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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
13/389

13.王都にて エーベルハルトの苦悩

「はぁ……。どうしてこうなるんだよ……」


 王城のある一室で、執務用にしては華美に過ぎる机に突っ伏す男が一人。 

 彼は朝からそこに座っているが、執務をする様子は全くない。乱れた頭をそのままに、机に頬を押し付けている。聞こえてくるのもため息ばかりだ。


 机の端には羊皮紙がうずたかく積まれている。

 今朝から高さが変わっていない決済待ちの書類達。ドアを開いて入ってきた騎士団長は、そんな彼の様子を見てやれやれと軽く頭を振った。


「だらしがありませんよ、殿下」


 苦言を呈すも机に突っ伏した彼――王子エーベルハルトは、それに身動き一つ見せなかった。

 騎士団長はわざと大きなため息をついてみせる。すると我慢がならなかったらしく、エーベルハルトは抗議するように顔を上げた。


「何だよ。じゃあ君が何とかしてくれるって言うのか? この状況を」

「ふむ」


 じろりと向けられた視線を、騎士団長はさらりと受け止める。


「嫌ですね」

「おいイーノ……。お前、随分とはっきり言うな。もう少し躊躇うとか無いのか?」

「私のすべき事ではありませんからね」


 責めるように言われても、王宮騎士団長イーノ・モルト・バージェスはこれをばっさり切り捨てる。

 流石にこれは面白くない。エーベルハルトはむっとして、体を起こして彼を見る。

 しかしイーノの表情はしれっとしたものだ。結局何を言うこともできず、エーベルハルトは頭をがりがりと掻いた後、今度は頬杖を突いて精一杯の不満顔を浮かべたのだった。


 エーベルハルトがこうなってしまった原因は他でもない、

 昨夜の事だ。パレードを成功に納め喜んでいたのも束の間、第二師団長のジェナスより第三師団長エイク失踪の報告を受け、大いに慌てる事になったからだ。


 急ぎエイクの捜索を命じたが結局本人の姿はなく、見つかったのは彼が書いたと思われる数枚の羊皮紙のみ。

 その羊皮紙に書かれていた内容は、出奔する内容を記した簡潔なもので。

 だがエイクとの付き合いも長いエーベルハルトは、あの男がただ出奔するわけは無い、これは何かの手がかりだと盛大な思い違いをした。


 その羊皮紙を縦に読んだり斜めに読んだり火にあぶったり水に浸したりと、思いつくままに色々試したエーベルハルト。

 しかし結局何も得る事は出来ず。現在途方に暮れているというわけであった。


 なお水に浸した時点でインクが滲み、手記は駄目になっている。それに慌てるエーベルハルトを、何をしているのかとイーノは呆れたように見ていたと言う。


「全く……。これからもエイクには第三師団の長として働いて欲しかったのに、どうしてこんな事になるのか……」

「エイク殿の手記を見た限り、殿下の怠慢のせいでは?」

「うっ!」


 エイクの手記には、人族と異種族間の軋轢あつれきを大きくする原因に自分がなりかねないからと、そんな理由が書き記してあった。

 当然イーノもそれを見ており、原因についても分かっていた。だからこそじろりと王子を見る。エーベルハルトも後ろめたさから、思わずビクリと反応した。


 元々の起こりは、エイクが元山賊であるという事実から来る、軽蔑や嫌悪だった。


 エイクが元山賊である事はどうしようもない事だ。そしてそれを皆が嫌う事もまたどうにもならない事だった。

 だが、もしエーベルハルトがもっと真剣にその問題に向き合っていたならば、イーノが言う通り、その悪意がここまで育たなかった可能性はあったかもしれなかった。


 エーベルハルトもエイクに向けられる悪意について、理解していなかったわけではない。

 だが戦時と言う多忙な毎日と、さして気にしてもいないようなエイクの飄々(ひょうひょう)とした態度から、後に回してばかりいた。

 それがこの結果だと指摘されれば何も言い返すことはできず、黙るしかなかったのである。


 エーベルハルトは国王ガドラスの嫡男であり、たった一人の息子である。そのため若干甘やかされて育ち、その環境が彼を少々子供っぽい性格に育ててしまったというのは否めなかった。


