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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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107.模擬戦

少し長めです。

「ジエナ! 合図はお願いね!」

「任せて」


 ケティが手を上げると、ジエナも分かったと手を振り返す。それを見たケティはこちらへ向き直り、白い歯を見せた。


「ルールは精技(じんぎ)無しで、攻撃は短剣でのみ。頭への攻撃は寸止めね。それでいい?」

「待った。精技(じんぎ)というか、(じん)自体を禁止にしてくれ」

「え……? う、うん。分かった」


 俺とケティが持つ短剣はどちらも訓練用の木剣だ。その具合を確認しながらケティに返事をすれば、彼女はどうしてか、顔に疑問を浮かべながら首を縦に振った。


 精技(じんぎ)の禁止は構わない。だが、それなら(じん)での身体の活性化はどうなんだと言う疑問が残る。

 曖昧な表現だとお互いの認識に齟齬(そご)が出かねない。なら全て禁止と言ってしまったほうがいいだろう。


 他にも魔法の可否はどうなんだという点が残るが、ただこれに関しては特に気にする必要はないだろう。短剣を使用した接近戦じゃあ、魔力を練りながら詠唱なんぞしている暇は普通無いからだ。

 それに、だ。魔法が選択肢にあるならきっと、ケティは「私魔法が使えるんだけど~」とか得意そうに言って来ると思う。

 つまりはそういうことだ。


(魔法を使ってくるなら、それはそれで見てみたくはあるけどな。でもまあ、こいつじゃ無理だろうな。なんとなくだが)


 あれで魔法をバンバン撃って来るのなら逆に見てみたいものだ。そう思いつつ短剣を握りなおす。


 冒険者は最高位がランクS、最低がGだ。だがGが見習いであることを考えれば、最低は実質F。

 つまりSとFの丁度中間にあるランクCは、恐らく中堅どころだろう。


 その証拠に、軍にも元冒険者はそれなりにいたが、ランクCだったなんて言う奴は珍しくもなかった。

 ケティの首に掛けられたドッグタグにちらりと視線を向ける。そこには間違いなく、キラリと輝く銀色があった。


 ケティからの挑発を受けた俺は、訓練場の一角で彼女と模擬戦をすることになった。

 魔窟(ダンジョン)帰りで防具をつけていた俺は短剣を借用しただけだが、ケティはレザーアーマー、グリーブ、そして短剣の三点セットを借用して身に着けている。


 ケティも女なのだから、もしだったらレザーアーマーの選定には手間取ったのだろう。

 だが安心して欲しい。そんなことは無かった。


「おじさん、失礼なこと考えてない?」

「何でもないっす」


 危ない。本当に女というのは、こういうときの勘が異常に鋭いから厄介だ。

 じっとりとした視線を俺へと向けるケティ。

 おいおい、俺はそういう目でお前を見てねぇから安心しろ。仮にそんなことになったらスティアに殺される。ケティがな。


「まあなんだ。こっちはいつでもいいぞ。さっさとかかって来んかい」


 とりあえず理不尽な追及から逃れよう。俺はちょいちょいと指先を曲げて彼女を促す。


「それ私の台詞じゃない? ランク、私の方が上なんだけど。何か調子狂うなぁ……」

「そっちが言い出しっぺだろが。ほれほれ」

「もぉー……分かったわよ! ジエナ、お願い!」


 少し離れたところではサイラスとバドが組み合って訓練をしている。

 ヴェンデルはと言うと、二人から少し離れたところに立って様子を見ているが、時折こちらにもチラチラと視線を向けていた。


(お手並み拝見、というところかね)


 ジエナも言っていたが、どうやら彼らはこちらの実力が気になっている様子。俺達が元兵士と知り、興味をかき立てられたのだろう。


 この気持ちは俺にも分かる。元々山賊だった俺は、自分より強い相手を襲うというヘマをやらかせば、すぐに命が無くなる環境に生きてきた。

 そのため相手の実力を嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚を、生き残るために強く要求されてきた。


 だがそんな強者を避けるために磨いてきた嗅覚は、軍という強者の坩堝(るつぼ)に身を置いていたせいか、はたまた手痛い失敗をおかした、あの騎士オディロンとの手合わせの一件からか。

