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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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114.いつの間にか増えてる

「”泥土の砲弾(マッドショット)”!」


 騎士の一人がどこか楽しそうな声を上げると、四つの砲門から泥の塊が勢いよく噴射され、空を切り飛んでいく。その先に立つのはバドと三人の騎士達だ。


「むぉっ!」

「ふんんっ!」

「くあっ!」


 それぞれ気合の入った声を上げながら、騎士達は重量のある泥を受け流す。

 彼らの足元には足が引きずられた跡が幾つも残り、まだ完全に勢いを消すのが難しいことを示している。

 しかし初めて受けた時のようにたたらを踏むようなことは今ではもう無くなり、なかなかに安定した様子を見せていた。


 騎士達が一緒に訓練がしたいと申し出てきてから早十日。

 サイラスのために考えた盾術の訓練は、今ではサイラスやヴェンデルだけでなく、騎士達も当たり前のように行うようになっていた。


 最近ではもう慣れたもので、当初は誰かに頼んでいたマー君の操作や魔力の供給も、今はもう手慣れた様子で勝手にやるようになっていた。

 こちらも手がかからず楽だし、向こうは向こうで意外と楽しんでやっているようだ。

 訓練とは言え楽しんでやれるのならそれが一番いい。今もお手本のバドを真ん中に据え、皆で泥まみれになりながら練習に励んでいた。


 なお”雪鳴りの銀嶺(ぎんれい)”パーティは三日おきに魔窟(ダンジョン)にもぐるようで、今日の訓練はお休みだ。

 ただそれ以外の日は必ず見学者二名を引き連れ顔を見せているため、きっと明日もまた参加しに来るだろう。


 以前、休養日も潰して訓練していて良いのかと何気なく聞いたことがあったが、彼らが言うには、どうも今までランクBの昇格を実力不足で見送っていたらしい。

 だから実力を上げる機会を得た今、それを不意にする選択肢は絶対に無い! と鼻息荒く言っていた。


 しかし俺の目には、目の前の壁を打破する活路が見えたことで、どうにも気が急いてしまっているようにも見られた。

 焦りは集中を妨げるばかりで、良い結果を及ぼさないものだ。

 内勁(ないけい)の訓練に手こずり、いら立ちを隠さない彼らに対し、焦る気を抑えるのもまた訓練の内だと度々説得していた。


 さて。そして当初の目的であるサイラス強化計画はと言えばだ。

 彼も”泥土の砲弾(マッドショット)”の訓練にはかなり慣れてきたようで、ホシのアドバイスもあってか目覚しい上達を見せていた。

 最近は自分が立つ場所の目印を線ではなく直径二メートル程の円に変え、その中から押し出されないことを目標にさせている。

 まだまだ荒削りではあるが、向上心があればいずれはそれも可能になるだろう。そう思わせてくれるほど、彼は生き生きと訓練に参加していた。


「おーい!」


 噂をすれば影だ。目を向ければ、魔窟(ダンジョン)から帰ってきたサイラスとホシが手を大きく振りながら、こちらに向かっているのが見えた。

 それに手を上げて応えると、二人は駆け足でこちらへと近寄ってくる。


「十匹、倒してきたぜ! おっさん!」

「どれ。ひー、ふー、みー……うん、十個確かにあるな」

「へへっ! どうよ!」


 彼が開いた手にはくず魔石が十個転がっている。

 上出来だと言えば、サイラスは得意そうに笑った。


 ”泥土の砲弾(マッドショット)”の訓練に慣れたのなら、次はもちろん実戦だ。生きた攻撃を受ける方がより良い経験になる。

 というわけで、サイラスには三日前から魔窟(ダンジョン)での訓練も取り入れ、オーク相手に一人で戦うように指示していた。


