140.防衛戦 勇者二人
「……なんだこりゃぁ」
俺がその場に駆けつけた時、第一に出たのはそんな言葉だった。
「”岩盤の大盾”! ”岩盤の大盾”! ”岩盤の大盾”ーッ!」
「ウ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォォォーーッ!!!」
詠唱もなく次々に 岩盤の大盾を立てながら、誰かを引きずって懸命に後退するウォード君。
それに対してオークキングは大剣を乱雑に振るい、次々に生成される岩の柱を一撃で破壊しながら追撃している。
ウォード君はその誰か――サイラスなんだろうが――を抱えるように後ろから抱きつき、必死に逃げようとしている。
一方、ずりずりと引きずられるサイラスはぐったりと四肢を伸ばしており、動く様子は全くなかった。
気を失っているだけなのか。それとも。
はっきりとはしないが、しかし黙って見ていられるような状況でない事だけはすぐに分かった。
「”岩盤の大盾”! ”岩盤の大盾”! くっ――”岩盤の大盾”ーッ!」
ウォード君はオークキングの猛攻に必死の抵抗を見せている。
だが岩盤の大盾 を生成しても、間髪入れず破壊してくるオークキングに成すすべがないようで、その声は焦燥一色となっていた。
「シャドウ」
早足で歩きながら頼れる相棒を呼ぶと、足元からにゅるりと黒い手が出てくる。
その手に握られた瓶を掴むと、俺は呆然と二人の様子を見ていた男とすれ違いざまに、彼へそれを押し付けた。
「五等級の生命の秘薬だ。サイラスに使え」
「あ、あんた――」
何か口を開こうとする男に目もくれず、俺は足を進めながら素早く精を練り上げていく。
徐々に自分の体内が熱く燃え上がり、それと同時にふわりと宙に浮くような感覚を覚えた。
「”岩盤の大盾”! ”岩盤の大盾”! ”岩盤の……うぐぅっ!?」
破壊された岩盤の大盾の破片が勢いよく飛び、ウォード君の肩を穿った。サイラスを引っ張っていたため殆ど無防備の状態でそれを受けてしまい、彼はサイラス共々石畳に倒れ込んだ。
オークキングは目を細める。そして一歩足を進めると、止めだ、とでも言うかのように大剣を大きく空へ掲げた。
強者の余裕とでも言うのだろうか、その顔には愉悦が滲んでいる。
だが、生憎だったな。
「その油断が隙を作るんだぜ。手の平にでも――書き留めておけやッ!」
体内に留めた精を爆発的に解放しながら、俺は力強く石畳を蹴り飛ばす。一瞬の内にオークキングに肉薄した俺の両手には、白いオーラが光り輝いていた。
「”発勁”ッ!!」
奴の隙だらけのどてっ腹に、両方の掌底を思い切り叩き込む。オークキングの巨体がわずかに浮き上がり、ついでに奴の鎧がビシリと割れる音が聞こえた。
精技を用いた体術の一つ、”発勁”。精を瞬間的に圧縮した後、爆発的に放出して叩きつける、破壊力に優れた攻撃技だ。
この技の利点は高い貫通力。どんなに装備を固めた相手だろうと、体へ直接衝撃を与えるため、防御が意味を成さないのだ。
重厚な鎧をまとう上、その下に異常に発達した筋肉を着こんでいるオークキングには、並大抵の攻撃では効果が無いだろう。
しかし中級精技は流石に効いたようで、「グガッ!」と苦悶の声を漏らした。
「”飛翔の風翼”!」
奴が怯んだ隙に、懐から出した”飛翔の風翼”の魔法陣を奴へ叩きつけ、即座に魔法を発動させる。
衝撃で浮いた体をズンと地につけたオークキングは、今度は魔法でふわりと浮きあがった。
思い切りその体を蹴り飛ばせば、その体躯に見合わないスピードで後ろへとすっ飛んでいく。そして後方の家屋に頭から突っ込んで、崩れる家屋の下敷きとなった。
「あっ……」
やべぇ、家が倒壊してしまった。時間稼ぎと蹴り飛ばしたが、あんな結果になるとは思ってなかった。
こんな状況だと言うのに内心ちょっと焦る俺。流石に弁償とか言わねぇよな……?
