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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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143.防衛戦 友よさらば 戦の終わり

 結局話を聞けば、南西の通りは魔族達だけでオーク達を殲滅してしまったらしい。討ち漏らしたのは先ほど俺が相手をした、オークキング一匹だけだったそうな。

 つまり南西から入ってきた三匹の内、二匹のオークキングを彼らだけで倒してしまったということだ。とんでもねぇなお前ら。


 ガザ達がそこまで強かったと思っていなかった俺は、その事実に呆れてしまった。だが考えようによっては渡りに船だ。

 そのまま魔族達を伴って、新たに入ってきたオーク共をなぎ倒しつつ通りを進み、城壁に開いた大穴にしこたま岩盤の大盾(ストーンウォール)を立てて塞いでおいた。

 無論塞いだのは俺ではなく神剣だが。


「いやー、助かった」

《まさか神剣の私が、土建屋の真似事をさせられるとは思わなかったわよ》


 既に俺の強化は時間切れで効果を失っている。なので無詠唱が使える神剣にお願いしたというわけだ。

 神剣はまだぶちぶちと文句を言っているが、その口調は当初の冷たい印象を感じるものから、感情を感じられるものに変化を見せていた。


 こちらが恐らく本来の彼女なのだと思う。話を聞いた限りでは、自分のやるせない感情を相当押し殺していた様子だったからな。

 やさぐれてしまうのも、まあ理解できる内容ではあった。


 さて、南西からオーク達が侵入することはもう無くなった。

 ならここにもう用事はない。俺は皆に西門に引き返すぞと声をかけた。


「エイク殿、そちらは大丈夫か?」


 ガザが声をかけてくる。他の三人もガザと同じように真剣な顔をしているため、同じ気持ちなのだろう。

 確かに彼らの力を借りられれば心強い。しかし。


「大丈夫だ。お前達は休んでいてくれ。ここの守りは本当に助かった」

「……そうか。分かった」


 彼らは魔族だ。

 この町は二年前彼らに強襲され、多くの人間が犠牲になった過去がある。

 流石に強いからと彼らを引き連れて戻るわけにはいかず、俺は彼らの気持ちを受け取るだけにして首を横に振った。


 彼ら自身も、改めて言われずともそれを良く分かっているのだろう。何も反論せず、影の中へと静かに身を沈めて行った。


 最後にこの場に残ったのは俺と、そして神剣のみとなった。


「よし、戻るか」

《分かったわ》


 俺は”飛翔の風翼(フライトウィング)”の魔法を唱え、屋根の上に飛び上がる。

 だが、そういえば神剣は元々ウォード君の物だ。このまま俺に付いて来て良いのだろうか。

 俺の頭を一瞬、そんな考えが過ぎる。それを感じたのか、神剣から意外な言葉が返ってきて少し面食らった。


《力を貸すって言ったしね。今更前言撤回しないわよ。それに、アンタも力を貸してくれるんでしょう? 私に》


 その口調に滲むのは悪戯(いたずら)っぽい表情。しかし感情からはわずかな寂しさが感じられる。

 だから、俺は当然のように笑い飛ばしてこう返した。


「たりめぇだろうが。俺は冗談は言うが嘘は言わねぇ。お前が必要だってんなら、いつでも言え。どこにいたって飛んで行ってやるさ」


 先ほどの神剣の慟哭(どうこく)。身を引き裂くような痛みが、心をすり潰されるような苦しみが、神剣を通じて俺の全身を駆け巡った。


 理解し合える人間も勇者の一人だけ。そんな人物も絶望の果てに死んでいく。

 そんな悲痛な過去を、こいつは一人で何度も何度も体験してきた。

 先程神剣に感情を真っすぐにぶつけられた時。俺は、それをまるで追体験したような感覚を覚えた。


 だから今、こいつの気持ちがはっきりと分かる。

 神剣には皆を助けるための使命がある。だが同時に、こいつだって救いが欲しかったのだ。


 だが、誰もそれを理解してくれない。そんなもん辛すぎるだろうが。

 誰かもう一人くらい理解者がいてもバチは当たらないはずだ。


 神剣に応えるようにその柄を強く握る。それに神剣は小さくありがとうと、一言だけ返した。



 ------------------



「弓兵の皆さんはハイオーク射手(アーチャー)を優先して倒して下さい! 盾兵の皆さんは彼らのフォローを! オーギュスティーヌ様! ジェネラルとキングを何とか抑えて下さい! これ以上先に行かせてはなりません!」

