118.砕鎚のアノールト
傭兵の皮を被ったチンピラ共をゴミ捨て場へシューッ!! した後の事。
落ち着かない様子の二人を連れて、俺達はケティに紹介された店、セリーシアへと足を向けた。
店主の女は俺達がサイラスを連れて店に入った時目を丸くしていたが、すぐに微笑を受かべて奥の席へと通してくれた。
町の人間皆がサイラスを憎んでいると聞いていた。しかし彼女からそういった感情を見て取ることはできなかった。
思うところはあるのだと思う。だがそれでも、この店を紹介してくれたケティはいい仕事をしたと、素直にそう思えた。
そうして膝を交えて話をする機会を得た俺達は、色々と彼らから話を聞くことができた。
先ほどの件について聞けば、どうやらあの手の騒動は度々あるそうで、二人にとっては頭の痛い問題になっているようだった。
またその場では、ウォード君に関しても少し話を聞くことができた。
彼はずっと布に包まれた何かを後生大事に小脇に抱えていたのだが、それについて聞くと、ウォード君は最初、話したくなさそうな表情を見せていた。
しかしサイラスに大丈夫だからと背中を押され、おどおどとそれをこちらに渡してくれたのだが。
それは、淡いタッチで描かれたこの町の風景画だった。
絵心なんぞないが、繊細な描写に見事なものだと感じ入り、俺達は彼に賛辞を贈った。
だがウォード君は、絵を描くことに意味など無いと周囲の人間に嘲笑されるのだと、終始俯いていた。
きっと今まで色々と言われてきたのだろう。
俺達はそれに、他人の言う事なんて放っておけ等と色々言葉をかけたのだが、しかし事情を知らない俺達の言う事が彼の心に響くことはなく、結局その話はそのまま終わることとなったのだった。
そうしてセリーシアで話し込んだ後、一旦帰ると言う二人を護衛も兼ねて、俺達は自宅まで送り届けることにした。
二人の案内で向かった場所は、シュレンツィアの南西に位置する住宅街だった。
彼らの家はそこに建てられた非常に小さな一軒家で、古めかしく所々朽ちている――歯に衣着せぬ言い方をするなら、築何十年かと思わせるボロ家だった。
ただ、そんな状態なのは彼らの家だけではなかった。この住宅街に入ってからは同じような状態の家ばかりが建てられており、石畳もガタガタで、隙間から雑草も顔を覗かせている有様だったのだ。
そんな場所だからか、案内する彼らは少し恥ずかしそうにしていたが、しかし俺が元々住んでいたのは、町全体がスラム街のような、そんな場所だった。
自分達の家を持っているだけでも大したものだと言えば、彼らは俺が何を言っているのか分からないような顔をして、怪訝な顔をしていた。
まあこの町から出たことが無ければそういう反応にもなるだろう。俺は苦笑しながらも不幸自慢をしても仕方が無いと、彼らと手を振りその場で別れたのだった。
そして翌朝。
《これから第五階層に入るぞ》
《ヒューッ! ヒャッハーッ!!》
という、オーリの何とも反応に困る歓喜の叫びを聞きながら宿を出発した俺達は、まず腹ごしらえだと中央広場へ足を運び、朝食を調達していた。
(お、これは美味そう……)
ふと見た屋台に目が止まり、その行列の最後尾に並ぶ。この二週間の間、宿で朝食を取ることもあったが、大半をこの中央広場で買い食いをしている。
かなりの数の屋台がローテーションで店を出しているため相当の種類があり、かなり楽しめるからだ。
そのため食い尽くすにはまだ程遠い。一体どれだけ滞在したら制覇できるのだろう。
昨日セリーシアで注文したステーキでやや胃がもたれ気味の俺は、さっぱりしていそうな具沢山のスープと新鮮な野菜をたっぷり挟んたパンを買うと、雑踏からそそくさと抜け出す。
そして近くのベンチに腰を下ろした。
「よっ……と」
丸めた背中を背もたれに押し付け、ぐいと体を起こす。すると例のアウグストの銅像の様子が目に映った。
まだ建設中であり布が被されているが、本人が見たらどんな顔をするんだろう。きっとあいつのことだ、渋い顔をするんだろうな。
話を聞けば、これは慰霊碑でもあるそうだ。
いつか完成した時には俺も見てみたい。そう思いつつ、スープをゴクリと飲む。
そして盛大にむせた。