「カ、カーテニアさん!」
「お、おっさ、ん……」
背中越しに二人の声が重なる。ちらりと見れば、そこには酷い有様の二人がいた。
ウォード君はローブのあちこちに穴が開き、そこから血を流している。杖はもはや持っておらず、土や血で汚れた顔を泣きそうに歪めていた。
そして、彼に引きずられていたのはやはりサイラスだった。だが、彼の負傷は俺の予想を超えて酷いものだった。
体は鮮血で真っ赤に染まり、皮膚が所々黒ずんでいる。
一番酷いのは、盾を握っていた左腕。前腕が真ん中から、折れるはずのない方向に曲がっていた。
「色々言いてぇ事はあるが……奴はすぐ来る。お前達は今すぐにここを離れろ。後ろにいる奴に生命の秘薬を預けてきたから使え。五等級だが無いよりましだろう」
「……はい!」
「す、すま、ね……ぇ」
「サイラス」
俺の言葉に従いすぐさま立ち去ろうとする二人。しかし俺は、彼に声をかけずにはいられなかった。
「お前は確かに勇者だよ。間違いなく。ウォード君にとってのな。全く……大した奴だよお前は」
言葉に詰まる二人に、後は任せろと前を向きつつ声をかけ、俺は奴へと足を進めた。
倒壊した家屋からは、もう崩れる音は聞こえない。しかし、その下敷きになっているオークキングは未だに起き上がってこなかった。
奴の様子を注意深く伺いながら、俺はゆっくりと歩を進める。
道に敷かれていた石畳は影も形もない。周囲に散乱する瓦礫が、そうであったのだろう、と物語っているだけだ。
奴を注視しながら歩いていると、何やら光るものが目の端に映り、チラリと視線を向ける。見れば、それはサイラスの持っていた神剣だった。
あの攻防で弾き飛ばされたのだろうか。道の脇に転がっていたそれを、俺は無造作に拾い上げた。
(土の勇者はウォード君だったんだな。確かにかばいたくもなるか、あの町の状況じゃ)
ブン、とそれを一振りしながら思う。無詠唱で魔法を使える者は、この国――いや、この世界には一人とて存在しない。
もし存在するとすれば、それは勇者という超越者だけになるだろう。
勇者の伝説はこの世界のありとあらゆるところで語り継がれている。その中で一番多いのは、やはり人間を救うという救国の英雄譚だ。
だというのに。その勇者は人間からの悪意に怯え、隠れてしまった。
なんて皮肉だろう。ジョークにしてはあまりにも笑えない話だった。
鼻で笑い飛ばし、目を落とす。俺の手の中の神剣は、以前出会った神剣
”風神の稲妻”と同じように剣身を銀色に輝かせ、柄の中央には石のようなものが埋め込まれている。
長剣と片手半剣という違いはあるが、基本的な造りはあまり変わらないように見える。
ただ明らかに異なるのは、”風神の稲妻”が割とシンプルな装飾であったのに比べて、こちらは少々華美な意匠だという事。それと中央の石の色だろうか。
”風神の稲妻”は淡い若草色に輝いていたそれが、この神剣は金色に変わっていた。
ふと、俺は手元の神剣を見て一つの思いが頭に浮かぶ。
”風神の稲妻”は少々お調子者の爺さんのような性格だったが、果してこの神剣はどうなのだろうか。いや、そもそも同じように喋るのだろうか。
もしこいつもまた喋るようであれば――
俺はくるりと後ろを振り向く。そこにはまだウォード君の背中が見えていた。
(……一か八か、やってみるか)
”風神の稲妻”を見つけた時に、あの神剣とした会話。俺はそこに光明を見出した。
すぐさま≪感覚共有≫を解除し、徐々に遠くなるウォード君の背中へ目掛け魔力を飛ばす。そしていつものように、その言葉を口にした。
「≪感覚共有≫!」
ウォード君は一瞬ビクリとしたが、その後首を少しかしげただけで何事もなかったようにしてまた歩き出した。無断ですまないが今は余裕も時間も無い。
