117.ゴミはゴミ箱へ
俺達四人が魔窟から出ると、そこには皆の姿があった。
スティアに聞けば、俺達が魔窟から引き上げることを知り、先に戻ってきたのだそうだ。やはりスティアに残ってもらって正解だった。
俺は明日の予定と、今日の訓練をこれで終えることを皆に説明する。皆も納得したようで、特に異論は出なかった。
ただその話が終わった後、
「なんでおっさん達が帰るって分かったんだよ?」
とヴェンデルが不思議そうな顔をしてバドに聞いていたのだが、
「何となく!」
「……そうか」
足元のホシがにぱっと笑ってあっけらかんと言うと、聞くのも馬鹿馬鹿しくなったのか肩を落とし、それ以上追及しようとしてこなかった。
わざわざ≪感覚共有≫のことを懇切丁寧に説明する気も無かったので、勝手に諦めてくれたのは面倒が無くて助かった。
「朝から魔窟にもぐる三人は各自、相応の準備をして来てくれ。そんじゃここで解散な」
そう俺が告げると、それぞれ思い思いに行動を始めた。
伯爵家関係者は護衛対象である長助が帰ることもあり、全員馬車を停めてある衛兵の詰所へと向かっていった。
”雪鳴りの銀嶺”パーティは、
「もうちょい体動かしてくるぜ」
「そうだね、試してみたい事もあるし」
「おっちゃんバイバイ」
「それではまた明日」
と言い残し、魔窟へと入っていった。
先ほどサイラスの内勁の使い方が上達してきたと話をしたためか、彼らの対抗心を煽ってしまったようだ。
まあやる気があるのは良い傾向だと、俺はその背中を見送った。
「さて、わたくし達も帰りましょうか」
「馬車があるよ! ほらあそこ!」
「見えてるって」
ホシが俺をバシバシと叩きながら指を差す。その先には、先ほどからずっと乗合馬車が一台止まっていた。
「サイラスも帰るんだろ?」
「ああ。流石に明日はきつそうだからな……」
誰のせいだとでも言いたいのか彼にじとりと見られたが、俺は小さく笑いその胸を軽く小突く。
「そんじゃさっさと帰るとするか」
「お、おう。でもよ」
サイラスはくるりと後ろを向く。
「マー君はどうすん――あれ?」
そこにあるはずのマー君。しかし、その姿がいつの間にか消えていたことにサイラスは目を丸くしていた。
訓練場所からホシとバドが二人でえっほえっほと担いできたというマー君。
先ほどまで俺達の後ろにでんと鎮座していたのだが、しかし皆が解散して行ったので、隙を見てシャドウに収納して貰っていたのだ。
わけが分からないとでも言うようにサイラスはきょろきょろと地面を見る。しかしマー君の姿はどこにも無い。
彼はキツネにつままれたような顔になっていた。
ま、そういう反応になるわな。
「ほら、何してんだサイラス」
「早く行くよー!」
「置いていきいますわよー」
「あ、え? あ、ちょ、待ってくれよ! マー君はどこに行ったんだよ!? なぁ!?」
彼が後ろを向いている間に俺達は既に歩き出していた。はっと振り向いた彼は、焦った表情を浮かべて慌てて駆けて来る。
午前中に盾術の訓練をこなし、第二階層で一時間程戦った後だというのに、サイラスの足取りはしっかりとしたものだ。
俺の口元は自然と上がってしまう。さて、明日が楽しみになってきた。
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青空の下馬車に揺られることしばし。特記するようなことも無く、俺達はまたシュレンツィアの石畳を踏んでいた。
馬車が止まってすぐ、サイラスは俺達を置いてさっとその場を離れようとした。
しかしそんなものを気にする俺達ではない。鼻で笑い飛ばして彼を呼び止め、今こうして彼と肩を並べて大通りを歩いているのだった。
人が多い通りをサイラスと共に歩く。そのせいだろう。町民や冒険者、傭兵などの鋭い視線がこちらにも容赦なく向けられている。
だが俺達に疚しいことなど何もない。逆にどうだと見せ付けんばかりに胸を張り、堂々と歩いていた。
寄って集って一人をいたぶる様な野郎共の反応なんて知らねぇしな! 悔しかったらかかって来いやコラ!
