128.防衛戦 開戦
「ちょっとちょっとおじさん! 何なのアレ! メッチャ火が出たけど!? 危険すぎじゃない!?」
俺がオークの惨状を見て高笑いをしていると、大通りを挟んで向かいの屋根からケティがオークの消えていった場所を指差しながら怒鳴ってくる。
「馬鹿野郎! 危険じゃねぇ武器なんてあるか!」
「そっ、そりゃそうだけどさぁ! 大丈夫なの!?」
「お前は文句ばっかり言いやがって! 手より口を動かせ!」
「逆! おじさん逆だから!」
余計な口を挟んでくるケティに、何言ってんだバッキャロイとやり返す。
相手を倒すから武器だっつってんだよ。本当にオーク達をおもてなししてどうすんだ。
不毛なやり取りを彼女とわあわあ言い合っていると、そんなことは関係ねぇ! とばかりに次々とオーク達がこちらに向かって押し寄せてくる。
おいおい漫才してる暇なんてねぇじゃねぇか。とりあえずケティは無視しよう。あいつは放置されればされるほど輝くからな。
ケティの声を耳からシャットアウトすると、俺は屋根に登っている皆をぐるりと見渡し最後の注意喚起を行う。
「お前ら! 合言葉は分かってるな!? せーのぉ!」
『”魔力を込めたら五秒でドカン!”』
「よーし、そうだっ!」
掛け声を上げると、冒険者や、腕や足の無い元騎士らが威勢よく声を返してきた。彼らの手には、昨日作成した例のブツ――ドキワク! リリちゃんのランダム魔法炸裂弾が握られている。皆は掛け声と共に、それを意気揚々と頭上に掲げた。
昨日、子供達に町中から材料を集めさせ、この町で伯爵のもとインフラ関連の魔法陣を作成している一団に魔法陣を作成させ、それらを皆と必死になって作り上げた炸裂弾。
その威力は見ての通り。勢い良く火炎を噴き出す火炎噴射弾だ。
作り方は簡単。スープを入れるのに使うお椀の中に、失敗した魔法陣二つと適当な重りを入れる。その上からもう一つお椀を被せ、口に接着用のニカワを薄く塗り、仮固定用に縄で巻けば完成という、超お手軽な物だ。
「おらよっ!」
「それっ!」
こちらに襲い来るオーク達へ、次々と炸裂弾が投下される。炸裂弾から噴き出した炎は一瞬で広範囲に広がると、オークの体にまとわりつくように燃え広がり煌々と立ち上る。
炎を浴びたオーク達は途端に逆巻く炎に飲まれ、地を転がりまわり、苦悶の声を上げながら次々に霧と化していった。
『おおーっ!!』
なかなかのえげつない威力に周囲からも歓声が上がる。あっけなくオークを葬る光景に、冒険者や騎士達だけでなく、いつしか腰を抜かしていた町人達の目にも強い光が灯っていた。
いい傾向だ。単純に大挙するオーク達に対抗するために考えたものだったが、それ以上の効果も得られた。思いがけない効果に俺はほくそ笑む。
皆は炸裂弾の効果に高揚しているが、しかしこれは炸裂弾の威力だけでなく他の要因も大きい。それは奴らの体に付着した、大量の油だった。
門を潜ったところですぐに作った堀。この中には大量の食用油を満たしていたのだ。
オーク達は深いところで胸元まである堀を避けることなく、馬鹿正直にザブザブと歩いて渡りこちらまで来ている。
堀は道幅ギリギリまで掘ってあるため、迂回しない限りどうしても堀を通らなければならない。そうしてその体にべっとりと付着した油が、この炸裂弾の威力を増大させている、というわけだ。
もしこれが人間相手だったら迂回するなり何なりしているだろう。真っすぐ突き進むことしかしない怪物相手だからできた手だった。
なおこの油はオーク達が攻めている今も常に供給し続けている。
「おらぁっ!」
「おらよ!」
堀めがけ、屋根の上から油が次々と投入される。それを頭から被るオークもいるが、攻撃手段のないオークはそれに鋭い目を向けるも手出しは出来ず、後ろから押されて前進するのみだった。
油を投入するのはDランクの冒険者達。そして彼らへ油を運んでいるのは、運び屋やEランク以下の冒険者、そして多くの町民達だった。
俺達が上に乗っている家屋の裏手には、階段状になった”岩盤の大盾”があちこちに立てられている。