「ごほっ! ごほっ! これ……スープじゃねぇ……」
鼻に突き抜けたニンニク独特の香りがガツンと胃もたれに響く。俺の胃が悲鳴をあげた気がした。
何だこれ。この料理は、えーっと確か店主はなんて言ったか……。
「貴方様、大丈夫ですか?」
思わぬ香りにごほごほとむせていると、近くにいたらしいスティアがやってきて背中をさすってくれた。
「いや、これなんだが、ちょっときつくてな」
「アヒージョですか? まあ、ニンニクとオリーブ油をたっぷり使ってますから……」
「なん……だと……」
完全にミスチョイスだったらしい。胃に優しいどころかかなりきつい組み合わせだぞ。
がっくりと頭を垂れた俺にスティアは軽く笑い、「こちらと交換しませんか?」と手に持っていたスープと交換してくれた。
それはタマネギのスープだった。確かに透き通ったスープが胃に優しそうだ。
ありがてえ、ありがてえ。ごくりと一口飲み込むと、そのスープは俺の胃に優しく澄み渡り、荒れた胃を労わってくれた。感謝感激雨アラレ。スティア様様だ。
くすくすと笑いながら彼女も俺の隣に座り、手に持ったパンにかぶりついた。二人並んで座り、他愛も無い雑談をしながら朝食を口に運ぶ。
パンに挟まれた新鮮な野菜がシャクシャクと良い音を立てる。ここまで瑞々しい野菜なんて、農村でもなければなかなか口にできないものだ。
多くの物が集まる王都ですら、こうまで新鮮な野菜は口にする機会はなかなか無い。輸送に時間がかかるため、それはどうしても仕方のないことではあった。
だがハルツハイム領ではそう珍しいものではなく、シュレンツィアに滞在している間、毎日のように口にすることができた。この野菜だけ取り上げてみても、ハルツハイムがどれだけ恵まれているかが良く分かるというものだ。
舌鼓を打ちながら、俺とスティアは手に持つ朝食を口に運ぶ。
妙にくっついてくるスティアが気になり目をやると、丁度わた雲に隠れていた太陽がゆっくり姿を現し、それに反射してスティアの美しい銀の髪がキラキラと輝いた。
そう言えば、最近何だかんだバタバタしていて、あまり髪を梳かしてやっていなかったな。はらりと流れた銀髪を一房触ると、スティアはそれに頬を染めた。
いや、無意識だったがこれは無粋だった。苦笑いをしながら手を離す。
すると、彼女は甘えるような目をこちらに向け、口を――
「えーちゃんえーちゃん!」
開こうとしたところで、そこにホシがパタパタと駆け寄ってきた。
「えーちゃんタイヘン! タイヘンえーちゃん! タイヘンへんたい、へんたいえーちゃん!」
「だーれーが、変態だっ!」
その丸いほっぺたを片手で軽く握ると、プーと空気が抜ける音がした。
きゃたきゃたと笑い出すホシにスティアもつられてコロコロと笑う。
「あのね、ギルドが何か騒がしいの!」
ひとしきり笑うと、当初の目的を思い出したのか、ホシはピッと冒険者ギルドの方向を指差した。
そちらに顔を向けると、ホシの後を追ってこちらに歩いてくるバドの姿が見えた。
「何かあったのか?」
「分かんない」
そう聞いても、ホシもバドも首を横に振る。ただ騒がしかったから、とりあえずこっちと合流しただけみたいだ。
話をしながら、最後に一口残ったスープでパンを胃に流し込む。スティアも丁度ごくりと最後の一口を飲み込んだところで、俺と一緒にベンチから立ち上がった。
「参ります?」
「まあ見に行くだけ行ってみるか」
魔窟に向かうにしてもまだ時間がある。気にもなるし、少しばかり寄り道してもいいだろう。
しかし冒険者ギルドの騒ぎとは一体何か。楽観的に考えながら、俺達はギルドに足を伸ばすことにした。
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「何だぁ、この騒ぎは?」
「凄い人だかりですわねぇ」
冒険者ギルドに来てみれば、冒険者と思わしき者達が入り口までごった返す、むさい人間達の坩堝だった。
フードの端をちょいとつまみ、すこし背伸びして覗いてみる。だが後頭部ばかりで何が何だかさっぱり分からん。
中からは何か叫んでいるような声も聞こえるが、一体なんだろう。
「あー……」
不思議に思っていると、脇でスティアが何とも言えない声を上げた。
