12.王都にて ジェナスとヴェヌス②
少し長めです。
「ジェナス・ルードリヒトだ。シェンティッド様がお呼びだと言うことで参った。取次ぎをお願いしたい」
ドアを挟むように佇んでいる二人の男。ジェナスが用件を伝えると、彼らは厳めしい顔で、しばし待たれよと返してきた。
彼らを知らない人間から見ると、恐ろしい顔つきの男二人が女性ににらみを利かせているようにしか見えない。だがジェナスは、顔が怖いだけで、礼に礼を返す正しい者達だと知っていた。
特に怯む事も無く頷けば、二人の片割れが窮屈そうに頭を下げ、ドアの向こうへ消えて行く。
その場に残ったのは一人の男だけ。それでも気を抜かず律儀に背筋を伸ばすジェナスに、その男は感心したような視線を一瞬だけ向けた。
しかしそれも瞬きの間の事。彼もまた目の前の女性に倣い、己の責務を果たすため、改めて背筋をピンと伸ばした。
今姿勢を正した彼は、女性としても身長が高いジェナスと比べても頭一つ以上も大きい。身長は優に二メートルを超えている。
見上げるほどの巨漢だが、しかし彼らにとってはこれが平均の身長である。先ほどドアの向こうへ消えていった男もまた、目の前の彼と同じ程の身長だった。
というのも彼らは人族ではない。
龍人族と呼ばれる、人族とは異なる者達であった。
ジェナスは龍人族の事に明るくはなかったが、ここ王都にいる龍人族が、その中でも武に秀でる白龍族と呼ばれる者達であると理解している。
そして目の前にいる者達が、彼らの長、白龍姫の護衛役であり、精鋭中の精鋭である事もまた知っていた。
なお先ほど会ったアゼルノ・ゼクツェンも龍人族であるが、彼は黄龍族であり、白龍族程体躯は大きくない。人族よりやや大柄、と言った程度である。
ならば彼が白龍族よりも劣るか、と言えばそうではない。その問いが王国において禁句となるほどと言えば、誰もが察することができるだろう。
決して仲が悪いわけではない。いがみ合っているわけでもない。
お互いに武を重んじる種族であるが故の、ただそれだけの衝突である。
ならばいらぬ諍いを避けようというのは当然の配慮であろう。
そんな彼らは自らをモノノフと名乗っているが、それが何を指すのか、ジェナスには最初全く理解ができなかった。
しかし、戦場で見せた死をも恐れぬ凄まじいまでの胆力に、味方である彼女自身も畏怖の念を禁じえなかったことは記憶に新しい。
言葉では分からずとも、心でモノノフというものがどういうものか戦場で理解したジェナスは、彼らが以前人族の敵であったのだと言う事実を想像し、今回味方である幸運を主神フォーヴァンに深く感謝した。
なおその事があって、彼女は以前より敬虔になったようである。
共に戦場を駆けたことも一因ではあるが、それ故に、ジェナスは彼らに対して忌避感を持たず、頼もしい同志であると考え接していた。
その誠意は白龍族達にも届いており、彼らのジェナスに抱く感情は、この四年の間で非常に好意的なものとなっていた。
そのため、しばらくしてドアの向こうから出てきた彼が、「ヴェヌス様がお待ちです。どうぞ」と非常に丁寧に彼女を通してくれたのは気のせいではないだろう。
だがそうとは知らないジェナスは彼らに一礼すると、そのドアを通り、彼女を呼び出した張本人の下へと向かった。
彼らの長、白龍姫ヴェヌスの話が一体どういう内容なのか、思い当たりながらもその意図を思案しながら。
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「ジェナス・ルードリヒト。只今参りました」
王城の一室だという事を加味しても、相当な広さのある客室に足を踏み入れたジェナスは、目の前の人物を確かめると、ビシリと姿勢を正し敬礼した。
今ジェナスの目の前で高そうなソファにゆったりと座っているのは、ジェナスをここに呼んだ張本人。
白龍姫、ヴェヌス・ラト・イル・シェンティッドその人であった。
「ご足労頂き申し訳ございません。ようこそお越しくださいました、ジェナス様」
ヴェヌスはソファからおもむろに腰を上げ、微笑みながら彼女を迎える。そして手でこちらへ来るようにと彼女を誘った。
ジェナスはどうしようかと困惑するが、そんな様子を見て、「どうか楽になさってください」と、ヴェヌスは鈴を転がすような声で告げた。
どうしたものかと戸惑っている間に、紅茶とお茶請けの菓子が運ばれてくる。これにジェナスは面食らった。
呼ばれたとは言っても、ジェナスは何かを報告をするような硬いものだと想像していたのだ。
だが固まるジェナスを尻目に、ヴェヌスはまたソファに腰を下ろす。そして彼女にもかけるよう再度促した。
「さ、どうぞ。少しだけ話に付き合って頂きたいのです」
笑顔を見せるヴェヌス。それを見て、ジェナスはままよと意を決する。そして彼女に倣って腰を下ろした。
(な、なんだこのソファは! 屋敷のソファがまるで駄馬の背中のようだ!)
