106.サイラスへの謝罪
思わぬ悶着があったものの、三人のお願いを呆れながらも引き受けることにした俺達。
では早速と店を出たその足で、サイラスの元へ行こうとした。
ただ”雪鳴りの銀嶺”の三人に聞けば、サイラスの居場所は見当もつかないと言う。まあ嫌っている相手の動向なんぞ、確かに誰も知りたいとは思わないだろう。
なのでまず、冒険者ギルドにでも行ってみるかぁということになり、期待薄だなと思いつつも行ってみたのだが。
「サイラス様ですか。でしたら訓練場にいるかと思いますな!」
冒険者ギルドのただ一つだけ開いていた受付。そこに座っていたマァドにヴェンデルが代表して声をかけてみれば、意外な言葉が返ってきたのだ。
「訓練場……冒険者ギルドの?」
「ですな! たまにいらっしゃいますな。まあ人が少ないときを見計らったようにですがな。内緒ですよ?」
「あ、ああ。分かった……」
ここだけの話。そう口元に左手の甲を当て、眉をぴくぴくと動かしながら小声で話すマァド。なぜこうもいちいち胡散臭い仕草をするのか。
兄弟そろって胡散臭いのだから、親も胡散臭いのだろうか。と言うことは、先祖代々胡散臭かったりするのだろうか。
それだったら、なんか壮大な話だな。胡散臭さを脈々と受け継ぐ一族か……。絶対お近づきになりたくない。
マァドの仕草に、ヴェンデルは引きつったような笑みを浮かべつつ、そっと受付から離れる。するとケティとジエナも、もう用は無いとばかりにサッと遠ざかった。心なしか表情がぎこちない。
なんでアレがギルドの受付をやってるんだろう。明らかに皆に嫌がられてるじゃねぇか。やはり冒険者ギルドはどこかおかしいと思う。
「ここにいるとは思わなかったぜ。あいつギルドじゃ全然見ねぇからな」
「でも訓練したいってなったら、確かにこの辺りだと他に無いよね。休みでもちゃんと訓練してるんだ。始めて知ったよ」
「私も」
こちらに戻ってきた三人は一様に意外そうな声を上げている。そんな声を聞き流しつつ、俺はぐるりと周囲の様子を伺った。
(確かに、まだ人がいないな)
冒険者らしき影は俺達以外になく静かなものだ。これなら誰に絡まれることもない。気兼ねなく鍛錬できるというのも納得だった。
ただ、こうまで気を使って人を避けているという状況を目の当たりにして、先ほどケティから聞いた、大多数がサイラスをよく思っていないという言葉が嘘偽りの無いものだという事実を今はっきりと理解した。
勇者という肩書きを得たばかりに、こうまで冷遇されるものなのか。サイラスの心中を思うと同情を禁じえない。
「それじゃさっさと行くか」
『えっ』
もやもやとした感情が胸に生まれ気が急いた俺は、余計な茶々が入る前にと三人に声をかける。すると予想外にも、三人は驚いたような声を上げた。
えっ、じゃねぇよ。そりゃこっちの台詞だ。何しに来たんだお前ら。
「ここまで来てえっはねぇだろ、えっは。ささっと行ってちょちょっと謝って来い。ほら行くぞ」
急に尻込みしだしたケティの手首を掴み、さっさとギルドの奥へと足を進める。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 心の準備が!」
「何が心の準備だ! 告白でもしに行くつもりか!」
往生際悪くばたばたと騒ぐケティを問答無用で引っ張り、訓練場への道を歩く。後ろからはバドに背中を押されたヴェンデルとジエナも続く。
ぎしぎしと軋む廊下を足早に進むと、程なくしてその先に開けた部屋が見えてくる。ドアは開きっぱなしだ。
俺達はそのまま部屋の中へと進み、そして足を止めた。
セントベルギルドとは異なり、シュレンツィアギルドは屋内に訓練場を設けていた。見上げるほど高い天井に、小隊程度であれば演習も出来そうなくらいの広さがある。
その様子から、このギルドがシュレンツィアという町でどれほどの力を持っているかということを知ることができた。むろんスティアからの受け売りだ。
その訓練場の片隅で、たった一人鉄の盾を構えながら、訓練用の木剣を振っている男がいた。動きは洗練されているとは言い難い。だがみなぎる気迫はこちらまで伝わってくる。
目的の人物を目前にしたためか、少し大人しくなったケティ。
そんな彼女をまた引きずり目の前の短い階段を下りると、土に変わった地面を踏み、その男の元まで一直線に歩いて行った。
「おーい、サイラスー」
「え? ……あ、おっさん? 何でここに――」
軽く片手を上げながら声をかけると、そこでやっと気付いたサイラスがこちらを向く。その顔には汗が滲み、息も弾んでいた。訓練に大分熱が入っていたのだろう。
こちらを向いたサイラスの顔はきょとんとしたような表情で、あどけなさすら感じられるものだった。だがそんな表情も、俺が連れているケティや、後ろから付いて来る二人の姿を見て、すぐにはっと強張った。