「任せなぁ! 聞いたかい!? ここが正念場だよお前達! 倒れたら回収してやるから、最後の一滴まで魔力を振り絞るんだよ!」

「炸裂団隊! ジェネラルとキングは魔法部隊に任せ、お前達はハイオークを中心に狙え! 防衛隊を援護しろ! これ以上の侵攻を許すなーッ!」

『ウオォォーッ!!』

「ウ”オ”オ”ォォォォーーッ!!」

「グア”ア”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ーーーーーッッッ!!!」


 まだ西門まで届かない距離だと言うのに、それは俺の鼓膜を震わせていた。

 屋根をタンと一つ蹴り、ふわりと浮き上がった俺の目に飛び込んできたのは、オークで埋め尽くされた大通りだった。


 西門は怒号や蛮声、そして地鳴りのような咆哮が轟く怒涛の様相に変わっていた。

 既に五つ目の笛が鳴ったようで、押し寄せるオーク達の様子も様変わりしている。

 フィリーネやクラウス殿が緊迫の表情で必死に指揮を飛ばしている。しかし大通りは俺がいた時よりもオークの密度が増しており、防衛隊はじりじりと後退させられていた。


 防衛隊を苦戦させていたオークナイトはその数を減らしている。だが、その代わりに今度はハイオークが全体の三割程を占めていた。


 オークナイトが時間を稼ぎ、その間にハイオークが押し寄せてくる。防衛隊も予想以上に善戦しているが、しかしランクCの実力者で固めているこちらに対し、敵はランクBも入り混じっているのだ。


 質も数も上回る相手に、防衛隊は俺がいた時よりも明らかに数を減らしてしまっていた。


 ハイオークはオークの上位種で、ジェネラルと同等のランクB怪物(モンスター)だ。

 大きさはオークウォリアーを一回り大きくしたような姿だが、しかしその灰色の肉体から放つ重圧は、ウォリアーとは格が違うことを明確に感じさせた。


 手に持つ武器もオークウォリアーより多種多様で、剣、大剣、双剣、弓、槍、斧とバリエーションに富んでいる。

 更に精技(じんぎ)の質も上がるらしい。ハイオーク射手(アーチャー)は弓兵達の攻撃をその身に受けながらも、オーラをまとう矢を空へと放ち、盾兵達を盾ごと射貫き、その数を徐々に減少させていた。