屋敷のソファが聞いたら泣き崩れそうな事を考えながら、ジェナスは驚愕する。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ヴェヌスはティーカップに手を伸ばし、優雅に口元まで運んで一口飲み込んだ。
飲み物を飲んでいるだけなのだが、その姿はまるで一枚の絵画のようだ。
透き通るような白い肌に、白色にほんのわずかだけ青が差した白縹色の髪。
所作も相まって高い品格を感じさせる美しさは、女性であるジェナスですら見とれてしまいそうなほどだった。
思わずジェナスも彼女に倣い紅茶を一口飲み込む。だがその芳醇な香りにまた驚愕する。
今度は隠す事ができず、目を大きく見開いてしまった。
流石に安物でないことは理解していた。しかし自分に対して、これほどの高級品を出されるとは全く予想していなかった。
ジェナスは無意識に目の前の相手へ顔を向けてしまう。ヴェヌスはその様子を見て満足そうに微笑み、そしてカップを静かに置いた。
「気に入って頂いたようでなによりですわ。宜しければまだございますので、遠慮なく言って下さいまし」
「い、いえ! もう、結構です!」
「そうですか? ふふ、遠慮は不要ですよ? わたくしから王子にお願いしておきますわ」
「で、殿下にっ!? いっ、いえいえ! 本当に、結構ですっ!」
ヴェヌスにしてみれば軽い冗談のつもりだった。しかし緊張しているジェナスには全く通じなかったようである。
慌てて首を横に振る目の前の相手に、ヴェヌスは困ったような笑みを浮かべた。
「そう緊張なさらず。今まであまり機会もありませんでしたから、ジェナス様と少しお話をしてみたかっただけですわ。勘違いさせてしまいましたら申し訳ございません」
「い、いえ! そのような事は決してっ!」
言葉に反して余裕の無さそうなジェナス。ヴェヌスはこれに普段通りの会話は無理だろうと察した。
「……ジェナス様にはどうやら本題から入らせて頂いた方が宜しいようですわね。早速で申し訳ありませんが、構いませんでしょうか」
「は、はい! 是非!」
ジェナスはカップを傷つけないよう、恐る恐るソーサーへ戻す。茶葉だけでなくティーセットも、彼女には手が出ないような高級品だ。そんな物を使って談笑できるほど、彼女は図太くは無かった。
こんな芳醇な茶を飲むなど舌に毒だし、こんな高そうなティーセットだって触れるのも恐ろしい。
こんな所にいてはたまらない。ジェナスは早く終わらせてしまおうと、話を進めるため身を僅かに乗り出した。
「それではお聞きしても宜しいでしょうか。なぜ私をお呼びになったのでしょう。まさか本当に茶会のためというわけではないのでしょう?」
「本当にお茶会にお招きしても良かったのですけれど。でも残念ながら、仰る通り今回は違いますわね」
ヴェヌスは軽く笑った後、真面目な話だと言うように、今度は表情を僅かに引き締めた。
「この王都の守護は、ジェナス様率いる第二師団が主に担っていると聞いております。その件で少しお願いがあるのですわ。とても個人的なものになりますが」
「個人的なもの? それは――」
「当然内容による、ということですわね。ええ、王都を守護する者として、看過できない内容もあると言うのは当然です。内容は今からお話致しますわ。と言っても、ジェナス様はすでに何かしら、察していらっしゃるのではないかと思いますけれど」
ヴェヌスは僅かに表情を緩くして、問うような眼差しを向けてくる。心当たりのあったジェナスは誘われるままに口を開いた。
「白龍族と思われる者が二人、昨日の深夜にこの王都を出たという話は、今朝ほど部下から聞いておりますが。……それと何か関係が?」
「ええ、お願いしたい事と言うのはまさにそれなのです」
ヴェヌスの声が僅かに低く変わる。
「そのことを王子に報告しないで頂きたいのですわ」