 それが正しいか試してみたい、という欲求もいつしか俺に抱かせるようになっていた。


 王国軍の中ではそこそこの実力だった俺。その枠から出た場合、自分の実力がどこまで通用するのだろう。

 年甲斐も無く気持ちが高まっていくのを感じる。そんな高揚する気持ちを宥めつつ、俺は相手に神経を集中させた。


 三十年近く自分の鼻を頼りに生きてきた。その嗅覚を信じるのであれば、恐らく目の前の相手は。


「これより模擬戦を開始します。試合――始めっ!」


 いつもの淡々とした口調とは一転、凛々しい合図がジエナの口から発せられる。

 それと同時にケティが大地を蹴った。


「よっし! それじゃこっちから――」

「行くぜぇ! ハッハァーッ!」

「えぇぇーッ!?」


 が、俺も同時に思いきり地面を蹴る。

 もう待ってらんねぇぜ! こっちから行くぞこん畜生がフハハハハーッ!!


「そっちから来いって行ったのに何でぇ!?」

「男は狼なんだよ気ぃつけな! フゥハァーッ!」

「意味分からないんだけど!?」

「ブッ……あははははーっ!」


 目を丸くしたケティに文句を言われるが知ったこっちゃねぇなぁ!

 急接近した俺達は互いに短剣を繰り出す。激しくかち合った二つの短剣が、合図さながらに軽快な音を訓練場に響かせた。


 何が可笑しいのか腹を抱えて笑うジエナを尻目に、俺とケティは剣撃を繰り出し合う。

 カンカンと乾いた音は徐々に鳴る間隔が短くなっていく。四本の短剣は互いの力量を探るように、その速度を徐々に増していった。


 短剣は殺傷力に乏しくリーチが短いのが短所だが、素早く小回りが利き、立ち回りが崩れ難いのが長所だ。

 その特徴から、短剣同士の戦いではいかに相手の隙を突くか、または隙を作るかが肝だった。


 俺達は激しく踊るように、互いの位置を何度も交代させながら、相手の僅かな隙へ何度も斬撃を飛ばし合う。

 俺はケティの突きを半身でかわしつつ短剣をくると逆手に持ち替え、彼女の踏み出した太ももに突き立てる。

 だがケティも足をくいと上げグリーブで受け流すと、お返しと死角から突きを繰り出してくる。


(なるほど、これを簡単に受けるか。新兵よりは強そうだ!)


 わずかに引いてかわしながら、ヒュウと微かに口笛を鳴らした。


 剣や槍などの武器であれば今の動きは出来ない。踏み込めば自然と重心が前足にかかり、とっさに足など上げられないからだ。防御するにしても、武器で弾くしかないだろう。


 だが短剣の場合は違う。


 リーチが短く殺傷能力に乏しい短剣。この武器で相手に有効な攻撃を与えるとなると、急所を狙うか精技(じんぎ)を使うか。精々その二択だ。

 だがそれには超至近距離での戦闘を避けられない。それ故、隙を生む行動は短剣使いにはご法度になる。

 わずかの隙が致命の一撃に繋がりかねないからだ。


「ハァッ!」

「よっ――とぉ!」


 俺の反撃にケティも短剣を操り、乾いた音が訓練場に響く。直後に次はこちらと迫る短剣を、俺は手首を返し短剣で受ける。

 不用意に攻撃をすればそれが隙となり、逆に攻撃される。その反撃をいなせば今度はこちらの番。

 そうして戦闘は徐々に速度を増していく。これは短剣使いの戦闘の常だ。


 そんな高速戦闘でも生き残れるように、隙を晒すような重心移動は最小限に抑える。

 これが短剣を武器とする際の基本中の基本だった。


 それを踏まえて見てみれば、ケティの重心移動はお手本と言っても差し支えないほど基本に忠実なものだった。動きだけ見ても、彼女が実力者であることがよく分かった。


「ハッ! ハァッ!」

「よっ! と! そらっ!」


 右から突き出された短剣を半歩下がってかわし、お返しと左右から細かく切りかかる。

 ケティはそれをひょいひょいと綺麗に避けると、トントンッと退き、少し距離をとった。


「やるやる! 絶対ランクEじゃないっておじさん!」

「ほぉ。じゃ、俺はランクBってところかね?」

「ちょっとそれは――私を倒してから言ってよねっ!」


 掛け声と共に地を這うように迫るケティ。俺は急所を隠すように脇を絞め、油断無く構え迎え撃つ。

 ケティは急激に間合いを詰めてくる。その顔は嫌に生き生きとしていた。

 ギラリと目が光り、刹那。息を尽かさぬ連撃が俺に襲い掛かってきた。


 俺はその次々繰り出される短剣の軌跡に、自分の短剣を割り込ませる。


(右、左、右、右、左――に見せかけて右!)


