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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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121.奔走

 俺達が大通りを爆走していたところ、幸いにもサイラスは西門の近くで見つかった。

 簡潔に事情を説明するとサイラスは目を白黒させ、話が飲み込めない様子だった。しかし後は任せろと”雪鳴りの銀嶺(ぎんれい)”が胸を叩いたので、俺達四人はこの場を彼らに任せ、目的のお嬢様の行方を捜す事にした。


 と言ってもあの伯爵家の馬車は目立つ。しかるべき人間に聞けば出発したかどうかは一発で分かる。

 なので門衛に声をかけてみたのだが、やはり最初は話すのを拒まれてしまった。

 彼らからすると俺達は不審人物だ。貴族の情報など与えるわけが無く、彼らの対応は当然のものだった。


 だがそんな時アーレンが息を切らせてやってきて、俺達が怪しい人間ではないと擁護してくれたのだ。

 俺が考えていたよりもトップ冒険者への信頼というものは厚かったようで、彼の口ぞえがあるならと、そこでやっと情報を聞き出すことができたのだった。


 で、その肝心の情報だが――


「くそっ! なんで今日に限って早く出るんだよ!」


 衛兵達の話では、お嬢様一行はすでに町から出たそうだ。馬車は西門ではなく、ほぼ貴族専用となっている南門から出発したが、それを門衛たちが遠目で確認していたらしい。

 早すぎる出発に舌打ちをしながら町を飛び出すと、俺達は(じん)を全開に街道をひた走っていた。


 風を切り、荒い息を吐きながらも全力で足を動かし続ける。そんな俺の両隣には、涼しい顔をして走る二人の姿があった。


「恐らく第二階層の探索で張り切ってしまったんでしょうね」

「間が悪い!」


 スティアの言葉をホシがぶった切る。確かにそうなんだが、そう言っては胸を膨らませていた長助が少し可哀想だ。

 身の蓋も無い言い方に内心苦笑いしつつ、前へと強く大地を蹴る。いつもなら長閑に進む光景を、俺達は切り裂くようにして駆け抜けて行った。


 そうこうして十数分ほど経った頃、明らかに一般町民が使わない存在感がある馬車と、馬に乗り並走する騎士達の姿が見えてきた。


「おーい! おーい!」


 ホシが走りながら声を上げる。俺は正直もう息も絶え絶えだ。声を上げる元気がない。

 こういうとき馬鹿みたいに元気な奴がいると助かる。


 ホシが走りながら大声を上げていると、騎士のうち一人が気付いたらしく後ろを向く。そして何やら指示を出し、馬車を止めてくれた。

 俺達はそこに駆けこむ。それは騎士がドアを開け、長助が顔を覗かせたのとほぼ同時だった。


「せ、先生!? どうされたのですか!?」


 汗だくで息も絶え絶えの俺に長助は目を丸くする。でも今は説明してる余裕が無い。


「ウ、ウィンディア、頼む……」

「承知しましたわ。貴方様は少しお休み下さいまし」

「た、頼んだ……」


 俺は道端も何も関係なく、その場にどかりと腰を下ろす。

 久々に滅茶苦茶疲れた。だが、まだまだ走らなきゃならない。


 今は体力の回復に努めよう。俺は目を閉じ、深く呼吸をしながら息を整える。

 騎士達の驚きや疑問の色を含んだざわめきが聞こえるが、スティアが上手く説明してくれるだろうと、ただじっと座り込んだ。


「先生」


 そうして息の乱れも整ってきた頃、かけられた声に目を開く。

 視界に映ったのは怪訝そうな顔をした長助と、疑うような目を向ける騎士達の姿だった。


「ウィンディアさんの説明で事情は分かりました。今日は帰る事に致します。ですが大海嘯(スタンピード)なんて……。にわかには信じられません……」


 彼女は軽く首を振る。まあそうだろう。誰だってそうだ。

 勿論、ここに来ている俺だってその一人だ。だから、


「頼みがある」


 そう言って騎士達を見た。


「南西に新しく魔窟(ダンジョン)への入り口が出来ている可能性がある。誰か一人、それを確認してきて欲しい」


 騎士達は皆困惑した表情を浮かべる。その行動の意味をいぶかしんでいるのだ。

 だから俺はもう一押し頼み込む。


「何も無きゃそれでいい。だが、何かあった時に取り返しがつかない事態になる可能性がある。何も無い事を確認してきてくれれば良いんだ。頼めないか?」


 だが騎士達は顔を見合わせるばかりで、動く気配を見せなかった。


 やはり駄目か。俺は諦めの息を一つ吐く。

 伯爵に動いてもらう以上、その情報源が間違いないものだという確実性が不可欠だった。

 であれば騎士達から報告がなされるのが一番。そう考え、騎士達に助力を申し出たわけだが。


 しかし彼らにはお嬢様の護衛という任務がある。

