表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/397

141.防衛戦 土の神剣①

《……一体何のことかしら?》


 サイラスを見殺しにしようとした理由。その問いかけに対して帰ってきたのは、そんな白々しい言葉だった。


「しらばっくれても無駄だ。俺は風の神剣の爺さんに会ったことがある。お前らが魔法を使えるのは知ってんだ。それに勇者の適性が無い人間にだって、勇者に準じた力を短時間だけだが貸すこともできるってな」


 風の神剣は確かに言っていた。勇者の素養が無くても、神剣の力でもってその強さを増すことができると。

 その力には反動があり、デメリット無く振るうことはできないらしい。だがもしこの神剣にその気があったのなら、サイラスがあれほど負傷することは無かったはずだ。


《あいつ、そんなことまで話したの? じゃあ隠しても無駄ね》

「ウ”オ”オ”オ”ォォーーッ!!」


 惚けたのは後ろめたさがあったから。そう思っていたのだが、あまりにもけろりと言い放った神剣に閉口してしまう。

 とはいえそちらにばかり気を回してはいられない。まだ話の途中だが、オークキングが咆哮を上げこちらに突っ込んできたのだ。


《確かに勇者に与えられる力には劣るけど、それに近いものを彼に与えることはできたわ》

「なら――」

《与える気は無いけどね》


 俺の言いかけた言葉を強い口調で遮る神剣。俺は振るわれる大剣を何とかかわしながら、それでも神剣と話を続ける。


《私の使命は土の勇者をサポートすること。それだけよ。サイラスを助けるのは私の役目じゃないわ。でもまあ、それだけじゃないわね。むしろあの子には死んでもらった方が、私としては都合が良かったの》

「……何だと?」


 淡々と応える神剣。だがその内容に聞き捨てならない言葉が含まれ、俺の声は知らず低くなった。


《人間って、弱いでしょ? 悲しかったり、悩んだり、苦しかったりすると、まともに戦えなくてすぐ死んじゃうの。どんなに力があったって、勇者も人間だもの。死ぬときは本当に、あっさりと死ぬ。私はそんな場面を、今まで何度も見てきたわ》


 でも、と神剣は言葉を続ける。

 その間にも、オークキングは大剣を振るい俺に攻撃を繰り返してくる。奴の振るう大剣は地を砕き、家を木片に変え、土砂を巻き上げる。

 だが妙に頭が冷えているせいか、そんな光景がやけに遅く感じた。


《でもね、絶望から立ち上がった人間って見違えるほど強くなるの。少しの動揺程度じゃ揺るがないほどにね。勇者になる人間なら、弱いより強い方が良いのは当然でしょう?》


 神剣は淡々と口にする。まるでそれが当然のように。

 俺はその言葉を、奥歯を噛み締めながらただ聞いていた。


《それに、勇者の使命は数えきれないほどの生命を救うのよ。なら一人ぐらい犠牲が出てもどうってこと無いわ。ウォードも今はあんな弱々しい性格だけど、でもあの子の支えが無くなれば、最初は絶望するかもしれないけど、でも将来きっと凄く強く――》

「この……馬鹿野郎ッ!!」


 聞くに堪えない戯言が神剣から紡がれていく。黙って聞こうと思っていたが、しかし我慢ができず口を挟んでしまった。


「お前の言う通り、確かに絶望から立ち上がった人間は強い! だがな、絶望から立ち上がれる人間なんて、一体どれだけいると思っていやがる!」


 俺はいつぞやの事を思い出す。魔族に家族や仲間を殺され、失意の中退役して行った仲間達の姿を。そんな彼らの背中を見送った時の事を。

 背負いきれない悲しみと絶望を一人で抱き、言葉少なにうな垂れながら軍を去って行った彼らの表情を。


「ウォード君がサイラスを失ったら強くなるだと!? 馬鹿も休み休み言え! きっとウォード君は、サイラスを失ったら立ち直れなくなる! 何度も見てきたなんて言うが、お前は本当にちゃんと見て来たのかよ!?」


 あのウォード君がオークキングに立ち向かうくらいだ。きっと彼がサイラスを思う気持ちは、自分の命を軽んじるくらい重いもののはずだ。

 そんなものが無くなってしまったら彼はどうなってしまうのだろう。

 結論など、俺には決まり切っているとしか思えなかった。


「人間は挫折しても心が折れてなきゃまた立ち上がれる! だがな! 立ち上がる理由を無くしちまえば……立ち上がる意味を失っちまえばっ! そんなもん、また戦えるわけねぇだろうが!」