 どうやら攻勢に打って出たらしい。俺はあえて攻撃を一つ一つ受け止めながら、その軌道を冷静に見極める。

 ケティは細かく左右に刻みながら、顔の向きや肘の動き、目の動きなども利用して何度もフェイントをかけて攻めてくる。


 こいつ、もうランクの差なんて絶対気にしてねぇな。思わず口角がゆるりと上がる。

 はっ――俺も楽しくなってきた!


 攻撃は確かに早い。だがこれは早く武器を振るうことのみを重視した攻撃で、狙いに先ほどまでの精密さが無かった。

 つまり、攻撃とは別の目論見があると見ていい。

 右からの攻撃が多いことから、右側に注意を向けて不意の左で崩す腹積もりか。もしくは俺の想像とは逆に、攻撃を集中させ手数で押し切るつもりか。


(ほんじゃま、答え合わせといきますかね)


 誘ってみるかと右足を気持ち下げ、防御を固めるように振舞う。

 途端、ケティの口元がぴくりと上がったように見えた。


(ありゃりゃ……。分っかりやすいねぇお前さんは)


 表情は既に元に戻っているが、その感情は隠せない。俺の≪感覚共有(センシズシェア)≫を介して彼女から、まるで悪戯(いたずら)が成功して喜ぶ子供のような感情が伝わってくる。

 右側への攻撃も更に激しさを増す。俺はそれを若干慌てたようにしてさばき続けた。


「おっとっ……!」


 高速で迫る短剣を完全に受けきれず、俺はわずかに体をふらつかせる。ケティの目が鈍い光を放った。

 瞬く間もなく、死角から短剣の切っ先が滑るように飛んでくる。

 狙いは俺の左脇腹。その速さは今までの比ではない。

 間違いなく決めに来た攻撃だった。


 うん、素直だねぇお前さんは。ご褒美をやろう。


「ところがどっこいってな!」

「えっ!?」


 千載一遇のチャンスとばかりに迫ってきた短剣。俺はそれを左で受けると、手首を返して跳ね上げる。

 その短剣はケティの右手から姿を消し、高く宙を舞った。


「ほい残念賞」


 動きの止まったケティの喉元には、既に短剣が突きつけられていた。一呼吸置き、背後からカランと軽い音が響く。

 しばらくの間ケティは放心状態で、口をぽかんと開けていた。



 ------------------



「スッゴイ納得いかないんだけどぉっ!?」


 やっと喋るようになったケティの一言目がこれだった。


「急に何だよ……」

「おじさん私に押されてたじゃん! 何で私が負けてるの!? 理解できないんだけど!?」


 まるで地団太でも踏み出しそうな勢いのケティ。そこに離れて見ていたジエナがすたすたと近づいてきた。


「貴方の負ケティ」

「第一声がそれかい」


 ケティを真正面から見つめながら告げるジエナ。途端、ケティの眉が釣り上がった。

 危機を察したジエナはケティの手をかい潜り、俺の背中にピョイと隠れる。


「おっちゃん助けて」

「逃げるくらいなら煽るなよ……」

「ガルルルルッ!」

「お前も落ち着けっ」

「痛っ!」


 威嚇するように歯を剥くケティの額をぺしりと叩く。野生動物かお前は。


「だってぇっ! 何でよぉ!」

「お前は素直だなぁ」

「何よそれぇ!」


 ケティは額をさすりながら口を尖らせる。

 仕方がない、ネタばらしをしてやろう。


「あんなもん演技だ演技。面白いほど騙されてたなお前」

「えーっ!! 演技!? 嘘でしょ!?」


 片手をひらひらと振って言えば、彼女はショックを受けたように目を見開いた。

 ま、俺の演技力にかかればこの程度大したことじゃぁ無いけどなぁ! これぞ山賊仕込みの演技力よ! 騙し討ちをさせたら右に出るものはいないってな! フハハハ!