意図の読めないお願いに、ジェナスは訝しげな顔を隠さなかった。だが相手は返答を待っているのか、口を結んで自分を見つめている。
少し考えてみるも、思い当たるふしなどない。ジェナスは彼女に促されるように、その口を開いた。
「確かにまだ報告をしておりませんが。ですが、それはなぜでしょう?」
「ジェナス様はエイク様が失踪された事をご存知なのでしょう?」
ジェナスの眉がぴくりと動いた。
確かにエイクが失踪した事は知っている。しかしその情報がジェナスの耳に入ったのは昨日の夕方。パレードが終わり、彼女が一息ついた頃であった。
部下からの報告では、実際にエイクが出て行ったのは二日前との事だった。報告を怠った部下らに対し、ジェナスはその場で罰を言い渡すと、その足ですぐに王子へ報告を行いその判断を仰いだのだ。
王子は混乱を避けるため、一旦関係者などの一部の者以外への通達はしないと判断し、ジェナスにも厳命を下していた。
だからこそ、彼女は殆どの者がこの事実を知らないと考えていたと言うのに。
「確かに知っておりますが……一体それをどこで?」
この状況はどうした事かと、ジェナスは困惑の瞳を向ける。
「大したことではありませんよ。それに城内にいた者がいなくなれば、気づくのが普通ではありませんか? それも師団を預かる長がいなくなったとあっては……気づくな、というのが無理な話かと」
返ってきたのは皮肉交じりの答えだった。
「耳の痛い話ですね……。仰る通りではありますが、言いわけをさせて頂けるのであれば、タイミングが悪すぎましたので」
「そうなのでしょうね。まあ、あの方はそれを狙っていたのでしょうけれど」
パレード開催に向けたあの忙しい期間を絶好の機会と選んだのだ。そう弁明すれば、ヴェヌスも理解していたらしく、軽く顔を伏せて苦笑した。
してやられたとでも言うような苦笑だと、ジェナスはそう受け取った。だが見る者が見ればその真意はきっと分かったのだろう。
都合の悪いことにジェナスは人の機微に疎かった。
二十五歳、独身。仕事はまじめでそつなくこなすが今ひとつ会話が盛り上がらない女……彼氏募集中。
兎にも角にも、その表情が何を示していたかジェナスには分からなかったのだが、その反応から、王子に対してではなく、エイクに関係する話なのだという事だけは辛うじて理解はできていた。
「それはそうなのでしょうが。まさか、エイクに関係のある話なのですか?」
「ええ、我ら白龍族にはこれほどまでに重要な話はありませんわ」
目の前に座る女性はジェナスよりも小柄で、非常に柔和な印象の人物である。
そんな女性は今、師団長であるジェナスの目の前で、彼女すら硬直させ得る威圧感をじわじわと放ち始めていた。
龍人族が持つ眼。その眼は龍眼と呼ばれ、不思議な力を持つと言われている。
ヴェヌスの眼もまた、まるで月を思わせるような淡い黄色と、それを縦に裂くように走る細長い瞳孔によって形を成す龍眼である。
龍を思わせるそれにただ見つめられるだけで、大抵の者は体がすくむ。師団長のジェナスでさえも、体に強張りを感じてしまうほどだった。
この龍眼と呼ばれる眼は、龍人族なら誰しも持つものである。ただ、龍人族に見つめられれば誰もが同じように威圧されるかと言えばそうではない。
龍眼が持つえも言われぬ力は、その龍眼を持つ龍人の実力に直結している。それ故に、ヴェヌスの龍眼が持つ力は、彼女自身の実力に裏打ちされたものに他ならなかった。
白龍姫。姫とは名がつくものの、それは人族の箱入りの姫とは意味が大きく異なる。
龍人族の姫というのは、一族の総大将を意味する。つまり彼女も強者の一人であり、紛うことなきモノノフの一人であったのだ。
ジェナスも、戦場でオオダチと呼ばれる武器を振り回し、圧倒的な力によって魔族をなぎ倒すヴェヌスの戦い振りを、戦場で見たことが何度かあった。