彼は手にした木剣をゆっくり降ろし、こちらに向き直る。その仕草から、彼が非常に緊張しているのがよく分かった。
「訓練中邪魔して悪いなぁ」
別に喧嘩を売りにきたわけではないのだ。俺は彼の緊張をほぐすように軽く声をかける。
「こいつらがお前に言いたいことがあるんだと。……何してんだ、ほれ!」
「ちょ、ちょっとおじさんっ」
俺の後ろに隠れるように立っていたケティをずいと前に押し出す。そこにバドに押された二人も加わり、並ぶように立たされた。
更に顔が強張るサイラス。しかし三人はお互いに視線を送りあうだけで何も言わない。しばらくの間誰一人として何も言わず、訓練場はしんと静まり返ってしまった。
いい大人が何恥ずかしがってんだ。しょうがねぇなぁ。
「こいつらお前に謝りたいんだと」
「え……?」
いつまでも黙っている三人に、俺は助け舟を出してやることにした。三人は俺にぎょっとしたような顔を向け、サイラスもキツネにつままれたような顔をする。
「謝り辛いから付いて来てくれって頼まれてな。……ほら! お前らもいい歳こいて何もじもじしてんだ気持ち悪いな! ケツ引っぱたくぞ!」
「ちょ、ちょっと待って、待って――!」
わたわたとケティが慌て始める。ここにきてなかなか往生際の悪いことだ。
もう一押し必要かと俺は口を開きかける。しかしそんな時、ヴェンデルがスッと一歩前に出た。
「サイラス、今まで悪かった。この通りだ。すまん」
そして頭を下げる。目の前で深々と腰を曲げたヴェンデルに、サイラスが目を丸く見開いた。
「私も、ごめんなさい。貴方のこと、色々と勘違いしてたと思う」
ジエナも続いてぺこりと頭を下げる。すると、先ほどまで足掻いていたケティも不味いと思ったのか、慌てて頭を下げた。
「わ、私も! 今までゴメン! あと昨日はうちのバカが突っかかっちゃって本当ゴメン!」
目前に並んだ三つの後頭部に視線を巡らせるサイラス。思いも寄らない事態に面食らったのか、彼は目を丸くして硬直したまま、一言も発さなかった。
しかし許しを請う側の三人は、サイラスから何がしかの声を掛けられなければ、そのまま頭を下げ続けるしかない。
サイラスに「わ、分かりました」と、許すのか許さないのか判断のつかない返事を貰うまで、三人はその姿勢をずっと続けていた。
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頭を下げる彼らによく分からない返事をしたサイラス。聞いてみれば、どうやらサイラスは彼ら三人には直接絡まれたことが無かったため、特に思うところが無かったのだそうだ。
なので急にかしこまって謝られ困惑してしまったらしい。
ただ、では彼らが並んだときに顔を強張らせていたのは何だったのだろう。そう聞いてみれば、彼らの仲間のカイゼルがよく絡んでくるらしく、今朝もまた魔窟で会ったことをあげつらい、色々と言われたそうだ。
なのでその仲間の彼らもと、邪推してしまったとのこと。
それを聞き、すまなそうにヴェンデルが眉尻を下げた。
「すまん……。あいつには俺からも言っておく」
「あ、ありがとうございます。ヴェンデルさん」
男同士という事もあってか、ぎこちないながらも徐々に話し始めた二人。その様子をケティとジエナも、胸のつかえが取れたような顔をして見ていた。
「訓練中悪かったな。邪魔んなるし、俺達はもう行くわ」
「あっ、はい! ありがとうございました!」
「何言ってんだ。そりゃこっちの台詞だろ」
ヴェンデルが軽く笑うと、サイラスも照れくさそうに笑い返していた。
しかし、と俺は一人思う。せっかく一方的な不和から脱却できたのに、ここでさよならと言うのは何とも味気ないじゃあないか。
乗りかかった船だし、おじさんとしてはもうちょっと世話を焼いてもいいかな、と思うわけですよ。
と言うわけで、口を挟ませてもらおうか。
「なあ。お前ら、戦闘スタイルはどっちも似たようなタイプだろ? ヴェンデル、ちょこっと手解きしてやったらどうだ?」
「なっ……お、俺がか!?」
俺はサイラスを指差しながらヴェンデルのほうを向く。彼は驚いた声を上げるが、それに構うことなく、俺はバドにも声をかける。
「フリッター、お前もちょっと見てやったらどうだ?」
「え、え? い、いいのか?」
バドは躊躇いなくこくりと頷く。あれよあれよと勝手に決められる訓練内容に、サイラスは遠慮するような事を言うが、声色から期待が滲んでいるのがばればれだった。
魔窟で一度見ただけだが、サイラスの動きは我流だということが分かる程度には、荒さの目立つものだった。
実戦で戦い方を覚えるというのも悪くは無いだろう。ただ、それではどうしても動きに無駄や変な癖が出来てしまう。
