわ! 貴方様のくさい手紙が見たいのですわ!」

「くさいって言うな! なおさら見せる気がなくなったわ!」


 ギャーギャーと騒ぐ俺とスティア。その様子を、またかと言わんばかりの顔でホシとバドが見ている。神剣も、貴方達本当に賑やかねぇと呆れたような声を漏らしていた。


「あっち行け! シッシッシッシッ!」

「あんまりですわ……あんまりですわぁーッ!」


 とうとうスティアは滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら泣き始めた。だが、目から”湧水(ウォーター)”を出してるだけだということを俺は知っている。無駄に芸が細かいんだよ馬鹿!


「もー! 二人ともうるさい!」

『すいませんでした!』


 流石にふざけ過ぎたのかホシに怒られてしまった。やれやれ。

 苦笑いしながら手紙を畳み、一通を机の上に。もう一通を懐へとしまう。

 ぐっと腰を伸ばしてからよしっと立ち上がると、俺の声に反応してか皆の視線が集まった。


「んじゃ、そろそろ行くかぁ」


 視線が注がれる中、足を進める。俺はそこに立てかけておいた神剣の前に立つと、そっと鞘に手を伸ばした。



 ------------------



 暗闇の中、足音を立てないようにコソコソと庭園を走る。巡回する騎士を避けつつ、俺達は目的の場所目指して姿勢を低くしながら移動していた。


 先頭を走るスティアのハンドサインを見て庭園を駆け抜け、そのまま城を抜け出すと、俺達は目的の場所へ一目散に走る。

 するとこの暗い中、ぽつねんと佇む一人の青年の姿が目に映り、俺達はそちらへと足を急がせた。


 彼――ウォード君は俺達が暗闇の中から現れると、目を見開いてびくりと体を動かした。


「すまん、待ったか?」

「い、いえ。大丈夫です」


 神剣を通じて彼を呼び出したのは一時間ほど前のこと。俺達は抜け出すために少し手間取ったから、待たせてしまったのは確かだろう。

 軽く首を横に振った彼に、こんな時間にすまないと、早速俺は話を切り出した。


 俺は彼へ腕を伸ばす。その手には借り受けていた神剣が握られている。

 ウォード君はそれを両手で受け取ると、勢いよくその頭を下げた。


「色々と……ありがとうございました!」

「気にしなくていい。俺もそいつには助けられた。そいつが無ければあのオークキングは倒せなかったからな」

《そんなことは無いと思うけど……。まあ、そう言われれば悪い気はしないわね》


 わずかに得意そうな感情を滲ませる神剣。口調は淡々としているが、意外と感情豊かな彼女に俺はつい口角を上げた。


「今から≪感覚共有(センシズシェア)≫を解除する。もう話すことはできなくなるが、構わないな?」


 今まで話していた相手と会話できなくなるというのは、どうにも戸惑いを覚える。

 この神剣と共にいたのはわずかな間だったが、少し気持ちが通じ合ったような気もして、どうにも後ろ髪が引かれてしまった。

 わずかに抱いた寂しさに俺がそう聞くと、


《ちょっと待ちなさい》


 と、神剣から待ったが入った。


「何だ?」

《手を出しなさい。そう、手の平を上に向けて》

「……? こうか?」


 神剣のよく分からない要望に首を傾げながらも、俺は素直に右手を出した。


「貴方様、ちょっと……」

「ん? 何だ――」


 なぜかスティアに腕を引かれ、理由が分からずそれに首を傾げていると、俺の手の平の上に何やら魔力が集まっているのを感じて、そちらへ目を落とす。

 徐々に魔力が高まっていき、渦を巻いていく。次第に大きさを増していくそれは、最後にパッと鈍い光を仄かに放つと、黄金色の宝玉のようなものとなって俺の手の平に残った。


 スティアがあちゃーという顔をしているが、何か知ってるのだろうか?

 一方のホシはキラキラと目を輝かせながら俺の手を覗き込んできた。バドも不思議そうにその身を少し乗り出す。


「綺麗! 何これ!?」

「分からん。何だこりゃ?」

《それは土の精霊石。土の勇者――土の女神ライアの使徒、その代行者である証よ》

「土の精霊石ねぇ。ふーん……?」

《……反応が鈍いわね》


 俺はそれを指でつまみ上げ目を(すが)める。

 神剣が不満そうな声を上げているが、こんなもん見た事も聞いた事もないのだ。凄いかどうかも分からないんだから仕方ないだろう?