それは同じ白龍族ですら近寄れないほど苛烈極まりないもので、圧巻を通り超し、畏怖すら覚えたほどだ。
それを理解しているからこそ、ジェナスは思わずごくりとつばを飲む。ヴェヌスの龍眼に今、かつて見た凶悪な光が宿ったように見えたのだ。
「……まさか、アウグストの話を信じておられるのですか。あの場ではヴェヌス様も否定されていたではありませんか」
「それは当然でしょう。我らはエイク様に恩義があるのですから。しかしだからと言って、あちらに不義があるのであれば話は別。なればこそ、あの方をこのまま逃すわけには参りません。我ら白龍族の誇りにかけて」
ジェナスもまた、エイクを糾弾するようなあの会議には出席していた。しかし彼が白龍族を追放するなどという話はとても本当だとは思えなかったし、被害者となるヴェヌス自身も異を唱えていたはずだ。
しかしどうだ。今のヴェヌスの言葉は、あの会議では義理でかばう振りをしたが、内心は疑っていたと言う事実を雄弁に語っている。
ジェナスは愕然とするが、そんな彼女の心情などお構いなしにヴェヌスは言葉を続けていく。
「みすみす見逃したとなっては我ら白龍族の名折れ。必ず見つけ出さなければなりません。しかし、我々が動いている事実を王子や軍に知られると、少々都合が悪いのです」
「それはどういう意味でしょうか。まさかエイクに何かすると?」
「それを聞いてどうするのです? 仮にあの方の身に何かあったとして、あなた方に困るようなことは何一つないのでは?」
「質問の答えになっていません!」
ジェナスは思わず身を乗り出し、ヴェヌスに食ってかかった。だが相手が見せた反応は非常に冷ややかなもので、ただその目を細めただけだった。
「我ら白龍族は、仲間のためならばこの命すら惜しむことはありません。共にある事を尊び、切磋琢磨できることを喜び、そして、それが仲間のためならば、例え相手が神だったとしても、死すら恐れず戦う。それが我々龍人族という種族であり……そして、白龍族にとってはそれが誇りなのです」
空気が砕け散った音を、ジェナスは聞いたような気がした。
先ほどまでにこやかだったヴェヌスの表情は、今や氷のように冷たく変わっている。突然おかれた状況に、少し熱くなったジェナスの頭も一瞬で芯まで凍りつく。
「その誇りを穢されたのです。我々が大人しくしている理由もありません。そういう事ですわ」
吐き捨てるようにそう言うと、ヴェヌスはもう言う事はないと言うように静かに口を閉ざす。ジェナスの背中に冷や汗がどっと流れた。
エイクが白龍族を追放しようと画策したと言うアウグストからの報告。恐らくそれを知った白龍族が、誇りを穢されたと判断したと言う事なのだろう。
何をしたいのかは分からない。だがこの様子では穏やかに済まないのは間違いない。
ジェナスはいなくなった同僚であるエイクの事を無意識に思い出していた。
ジェナスがエイクと初めて会ったのは、彼が山賊として王子を襲撃したときである。故に、最初のエイクに対する彼女の印象は最悪であった。
これほどまでに唾棄すべき愚かな人間を見るのは初めてだとすら思っていたのだから、相当なものである。
しかし否応なく共に戦場を巡り彼と関わっていくにつれ、その感情は徐々に変わっていく事となった。
彼と時間を共にするにつれ、彼がただの愚か者でない事を知り、彼が山賊であった理由を知り、王子の前に立った理由を知り……。そして彼という人間を知り、その思いは年月と共に軟化していった。
出会いが最悪なだけに、ゲインロス効果が働いたのだろうか。悪人が良いことをすると必要以上に好印象を持ってしまうというあれである。
ともあれこの五年という月日は、彼を頼れる戦友として認めるまでにジェナスの心理を変化させていたのだ。
先ほどからずっと、自分を見据える白龍姫。ジェナスはまるで蛇に睨まれたカエルのように、身じろぎ一つできないでいた。