そこには町人達が列を成して並び、油を入れた桶などを手渡しで屋根の上まで運び、列の先頭へ届けているのだ。
油は地面にも染みるし、そうでなくてもオークの体に付着させる以上嵩が減る。減った分は供給しなければいずれなくなってしまうため、屋根の上から投入しているというわけだ。
彼らが投入する食用油は別段特別な物ではなく、一般家庭にもある普通の油だ。そのため店舗のみでなく、本当に町中から全て集めさせたのだ。
だがこの油、ただ火をぶち込めば燃えるかと言えば、そんなことはない。
例え炎を直接ブッ込んでも、常温なら普通延焼しない。それどころか火が消えて終わりだ。
油に火を着けるには、それなりに高温にしなければならないのだ。理由は知らんけど。
だが目の前のオーク達は炎にまかれ絶賛ごろごろダンス中である。
実はこれにはちょっとしたタネがあった。
リリとセントベルで分かれて以来、俺は”わざと失敗した魔法陣”がどういう効果をもたらすのか、という事を遊び半分で研究し続けていた。
その結果、失敗の仕方とその反応について、結論付けられたことが二つあった。
一つは、失敗する方法によって反応が異なるということ。
定着で魔力を込めた場合、魔法陣が破損するだけで何も起きない場合と、何らかの反応――火魔法なら火を吹く、水魔法なら水を噴き出すなど――が起きる場合があったのだ。
もう一つは、何らかの反応が起きる失敗方法の場合、この反応には魔法陣で引き起こされるはずだった魔法の特質を持つ、ということだ。
今炸裂弾の中に入っている魔法陣は二つ。
一つは火の基礎魔法、”着火”の失敗作だ。
今回の失敗作は反応が起こる方のもの。すなわち、”着火”の効果がある火を噴き出す魔法陣になっている。
”着火”はその名の示す通り、何がしかに着火させる魔法だ。
普通ならごく小さな炎を出すだけの弱い魔法だが、今は魔法陣の失敗による暴発と、その威力を増大させるもう一つの魔法陣によって、威力が桁違いに上がっている。
常温では燃えない食用油とはいえ、一度着火してしまえば延焼は免れない。それ故オーク達は皆ああして地面を転がっているというわけだ。
そしてそのもう一つの魔法陣というのが、土の下級魔法、”毒の薄雲”だ。
強力な毒を周囲に散布するこの魔法。強力は強力だが、実は殆ど使われない魔法だった。
理由は三つ。
一つは鼻が曲がりそうなほど臭いということ。
この臭いのせいで魔物ですらすぐに逃げてしまい、効果を上げるのが非常に難しいのだ。
二つ目は、消費魔力の制御が非常に難しいということ。
範囲を広げれば広げる程魔力を消費し、制御を誤るとすぐに枯渇してしまう。しかし魔法で発生するのが霧のため、効果範囲を正確に絞るのが難しい。
制御が難しく、気付かずに必要以上の魔力を消費することもある。魔力事情に非常にやさしくない魔法なのだ。
そして最後。それは火をぶち込むと引火する霧だということ。
水や風では毒が散ってしまう。しかし制御が難しい霧に火などぶち込めばどうなるか。最悪こちらが火だるまになってしまうだろう。
そんないくつかの理由から、かなり使い勝手が非常に悪く、そもそも習得しない魔法使いすら多いという魔法だったのだ。
だが俺はその二つを合わせ、炸裂弾を作った。結果は見ての通りだ。
”着火”の炎を”毒の薄雲”が噴き上げる。その合わせ技の前にはさしものオークも太刀打ちできないようだった。
魔法陣を作る一団の長はかなりヨボヨボの婆さんで、杖を突きよろよろと歩いていた。
しかし俺が魔法陣について説明すると急に大笑いし始め、「自分の棺桶選んでる場合じゃないねぇ!」と杖を放り投げて走って行ってしまったのだ。
そんな不可思議な行動から少し不安だったが、試作も全く問題ないものを作ってきたし、今もまた皆の投げる炸裂弾は全て正常に機能している。
初めて見る魔法陣だというのに見事にやってのけてくれた。その婆さん――オーギュスティーヌ婆さん達には感謝しきりだ。
なおこの合わせ技、実は俺が考えたものではない。三十年近く前に山賊団にいたジェイダと言う人物に教わったものだった。
