表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/397

115.急ごしらえの三人組①

「ガアァ……」


 オークは切なそうな声を上げ、ずん、と両膝を突く。その喉元には長助の槍が深々と突き刺さり、どす黒い霧を吹き上げていた。

 彼女がぐ、と更に力を込めると、オークはビクリと震える。そしてその姿を目の前から消した。


 長助の前に立ちオークと向き合っていたサイラスは、ふぅと軽く一息つきながら構えを解くと、足元に落ちたくず魔石を屈んでひょいと拾う。


「これなら第二階層も行けそうですね」


 後ろを警戒していたルッツも、戦闘が終わったのを確認して緊張を解く。それは小さな独り言だったが、長助の耳には届いたらしい。


「本当ですか?」

「はい。ですが気を引き締めて行きましょう」


 彼女はくるりと振り向き、ルッツに問いかける。ルッツはそれに頷いて返したものの、しかし本番はまだ先だと彼女に促した。


「でも、おっさんも無茶言うよなぁ。俺達だけで第二階層行って来い、なんて。その……お嬢様はいいんですか?」

「ええ。多少不安はありますが……。でも先生が大丈夫と言うのなら、きっと大丈夫なんだと思います」


 少し心配そうな表情を見せながらも、迷い無く頷く長助。それを見たサイラスは、彼女越しに不安そうな声を後ろへ投げた。


「おっさん。本当に行って大丈夫かぁ?」

「何回言わせんだ! いいから早く行け!」


 彼に怒鳴り返すと、どこからかグアアと声が聞こえた。どうやら声が大きすぎたらしい。

 大声を出せばグアアと返ってくる。まるでこだまだ。


「頼むルッツ」

「え、えぇぇ……」


 ポンと肩に手を置くと、彼はどこか不満そうな声を出した。


 訓練を始めて丁度二週間。十四日目となる今日。

 俺達は第二階層を目指し、即席パーティの連携を確認しつつ第一階層を行進中だった。


 長助がオークを相手に戦えることが分かった十日目以降、午後から魔窟(ダンジョン)にもぐる実戦も彼女の訓練内容に加わった。

 ただ三日目にして早くも、オーク相手に余裕がある立ち振る舞いを見せるようになった長助。ではならばと、今度はサイラスとルッツも連れて第二階層へ行ってみることにしたのだ。


 サイラスは長助を心配そうな表情でちらちらと見ている。しかし第二階層へ行こうと判断した理由は、長助の成長具合の他にももう二つあった。


 一つはサイラスの成長が目覚ましいという理由だ。

 彼もまた第一階層のオークでは訓練にならないとバドやホシに判断され、最近では第二階層のオークウォリアーを相手に戦っていた。

 無論一対一(サシ)でだが、それでも明るい表情で戻ってくるあたり、彼の実力は俺達と会った時に比べて相当に上がっているようだった。


 他のもう一つの理由。それはルッツにある。


「先生、終わりましたよ」


 ドスン、と大きな物が地に倒れる音が聞こえる。目を向ければそこには大の字に倒れたオークと、それに向かいながらこちらに顔だけを向けるルッツの姿があった。


 彼は自分には槍の才能が無いと言っていた。しかしいざ訓練させてみれば、槍に盾というスタイルに早くも熟達する様子を見せていたのだ。

 何度か模擬戦した感触としては、恐らくオークウォリアー程度であれば、一人で十分倒せるだろうと俺は見込んでいる。そして、実際にどうなのか確かめてみたくもあった。


 とまあそういった色々な理由があり、こうして急遽三人組(スリーマンセル)を組み、第二階層へと向かうことにしたというわけだ。


「あ、別れ道ですね」

「あー……そこは右だ」


 長助の呟きに手元のマップを見る。普段の訓練で第二階層へ行っているサイラスもいるため、不要かなとも思ったが、あっても困らないだろうとスティアから借り受けてきたのだ。