《――分かったようなことを言ってくれるわね》


 俺の喝破に、神剣が怒りのこもった声を返す。


《アンタは知らないだろうけど、勇者なんて非業の死を遂げてばっかりよ。土の勇者はどうしてか皆甘ちゃんばっかりでね。だから付け込まれるんだろうけど。使命を果たす代償に死ぬのなんて良い方よ。使命を終えたら終えたで待ってるのは何だと思う? ……人間の悪意よ。毒殺だの暗殺だの、謀略で裏切られたり、家族を人質に取られて酷使されたり! 妬み、畏怖、嘲笑、侮蔑! そんなのばっかり! 何が人間を守る希望よ馬鹿馬鹿しい! うんざりなのよ!》


 初めて感情を露にした神剣。中央にはめ込まれている金色の石から、激情と共に悲しみを孕んだ葛藤が噴き出し始めていた。


《私にとっては勇者だけが大切なの! そうでしょう!? 私の気持ちが分かるのは勇者だけなんだもの! 私の意思を理解できるのは勇者一人だけなんだもの! それ以外の人間なんて知らないわ! 勇者だけ守れれば、私はそれでいいのよ!》


 押し寄せる濁流のように心情を吐露する神剣。

 確かに神剣は勇者としか話ができないと聞いてる。であればその相手を一番に考えるというのは、全く正しいだろう。


「嘘だな」


 だが、俺はそれにぴしゃりと返した。


 俺の魔法≪感覚共有(センシズシェア)≫は、相手の感情を見抜く。楽しかろうと、悲しかろうと、怒っていようと、喜んでいようと。

 表層をどんなに取り取り繕おうと、否応なく俺には手に取るように分かる。相手がその胸にどんな感情を抱いているのかが。


 人間は感情を隠すことのできる生き物だ。裏を返せば、感情はその相手の本心であり、その人間の本質となる。

 そして、今初めて知った。どうやら神剣であったとしても、その例外ではないということを。


 先ほどまでは分からなかった。どうにもこいつら神剣の感情は、人間より感じにくいらしい。

 だが今こいつが感情を露にしたことで、俺にははっきり分かった。

 その胸の内に秘められた煩悶(はんもん)が、胸を穿つほどの悲しみに溢れていることを。


「お前はサイラスを犠牲にすることに戸惑いを感じているはずだ。俺には分かる」

《……バカみたい。何分かったような口を利いてるのよ。アンタなんかに私の気持ちが分かるわけがないでしょ。その口を閉じなさい!》

「分かるさ。伊達に年食ってねぇんだ。おっさん舐めんなよ」


 俺の頭目がけて振り下ろされた大剣をバックステップでかわし、神剣を正眼に構える。


「人間はお前の言う通り確かに弱ぇ。でもな、誰かのためにならどんなにも強くなれる生き物でもあるんだぜ? お前も見てただろ? 今もこの町を守ろうと戦っている奴らが大勢いるのを。殆ど戦ったことのない町民ばっかだってのによ。焚きつけた俺が言うのもなんだが、青い顔してぶるぶる震えながら、どいつもこいつもよくやるぜ全く」


 オークキングの大剣に白いオーラがまとわりついていくのを見て、俺もまた神剣に(じん)を流し込んでいく。


「誰かを守りたいって気持ちが人間を強くすんだ。ウォード君だってサイラスを守るためにこいつに立ち向かって行ったんだろう? オークにだってへっぴり腰だった癖に、それより比べ物にならねぇくらい強いはずのオークキングによぉ!」


 オークキングが地響きと共に大地を蹴る。俺も同時に走り出し、お互いに肉薄する。


「孤独が人間を強くするんじゃねぇ! 孤高が心を強くするんじゃねぇ! 人間の本当の強さは、誰かを思う心だ! 大切な何かを守りたいという意思だ! お前も心があるんなら――そんなこたぁ分かってるはずだろうがッ!」