それよりも問題は本当に声が聞こえるかどうかだが――
《全くあの子、私を置いていくとか、本当に勇者の自覚が無いわね。このおじさんいい加減そうだけど、ウォードに届けてくれるかしら》
俺の頭に抑揚のない女のような声が突然響き、ついつい手元に視線を落としてしまった。
なるほど、やはり聞こえるようになるらしいな。
しかしまあ剣にもおっさん呼ばわりされるとは中々貴重な経験だな。
「事が終われば届けてやるから安心しろや」
《ん? 何このおじさん。私の声が聞こえるの? ってそんなわけないわね。この人、土の勇者の適正ないみたいだし――》
「うるせぇな聞こえてるよ。そんな事よりも、だ」
ピリ、と空気が張り詰めたのを肌で感じた俺は、その神剣を両手で持ち、正眼に構える。
「ちっと力を貸せ。俺一人じゃアレの相手は荷が重い」
《本当に聞こえてる? ……なるほど、ウォードに何かしたのね? 何で話ができるのか仕組みは分からないけど……まあいいわ。でも啖呵切ったくせに随分格好悪いわね》
「ほっとけ!」
しょうがねぇだろうが。全力でぶっ放した精技でも、反応が「グガッ!」だぞ。
中級精技なんて俺の最大威力の技なのに、奴から出てきた反応はたったの一声だぞ?
正直な話、もっと「ブッガァァァァッ!?」とか叫んで血反吐を吐いて欲しかった。
あ、怪物だから血反吐は吐かないか。
とにかく。そんな淡泊な反応だと不安になってもしょうがねぇだろうが。
俺と神剣がそんな下らない話をしていると、ガラガラと木片が崩れる音を立てながらオークキングがのそりと立ち上がる。
そして俺を見据え、その顔を歪めた。
「ウ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォォォーーッ!!!」
前方から感じる感情は怒りのみ。奴は轟くような咆哮を一つ上げると、体躯に似合わない速さでこちらへ向かってきた。
「やる気満々なところ悪いがな。あんな気骨のある男を、テメェなんぞにやらせるわけにゃあいかねぇんだよッ!」
奴は全長三メートルはあろうかという大剣を軽々と振り上げ、叩きつけるように振り下ろしてくる。横っ飛びでそれをかわすと、散乱する瓦礫が冗談のように舞い上がった。
「馬鹿みてぇな威力だなおい!」
文句を言いながら神剣を振るうも、オークキングはそれを盾で受け、またも大剣を振り上げる。
「お前、神剣の癖にあんな盾も斬れねぇのかよ!?」
《うるさいわね。アンタの腕が悪いのよ。私のせいじゃないわ》
神剣と文句を言い合いながら、やたらめったらに振り回される大剣をかい潜っていく。
ウォード君が「何かカーテニアさんの声が聞こえる!?」と騒いでいるのが聞こえるが、説明をしている暇は無い。
あんなもんまともに受けたら、例え剣が壊れなくてもこっちの腕がいかれそうだ。
受け流すにしても、大河に小枝を立てたぐらいの抵抗じゃ飲まれて終わりだろう。何とか回避し続けて機会を伺うしかない。
だがここはそう広くない通りで、しかも奴が好き放題暴れたせいで道はボコボコ、瓦礫はゴロゴロ。
岩盤の大盾の慣れの果てがそこかしこに散乱しているのも中々に厳しい。かわし続けるにしても足場が悪すぎて限界がある。
「出し惜しみしてる場合じゃねぇな……しゃーねぇ!」
俺は懐に手を突っ込み、一枚の魔法陣を手に取る。
「”飛翔の風翼”!」
そして今度はそれを自分の体にかけると、タンと地面を蹴った。
「グオォッ!?」
ふわりと浮き上がった俺に困惑の声を上げたオークキング。それもそのはず、ただでさえ急に浮き上がったというのに、俺の体は奴の視線から真横に外れ、通りに並ぶ家屋へと突っ込んで行ったのだから。
《ちょっとアンタ、どこへ飛んで行ってるのよ!》
「こんなに足場が悪いんじゃ戦いにくいからよ。悪ぃが、新しい足場で戦わせてもらうぜぇ!」