フードの奥からギロリと視線を向けてやると、ふいと視線を外されるか、慌てて立ち去る者ばかり。くだらない連中だと俺は鼻で笑ってやった。馬鹿め。
「おっさん達は何か用でもあるのか?」
まるで人がゴミのようだと何となく優越感に浸っているところ、サイラスがこちらを向き口を開く。
「俺は特にねぇなぁ」
「わたくしもありませんわねぇ」
「あたしも無い!」
「なんだ、皆ねぇのかよ」
うんうんと同じく頷くバド。それにサイラスは大げさに笑った。
「用があるのはお前のほうだろ? 明日の準備はいいのか?」
「そりゃおっさんのせいだろが……」
お返しに俺がにやにやしながら聞くと、サイラスはまたもじっとりとした目を向ける。
それにスティアが可笑しそうに口に手を当て、くすくすと笑った。
「良かったじゃありませんか。カーテニア様は絶対に無理と思ったことはさせませんわ。貴方のことも、それだけの実力がついたと確信なされたからこその判断ですわよ。自信を持ちなさいな」
「そ、そうかな……?」
「何照れてんの?」
「て、照れてねぇよっ!」
照れくさかったのか、ぽりと頬を掻くサイラス。そこをにやついたホシに揶揄われ、ほんのりと染まっていた彼の頬はさらに朱へと染まった。
スティアの言う通り、帰りの馬車の中でもサイラスはどこか落ち着かない様子でずっとそわそわとしていた。
短い間だが、第二階層で問題なく訓練を続けてきたサイラス。今更緊張する理由なんてとは思うが、しかし思い当たる事が二つほどある。
今日ルッツに言われてしまった事、もしくはパーティリーダーに指名された事。このどちらか、もしくはどちらもだろう。
まあ何にせよ、明日一日をあの三人で過ごせば解決する内容だと思う。だがそれはそれとして、若者の緊張をほぐしてやるというのも年長者の役目では無いだろうか。
そこで思い出したが、以前ケティ達に連れて行かれたあの店の雰囲気はなかなか良かった。
奥の席に座れれば周囲の目を気にすることも無いし、スティア達を連れて行ったらどうだろうなんて思いながら、結局今まで行かず終いだった。
いい機会かもしれない。そう思い立ち、彼を誘おうと口を開く。
「なあ――ん?」
しかしそこで、バドが俺の肩をぽんぽんと叩いた。何だろう。
「フリッター。どうした?」
自然と皆の足が止まる。彼は俺達の前方をピッと指差し、何かを伝えてきた。
しかしそちらに目を向けても往来する人ばかりで、彼が何を教えようとしているのか分からなかった。
「何だ? ウィンディア、何か分かるか?」
「いえ、ちょっとここは騒がしすぎますわ」
何か聞こえるかと思い聞いてみたが、スティアも良く分からないようだ。
バドは俺達よりも頭一つ以上大きい。群集に囲まれても先を見渡せるため、何かが見えるのだろうが……。
俺達が首を捻っていると、彼は何かを知らせようとぐねぐねと動き出した。全然分からない上ただただ奇妙だから止めて欲しい。
周囲にいる人達も、急におかしな挙動を取り出したバドにギョッとした顔を向け、距離を取り始める。ついでにサイラスも怯えだした。
「な、なあ……。フリッターさんどうしたんだ?」
そりゃいきなり奇妙な踊りを目の前で始められたのだから無理も無い。うん、そろそろ止めよう。
「フリッター。よく分からんけど、何かあるならそこに案内してくれ」
ピタリと動きを止めるバド。自分でもそのほうが早かったと今気づいたのだろう。
バドの感情は希薄で感じづらいが、わずかに羞恥心が生まれたのを俺は見逃さなかった。ふふふ。
と、まあそこはどうでも良い。とにかくバドはこくりと一つ頷くと、またピッと指を差し、足早にそこを目指し始めた。
急ぎ足のところを見るに、何か急がなければいけない何かがあった模様だ。
「なんか急ぎみたいだ。俺達も行こう」
彼の後を追いながら言えば、返事は「はい」「おー!」と続き、最後に躊躇いがちに「お、おう」と続いた。
人をかき分けるように進んだバドは大通りから右に折れ、路地へするりと入って行く。いぶかしく思いながらもバドの背中を追い、俺達も路地へと足を踏み入れた。
雑踏から抜けたことで自然と喧騒が引いていく。すると、スティアが何か感じたように声を上げた。
「どうした?」
「これ、たぶんウォードさんの声ですわね。それと……男が二人?」