「で、でもそれって卑怯臭くない? 正々堂々とやってよ!」


 フハ――なんですと? 一人ほくそ笑んでいた俺はケティの言葉に我に返る。

 相手の油断を誘うのは別に卑怯でも何でもないと思うが。


「お前だってフェイントかけてただろうが。同じことだろ?」

「同じじゃないって! フェイントは技能(スキル)だし! 演技は……何だろ? んー……。と、とにかくもう一回!」

「負ケティは往生際が悪い」

「あんたは黙ってて!」

「はい」


 煽った割に素直に頷くジエナ。何なんだ。


「模擬戦なんだからちゃんとやって! 意味ないじゃん!」


 ぷりぷりと怒るケティ。よく分からんが、彼女の頭の中ではさっきのは実戦形式でなく、訓練の感覚だったのかもしれない。


 確かに訓練であれば俺もあのような手は使わない。技を磨くということに主眼を置けば、不意打ちや騙し討ちで腕が上がるわけがないからだ。

 一方これが実戦形式だったなら、基本何をやってもいい。そうでなくては実戦の模擬になんてならないからな。


 どうやらケティと俺との意識に隔たりがあったらしい。

 しょうがねぇな。


「分かった分かった。もう一回な」

「今度は卑怯な手は使わないでよね! 真剣勝負なんだから!」


 負けたのが悔しいのか、ケティは唾を飛ばすような勢いで俺に言う。

 しかし卑怯な手はないだろう卑怯な手は。戦闘は何でもあり。騙されるのが悪いのだ。

 それを悪し様に言われると、ちょっとモヤッとする。


「一勝ゼロ敗な」

「次は勝つからっ!」


 どうも釈然とせず言う俺に、ケティは悔しそうに歯を食いしばった。



 ------------------



 それから小一時間ほどの間、俺はケティとの模擬戦を何度も行うこととなってしまった。

 というのも――


「あーっ! 勝てないーっ!」


 ぜいぜいと荒い息を吐きながら大の字になるケティ。彼女は結局一勝もできず、さらに負けを積み重ねることになったのだ。

 第一印象ではそう見えなかったが、意外と負けず嫌いだったらしい。最後の方はもうムキになって挑みかかっている有様だった。


 だが感情の動きが分かる俺からすれば、そんな状態の相手は格好の獲物だ。負けるはずもなく、それどころか駄々をこねる子供を相手にしているような状況だった。

 たぶんそれはケティにも伝わったはず。だからこそこうして今、感情を爆発させているのだろう。


「ゼロ勝六敗」

「~~~~っ!!」


 無慈悲にジエナがぽつりと溢す。今度は返す言葉も無いようで、じろりと横目でジエナを見るも、ケティは悔しそうに顔をしかめるだけだった。


「どうなってんだお前らは……」


 横合いから不意にかかった声に顔を向ける。そこには息が上がったヴェンデルが立っていた。

 後ろにはサイラスとバドもいる。どうやら向こうも訓練が終わったらしい。

 あまりにもケティが意地になるもんだから、そっちのことを忘れてた。


「ヴェンデル」


 ジエナがポンとヴェンデルの肩を叩く。


「ゼロ勝二敗」

「見てんじゃねぇ!」


 にやりと笑ったジエナに、ヴェンデルは怒鳴り返した。


「なんだ、サイラスに負けたのか?」

「サイラスじゃねぇよ! こいつだこいつ!」


 俺の言葉に、ヴェンデルはバドをビシィッと指差した。


「……なんで二人が模擬戦してるんだよ?」

「そっちがしてるからだろうが! ケティが全然敵わねぇからこっちでもやってみようってなってよぉ、やってみたらこれだよ! 何がランクEだ! 詐欺じゃねぇかっ!」

「フリッターは俺よりずっと強いしなぁ。まぁそんなもんだろ」


 何でもないという風に俺が言えば、ヴェンデルもケティも絶句する。

 事実だからしょうがないじゃん。そんな顔をするんじゃない。


「おっちゃん達、強い。流石元兵士」


 二人が言葉もなく荒い息を吐く中、ただ一人模擬戦に参加していないジエナが感心したようにそう溢していた。


 と、まあそんなことはいい。今大事なのはサイラスのことだ。

 俺はヴェンデルの後ろにいたサイラスに目を向ける。彼の額には相当訓練に励んだことを思わせる、大粒の汗が滲んでいた。


「どうだった、サイラス」

「ああ、なんつーか……自分の悪いところがよく分かったっつーか……課題が色々と見えた」

「そりゃ良かったな」

「いい……のか?」


 何だかしょんぼりとした様子のサイラス。いつもの元気の良さはどうしたんだろうか。

 まさか自信でも無くなったか? それとも、自分が弱いということを再確認できて不安にでもなったか?