 神剣を覆うオーラが白い輝きを放つ。その輝きは今日一番の輝きを放っていた。


「ウ”オ”ア”ァァーーッ!!」

「”烈光輝剣(ライトニングブレイド)”ーッ!!」


 大剣と神剣が激しくぶつかり合い、激しい衝撃がビリビリと家屋を揺るがす。

 激しい白光が周囲を白く染め、そして弾けた。


 オークキングの放った精技(じんぎ)は恐らく”破砕撃(クラッシュブレイク)”。破壊力に長ける下級精技(ノーマルクラス)だ。

 それに対し俺が放ったのは、中級精技(マスタークラス)の”烈光輝剣(ライトニングブレイド)”。あまりの剣速にオーラが残光として残るほどの、空すら断つ必殺の剣だ。


 本来であれば俺の”烈光輝剣(ライトニングブレイド)”はオークキングの大剣を断ち切り、その剣身を地に落とすはずだった。

 だが――


「痛つつつ……! なんつーパワーだクソがっ」


 先ほどぶつかり合った場所から二十メートルほど離れた場所で、俺は無様にも転がっていた。


 奴の剣を断ち切るどころの話じゃない。化け物染みた奴の膂力(りょりょく)と発生した衝撃で、俺は後方に吹き飛ばされてしまっていた。


 擦り傷をいくつか作ってしまったが大した負傷はなく、片手を突いて立ち上がる。

 しかし対するオークキングの方は、大剣を握る右手を忌々しそうにブルブルと振るっているだけだ。

 こっちはこんな所まで飛ばされたというのに、向こうは手が痺れただけか。掛け値なしの全力をこうも軽く打ち負かされ、苦々しい思いが胸に広がった。


「なあ」

《……何よ》


 不機嫌そうな声で神剣は返事をする。


「捨て鉢になってんじゃねぇよ。お前だって、勇者のために誰かを犠牲にするなんて望んじゃいねぇんだろうが」


 神剣は無言を返してくる。その反応がまるで意地を張った子供のようにも思えて、俺はつい苦笑を浮かべた。


「今日オークキングに立ち向かったように、ウォード君はサイラスと共にならきっと強くなると思うぜ? 土の勇者と、土の勇者を守る盾。いいじゃねぇか。絶望から立ち上がった孤高の勇者なんてのより、よっぽど大衆受けするだろうよ」

《そんなもの何の意味も無いのよ》

「まあ聞けよ。一人じゃ無理でも二人なら、お前の言うような事にはならねぇかも知れないだろ? 共に歩む奴がいれば乗り越えられることも多くなるはずさ」

《今までの勇者が皆、たった一人で戦っていたとでも思ってるの? 仲間なんて沢山いたわよ。でも……そんな簡単なものじゃないわ》

「なんだなんだ、しけた声出しやがって。なら俺も数に入ってやる。どうだ? 確かに俺は強くはねぇが、それでも裏の方じゃ少しは力にはなれると思うぜ?」

《……まさかこの私が裏の世界を勧められるとは思わなかったわ》


 おどけたように言う俺に対して、神剣の態度はつれない。


《私、神剣よ? 正義の代行者。アンタ分かってる?》

「そんなもんクソ食らえよ。役に立たねぇ正義なんぞドブにでも捨てちまえ!」

《それ、地女神(ライア)が聞いたらどう思うかしらね》


 ただ、当初の淡々とした態度と比べてみれば。

 その響きには確かに、柔和なものが含まれ始めていた。


「ただまあそれも、まずあいつを倒さにゃ始まらんがなぁ」

《……締まらないわねぇ》


 右手をブルブルと振っていたオークキングがこちらに視線を向けてくる。

 まったくどうやって倒すかね。一応さっきのは俺の最大の技だったんだが。


 奴はまた一歩一歩、ゆっくりとこちらへ足を踏み出し始めた。俺はそれに神剣を正眼に構える。

 甘く見ていたわけじゃない。だが、今もなお必死に戦い続けている西門の皆ことを思えば、自然と俺の焦りは増した。


《良いわよ》


 そんな時、呟きのような小さな声が耳に届いた。


「何?」

《だから、アンタに力を貸してあげても良いわよ》


 プイ、とそっぽを向き、照れを隠しながら言う女の姿が脳裏に浮かんだ。


《アンタの力を限界を超えて引き上げるわ。効果は十分。それ以上は体に負荷がかかりすぎるから駄目よ。やったことはないけど、最悪死ぬわ》


 怖ぇなおい。オラちょっと不安になってきたぞ!


《大丈夫よ。十分経てばセーフティが効いて勝手に切れるから。ただしばらく後に反動がくるから気を付けなさい。翌日から三日の間、筋肉痛でまともに動けなくなるわ》

「風の神剣には三日間下痢が止まらなくなるって聞いたが」

《……私の方がマシね。ちょっと気持ちが楽になったわ》


 心底安心したように言う神剣。三日間下痢が止まらなくなるとか、社会的に死ぬ可能性もあるしな。

 俺も安心したよ。流石にこの歳でおしめをつける覚悟はまだない。


 おぎゃあおぎゃあと足をばたつかせるおっさん顔の赤ちゃんを想像してしまい、恐怖にぶるりと体が震えた。地獄絵図だわこんなもん。


「分かった。正直助かる」

《本当にいいのね? やるわよ?》

「あいつを倒せるならどんと来いよ。やってくれ!」

《勿論。あの程度の相手に後れを取るようじゃ勇者なんて名乗れないもの。その力の一端だって十分すぎるほど。こんな体験二度とできないわよ? だから――》


 せいぜい楽しみなさい。

 ふわり、と。ほころぶ様に神剣が笑った気がした。


《神剣、”地女神の抱擁(ライア・エンブレイス)”の名に()いて、女神ライアの御力(みちから)を使徒代行者に降ろすことを宣言する。――さあ、刮目しなさい!》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