 彼らが騎士である以上、不確かな情報に惑わされ本分を違えるなど、あってはならない事だ。彼らは任務に忠実なだけであり、これを非難するのはお門違いだった。


 どうやらホシかスティアのどちらかに行ってもらう必要がありそうだ。

 彼らの説得を諦めた俺は切り替えてホシを見る。


「分かった。俺が行こう」


 だがその時だ。馬に跨った騎士が一人、(ひづめ)の音を立てながら前に出てきた。

 それは騎士達のまとめ役のような男、オットマーだった。


「オットマー……」


 長助が視線を向けると、彼は小さく頷く。


「何も無いことを確認してくれば良いのでしょう。お嬢様、申し訳ありませんが、私は護衛から一旦離れさせて頂きます。皆、後は頼む」


 そう言って彼は馬を走らせようとする。しかしちょっと待ったと俺は腕を広げた。


「悪いがこいつも連れて行ってくれ! アンソニー!」

「ほいさっさ!」


 呼ばれたホシは馬に駆け寄り、ぴょいとオットマーの後ろに乗り込んだ。


「こいつには俺の魔法がかかってる。こいつの耳を通して俺と連絡がつくから、どこにいてもあんたの声は聞こえる。もし異常があればすぐに連絡してくれ!」

「……奇妙な魔法もあるものだな。少し試させてもらうぞ。ハイッ!」


 オットマーはそう言い残し、ホシを乗せたまま馬を走らせる。そしてかなり離れたところで馬を止め、こちらを振り向いた。何だろう。


《お嬢様に両腕をあげて振って頂きたい》


 何事かと思っていると、≪感覚共有(センシズシェア)≫からオットマーの声が聞こえてきた。

 なるほど、それで試すわけか。


「長助、オットマーが両腕をあげて振ってくれだと」

「えっ? は、はい」


 彼の考えに感心しながら長助にそのままを伝える。その行動の意味に困惑しながらも、長助は両腕を高く掲げて大きく振った。

 ぶんぶんと振られる手をオットマーは少しの間じっと眺めていた。しかし俺の魔法に納得がいったらしく、


《もういい。分かった。何かあればすぐに連絡する》


 抑揚の無い口調でそう言い残したかと思うと、すぐに馬を走らせどんどんと小さくなって行った。


 俺は騎士とは非常に相性が悪い。そのため説得できる可能性は低いと思い、時間にも押され、早々に諦めようとしていた。

 だが彼のような柔軟な思考が出来る奴がいたのは本当に幸運だった。


 一つの懸念事項が無事に済んだことに安堵しながら、俺はまた彼らに向き直る。今度は何だとでも言うかのように、騎士達の胡乱げな視線が俺へと集中した。


「もう一つ頼みがある。ルッツ、一足先に俺と一緒に伯爵家に帰還してくれ」

「え? ぼ、僕ですか?」

「この中で俺を一番知っているのはお前だ。お前に頼みたい」


 これは初めから、俺との信頼関係がわずかでもあるルッツに頼むつもりでいた。

 俺は彼の顔を見てから、次に長助へと視線を移す。


「護衛が少なくなる分は、このウィンディアを置いていく。ウィンディアにもさっき言った魔法がかかっているから、何かあればこいつを通して俺に連絡をくれ。俺達は先に町に帰って伯爵に面会してくる」

「お父様にですか!?」


 長助は目を見開く。平民が伯爵に会うなどまず不可能な事を知っているのだろう。

 それを当たり前のように言う俺に、長介は困惑したような目を向けた。


「先生……貴方は、一体?」

「後で分かるさ。話は後だ」


 彼女は少し逡巡したが、すぐにこくりと頷いた。俺もそれに頷いて返し、そしてスティアを見た。


「ここは頼むぞ」

「ええ。任されました」


 にこりとスティアは笑って答える。こいつに護衛されるなんて、たとえオークが千や二千いても大丈夫だろう。


「さてルッツ。どっちが早いか競争するか?」

「え、でも――」

「何、内勁(ないけい)を鍛えりゃどれだけやれるか、お前に見せてやるよ」


 俺はにやりと彼に笑ってみせる。そして彼の返事を待たずに地面を思い切り蹴った。

 ぐんと距離を離す俺を見て本気だと分かったのだろう。ルッツは慌てて(あぶみ)に足をかけ、馬に跨り始めた。


 流石に馬と全力で追いかけっこした経験は無いが、どっちが早いんだろうな。

 そんなことを思いながら、俺は町へと続く道を、ルッツと共に逆走し始めた。



 ------------------



「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」


 流石に疲れた。俺は息を整えながら大通りを歩いていた。

 汗だくでヨロヨロと歩く俺に不審人物でも見るような目を通行人達は向けてくるが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 ルッツは南門を抜け、先に伯爵家へと戻って行った。こちらの事情は道中ある程度伝えてあるため、恐らくスムーズに面会できると思う。