くるりと体を回転させると、家屋の壁を足場にしてまた一つジャンプする。
精によって強化された体は、”飛翔の風翼”の効果も手伝い向かいの家屋まで一直線に飛び。そこでもまた体を回転させ壁を足場にジャンプする。
自分の周囲をハエ――いや、華麗に舞う鳥のように素早く跳び回り出した俺に、オークキングはグァゥと困惑の声を漏らした。
「足場がねぇなら作りゃいいってな。ちっとばかし行儀が悪いが、今は戦闘中だ。文句は終わってからにしてくれや! なぁオークキングさんよぉ!」
忌々しそうな視線を投げてくるオークキングに、俺はビュンビュン跳び回りながらククッと笑いかける。
《アンタ、随分器用な魔法の使い方するわね。”飛翔の風翼”は飛翔の魔法。体重の制御はかなり難しいはずなのに》
一方神剣は、家屋の外壁を足場に跳び回る俺に感心したように声を上げた。
ただ俺の場合器用なのでなく、本来飛翔できるはずの”飛翔の風翼”で、魔力制御が拙く浮遊しかできないものだから、苦肉の策でこうしているだけなのだ。
わざわざ弁明することでもないし黙っておくが。
《でも、こんなに一直線に跳び回るだけじゃすぐに――》
神剣がそう言いかけた瞬間。
「ウ”オ”ア”ア”ーッ!!!」
体躯に似合わないスピードで体を回し、オークキングは大剣を横なぎに振り回した。
大剣の先端が周囲の家屋に食い込み、バキバキと派手な音を立てる。しかしオークキングは意にも返さずそのまま力任せにブン回し、剣を叩きつけるようにして俺に攻撃してきた。
《ほらね。どうやってかわすのかしら?》
「ハッ! 当然そうくるよなぁ!」
空中を一直線に跳ぶ俺の眼前に、柱のような大剣が迫る。
俺は”飛ぶ”のではなく”跳んで”いるだけなので、移動ルートはどうしても一直線にならざるをえない。
つまり跳んでいるルートに攻撃を置いておかれると、回避することができないのだ。
ただそれも普通ならば、でのこと。
俺は一人で戦っているわけじゃない。俺のそばにはいつもこいつがいてくれる。
「シャドウッ!」
地に映る俺の影からニューッと黒い手が垂直に伸びてくる。それを片手で掴めばグイと地面へ引っ張られ、俺の体すれすれを、大剣が轟音を立てて通り過ぎて行った。
《んなっ――》
「まだまだぁ!」
シャドウに引っ張られ地面に向かった俺の体。着地するや否や地面を蹴りあげ、また宙へと舞い上がる。
そこにはオークキングの馬鹿でかい頭があった。
奴は大剣を思い切り振り抜いたせいで、直ぐに体を戻すことができない。しかしその四白眼はしっかりと俺を捕えていた。
俺は奴の兜を引っ掴むと、奴の頭にとりつくようにぐるりと回転する。そして遠心力を最大限に利用して精技を放った。
「”練精蹴”!」
顔面に膝蹴りを食らわせる。奴の鼻から黒い霧が噴き出し、その巨体がグラリと揺れた。
「”練精蹴”っつーより、”練精膝蹴”って言うべきか?」
んな技ねぇけどな! と独り笑いながらオークキングの肩をタンと蹴り、俺の体を更に高く舞い上がらせる。
そして動きの鈍ったオークキングに対して俺は腕をまっすぐに伸ばし、手の平を広げた。
「風の精霊シルフよ! 我が呼び声に応じ、一陣の疾風を巻き起こし賜え!」
空気が渦を巻き、鉄すら切り裂く風の刃が徐々に形成されていく。俺は手加減無用と魔力を盛大に放出し、それを六つ作り上げた。
《嘘……魔法の二重行使……? そんな、それじゃまるで――》
神剣がなんかぶつぶつ言ってるが、これはそんな大した技能じゃない。
すでに発動した魔法の制御を他の誰かに委ねて別の魔法を詠唱するなんてことは、実用上にメリットがあるかは別として、魔法使いなら大体できる。俺はそれをシャドウとやっているに過ぎないのだ。
「”疾風の刃”ッ!」