 しかし幸いにも彼は、父に触発された影響か、責任感が強い性格であった。

 加えて自分がこの国唯一の王子なのだという矜持も持っており、その幼稚さが矜持と責任感によって蓋をされ、表に出る事は殆ど無く済んでいた。


 しかしだ。五年前の王都襲撃に始まり、着の身着のままに王都からほうほうの体で逃げ出した後国内を一年もの間巡って。

 やっとの事で帰還するも、そこからは魔王軍との攻防が四年も続いた。


 果てにやっと魔王を封印し、パレードも大成功に収め、これでやっと一息つける。

 そう思ったら今度は頼りにしていた師団長の出奔だ。


 気を抜こうとした瞬間に発生したこの事態に、彼の生真面目さで蓋をされていた鬱憤は、噴き出しかねない程に膨れ上がってしまっていた。


「あー、くそっ! どうしてこう思い通りにならないんだ!」


 エーベルハルトは苛立たし気にまた頭をがりがりと掻く。


「殿下、あまりそう乱暴に掻かれては、将来禿になりますよ」

「お前、気遣う所がそこなのか!?」


 イーノがこれを気遣うが、自分でなく禿に気遣うのかとエーベルハルトは文句を言った。


「エーベルハゲトなどと陰で言われては示しがつかないでしょう」

「俺王族だぞ!? 誰も言わないよそんな事は!」

「プッ! エーベルハゲ……! ククククっ」

「自分で言って自分で笑ってるんじゃないよ! 不敬罪でしょっ引くぞ!」


 わけの分からない事で急に肩を震わせ始めたイーノ。これを怒鳴りつけるも、目の前の騎士は依然として笑い続けている。

 結局毒気を抜かれたエーベルハルトは、これにまたかと呆れてしまい、最後には不貞腐れたように頬杖を突いてため息を吐いたのだった。


 まるで子供のようにじゃれ合う二人の男。実は彼らは幼少期からの幼馴染であった。


 イーノは王国の宰相デュミナス・モルト・バージェス侯爵の嫡男である。年の頃も近いと引き合わされた二人は、幼い頃より共に同じ釜の飯――は流石に食べないが、同じ時間を長く過ごしてきた間柄であった。


 イーノの不敬な物言いもただの無礼ではない。幼馴染としての気安さもあっただろうが、しかしイーノは戦時中より、エーベルハルトに対してエイクの事をもっと気にしたほうが良いと散々諫言かんげんしてきたのだ。

 それを放置された結果、この事態を招いた。イーノの揶揄うような物言いは、そんな幼馴染への腹いせだった。


 仏頂面の幼馴染を、イーノは可笑しそうに笑っている。そしてひとしきり笑い気が済んだ後に、彼はこほんと軽く咳払いをした。


「殿下はこれからどうなさりたいのですか?」

「ん? どうしたいか?」

「ええ、色々と思うところはあると思いますが、まず殿下の今時点でのお気持ちをお聞きしたいのです。それによっては私も当然ご協力致します。殿下の懐刀としてね」

「自分で言うか、それを。……まあ、助かる」

「いえ。殿下を支えるのが自分の本懐ですから」


 さらりと言う幼馴染に、エーベルハルトのささくれた心はゆっくりと冷静さを取り戻していく。

 今現在の気持ち。そう聞いて出てくるのはやはり失踪した彼の事だった。


「もちろん、エイクに戻ってきてもらいたいが」

「ですが、今エイク殿を説得しても戻る事はないでしょう」


 その答えに対し、イーノは残念そうに首を振った。


「だろうな。それにもしエイクが戻ったとしても、あいつに良い感情を持たない者達が歓迎してくれるはずもない。更に状況が悪くなるのは明らかだ。まずはエイクが出て行った原因をなんとかするのが先……なんだがなぁ」

「では私はエイク殿の行方を追っておくとしましょう。彼の場所を抑えるまで時間がかかるでしょうから、殿下はその間にそちらの解決をお願いします」


 イーノは軽くそう言うが、その問題のいかに難解な事か。つい苦い顔をするものの、エーベルハルトはイーノに軽く頷く。

 そして直面する問題の難解さに対して、思わず大きなため息をついた。


「頼む。……はぁ、やっと戦争が終わったと思ったら、今度は身内の諍いか。ただ平穏に過ごしたいというだけの事が、こんなにも難しいとはままならないな」

「人の生とは世知辛いものですね。ですが、いずれ王となる殿下は、誰よりもその混沌の中で生きなければならないのです。今後は甘く見ないよう気をつけたほうがよろしいかと。今回はエイク殿が引いたので沈静化しそうですが、下手な権力争いは場合によっては国をも喰うでしょうから」