 綺麗に引かれた直線が走るそのマップには、俺達が進むべき道が克明に記されている。地味な作業ながら丁寧さを感じる仕事に、彼女の几帳面さが端的に現れていた。


 当初、スティアは俺達と一緒に魔窟(ダンジョン)に行く気満々だった、しかし彼女まであの場所を離れると、≪感覚共有(センシズシェア)≫で連絡を取れるのがバドとホシだけになってしまう。これはあまり都合の良くない話だった。


 ホシは何をしだすか分からないという不安要素があるし、バドは言葉を話せないため完全にこちらからの一方通行になってしまう。

 連絡を取り合えるというメリットが多少なりとも殺されるのは避けたく、スティアには残っていて欲しかったのだ。


 だが、そうと説明しても彼女は首を縦に振ってくれなかった。

 いつまでもぐずぐずと難色を示す彼女に業を煮やした俺は、最終的には「お前しかいないんだよ!」と肩を掴んで強く伝えたのだが、なぜかこれが効果を成したようで、スティアは「お任せ下さいまし!」と力強く請け負ってくれた。

 その後、あのぐずっていたのは何だったのかと思うほど機嫌が良くなったんだが、一体何だったんだろう。


 そんなことを歩きながら思い出し、何となく手元のマップをまたぺらぺらと捲る。そこには網羅された第三階層と、第四階層への階段の位置が記載されていた。

 それから先の書き込みは無いが、今は魔族達が好き勝手に進んでいることだろう。その想像が間違いないことを告げる魔族達の明るい声が、今もなお俺の耳には届いていた。


 俺達が長助達の訓練に付き合っている間、魔族達はずっと魔窟(ダンジョン)にもぐり続けていた。

 腹が減ると第一階層まで上がってきて、俺達に回収され、腹ごしらえが済めば翌朝すぐに魔窟(ダンジョン)の捜索に戻るという生活サイクルをずっと続けている。

 そのため魔窟(ダンジョン)探索は相当進み、そろそろ第五階層に行くつもりだ等と今朝話をしていた。


 ただ、第五階層はランクAのオークキングが現れる非常に危険な階層だ。

 同じランクAの魔物であるアクアサーペントに、ガザが深手を負わされていた事は記憶に新しい。

 なので彼らを心配するロナと共に、あまり深くまでもぐるなとは釘を刺しておいた。のだが、普段冷静なオーリが珍しく暴走気味で、ちょっと心配ではあった。


 ちなみに彼らがこの二週間で集めたくず魔石は、ランクC相当のものだけでも数えるのが嫌になるほどだった。そのため何もしていないにも関わらず、俺達のパーティは既にランクBにまで昇格を果たしていた。

 小粒ではあるが通常の魔石もいくつか拾っていて、それらを含めると総額で金貨25枚を超える稼ぎとなっていた。もう一財産だ。


 だがそんな金も、持っていても使い道が無いので、魔族達は俺に使って欲しいと全て譲ってくれた。だがこんな大金、ポンと貰っても困る。

 なので俺はそこから彼らのための服や食事、その他諸々に使うようにしたのだが……。


《凄い……こんな滑らかな生地、見たことが無い》


 いや、その辺で売ってた普通の服です。


《美味ぇっ! なんでどれもこれもこんなに美味ぇんだ!》


 それも、その辺の店で適当に買った奴なんだけど。


《おお! これがマッピング用の器具か! これで探索がはかどる!》


 普通に冒険者ギルドで売ってた奴で……。


《《《大将! ありがとう!》》》


 と、かなり心に来る喜びようだった。なぜって、それらを合計しても彼らの稼ぎの数パーセントも使っていないからだ。

 ガザからも、


《エイク殿、あまり気を使わないでくれ。俺達には多大な恩がある。こんなことでしか返せないのが心苦しいくらいなのだ……》


 なんて言われたが、「う、うん」と返すのが精一杯だったわ。

 金額が大きすぎるのよ、と言っても通じないだろうなぁ。話を聞くに、どうも魔族達は貨幣という物に馴染みが無いそうだから。

 どんな生活してたんだ一体。文化が違いすぎる。


 ロナにも当然、彼らを癒す傷薬や薬草類、包帯など、治療に必要な物をどっさりと買いこんで、押し付けるように渡しておいた。

 私は何もしてないのに、とひたすら恐縮していたが、彼らの面倒を一手に引き受けているのは誰あろう彼女だ。受け取る権利は十分にあるし、むしろ要望があれば何でも言って欲しいくらいだった。