 訓練内容は、制限時間を一時間として、時間を過ぎるか十匹を倒したら帰ってくるというものだ。

 なお盾術の訓練のため、オークの攻撃を最低十回は受けてから倒すよう言い含めてある。勿論一人では危ないため、バドやホシに引率を頼んでいた。


 今日の所要時間は、往復時間を考慮すると、十匹倒すのに四十分かかったくらいか。一昨日は一時間八匹で引き上げてきたため、実力は確実に上がってきている。

 魔窟(ダンジョン)から走って来ても、倒れずに済むくらいには体力もついてきた。著しい成長を見るのはこちらも教える張り合いがあった。


「しっかし、魔窟(ダンジョン)で大声出してオークを引き寄せろっつったときは頭がおかしいかと思ったけど、案外大丈夫なもんだなぁ」

「馬鹿とハサミは使いようって言うだろ?」

「ひっでぇなぁそれ!」


 俺の言いようが面白かったのか、サイラスは歯を見せて笑った。


 オーク魔窟(ダンジョン)の第一階層。そこにはそれほどオークが生息していない。歩いて探すとかなりの時間がかかり、実戦目的としては歩いている時間が大半と、かなり時間の無駄があった。


 ただ、長助の護衛をしていたときに気付いたのだが、騒いでいるとそれを聞きつけてオークが襲ってくるものの、精々ぽつぽつとしか寄って来ない。

 だからこの訓練では制限時間を設けたこともあって、余裕があるなら大声出せとサイラスには言っていたのだ。


 もちろんこの方法は、挟撃や一対多となる可能性があり普通に危ない。なのでサイラスには、ホシやバドがいない場合は絶対にしないように注意はしている。

 サイラスには「んなことバカでもやらねぇよ」なんて言われたが、その横で長助が顔を赤くして目をそらしていたのには噴いた。

 少し前、大分騒いでたもんねぇ君。


「貴方様の柔軟性には目を(みは)りますわ。流石貴方様ですわね」


 俺の隣に座るスティアも満足そうににっこり笑う。最近妙に機嫌が良いなと思っていたが、どうやら伯爵令嬢の長助が俺のことを先生、先生と言って敬うのに気を良くしているらしい。

 しかもそれが二人に増えたこともあって、このところ気持ち悪いくらい機嫌が良かった。


「おし、それじゃちょっと休憩したら、あいつらと模擬戦してくれ」

「おっし。分かった」

「あたしは向こう行くー!」


 模擬戦をしている長助達を指差して言うと、サイラスは頷きながらどかりとその場に腰を下ろす。

 一方彼を引率をしてきたホシは、ぴゅーんとマー君の下へと走って行ってしまった。


「アンソニーさん本当に元気だなぁ。あの見た目で滅茶苦茶強ぇんだから信じらんねぇ」

「まぁなぁ」


 ホシとは長い付き合いになるが、あいつの強さを初対面で看破した人間は、今のところ二人しか覚えが無い。

 白龍姫のヴェヌスと黄龍族のアゼルノ。何を嗅ぎつけたのか、この二人はホシを見てびくりと反応し、すぐさま鞘に手を伸ばしたのだ。


 後で聞いたところ、強者の臭いがしたとか、よく分からないことを言っていた。ホシの実力を正確に見抜いたのは確かだが、ちょっと俺には分かってやれそうも無かった。


「先生」


 そうしてサイラスやスティアと話をしていると、横から声がかかる。顔だけ向けると、木の棒を持った長助とルッツが並んで立っていた。

 二人は荒い息を吐いており、額には玉のような汗が滲んでいる。彼らが肩を上下させるに合わせて額の汗は頬を滑り、形の良い顎から滴り落ちていった。


 ルッツは長助に槍を教え始めた翌日に、槍を教えて欲しいと言ってきた若い護衛騎士のうちの一人だ。

 最初、自分には才能が無いとか、やっても無駄じゃないかとか、うだうだ言っていたルッツ。だが、んなこと言ってねぇでやりたきゃやれよと木の棒を押し付けたところ、その日以降訓練に参加してくるようになったのだ。