「獅子身中の虫、か……。忌々しいものだ」

「それを上手く駆除するのも殿下の腕の見せ所でしょう」

「やれやれ、幼馴染殿は中々に厳しい事を言う」


 苦虫を噛んだような顔をする王子へ、イーノは軽く笑って見せる。


「では、私は部下の中から捜索に向かわせる人員を二、三人編成します。それらはしばらくの間王都を離れますので、どうかお含み置き下さい。それでは失礼します」


 綺麗に敬礼をし、踵を巡らすイーノ。エーベルハルトはその背中を見送った後、ゆっくりと背もたれに寄りかかり、一人空虚な眼差しで天井を見上げる。

 今頭の中にあるのは三百年前の逸話。その内容を思い出し、エーベルハルトは眉間に軽くしわを寄せた。


 かつて、この神聖アインシュバルツ王国を建国したと伝えられる、英雄王ヴェイン。

 彼には共に魔族と戦った戦友が数多く存在したが、その中でも特に名を馳せた人物が三人いたと言う。

 建国記を語る際に必ずと言っていい程登場する三人の人物。その勇名は、王国の民であれば赤子ですら知るとまで言われている。


 主神フォーヴァンの寵愛(ちょうあい)を受け、女だてらに武器を握り、前線をかけ回り軍を鼓舞したとされる聖女ユレイア。


 迅雷の如き剣の冴えで万を超える魔族を屠ったとされ、戦後名誉騎士の位を賜った、白騎士ガラド・バルバロス。


 そして多彩な軍略と卓越した魔法で魔族を翻弄し、戦を勝利に導いたとされる、英雄王ヴェインの懐刀と名高き賢人、天眼の軍師ネロス。


 聖魔大戦で英雄王を支え、人族の勝利に欠かせない人物として語り継がれる三人の英雄。

 そんな偉業に加えて、彼らは戦後も王国の発展に尽力しており、その功績も相まって、今もなお国民に敬愛の念を抱かれ続けていた。


 聖女ユレイアは聖皇教会の前身を作り上げ、主神フォーヴァンへの信仰によって、王国の安寧秩序に大きく貢献した。

 白騎士ガラド・バルバロスは疲弊した軍の再興に励み、戦後間もない王国の軍事力をわずか五年と言う短期間で盤石なものにした。


 この二人の行動は、戦後という秩序が乱れる時期において大きな意味を持っていた。

 三百年前、王国より南では、いくつかの小国が互いを取り込まんと頻繁に小競り合いを起こす、群雄割拠の時代だった。


 ややもすれば再興した王国もその標的とされ、まるで葉に虫が集る様に食い尽くされていた可能性も十二分にあった。

 それ故に、彼ら二人の功績を賞賛する者は多く、王国内では英雄王ヴェインに勝るとも劣らない人気を博していた。


 しかし。ただ一人、天眼の軍師ネロスについては前の二人とは異なる。彼は魔王ディムヌスを封印後、忽然と歴史から姿を消しているのだ。


 目的は定かでなく、歴史学者達はわずかな資料から未だに考察を続けている。が、ただ一つ確実に分かっている事は、英雄王ヴェインの手記に残されていた、何らかの明確な理由がありヴェインと袂を分かったという事実だけだった。


 英雄王ヴェインの盟友、そして右腕とまで称された賢人が、どうして王国を去ったのか。歴史学者達にすれば、これほどまでに没入できるネタは無いだろう。

 しかし今のエーベルハルトが思うのは、ネロスが失踪した理由ではなかった。


 英雄を支えた三人の英傑。しかし聖女ユレイアは信仰を広めるため各地を巡り、白騎士ガラドは王都を離れ、軍師ネロスに至っては戦後すぐに姿を消した。

 戦を終えてみてみれば傍に残った英傑はいなかった。英雄王ヴェインはこれに、一体どんな思いを抱いたのだろうか。


(誰も残らない……か。英雄王は、どんな気持ちだったんだろうな)


 エーベルハルトの視線の先にはただ天井があるのみだ。

 だが彼はしばらくの間そのままの姿勢で、そこにある何かを、ただぼんやりと見つめ続けていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >やっと戦争が終わったと思ったら今度は身内の諍い 人間は存分に身内で殺し合うために一致団結して外敵と戦うものだから 外敵の排除が終わったんだから本来の目的に邁進するのみ
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