 今もまた”貫通矢(ペネトレイトアロー)”を受けた盾兵が膝から崩れ落ちていく。

 彼は白く輝く盾を構えていたが、その盾にも数本すでに矢が刺さっており、ダメ押しの矢を食らい、ガクリと片膝を屋根に突いていた。


 後方から慌てた様子の町人達が彼に駆け寄り、二人係で彼を避難させていく。

 本格的にオーク達に押され始めている様子が、まだ離れている俺の眼に、確かに映っていた。


「こりゃ余裕ぶっこいてる暇はねぇな! 行くぞっ!」

《どこから行くの?》

「決まってるだろうが――!」


 山賊心得その六 ―― 血路を切り開くなら大胆不敵に堂々と。


「こういうときゃあ、真正面から突っ込むって相場が決まってるのよ!」

《良いわね。そういうの、嫌いじゃないわ》


 俺は着地するや否やもう一度屋根をタンと蹴った。体はグンと空へと上がり、そして大通りへと吸い込まれるように落下して行く。


「好き勝手暴れてんじゃねぇ! 人間様を舐めんなコラァーッ!」


 両手に握る神剣には眩しく輝く白いオーラ。俺はそれを叩きつけるように、真下にいるオークへ振り抜いた。


「”烈光輝剣(ライトニングブレイド)”ーッ!」

「ブゴァッ!?」


 防衛隊の目の前。剣を振り上げたオークジェネラルを頭から真っ二つに切り裂く。


「おっさん!?」

「おじさん!?」


 突如空から降ってきた俺にヴェンデルとケティの声が重なる。だが今はそれを気にしている場合ではない。

 俺は顔をぐいと上げ、戦場の混乱に負けじと高々と宣言する。


「南西のオークキングは俺と土の勇者が打ち取った! あとはこの西門の守りだけだっ! 気合入れろお前らーッ!」

『う――おぉぉぉぉぉっ!!』


 一瞬の間をおいて周囲から歓声が湧き立った。俺はそれに神剣を掲げ応えると、襲い掛かってくるハイオーク達をなで斬りにし、屋根の上へと視線を向ける。


「フィリーネーッ!」


 屋根の上からこちらを見下ろしていたフィリーネと視線がかち合う。


「そのまま続けろ! 俺も戦線に加わる!」

「先生! オークキングが既に門を潜っています! 魔法隊が抑えてますが、進行を抑えられません! どうかっ!」

「いきなり弱音を吐くんじゃねぇバカタレ! ――だが、分かったっ!」


 予想はできていたが、やはりオークキングを完全に抑えることはできないようだ。

 俺も素の力では倒せなかった相手だ。それがこちらに六匹来ていると言うのだから、一昼夜で整えただけの、盤石な体制とは言えないこちら側が押されるのも無理からぬ話だった。


 俺は更に(じん)を練り上げ、活性化した体で神剣を振るう。

 オークキング相手では弾かれたそれも、オークナイトの鎧を易々と断ち切り霧に返す。次々にオーク共を(ほふ)る俺に、防衛隊がまた一つ沸き立った。

 だがこんなものは焼け石に水だ。俺一人でチマチマとやっていては何も好転しない。


 躊躇いもあった。だが、最後の一手を用意しておいて本当に正解だった。


「まず群がるこいつらを抑える! できるか!? 動きを止めるだけでもいい!」

《止めるだけでいいの? 他愛もないことよ。任せない》


 俺の言葉に神剣が応える。そして言うが早いか、


《”大地の足枷(グランドフェッターズ)”》


 ぶわりと魔力を広範囲に放出し、神剣は詠唱無しに口にする。

 その言葉を合図に俺の眼前の大地がドロリと泥沼と化し、そしてその数秒後にビシリと元の地面へと戻った。


 これは土魔法の中級魔法(ノーマルマジック)、”大地の足枷(グランドフェッターズ)”。地面をわずかな間だけ沼地に変える魔法だ。


 そうとだけ聞くと大したことはなさそうだが、しかし侮ることなかれ。俺の目の前には股下まで土に埋もれたオーク達がずらりと整列するように並んでおり、どいつもこいつもそこから抜け出そうと上半身をバタつかせいていた。


「凄ぇ範囲だなおい」

《もっと褒めてもいいのよ?》


 俺が呆れたように言えば、神剣はふふんと得意そうな音を出した。


 驚くべきことに、この大通りの半分程――少なく見積もっても百メートル以上だ――がそんな状態なのだから凄まじい。

 この魔法は沼化する体積によって消費する魔力が増大する。俺だったら、二メートル四方、深さ五十センチ程度の沼化でも二、三回使うのがやっとの魔法だ。

 だというのにこんなバカみたいな規模で使うとは。これが神剣の力かと改めてド肝を抜かれる。


 これじゃまるでオークの畑だ。今年は豊作のようだが収穫は無理だな。今すぐ全て焼き払ってしまうとしよう。


「無詠唱魔法だって!?」

「見たか! これが借り受けた神剣の力だ!」


 オギュ婆が驚愕に目を見開きながら、声を荒げて俺を見る。その様子にどこか不穏なものを感じた俺は、一応神剣の力だよってことを断っておいた。

 こういうのは言うべき時に言っておかないとトラブルになるんだよ。間違いない。

 だから俺を獣のような目で見るな。婆さんにそんな目で見られても全く嬉しくない。


《――で、どうするわけ? ほっとくとすぐに出てくるわよ?》


 神剣が面白そうな声を上げるため、俺はまあ待てと不敵に笑う。


「カモン! マー君!」


 指を鳴らしながら声高に宣言する。すると足元からズズズとそれがせり上がってきた。


 これはいつものマー君ではない。普段とは異なり、かなり攻撃的な魔法陣を積んでいるのだ。

 名付けて、”マジックカートリッジ交換型魔導戦車試作機mk-Ⅱ 残滅型”だ!