ジェイダは俺が十の時に山賊団を抜けてしまったが、今頃どうしているだろうか。いつかまた会いたいものだ。
今も眼下には炎が立ち上り、周囲を赤々と照らしている。”岩盤の大盾”を大通りの両脇に立てさせたのはこのためだった。
オーク達を無事退けた結果町が丸焼けになりました、ではどうしようもないからな。
隙間無く設置された”岩盤の大盾”は、オーク達が家屋を破壊することを防いだり、路地へ逃げたりすることも封じていることに加え、さらに言えば屋根と同じ高さに作っているため、俺達の足場も増え一石三鳥、四鳥の手でもある。
この盤石な体勢ならオーク数万など何するものぞ。
――と言いたいところだが、現実はそう上手くはいかなかった。
「よーし! 投下止め! 一旦待機だ!」
『了解!』
そう、炸裂弾の数がそこまで無いのだ。今は炸裂弾の具合を投擲隊に確かめさせているに過ぎなかった。
オギュ婆さん率いる魔法陣作成部隊が、二十五時間かけて作れた魔法陣は三千個ほど。
よく作ったと褒めたいところだが、しかしオークの数が数万なのだから全く足りていなかった。
西門にはそのうち二千五百を持ってきているが、それでも節約しながら要所要所で使っていくしかない。
大海嘯が始まったばかりである今、敵は第一階層の住人であるオークのみ。であれば、まずは炸裂弾温存のため、正攻法によってどれだけ数を減らせるかが重要になってくる。
俺は炸裂弾を手にしている者達に止めるよう指示を出し、そしてこちらの号令を待っていた一団に右手を上げる。
「よーし次だ! 弓! 構えっ!」
俺達と共に屋根に上がっている元兵士ら百人と、冒険者ら数十人。準備万端とばかりにこちらの様子を伺っていた一団が、すばやい動きで一斉にキリリと弓を引く。
そして、次の号令で一斉に火を噴いた。
「放てーっ!」
俺が手を前方目掛けて下ろすと同時に、次々と矢が空を翔けた。
百を越える矢は、空を裂く音を立てながらオークの群れ目掛けて飛んで行き、雨のように降り注いだ。
「グガァァ……」
「ウガァ……」
オーク達は矢を見て回避行動をとろうとする。しかし堀はオークの体に油を付着させる以外にも、動きを鈍くする意味合いも持っていた。
堀の中で押し合いへし合いの団子状態になっているオーク達は、ろくに対処も出来ず矢に貫かれていく。こんな状態の相手ならどんなに射手が下手でも、前に飛ばしさえすれば嫌でもどこかに刺さるだろう。
足の鈍ったオーク達は雨のように降り注ぐ矢をかわすこともできず、次々に倒れていく。
その堀は濃い黒に覆われ、かなりの数のオークが息絶えたことを示していた。
しかし――
『ウガァァァァアアッッ!!』
その霧の向こう側から次々に新手のオーク達が姿を現す。仲間の死などどうでもいいのだろうか。もっと撃って来いとでも言うように、オークの群れはさらに大きな咆哮を上げた。
「せ、先生……これは……」
どよめく町人に煽られてか長助が弱音を吐く。ちらりと視線を向ければその瞳は不安に揺れていた。
オークを倒せるようになったとは言え、こいつは伯爵令嬢だ。戦いの経験に乏しい娘だ、この反応も無理はない。
だが戦場に出たいと言い出したのはこいつだ。甘やかすつもりもなければ特別扱いをするつもりもない。
彼女に何も言葉をかけずまた前を向くと、俺は皆に聞こえるように声を張り上げた。
「気圧されるなーッ!!」
オーク達の咆哮に負けないよう、町中に響くように大音声を上げる。
「奴らは真っ直ぐ突っ込んで来る以外に脳の無い連中だ! 見てみろ! 堀を迂回することも無く突っ込んで来やがる! ただのいい的だ!」
腰が抜けた町人も、震え上がっている者達も、皆を鼓舞するように大声を張り上げる。
「気合でも、覚悟でも、信念でも! 何一つ譲るな! 何一つ負けるな! 臆するな! 地の利はこちらにある! 有利なのは俺達だ! 勝つのは俺達だッ! 雁首揃えて断頭台に上がるオーク共を、望み通り一匹残らず地獄に送ってやれーッ!」
『おぉぉぉぉーーっ!!』
ノリのいい冒険者や騎士達が鬨の声を上げる。それに引っ張られるように町人達も次々と声を張り上げていった。