 が、まずはバド達と合流しなければ。


 俺はヨロヨロと中央広場に向かう。するとバドともう一人、男がベンチに座っているのが見えた。

 彼は俺の姿を見ると、驚いた表情を浮かべて駆け寄ってくる。アノールトだ。


「エイク様! どうしたんです!?」

「だ、大丈夫だ。三十分くらい、体を活性化させて、全力疾走してきただけだ」

「な!? ぶっ倒れますよ普通!? 本当に大丈夫なんですか!?」

「ちょっと休みゃ大丈夫だ……」


 アノールトは「まったくもーっ!」と頭をがしがしとかく。

 そして二枚の羊皮紙の切れっ端を俺に突きつけた。


「隊長が喋れないからって持たせたんでしょうけど、これもう少し何とかならなかったんですか!? ”すぐ戻る””ちょっと待ってろ”って! 何も状況が分かりませんよ!」


 ぷりぷりと怒りながらも律儀に待っていたアノールト。隣ではバドが多分すまなそうに大きな体を縮こまらせている。

 なおも文句を言い続けるアノールトだったが、しかし俺はそれを手で遮った。


「すまん、事情はこれから伯爵家で話す。お前も一緒に来い」

「伯爵家って……ハルツハイム伯爵ですか!?」

「他に誰がいるんだよ。今はマジで時間が無いんだ。ほら行くぞ」

「あーっ! もう! エイク様らしいっつーか……あ、ちょっと待って下さいよ!」


 ヨロヨロと歩く俺を見かね、アノールトが駆け寄り肩を貸してくる。その後ろをバドも続き、俺達は中央広場を南へと歩いて行った。


 シュレンツィアの南に建てられた居城。この中央広場からも遠くに見えるその白亜の城に、ハルツハイム伯爵は定住している。

 ハルツハイムの中心はここではなくサディナと言う都市だ。しかしハルツハイム領を守る要となるここに、伯爵は常に滞在しているはずだ。

 しかし彼が面会してくれるかどうか、その点について俺は少々不安を感じていた。


 俺と伯爵との軋轢(あつれき)は”赤獅子の奇跡”に起因する、とある出来事が原因だった。

 どちらが悪いわけでもなく、第三者の暗躍によって生まれてしまった不和だった。しかし結果としてそれが氷解することはなく、わだかまりだけが残り今に至っていた。


 ただ、今は状況が状況だ。正直手段を選んでいる時間が無かった。

 最悪無理を押してでも、と少々物騒な事を考えつつ、俺達は石畳の上を歩く。


 中央広場は行き交う人でごった返しており、不穏な空気はまるで感じられない。

 誰の目にも平和そのもので、後少しでここが惨劇に変わると言ったとして、誰がそれを信じられるだろうか。


 きっと二年前もそうだったのだろうなと思うと、かつて感じた苦々しさが蘇った。


「チッ……。チンタラしてる暇はねぇな」


 俺はアノールトにもう良いと告げ、自分の足だけで伯爵家を目指す。休むのは伯爵家でもできるのだ。今はただ、急ごう。

 先ほどよりも早いペースで歩みを進めると、ただ歩いているだけなのに息が切れてしまう。アノールトの言う通り、少々無理をしたかもしれない。


 自分の軟弱さを悔やみながら、しかし足は止めず、黙々と歩く。バドとアノールトも一切口を開かずに、俺の後に続いた。

 そうして伯爵家へと続く道を歩くこと数分。居城の前に構えた大きな門が目の前にやっと見えてきて、俺は無意識に息を吐いた。


 その鉄柵の門の両脇には騎士が立ち、油断無く警戒をしている。彼らはジロリとこちらを睥睨(へいげい)し、油断無く様子を伺っていた。


 普段なら俺のような怪しい奴は追い払われて終わりだろう。

 しかし今この時においては違った。


「お待ちしておりました!」


 門の正面に一人の騎士――ルッツが姿勢を正して立っていた。

 彼はヘルムを小脇に抱え、背筋を伸ばし俺達を見る。そして門の両脇に控える騎士達に指示を出し、門を開けるよう声を上げた。


 騎士達が動き始めると、直にガラガラと重い音を立て、ゆっくりと門が開け放たれていく。ルッツは完全に開門されたことを確認すると俺に向き直り、深々と頭を垂れた。


「エイク師団長。閣下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 どうやら面会は叶ったようだ。

 俺は内心胸を撫で下ろしながら、ハルツハイムの牙城へと足を踏み入れた。

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