「何だって!? チッ!」
「お、おいサイラス!?」
スティアの言葉を聞いた途端、サイラスは急にバドを追い走りだした。
さっきから何が何やら分からないが、迷っている場合じゃない。とにかくサイラスを追わなければ。
俺達三人もすぐに彼の後に続く。先頭のバドもこちらの気配を察してか、既に走り出していた。
「そこを左ですわ!」
スティアが声を上げる。その声を受けバドが左折した道をサイラスも追いかけ、そして俺達も続く。
そのままスティアの誘導で二回ほど路地を曲がる。すると遠目に三人の男の姿が小さく映る。
「――でよぉ、助けてくれねぇかなぁ?」
「君勇者の友達だろ? 勇者なら困ってる俺達を助けてくれるよな?」
それは壁を背にしたウォード君と、彼を取り囲むように迫る男達の姿だった。
「ええ? 嫌だとは言わねぇよなぁ? 勇者の友達だもんなぁ? ……なぁおいッ!?」
男は声を荒げウォード君の襟首をぐいと乱暴に掴む。
ウォード君は萎縮してしまっているのか成すがままだ。このままでは危害が加わる、そんな所に俺達は駆け込んだ。
「止めろーッ!!」
「ああ?」
サイラスが吼える。男達は何事かとこちらを向くが、その人物が誰なのかが分かると、途端にいやらしい笑みを浮かべた。
「おお、勇者様じゃねぇか」
「今お前の友達に頼んでたんだぜ。丁度良かった……なぁっ!?」
「うぐっ!」
男はさらにウォード君の襟首を力任せに引き寄せた。首が絞まっているのだろう、ウォード君はたまらず苦悶の声を漏らす。
「ウォードから手を離せ! 用は俺にあるんだろうがっ!」
「ああ。そうだ、お前でもいいか。ちょっと金をスっちまってなぁ。悪いが貸して欲しいんだわ。別に構わねぇだろ?」
男二人はニヤニヤと笑いながら、またもウォード君の首元を締める。彼の苦しそうな声に、サイラスが歯噛みする音が聞こえた。
「たった小銀貨数枚でいいんだ。大した額じゃねぇだろ? 俺達困ってんだ。勇者様なんだから、困ってる人を助けてくれるよなぁ?」
気持ちの悪い猫なで声を出すチンピラ共。
なるほど。これはつまり、ただの強請りか。こんな場所でご苦労なことだ。
だが、あんまり変な声を出すな。
下らな過ぎて腹がよじれるだろが。
「プッ! ククク……!」
「ふふ……情け無い人達ですわねぇ」
「アハハ! 変な声! 気持ち悪い!」
急に笑い出した俺達に、男達だけでなく、背を向けていたサイラスも振り返り目を丸くする。
少しの間をおいて、男達は自分達が笑われているのに気付いたらしい。すぐに眉を吊り上げ顔を赤く染めた。
「何が可笑しい! テメェら!」
「何笑ってやがる! ええ!?」
唾を飛ばしながら激昂する男達。しかし俺達はそんな言葉に爆笑して返した。
「何が可笑しい!? だってよ! ブハハハ! おかしいのはお前らのドタマだろうが!」
「あの人達、頭も変なの? アハハ! 大変だね!」
「救いようが無いくらい頭が悪いんですのよ、きっと。あ、申し訳ありません。そんなことも分からないくらい無能なんですのよね? お可哀想に……フフッ!」
『ワハハハハ!』
スティアの「お可哀想に」がツボにはまり、俺とホシは馬鹿みたいに哄笑した。
山賊心得その五 ―― 敵は容赦なく煽り倒せ。
男達はウォード君から乱暴に手を離し、こちらに向き直った。ウォード君は膝を突きげほげほとむせているが、拘束を解かれたため一先ず安心だな。煽り効果抜群だ。
「何だとテメェらぁッ!」
「俺達を誰だと思ってやがる!?」
「ククッ……どちら様でしょうかねぇ? あいにく不勉強なので分かりませんねぇ? 自己紹介して貰ってもよろしいでしょうか、ねぇ?」
小馬鹿にする口調で呆れたように両手を広げると、男達の顔には青筋が立ち、頬もピクピクと震えた。
「俺達は”月茜の傭兵団”だッ! 団長の”砕鎚のアノールト”を知らねぇとは言わせねぇぞ!?」
唾を飛ばすような勢いで男達は宣言する。しかしだ。
「知らねぇなぁそんな奴」
「知らなーい」
「っ……!?」
そう返されると思わなかったのか、男達は言葉も出ず、口をパクパクさせるだけだった。
二つ名というのは、それだけ周知される功績を残したということ。だからその二つ名を出せば怯んだ人間も多かったのだろう。
だがそんなもん俺達にはどうでもいいし、全く関係ねぇなぁ!