サイラスの戦い方を見ながら、ちゃんとした動き方を知っておいたほうがいいと、俺は勝手にそんなことを考えていたのだ。
そもそも実戦で技を磨くというのは、基礎が出来ているからこそ言える事で、そうでなければ非常に危険なことだ。
武器を持ったことのない人間がいざ武器を持つと、「これで俺も敵を倒してやるんだ!」なんて威勢のいいことを思いがちだ。しかしそれは無謀でしかない。
例えばそれが剣だとしたら。扱い方も分からない剣で切り付けたところで、敵を倒せるわけがない。
逆に叩きつけた衝撃で手首を折る、なんてことにもなりかねないのだ。
築き上げた基礎が堅固なほど、上に立つ母屋も強く大きく頑強に変わる。それは時として強靭な矛、強固な盾となり、戦場で生き抜く助けとなるだろう。
そしてそれは、例え勇者だろうと変わらないのではないかと、今のサイラスを見て思う。
土の勇者である彼がこの二年であまり伸びなかったのも、彼を指南する人間がいなかったからではないのか。
であれば、こうして彼の先輩冒険者であるヴェンデルや、部隊を率いていたバドに習うことは、きっとよい作用が生まれるはずだろう。
それにバドは感覚派すぎる師匠に苦労しただけに、人に教えるのが上手い。面倒見もいいし、指南役としてはうってつけだった。
すでにサイラスの肩を叩きながら、バドは場所を訓練場の中央に移動するように促している。ヴェンデルもそれに引っ張られるように、二人の後に続いて行った。
「話してみるとさ、普通だよね」
「あん?」
彼らの背中を見送る俺の隣に立ち、ケティがそう独り言ちた。横目で見れば、その顔はサイラスに向けられたままだ。
「なんで毛嫌いしてたんだろ。バカみたい」
その横顔には明らかに自嘲が浮かんでいた。
「ケティは悪いバカじゃない。いいバカ」
「ちょーっとそれどういう意味かなぁ? ジエナぁ?」
「いひゃい」
からかうようにジエナが言えば、報復として頬をつねられる。二人の様子に俺はつい噴き出した。
「仲良いなお前ら」
「この子はもう……。前はこんな性格じゃ無かったと思うんだけど」
ケティの困惑に答えるように、ジエナは得意そうに胸を張る。
「昔は昔。今は今。過去は大切だけど、今の方がもっと大事」
「たまにはいいこと言うじゃん?」
「たまには余計」
「いひゃい」
お返しとばかりにジエナがケティの頬をぐにぃと摘む。半開きの口からカエルが潰れたような声が漏れた。
「ねぇおじさん。あの人も重戦士なの?」
一通りじゃれ合った二人。その後ケティはバドを指差しながら、黄金色の瞳をこちらに向けた。
「ああ。あいつは強いぞ」
「ふーん……? おじさんより?」
「俺か? 無理無理。あいつには勝てねぇよ」
「そ、そうなんだ……。随分はっきり言うね」
少し面食らったように言うケティ。まあ事実なのだから、何をどう言っても同じだろう。
俺にはあいつの鉄壁の防御を突破できる手段が全く無い。それに防御力を抜きにしてもバドの戦闘力は非常に高く、俺とでは力量に差がありすぎる。どう考えても勝てる見込みなど無いのだ。
そう思っていると、それに抗議するように影がブルリと震えた。自分を忘れるなとでも言いたいのだろうか。
確かに影に引きずり込めば勝ちなのかもしれないが、それはシャドウの能力であって俺の力では無い。
しかしその考えにも抗議するかのように、俺の影は小刻みにブルブルと震えていた。なんじゃい。
「じゃあさ、ヴェンデルとあの人――フリッターさん? が戦ったらどうなると思う?」
視線を足元から上げるとそこには、これから悪戯をしようかとでも言うような笑みを口に浮かべているケティがいた。
何を考えているのかは知らないが、挑発されているのは分かる。ならば受けるのが山賊と言うもの。
「そりゃフリッターだろ」
俺もそれに答えるように、口角を片側だけ上げ即答した。
「ふーん。私はヴェンデルだと思うなぁ。ジエナはどう思う?」
「……分からない。戦ってるのを見たことが無いから。だから見てみたい」
「だよねー! 私もそう思う! でもこうして見てるだけっていうのも暇じゃない?」
ケティがちらりと挑戦的な目を俺に向ける。
「おじさんも短剣使うんでしょ? ちょっと私と、して見ない?」
彼女の視線が一瞬だけ俺の腰へと向かう。普段なら剣を帯剣しているが、今日の俺は長助騒動があったせいで短剣を帯びたままだ。
ケティは白い歯を見せながら笑う。だが視線は鋭さを帯びていた。彼女のすぐ後ろから、おー、と期待するようなジエナの声が上がる。
対する俺は。
「このスケベが」
「スケベって何!? ……あっ! 違う! 腕試し! 腕試しだから!」
「ケティ、こんなところで大胆……!」
「違うからっ! あーっ! 話が進まないーっ!」
やっぱからかうと面白いわこいつ。
笑っていると、どこからか舌打ちが聞こえた気がした。冗談、冗談だから。