 他にも、彼らが第五階層を目指すなんて言い出したため、急遽町の道具屋を巡り、五等級の生命の秘薬(ポーション)を三つ購入しておいた。

 戦後のためか相場が上がって五割増しだったが、まとめ買いで銀貨5枚をまけて貰い、金貨4枚で買うことができた。

 彼らの稼ぎの六分の一ほどが飛んだが、彼らの金を彼らのために使うのだから、なんの躊躇いも無い。更に言えば俺の良心の安寧にも一役買って、むしろ一層お徳だった。


 今も俺の≪感覚共有(センシズシェア)≫を通して、わあわあとはしゃぎながら第五階層を目指す魔族達の声が聞こえる。

 人族には踏み込むことすら困難な第四階層。だが魔族にとっては遊び場のようなものなのかもしれない。

 こちらの様子とは全く異なる明るい声を聞きながら、俺は慎重に歩みを続ける三人の背中にゆっくりと続いたのだった。



 ------------------



 第二階層への道をゆっくりと進んだ俺達は、一時間と少しの時間をかけて、ようやっと目的の場所へと足を踏み入れていた。


「ここが第二階層なのですね……」


 きょろきょろと周囲の様子を伺いながら長助が溢す。その声は配慮してか小さいものだったが、むき出しの岩肌に反響してこちらにまで聞こえてきた。

 しまったとでも言うようにぱっと右手を口にあて、他の二人に視線を送る長助。それにサイラスは笑みを浮かべた。


「大丈夫です。そのくらいなら。でもここは第一階層よりもずっと数が多いから、気をつけるに越したことはね……ありません」


 慣れない敬語にたどたどしい口調で話すサイラス。それに今度は長助がくすりと笑った。


「そう気になさらなくても結構ですよ。今はここに集中しましょう」


 サイラスは戸惑いながらルッツにも目を向ける。流石に伯爵令嬢が許しても、騎士が許さなければどうにもならない。

 仏頂面のルッツが軽く頷くのを見たサイラスは、そこでやっと頷いた。


「その通りだ」


 少々浮き足立っている様子を感じ、少し距離を取っていた俺も一旦彼らに近づく。

 第二階層はランクCのオークウォリアーがかなりの数生息する場所だ。武器も剣、斧、弓とバリエーションがある。

 個々の実力もそうだが、まず初めて組む相手とどれだけ連携を取れるかが重要になってくる。


「基本、サイラスが指示を出せ。ルッツはそのフォローを」

「お、俺か?」


 俺がそう言えば、サイラスは戸惑いながら長助とルッツをきょろきょろと見る。


「一番ここにもぐってるのはお前だ。お前に任せる。ルッツ、長助、いいな?」

「はい」


 長助は自分のことで手一杯だろうし、ルッツは実力は問題ないと思うが、リーダー役まで任せられるかどうかはまだ判断が出来なかった。

 であれば、第二階層で訓練していて、かつウォード君に指示を出していた経験もあるサイラスがこの中で一番適任だろう。


 俺がサイラスに任せると断ずると、長助はすぐに首肯する。しかしここで珍しくルッツが渋い顔をした。


「僕は反対です」

「ルッツ?」


 今まで殆ど首を横に振ってこなかった彼がここに来て唱えた異論に、長助は不思議そうな眼差しを彼へと向けた。ルッツも長助に顔を向け、疑問をたたえた彼女の瞳を見据える。


「今まで訓練に参加させてもらうという立場上、僕達は必要以上の発言を控えていました。しかし、お嬢様にもお伝えしたはずです。この男が何と呼ばれているのかを」

「それは――」


 言いかけて、長助は言葉を詰まらせた。


 この訓練を始めた初日のこと。サイラスと合同で訓練を行うことに対して、伯爵家の連中が何か言ってくるはずだと思っていた俺は、適当な言い訳を考えつつ待ち合わせの場所に臨んでいた。