 長助と同じく突きの訓練をさせてみたところ、ある程度の覚えがあるらしく、その動きはまずまずと言ったところだった。

 自己申告だった才能云々については、見たところ特に壊滅的というわけでもなかった。

 むしろ上手いんじゃね? と思えるほどで、一体全体誰がそんなことを言ったのだろうと不思議に思ったくらいだ。


 まあ子供の頃に、「お前下手くそだなー!」と友達にからかわれたのを真に受けたのかもしれない。そういうの、意外と引きずる奴もいるからな。


 まあそこは特に重要な話でもないし、興味もないので掘り下げなかったが。

 ともあれ競い合う相手がいるのは都合がいいので、その日以来長助と同じメニューを訓練させ、お互いを意識し合うようにしむけていた。


「すまん、途中まで見てたんだが。終わったか?」

『はい』

「おし、それじゃ次は俺と模擬戦するか。今度は長助が先な」

「はい! お願いします!」


 尻を払いながら立ち上がると、長助ははきはきと声を上げた。


 長助に突きの練習をさせ続けて五日目のこと。

 ようやっと姿勢が崩れなくなってきた彼女に、次は一通りの型を教えるようになった。

 そして七日目からは午前中を突きの訓練、午後を型と模擬戦というふうに内容を変えていた。


 今彼らが手にしている木の棒には、先端に麻の布を厚く巻きつけている。仮に当たっても酷い怪我を負わないように、だ。

 流石に伯爵令嬢に傷を負わせたなどと言ったら後が怖い。当然の処置だな。


 他にも長助の腰には短剣が、ルッツの左手には盾の姿がある。

 短剣を持たされた長助は最初不思議そうな顔をしていたが、槍は懐に入られると弱い武器だ。その対策を講じるのは当然だと押し付け、今では短剣の扱いも訓練に加えている。


 模擬戦の相手としては、今のように長助とルッツを戦わせたり、サイラスとやらせたり、俺とやったりバドとやったりと、色々やっている。


 三人は実力が俺達よりも近いだろうからという理由で。俺は色々な武器を使えるため、様々な戦い方を学ばせるために。

 そしてバドは、対オークを想定してだ。

 まああの体躯で棍棒を握らせたバドは、オークどころか、これがオークキングじゃないの? と言ってもいい程の威圧感だったが。

 最初に模擬戦の相手に選ばれた長助も、やる気に溢れたバドと相対し、最初は半泣きだったくらいだ。


 まあそんなかいもあり、最近の模擬戦の様子を見ると、そろそろオークレベルだったら長助でもなんとかなりそうな気がしている。

 彼女に自信をつけさせる意味でも、そろそろ挑んでもいいのかもしれないと思い始めていた。


「なあ」

「はい?」


 俺は長助に声をかける。


「やっぱ模擬戦止めて、これから第一階層行くか」


 俺は特になんの感情も込めずに言う。

 そのせいか、目を見開いた彼女からは返事が返ってこなかった。



 さて、その後どうなったかと言えばだ。


 不安がる長助を連れて、ルッツを護衛に伴いオーク魔窟(ダンジョン)へと足を踏み入れた俺達。

 咆哮を上げながら迫るオークに体を固くしていたせいもあり、長助とオークの戦いは十分にも及ぶ長丁場となった。

 しかし結果だけを見れば怪我を負うことも無く、長助は一人でオークを倒すという成果を無事に収めて見せた。


 ただその後がいけなかった。

 緊張がぷつりと途切れたためか、オークが消えるのを呆然と見届けた後、彼女はへなへなとその場に座り込んでしまったのだ。


 気持ちは分からんでもない。しかしここは怪物(モンスター)跋扈(ばっこ)する魔窟(ダンジョン)の中。いつまでもそうしていられると困ってしまう。

 だから動き出しそうも無い彼女の背中に、俺は大丈夫かと声をかけながら近づいたのだが。


「やったぁー! やりました! やったんですよ!? このわたくしが!」


 彼女は俺の手をいきなりがっしと握ったかと思うと、ぶんぶん振り回しながら叫びはじめたのだ。ちなみに喜んでるような台詞だが、実際は半泣きだった。


 落ち着けと言っても言う事を聞かず騒ぐものだから、それを聞きつけた新手のオークが咆哮をあげながら突撃してくる始末で。


 驚いた彼女が「ぴぎゃああ!」と変な声を上げるというオチまで着くことになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ホシのアドバイスもあってか ホシのアドバイスというとどうしても擬音満載の天才しか理解できない系なイメージが
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