《貴方には土の勇者の資質を感じないけど、でも何か……私にも良く分からないけど、普通じゃないものを感じるわ。それに将来どうなるかなんて分からないからね。私と会話できる変な能力もあるし、一応可能性を感じるからそれを贈るわ。……大切になさい》

「何が何やら分からんが、まぁ貰えるもんは貰っとくわ」


 俺はそれをぽんと手の平で一つ跳ねさせるとパシッと握った。軽いわねぇという神剣の呆れ声は聞こえない。


「で、持ってると何かあるのか?」

《もし私の力が必要になったら貴方の魔力を込めなさい。一回きりだけど力を貸してあげる。まあ使徒代行者の命を守る、お守りみたいなものよ》

「お守りねぇ……。まあ、ありがとよ」


 つまり、こいつを使うとまたあの力を借りることができるのだろう。確かに非常時には頼りになりそうだが、今回のような状況はそうそう起きないと思う。

 使うことは無さそうだなと思いながらも、ありがたく頂戴することにした。


「あ、あの! カー……いえ、エイクさん!」


 懐へ突っ込むふりをしてシャドウに預かって貰っていると、今度はウォード君が声を上げた。

 彼の態度はいつもの弱腰ながらも、その瞳の輝きは非常に強かった。小柄な彼はぐいと顔を上げ、俺を見上げる。その強い眼差しに、俺も彼へと向き直った。


「僕、強くなります。絶対に、強くなってみせます!」


 俺が≪感覚共有(センシズシェア)≫をかけていた間、彼にだけは俺と神剣の会話が聞こえていた。だから神剣がサイラスを犠牲にしようとしたことは、もう知ってるはずだ。

 そして、なぜそうしようとしたのか、という理由も。


 それに、神剣はわざとなのかぼやかして俺に訪ねていたが、魔族達がこの町に入っていた事も会話に出していた。

 察しが良ければ、彼に気付かれたかもしれない。少なくとも、この町に何らかの人間が侵入していた事はばれたはずだ。


「サイラスのこと、本当にありがとうございました……っ!」


 だが彼は俺に対して詮索するようなことは何も言わず、問いかけもせず、ただそう言ってまた深々と頭を下げた。


「ウォードさん」

「は、はい!」


 そんな彼へスティアが静かに声をかける。かけられた声にバッと顔を上げたウォード君だったが、


 ――バシッ!!


 その頬に強烈な平手打ちが入った。


「戦場からの逃亡は、本当だったらこんなものじゃ済みませんわ。でも今はこれで許して差し上げますわね」


 頬を抑えて呆然とするウォード君をじろりとにらみ、スティアは冷たくそう言った。


 ひえー……おっかねぇ。

 ホシもほっぺたを両手ではさみ、「ひゃーっ」と高い声をだした。バドもフルフェイスの兜を両手で挟み、同じような恰好をしている。仲良いなお前ら。


「は、はい。ありがとう……ございます……」

「何なんですの、その声は。さっきまでの意気込みはどこへ行ったんですの? ほらしっかりする!」

「は、はいぃ!」


 ウォード君がぼそぼそと返事をすると、スティアはそれを一喝する。

 その厳しい声にビシッと背筋を伸ばしたウォード君だったが、


「強くなってみせなさいな。守りたい人がいるのなら。……応援してますわよ」


 そんな彼へ、スティアはそう言って優しく微笑んだ。


 人間は理由がなければ戦う事なんてできない。ウォード君にとってこの町は、その理由にはなり得なかった。

 しかし今彼の胸には、その理由がはっきりと灯っている。きっとウォード君はこれから強くなることだろう。


「は――はいっ!」


 顔を紅潮させて、いい返事を発したウォード君。

 俺は懐から出した手紙を彼に託した後、静かにその場を立ち去った。



 ------------------



 シュレンツィアを誰にも悟られないよう抜け出した俺達は今、月明りが照らすだけの薄暗い街道を走っていた。


「貴方様、本当に良かったんですの?」

「良いんだよ、これで」


 横目を向けるスティアに俺は前を見ながらそう答える。


 伯爵は、第三師団長である俺が行方不明だという話が貴族の間では有名だ、と言っていた。とすると最悪既に、大海嘯(スタンピード)が終息した情報と共に、俺に関する情報が王都へ送られていることだろう。


 俺は明日から三日の間、神剣の力の反動で動けなくなってしまう。そうなるとシュレンツィアから出ることは難しくなり、下手を打てば王都の使者と鉢合わせする事態にもなりかねない。