 俺は、《何コレ》と呆れたように言う神剣のことは放っておき、マー君の砲門を西門へと向け、魔力導入板に手を伸ばした。


 今回マー君にセットしているマジックカートリッジには、いずれも魔窟(ダンジョン)で手に入れた魔石をはめ込んでいる。

 魔法陣自体にも魔力を蓄える機能があるが、魔石と比べると微々たるもの。

 それ故、魔石なしの魔法陣が発動できる魔法は、どうしても威力が控えめになってしまう事情があった。


 それが今回は魔石あり。一切手加減なしだ。

 魔法陣に溜め置ける魔力の量は格段に向上しており、威力もその分跳ね上がる。それ故のマー君残滅型というわけだ。


 このマー君の魔力貯蔵限界を考えると、俺の魔力程度では全然足りていない。

 今の俺はオークキングとの交戦もあって魔力を消耗している。出涸らしになるまで注いでも、精々五割を満たす程度で終わりだろう。


 俺は援軍を呼ぶべく後ろを振り向き、防衛隊にいる数人に指を向けた。


「おいヴェンデル! 後そこの五人! 今すぐこっちに来い!」

「あ、え――?」

「早く来い! 間に合わなくなっても知らねぇぞ!」

「な、何が何だか分からねぇが分かった!」


 強い口調で言う俺に、戸惑いながらもヴェンデル含む六人がこちらに駆けてくる。


「魔力が足りねぇからお前らの魔力も貸せ! この板に手を付けて思いっきり魔力を流し込め!」

「なるほど、そう言うことか! 分かったぜ!」


 ヴェンデルと五人は直ぐに魔力導入板へと手を伸ばし、魔力を流し込み始める。しかし中級魔法(ノーマルマジック)六発分の魔力はなかなかに膨大で、勢い良く流し込んでも(つか)えるような感覚は全く覚えない。

 勢いそのままに、魔法陣へドンドンと魔力が流れ込んでいく。


「お、おっさん! まだか!? 奴らが――!」

「まだ足りねぇ! お前ら、根性入れて限界まで押し込め!」


 地面から片足を抜き始めたハイオーク達に気づき、ヴェンデルが焦りの声を上げた。見れば、埋まったオーク達を踏みつぶしながらオークキングやジェネラルもこちらに向かってきている。


 悪夢のような光景に俺も気持ちが焦るが、だがここで加減しては意味がない。

 グングンと吸い取られる魔力に出し惜しみはせず、吸われるままに魔力を込めていく。


「お、おっさんっ!」


 目の前のハイオークが、両足を地面から抜いて立ち上がる。その手に握られるのは斧。

 奴はそれを握りしめ、低い声を出しながらこちらへ一歩踏み出した。


「まだか!?」

「もう少しだ!」


 だっと地を蹴りハイオークが駆けてくる。斧を手に、喜びを滲ませた表情を浮かべ走って来る。


 俺は必死にマー君へ魔力を込め続けていく。すると、抵抗があるように徐々に通りが悪くなっていった。込められる魔力が限界に近づているのだ。

 今の状態でもかなりの威力の魔法を放つことができる。しかし、この大通りのオーク共を一掃するにはまだ不安がある。最後まで粘り、魔力を込める必要があった。


 スローモーションのようにハイオークが近づいてくるのが見える。

 ヴェンデルが叫ぶように俺を呼ぶ声が聞こえた。

 それでも俺はギリギリの瞬間までと、魔力をひたすらにマー君へと込め続けた。


《仕方ないわね。私も力を貸してあげるわ》


 楽しそうな声が耳に届く。途端に、バカみたいに膨大な魔力が神剣から俺へ、そしてマー君へと、まるで瀑布(ばくふ)のように流れ込んでいった。

 ハイオークがあと一歩と迫ったその瞬間。

 六つの魔法陣、そして魔石に限界まで魔力が込められ、打ち止めになったのを確かに感じた。


 よっしゃ! 間に合ったっ!