とは言え説明するのも面倒だ。
神剣のことは放置して、俺は渦巻く風刃を一斉にオークキングに向かって撃ち放った。
風魔法は他の属性と比較して、殺傷能力の高い魔法ばかりだ。”疾風の刃”も下級ながら、ちゃちな鎧なら容易く両断するほどの威力を誇る。
それが六つ。食らえばさしものランクA怪物でもただでは済むまい。
ある程度はダメージが見込めるだろう。俺はそう思っていた。
しかし眼下のオークキングは俺を見上げながらも、その場から動く様子を全く見せなかった。
盾すらも構えない。一体なぜ――そう思った次の瞬間。
奴は空に食いつくかのように、その大口をぐわと開いた。
「グア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ーーーーーッッッ!!!」
ビリビリと大気を震わせる咆哮。オークキングへと向かって行った”疾風の刃”はいずれもその咆哮によって四散し、かき消えてしまう。
いや、それだけじゃない。
その咆哮は、思わず身をかばう様に腕を前に出した俺の体を突き抜けながら、周囲の風の精霊をも吹き飛ばし、”飛翔の風翼”を無理やり無効化してしまった。
「マジかおい、”暴圧の息吹”だと? 中級精技じゃねーか! そんなんも使うのか!? 俺だって使えねぇのによぉ!」
《気付いてるか知らないけど、アンタ落ちてるわよ》
体に感じる浮遊感を失った俺は絶賛墜落中である。呆れたような神剣の声が耳に届いた。
そんな俺達に鋭い視線を向けるオークキング。奴は俺の落下地点に向かって、ぐっと腰を落とした。
盾を前に突き出したその構えには凄く見覚えがある。間違いなく”盾突撃”の予備動作だった。
力を溜めるように体を沈めていたオークキングは、体全体をバネの様にして駆け出した。すさまじい脚力でもって、瓦礫を跳ね上げながらこちらへと猛然と突っ込んでくる。
”暴圧の息吹”の余波がまだ周囲に残っており、”飛翔の風翼”は使えない。
ただ墜落するだけの俺に向かい、オークキングはその巨体を生かした攻撃を仕掛けてくる。
《ちょっとアンタ、何とかしなさい!》
慌てる神剣の声を聞き流しながら、俺はウエストバッグに手を突っ込む。
そしてかぎ縄を取り出すと、二回振り回してから投げ、隣の家屋の屋根に引っかけた。
「突っ込みてぇなら一人で顔面ぶつけてきな! ハッハァーッ!」
《何笑ってんのよ!?》
ピンと張った縄に引っ張られ、オークキングの攻撃から体が逸れていく。対するオークキングはそのまま突っ込んでいき、家屋を瓦礫の山と変えてしまった。
なんて威力だよ。冗談でも食らいたくねぇなありゃ。
軽やかに地面に降り立った俺を、オークキングはゆっくりとした動作で振り向き見据えた。
感情から伝わるのはいら立たしさを孕む怒り。どうやら相当お冠の様子だ。参ったね。
「精技を食らわせても大したダメージにはならない。魔法もかき消される。攻撃は凌ぐだけなら何とかなるが、かといってこっちにゃ決め手がねぇ、か」
やられないように立ち回るだけなら何とかなる。三十分も持ちこたえれば、バド、スティア、ホシの内、誰かがこちらに来てこいつを片づけてくれるだろう。
しかしそれでは遅い。もたつけば、その間に西門にオークキングが押し寄せ、あそこを守る人間達を蹂躙するだろう。
目の前のこいつを相手にして、その想像が確信に変わったわ、この畜生め。
(それだけは絶対に防がなきゃならねぇ。そのためには、何としても俺が倒す必要がある)
手に握る神剣を横目で見る。神剣は《アンタ何なの!?》と文句を言っているが、それを無視して声をかけた。
「俺もお前には聞きたいことがある。お前、なんでサイラスを見殺しにしようとした?」
先ほどまで騒いでいた神剣は、俺の問いにピタリと口を閉ざした。