 それは師団長を辞し出奔した俺にとっては非常に不味く、絶対に避けるべきことであった。


 それに、今日は顔を見ずに済んだが、伯爵に会えば、俺達は町を救うために戦ったわけであるからして、なんだかんだと理由をつけられて出立を遅らされる可能性が高い。

 その証拠に、シュレンツィアでパーティを盛大に行うという話があると城内で小耳に挟みもしたくらいだ。

 もし伯爵にパーティに出席して欲しいなど言われてしまえば、首を縦に振るしかない。そうしてなし崩しにあれこれ言われると、もう後の祭りだろう。


 まあ王都からここまでかなりの距離があるため、早馬が着くよりも先に、それらが解決する可能性もある。だが、既に王都を出たというリリと同道している王宮守護騎士のこともあった。

 どこまで来ているか分からないが、彼らに捕まれば、俺の言い分などそっちのけで連れ戻されてしまうだろう。少なくとも平和的な解決は望めないはずだ。


 これ以上あの町にいることは、出奔した俺にとっては都合の悪い未来ばかりが見えてしまう。

 だから何も言われていない今が抜け出る最後のチャンス。なら抜け出そうぜ! ってわけだ。


「貴族と関わって良いこともないしな。伯爵に会ってない今のうちだ」

「まあ取り込まれて良いことがないというのは同意しますけれど」

「フダ付きって奴だよね!」

「それを言うならヒモ付きでは?」

「微妙に違うがそれでも良しッ!」

「良いんですの!?」


 ガハハと笑う俺とホシに、スティアもふっと軽く笑った。


「ああ、そうそう。貴方様、これを」

「何だ? ――っと!」


 ヒュンと投げられたそれを片手で受け取ると、そこには果して翡翠(ひすい)のように輝く、どこかで見たような小さな石があった。

 ……おいコレ。まさかとは思うが。


「それ、預かって下さいまし」

「……お前知ってたな?」

「何のことでしょう?」


 ジロリと見ると、スティアはついとあからさまに視線をそらした。やっぱりかい。


 俺は「ほー」と覗き込んできたホシと一緒に、もう一度その石を見る。

 俺の手の中にあるのは、大きさといい、形といい、輝きといい、色が違う点を除けば土の精霊石と殆ど変わらない見た目の石だった。

 恐らくこれはあの風の神剣の精霊石なんだろう。つまり風の精霊石というわけだ。


 いつの間にスティアが貰っていたのかは知らないが、なるほど道理で先ほど妙な態度を取ったわけだ。知っていたんだな、スティアは。


「ったく、しょうがねぇなぁ。シャドウ、これも一緒に取っておいてくれ」


 俺がぽいと下に放ると、シャドウの黒い手がそれをぱしりと受け取り、とぷんと影に沈んだ。


「で、次はどこに向かうおつもりですか?」

「しれっと話題を変えてきやがったな……」


 ニコニコ顔のスティアに強く出る気も削がれ、次の目的地へと思考を変える。


「そういや、白龍族はセンテルに向かったって言ってたよな」

「うん! ばーちゃんが言ってた!」


 盗賊ギルドで情報を買った時、確かババアがそんなことを言っていたはず。ホシに目を向けると、彼女も元気良く首を縦に振った。

 センテルはこのまま東に行けば辿り着くことになる。彼らの方が先行しているとは言え、避けるに越したことはないだろう。


「ならセンテルは避けるか。ハルツハイム領の南に回って、ルーデイル経由で東に進もう」

「ルーデイル……。紡績の町、でしたわね?」


 紡績の町ルーデイル。あそこは魔物と人間が共存している王国内でも非常に珍しい町で、魔物であるシルキーワームから採れる生糸を使った織物が非常に有名だった。

 何を隠そうスティアに贈ったリボンもその町で織られた物で、だから俺も行ったことはないが知っているわけだ。

 そんな小さな理由だが、俺にも多少の縁がある町だ。そう考えればすんなり気持ちが決まった。


「よし、なら次の目的地は――」

「ルーデイルへレッツゴー!」

「ゴーですわ!」

「あっ! おい待てよ!」


 ぴょいと跳ねたホシが先頭を駆ける。それに続けとスティアもスピードを上げた。

 まったくあれだけの大惨事を解決したばかりだというのに、なんて元気な連中だよ。バドと顔を見合わせた後、俺も地面を勢い良く蹴りだす。


 大海嘯(スタンピード)が起きたのがまるで遠い過去のことであったかのように、周囲の闇は穏やかに俺達を包んでいる。

 月明りに柔らかく照らされながら、俺達は次の目的地に向け、街道を真っすぐにひた走った。

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[一言] >人族と異種族の人間達が紡いだ友好的な関係にヒビを入れかねない動きを見せていたため、それを未然に防ぐため姿を消した 異種族から信頼されていたエイクを異種族利用して謀略にかけた以上もう砕けてる…
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