「お、おっさんッ!!」

「行くぞお前ら! 衝撃に備えろーッ!」


 ハイオークの目に凶悪な光が灯る。そして――


「”稲妻の宝槍(サンダーランス)”ーッ!!」


 その狂気的な光は、さらに激しい光を放つ六つの閃光によって軽々と消し飛ばされた。


 マー君の砲門から放たれた六本の”稲妻の宝槍(サンダーランス)”は、目の前のハイオークを消し炭にすると、そのまま光の速さで大通りを駆け抜けた。


 後方のハイオーク達を一掃し、オークジェネラルを吹き飛ばし、オークキングの土手っ腹に大穴を開け、頭部をも跡形もなく消し去り。

 そしてそのまま全てのオークを飲み込むと、最後方の城壁すら粉々に吹き飛ばして、赤く染まった空の彼方へと飛んで行った。


 俺は魔法の衝撃でその場から後方へと吹き飛び、後ろで様子を見守っていた防衛隊の面々を巻き込み、もんどりうって地面に叩きつけられた。

 マー君へ魔力を注いでいた他の六人も勢い良く吹き飛ばされ、地面に打ち付けられたり、大通り脇の岩盤の大盾(ストーンウォール)に激突して、くぐもった声を上げていた。


 ここから離れているというのに、ガラガラと城壁か何かが崩れる音が妙に耳に響く。

 先ほどまでは荒々しい声が占有していた空間が、打って変わって妙にしんと静まり返っていた。


 そしてその数秒の後。西門は割れんばかりの歓声によって包まれた。


「――はは、ハハハ! ハハハハハッ! 何だあの威力! 何だよあれはぁ! ハッハッハッハ!!」


 地に伏せながら顔を上げたヴェンデルは、立ち上がることも忘れて壊れたように笑った。

 他の面々も同じように、ぐったりと四肢を伸ばしながら火が着いたように笑っていた。


 ”稲妻の宝槍(サンダーランス)”は殺傷能力が異様に高い代わりに、制御が非常に難しい魔法だ。

 同士討ちもあり得るほどの、ただでさえ危なっかしい魔法だというのに、それに大量に魔力を込めれば暴発して、どこへ飛んでいくかなど分からない。

 そんな理由から、威力が高いわりには好き好んで使う魔法使いはいない。そんな魔法だった。


 だが魔法陣は、”魔法陣から真っすぐに魔法が発動する”という特性がある。そしてそれは”稲妻の宝槍(サンダーランス)”とて例外ではないということを、軍で研究していた俺は知っていた。


 暴発寸前というあり得ないほどの魔力を注がれた”稲妻の宝槍(サンダーランス)”は、大通りに(たむろ)するオーク共を、キング諸共全て吹き飛ばした。

 もし魔法耐性の高い敵や、相手が知恵のある人間だったら、こう簡単にはいかなかったかもしれない。オークの大海嘯(スタンピード)であったことが幸いした結果だった。


 ただ、その衝撃をモロに受けたマー君は……。


「ありがとな、マー君」


 もはやどんな形をしていたか分からないほどバラバラとなったマー君。そのパーツは爆発四散し、そうであろう部品は黒い消し炭となって、そこかしこでブスブスと煙を上げていた。


 セントベルで盗賊共を一網打尽にするために作ることになったマー君。初代もこんな風に爆発四散し、それを元に改良を重ねて作り上げた二代目だった。


 リリやホシと共に作り上げたmk-Ⅱ。その努力は無駄にはならず、こうしてシュレンツィアの町を救う貢献を見せた。

 王国軍在籍時には無駄な研究だと白い目で見られていた魔法陣の研究。だがこうして一つの町を救うほどの結果を残したのだ。


 俺やエルフ達の数年間は無駄ではなかった。仲間を救うために続けてきた研究は完全な徒労ではなかった。

 不意に、俺達をあざ笑うように顔を歪めた、かつての貴族らの顔が脳裏をかすめた。


「へっ……なーにが低俗な人間は時間の浪費ができて羨ましい、だ。ざまあ見ろクソッタレっ」


 大きな歓喜に包まれた西門で大の字に倒れながら、俺は一人、ぽつりと溢した。

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