良い雰囲気だ。もし彼らの心が折れるようなことがあれば≪感覚共有≫でもって士気を無理やり上げる手もあるが、まだ必要なさそうだ。
次々と伝染する喊声を、俺は腕を組み不敵に笑いながら聞いていた。
堀の中をうごめくオーク達に次々と矢が突き刺さっていく。矢は昨日から今もなお鍛冶屋達に必死に作らせ続けており、二万にも上るかなりの数がここにはあった。
屋根の上から休み無く放たれる矢が容赦なくオーク達を穿つ。一本や二本じゃ足りない威力でも、三本、四本となると話が変わる。
オーク達はバタバタと倒れ油の池に沈み、それを逃れ堀から上がったオーク達も、次の瞬間地を舐めた。
堀の中から、通りから、あちこちからぶわりと黒い霧が立ち上る。
しかし相手はこちらを倒すこと以外何も考えていないのか、数に物を言わせて前進し、次々に堀を通り抜けると、矢が突き刺さった体で大通りを駆け抜ける。そして防衛隊達へと襲い掛かっていった。
「来るぞ! 盾! 構えーっ!」
クラウス殿が声を上げるのと同時に、防衛隊第一陣の騎士達は油断無く盾を構える。
疾駆するオーク達は躊躇うという事も知らない様子で、それに問答無用と次々に襲い掛かった。
『グォォォォーッ!!』
『おおおぉぉぉーッ!!』
構えた盾に棍棒が振り下ろされる。人間を遥かに越えた膂力が生み出す一撃は、激しい金属音を生み出し騎士達の顔を歪ませた。
これに気を良くしたのか、次々に騎士達に襲い掛かるオーク達。やたらめったらに棍棒を振り回し、騎士達の盾に悲鳴を上げさせた。
奴らは馬鹿で単調だが、しかし、だからこそ単純に強い。この力任せの接近戦が奴らの本領であり、全てなのだ。
オーク共もそれを分かっているのか、遠距離でいいようにやられた恨みを晴らすかのように、水を得た魚といった雰囲気で棍棒を振り回していた。
あちこちから鉄の盾の悲鳴が上がる。オーク達は後ろからも続々と押し寄せ、騎士達を押しつぶさんばかりの勢いで攻め続けていた。
だがな。
そう易々とやられてやるほど、人間は物分りがよくはねぇんだよ。
「グガッ!?」
「ウガッ……!」
棍棒を振り上げたオークの胸を一本の槍が穿った。その槍は盾を携えた騎士の後ろから伸び、深々とその胸板を貫いていた。
「おぉぉっ!」
「セイァッ!」
更にその横からも槍が突き出され、今度はオークの胴を穿つ。盾を持つ騎士達に棍棒を打ち付けていたオーク達は、その後方に控えていた槍を持つ騎士達に貫かれ、霧へと帰っていった。
『おぉぉぉぉぉーッ!!』
騎士達――いや、元騎士達は一際大きな声を上げる。そして次々に襲い来るオーク達を嬉々として迎え撃った。
「おーおー! やるじゃねぇか!」
その勇ましい様子にヒューッ! と口笛を吹く。
盾を持つ元騎士も、槍を持つ元騎士や兵士達も、腕や目を失った者達ばかりだ。
隻腕だというのにあの連携は素晴らしい。まるで付け焼刃のように見えなかった。
「彼らは私達の先輩方ですから。オーク程度では相手になりませんよ」
俺の口笛を聞きクラウス殿はわずかに頬を緩ませる。現副騎士団長の誇らしそうな様子を見る限り、やはり元とはいえ彼らもまた騎士なのだと分かる。
威風堂々と言った様子でオーク達を迎え撃つ元騎士達に向けるクラウス殿の眼差しは、まるで我が事であるかのように喜びに満ち満ちていた。
俺はそれに軽く笑って返すと、胸元に手を突っ込む。そして、
「え?」
「ど、どこから弓を?」
にゅ、と弓を取り出すと、長助達の困惑の声を無視して矢をつがえる。そしてどすどすと道を走るオークに狙いを定め矢を鋭く放ち、その脳天を貫いた。
『おぉぉぉーっ!』
周囲から歓声があがる。俺は右手をぐ、と上げて応えると、さも楽しそうに聞こえるように大声で皆を鼓舞した。
「いいぞ! その調子で、奴らに思い知らせてやれ! お前達の町を潰そうって事が、どういう事かをな! そして、あの世で後悔させてやれっ!」
『おぉぉぉぉぉーッ!!』
次々に襲いくるオーク達を前にして、歓喜の喊声が町を揺らした。