(若いなぁ)


 彼の表情から滲み出る青臭さに思わず頬が緩む。

 仕方がない。人生の先達として、ちょっと励ましてやろうじゃないか。


「あのな、課題が見つかるってことは、それを改善すりゃ確実に強くなれるってことだ。そりゃ直すのは難しいだろうが、落ち込むようなことじゃないだろ。皆、自分の悪いところを一つ一つ克服しながら、そうやって強くなっていくんだよ」

「おっさん達も、か?」


 たりめーだバッキャロイ。才能がないのはもう嫌というほど分かってるけど、未だにおっさんなりに頑張ってるわ。


「そんなもん当然だ。生まれた時から強いわけがねぇだろ。俺ぁ魔物か何かか?」

「ブーッフフ! 爆誕、魔物おっさん……!」

「止めろバカ!」


 急にジエナが変な事を言い出した。

 それじゃ魔物どころか生まれたときからおっさんじゃねぇか! 俺だって玉のように可愛い赤ちゃん時代くらいあったわ! ばぶぅ!


「……ハハ! ああ、そうだよな!」


 何がそうなのか知らないが、サイラスも笑い出す。俺は魔物じゃねぇぞ!? れっきとした人族だぞ!?

 そう抗議しかかったが、そういやセントベルで会ったリリも「人族じゃないんですね?」とか言ってきたな、と思い出した。

 俺、そんなに人間離れした見た目してたかな? 何か急に不安になってきた。


「なぁおっさん。頼み事ばっかして悪ぃんだけどさ……」

「え!? あ、な、何だ!?」


 悩み始めたところに声がかかり、変な声が出る。

 ちょ、ちょっとびっくりしたじゃないの。驚かせないでよね! もうっ! なんなのよ!?


「またこうして訓練つけてくんねぇかな……? いや、これフリッターさんに頼んだほうがいいのか?」


 俺の動揺をよそに、サイラスはそう言いながら照れくさそうに頬をかいた。


「なんだそんなことか。まあ俺は構ねぇけど。どうする?」


 チラと視線を送ると、バドもこくりと頷く。まあバドは断らないよな。実直な男だ、サイラスの境遇に彼も思うところがあるだろう。

 そしてそれは俺も全く同じだった。


 盗賊ギルドで知ったサイラスの過去。そして今日聞いた、彼がおかれている境遇。

 知ってしまった以上、それを無視すると言う選択肢を俺は持ち得なかった。


 幼少期からずっと、下らない人間の悪意に晒され続けてきたサイラス。それでも捻くれることなく、こうして真っすぐに生きてきたのだ。

 魔窟(ダンジョン)の前で彼に声を掛けられたときのことを思い出す。

 先に手を差し伸べられたのはこちらだ。なら逆に、伸ばされたその手を握るのに躊躇(とまど)う理由は無い。


 俺達の顔を交互に見たサイラスは嬉しそうに頬を緩ませた。そして何を言おうとしたのか口を開く。


 ――が、その言葉は俺達の耳に届く前にかき消されてしまった。


「はいはいはいっ! 私も! 私も訓練したいっ!」

「俺もだ! このまま負けっぱなしでいられねぇ!」

「私だって負けっぱなしじゃイヤだし! 絶対一回は勝ちたいーっ!」

「たりめーだ! 俺もやるぜ! サイラスがよくて俺達がダメってこたぁねぇよな! な! な! なぁっ!?」

「うるせえっ!! 急に何だお前ら!?」


 ぎゃあぎゃあと大声を上げながら、ケティとヴェンデルが俺に詰め寄ってきた。控えめに言って凄くうるさい。

 あまりの騒音に顔をしかめると、二人は抗議するように更に騒ぎ出した。

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[一言] 魔物おっさんの変異種な山賊おっさんだけどな より正確には山賊師団長おっさんか
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