 しかし彼らは俺の予想に反して、不自然すぎるほどに何も言ってこなかった。それに関して俺はいぶかしく思うものの、藪蛇にもなりかねないと静観に徹していた。


 その後、思いがけずサイラスの訓練に加わり、共に励んでいた騎士達。特に思うところが無いような態度に、最初は動揺していたサイラスもほっとしたことだろう。

 だがしかし、俺は知っていた。彼らの胸中に、隠し切れない不快感が渦巻いているということを。


「僕はこの男を信用していません。命を預けるなどとても出来ない。ましてやここにはお嬢様もいるのです。護衛騎士として看過できません」


 そう言いながらルッツがサイラスへ鋭い視線を向け――


「それは俺の目が節穴だって言いたいのか? ルッツ」


 る前に、俺は二人の間に立ち塞がった。


「じゃあ聞くが。その噂が本当かどうか、お前は調べたのか?」

「調べてはいません。ですが……皆言っている事です」

「皆が言ってりゃ本当だってか? なら皆が屁で空飛べるぜ! って言えばお前も空飛ぶのかよ? ええ?」

「そ、そんな荒唐無稽な話――」

「荒唐無稽じゃねぇ!」


 いや荒唐無稽だけどね。痔になるわそんなもん。臭ぇし。

 だが問題はそこじゃあないのだ。


 山賊心得その四 ―― 対話はまず恫喝から入れ。


 山賊は基本的に勉強とは無縁だ。学なんてあるわけが無い。

 論理立てての会話なんて不可能で、論戦なんてとてもじゃないができない。

 だから基本は力づくだ。


 だがもしそんな状況になったらどうするのか。教養の無い人間が対話で勝てる道理はない。であれば、それ以外の要素で勝つしかないわけだ。

 だからまず初めにでかい声で自分のペースに持ち込み、まくし立てて誤魔化す。これしかない。

 この場で大声を出すのは少々危険だが、今はこちらが最優先だ。戸惑う理由もなかった。


「この二週間、お前達はサイラスのことを自分達の目で見極める時間があったよな? 噂通りのいい加減な奴だと思ったか? ならテメェの目の方が節穴だぜ。噂なんてな、尾びれどころか腕だの足だの生えるような出鱈目なもんだ。そんなくだらねぇもんに踊らされるな! お前のその二つの目にはどう映ったか言ってみろ!」


 俺は真っ直ぐにルッツを見る。恫喝の効果があったのか、彼の瞳はわずかに震えていた。

 ふっ……勝ったな。


「――分かりました。ですが彼に任せられないと少しでも感じたら、僕に指揮権を下さい」

「分かった。サイラスも、それでいいな?」


 声をかけると、目を丸くしていたサイラスも、すぐに真剣な面持ちでこくりと頷いた。


 まだルッツは納得がいっていない様だが、まあこんなもんでお膳立ては十分だろう。

 俺はサイラスの肩をポンと一つ叩き、彼らから離れる。そして彼が二人を集めて相談し始めたところを、遠くから眺めることにした。


 基本的に俺はただの引率であり、保険だ。装備も弓矢に短剣と、いざと言うとき助けに入りやすい恰好をしている。

 ただそれはつまり、彼らが窮地に陥らない限り手を出す気が無いという事でもある。


 彼らがどこまで戦えるか。俺はオークウォリアーが多く生息するこの第二階層でも、この三人なら十分戦えると考えている。

 しかし上手く連携が取れなければ、それも不可能になるだろう微妙なラインだとも考えていた。


(ここはお前のリーダーシップが重要だぞ、サイラス)


 いつもなら少年のような表情を覗かせることもあるサイラス。しかし今俺の目に映る青年は、まだ半人前ながら凛々しい戦士の顔つきをしていた。


 訓練をつけ始めてから、俺が彼の実戦を見るのはこれが初めてになる。

 真剣に二人と相談するサイラス。そんな彼の表情に、俺は期待を込め腕を組んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