俺達三人は一斉にスティアを見る。彼女は皆にキョロリと視線を巡らせると、呆れた様子で眉根を下げた。
「中で騒いでいるのは傭兵のようですわね。恐らくですけれど、昨日の騒動のせいかと」
「昨日の騒動……? あっ、あれか?」
「あれですわねぇ」
超エキサイティンしたあれか。心当たりがばっちりあったわ。
つまり、冒険者にぶちのめされた傭兵が報復に来たと。そういうわけか。
先ほどからずっと誰かの怒鳴り声が中から聞こえてくる。俺達は顔を見合わせ、どうしたものかと視線で会話する。
面倒事は避けたいが、しかし発端が俺達じゃあ無視するのもどうかと思う。何より無責任だしな。
「しゃーねえなぁ」
呆れ声を一つ上げ、俺は冒険者の波に手をかけた。
「はいはい、ごめんなさい。通りますよー。ちょっとどいて下さいねー」
「なんだ? うるせぇぞテメ――うぐっ!」
どいてもらおうと最後尾にいた冒険者の肩に手をかけると、彼は振り向き煩わしそうな声を上げた。
しかし俺の後ろからニュッと出てきた大きな手に押しのけられ、目を白黒させる。バドはそのまま俺の前までずいっと出てきて、そのままずんずんと冒険者をかき分けて先へと進んで行く。
おお、凄ぇ。このまま騒ぎのもとまで行こう。軽快に道を作っていくバドに続き、俺達は喧騒の源へと進んで行った。
「だから出せつってるだろうが! そいつらをよぉ!」
徐々に怒鳴り声の内容がはっきりと聞こえてくる。
「難癖つけたのはそっちが先だろうがッ! いい加減にはっきりと言いやがれ!」
バドが最後の冒険者を脇へと押しのけると、人垣がなくなり視界が開けた。
「”月茜の傭兵団”を馬鹿にしてやがるのかッ! 覚悟は出来るんだろうなぁッ!?」
そこには、誰か――十中八九ギルドの関係者だろう――を取り囲むように十人ほどの人だかりが出来ていた。
騒いでいる連中は皆が皆同じ装備をしている。右肩に赤い月の意匠が施された鎧を装備しており、彼らがどこの傭兵団に所属しているかをはっきりと示している。
「そいつらをここにさっさと連れて来いッ! でねぇと――」
先ほどから怒鳴り声を上げている男は傭兵達の中央にいた。ギルドの関係者に詰め寄りがなり立てると、もう我慢がならないとばかりに腰の剣に手をかける。
俺はその行動に眉をひそめた。
昨日チンピラ共も俺達に対して剣を抜いたが、しかし町中で武器を抜くのはご法度だ。どんな経緯があろうと通報されれば騎士の出動案件になる。
だから。
「ここにいるぞッ!」
俺はバドの前へと歩み出て、声を張り上げた。
ギルド内の喧騒が水を打ったように静まり返る。同時に、周囲の視線が集中したのが分かった。
傭兵達も何事かと後ろを振り返りこちらを見る。剣を抜こうとしていた男も、その柄からおもむろに手を離すと、こちらをゆっくり振り向いた。
「何ィ……。テメェか」
男は傭兵達の前へと歩み出ると、俺の顔をギロリとにらむ。その眼光はあまりに鋭く、男が只者ではないことを伺わせるに十分だった。
「俺は”月茜の傭兵団”で団長をやってるアノールトってもんだ。昨日、うちの団員が冒険者に絡まれて、多勢に無勢で襲い掛かられたってー話を聞いたッ! お前達がやったのか!? 答えろッ! 返答によっちゃただじゃおかねぇッ!」
彼の体から凄まじい重圧を感じる。恐らく並みの冒険者ならすくんで声も出ないだろう。
そのプレッシャーに、彼の赤い髪も炎の如く逆巻いているようにすら見える。周囲にいる冒険者すら、ざわりと動揺していた。
だがしかし。
完全に無意識だったが、俺の口角は上がってしまっていた。
「何笑って――!」
それが癇に障ったのだろう。男はビシリと指を向ける。
そしてそのすぐ後ろにいたバドやホシ、スティアに視線を巡らせた。
「いや……がる……?」
すると徐々にその怒気は静まり返り、真っ直ぐに突き出された指先もへにゃりと曲がった。
「久しぶりじゃねぇか……」
俺は自分のフードに手をかけ、ばさりと脱ぐ。アノールトの双眸が零れ落ちそうなほど見開かれるのが見えた。
「元気そうで安心したぜ、アノールト」
ニヤリと俺は不敵に笑う。彼はまるで幽霊でも見ているかのように呆然としていた。