「急に団長の名前なんて出してどうしたぁ? その団長様がカツアゲでもして来いっつったのかぁ? それとも自分の名前も忘れるくらいの鳥頭野郎共だったか! ハハハ!」
「じゃああたしが名前をつけてあげる! あんたがふーちゃんで、あんたがるーちゃん!」
「合わせて馬鹿ですか。成程、名は体を表すと。良い名前ですわ!」
いいアイディアだと言うかのように、スティアがパンと胸の前で両手を打つ。
すると男達は躊躇もせずにスラリと腰の剣を抜き放った。
「どこがいい名前だぁコラァッ! 調子のってんじゃねぇぞこのランクE風情がッ!」
「テメェらただじゃおかねぇぞッ! 覚悟しやがれッ!」
「ハハハ! ボクチンの保護者はしゅごいんですー! なんて言うバカガキが粋がってやがるな! お手て繋いで帰る前に社会の厳しさを教えてやる! 来てみやがれオムツかぶれ共がッ!」
『テメェェェッ!!』
指でくいくいと更に挑発すると、連中は叫び声を上げながらこちらに向かってきた。顔だけ見ればオークと変わりねぇな。酷え面だ。
俺はニヤリと一つ不敵に笑みを浮かべ、そして言い放つ。
「ウィンディアさん! アンソニーさん! やっておしまいなさい!」
『サー! イエッサー!』
二人は高らかに掛け声を上げると嬉々として駆け出していく。
バドに、自分は? という感じで見つめられるがお前の出番はまだ早い。もうちょっと待ってね。
「テメ――ぐほッ!?」
「この――ゴハッ!?」
さもあらん、男達二人はあっと言う間にスティアとホシに叩きのめされ倒れ伏す。弱っちいなぁおい。
しかしこれで終わりじゃあーりませんことよ! ホーッホッホッホ!
「フリッター、シメだ! やっちまえ!」
ゆっくりと首を縦に振るバド。彼はずんずんと倒れた二人へと近づき、二人の襟首をむんずと掴む。そして――
「ゴミはゴミ箱へーとくらぁ! ハッハァーッ!」
彼は思い切り振りかぶると、ブンッ! と二人を力の限り投げ飛ばした。
丁度近くに設けてあったゴミ捨て場に向かい、男達は空を切り裂き飛んで行き、騒々しい音を立てて中に突っ込んでいった。
ナイスコントロールだ! 流石幾多の猛者をダストボックスに放り込んできた先生! 痺れるぜ!
チンピラをゴミ捨て場へシューッ! 超ッ! エキサイティンッッッ!!
「ヨッシャァーッ!!」
「いえーい!」
俺達は集まってハイタッチをかわす。
綺麗に決まり気分爽快だ! 肩を組んで円陣まで作っちゃうぜ! ヒャッホイッ!
――って俺だけ何もしてねぇ!
「ちょ、ちょっと待ておっさん!」
「ん? 何だ?」
そんないい気分の俺達に、サイラスが焦ったように声を上げた。
「あいつら、”月茜の傭兵団”だぞ!? あんなことしちゃ不味いだろ!? あいつら黙ってねぇぞ!?」
「どうでもいいよそんなもん」
「ど、どうでもいいって――!」
「それよりウォード君は大丈夫か?」
そこで気が付いたのか、はっとしてウォード君に駆け寄るサイラス。彼が声をかけるとウォード君は大丈夫だと返した。
別段怪我は無いようだ。とりあえず、良かった良かった。