ただ、幸いにも頭の方は鈍いながらも何とか動いてくれ、この件に対して一切譲らないという白龍族の強い意思があることを、その眼差しに理解をしていた。
エイクは決して白龍族の排斥などしていない。ジェナスはそう確信していた。
何とか白龍族の凶行を食い止めたいと、ジェナスは自らの意思を口にしようとする。しかしヴェヌスの眼光がそれを許さなかった。
彼女に見つめられ、どのくらいの時間が経っただろう。いつしか乾ききってしまった喉から、ジェナスはかろうじて声を絞り出す。
「……私には、判断しかねます。やはり王子には報告させて頂こうと思います。しかし、数日遅らせる程度であれば可能……かと」
このような判断は彼女の立場では裁量を認められていない。越権行為でもあるその判断を仕事に実直であるジェナスが下す事ができたのは、仲間であるエイクを思って以外に、王国の未来を憂慮しての事でもあった。
今のジェナスにはこれが精一杯の返答であったと言えよう。だが残念な事に、その返答が相手の頼みを真っ向から断っている事に、ジェナスは気づいていなかった。
”言うな”という相談に対し、”そのうち言います”では、及第点未満をつけられても致し方ないだろう。
ヴェヌスは彼女を見据えていた目を閉じると、残念そうな声を上げた。
「そうですか。致し方ありませんわね。それならこうしてもいられませんわ。我々はそろそろお暇する事に致しましょう」
「なっ! なぜそうなるのですか!?」
「ご理解頂けなかったようで残念ですわ。先ほど申し上げた通り、我々には重要な話なのです。本来であれば、わたくしもすぐに向かいたいところなのですよ? ですが、今我々が王国を発つという事は、折角結んだ和睦を盤石なものにするには都合が悪い。こちらにも利がある話でしたし、王子の意向を無下にするのも憚られる……。そう思えばこそ、こうしてジェナス様にご相談させて頂いたのです」
ヴェヌスの言う通り、パレードに白龍族が参加した事により、敵対関係と思われていた二種族間の関係は大きく改善される方向へ動くだろう。
その影響はここ王都を中心に、波紋が広がるように各地に波及するはずだ。
そしていずれは国土全体に染み渡り、お互い忌避感のない関係に変わる。それが王子の望みであり、パレードを催した意義でもあった。
しかしパレードを行って間もない今、白龍姫が一族全員を引き連れて王国から出て行ったなどとなればどうだ。何か白龍族との間に軋轢があったのではと、邪推する者がでる可能性は十分にあった。
友好の熱がある程度広がるまでは王都に滞在してもらい、互いの関係性に疑いの余地が無い事を、王都のみならず国内外にも示す。その必要性は疑いようのないものだった。
そこでジェナスはある事に気がついた。
彼女を射抜くように見据えているのは変わらない。しかし相手の口角が僅かに、だが確かに上がっていたのだ。
機微に疎いジェナスも、その時点でこの話の趣旨をはっきりと理解した。できてしまった。
ヴェヌスはこれを”お願い”と言ったが、そのような下手に出るものではない。
これは”脅迫”だ。龍人族と人族の関係を良くするも悪くするも、王子の思いをぶち壊すも支えるも、お前の決断によるのだと、そう言っているのだ。
初めから選択肢などありはしなかった。気づいてしまい、逃げる場所が無くなったジェナスに、ヴェヌスは更に追い討ちをかけてくる。
「ですが、そう言うわけにもいかないようですし、それでしたら行動は早いほうが良いですわ。お呼び立てしたところ申し訳ございませんが、お互い時間も無いようですので、ここまでにさせて――」
「お待ち、下さい」
もはや抵抗する事もできなくなったジェナスは、彼女の”お願い”にあえなく屈した。
首を縦に振った相手を見たヴェヌスは、まるで獲物を前にした捕食者のように怪しく瞳を光らせながら、美しく整った顔を綻ばせたのだった。