101.伯爵令嬢の初陣①
「どうしてランクを上げないのですか? パーティのランクがCなのでしたら、本来の実力はEよりももっと上なのでしょう?」
オークとの初戦を終え、俺達はまた新たなるオークを求めて魔窟の中をうろうろとさまよっていた。
しかしここは怪物の生息数が少ない第一階層。あれから既に十分程の時が経っているが、まだその姿を見ることが出来ないでいた。
そのため暇になったのだろう。お嬢様がちょくちょく俺に話しかけてくるようになった。
騎士達も特に口を挟まなくなったため、お嬢様は気兼ねなく俺に声をかけてくる。緊張感がないなとは思うが、だが素人ならこんなものかと、俺は当たり障りのないことを言って適当に相手をしていた。
あのオークとの戦闘以降、威圧的だった騎士達の態度が分かりやすく軟化を見せた。
彼らハルツハイムの騎士達は、こちらがランクEだからと侮っていたはずだ。しかし今日限りの付き合いとは言え、それを甘んじて受ける理由は無い。
であればこちらの実力を示して黙らせるのが一番。そう思い立ち、先ほどのオーク戦で実力を見せることにしたわけだ。
ハルツハイムの騎士団は精強だとして王国でも有名だ。だが流石に王宮騎士団には一歩劣るだろう。
そこでだ。俺は王都の騎士には勝てないまでも、ある程度打ち合えるくらいの実力はある。
お前達と同等レベルの実力はあるんだぞ、と見せ付けてやれば多少は態度が軟化するかと思ったのだ。
ここまで効果があるとは嬉しい誤算だった。
新たにお嬢様が絡んでくるという面倒事が発生したのは予想外だったが。
「別にランクにこだわりは無いですからね。ランクEだろうと何だろうと変わりませんよ」
「しかしランクが高いほうが都合が良いことも多いのでは?」
「さあ……どうでしょう。今のところ、これと言って不都合は無いですがね」
昨日オークウォリアーとオークのくず魔石をギルドに納めた所、パーティのランクがDからさらにCに上がることになった。なお収益はオーク十三匹分も含め、金貨1枚、小銀貨5枚に銅貨7枚と非常に高額だった。
師団長時代の一ヶ月の給与、銀貨4枚を一日で軽く超えてしまったことになる。四人で等分してもかなりの額だ。
受け取った硬貨を手に、冒険者って儲かるんだなぁと感嘆してしまった。
さて、そんな事情からランクCになったのは昨日からなのだが、セントベルでも一時的にランクCパーティだったため、そのシステムは把握している。
どうやら個人のランクとパーティのランクが異なる場合、冒険者ギルドは高いほうを適用させるだけのようなのだ。
俺達はランクE冒険者だが、パーティランクは二ランク上のC。つまりランクC冒険者と殆ど変わりない扱いを受けることが出来るわけだ。
ランクを上げるには、色々と依頼をこなさなければならない。だがパーティランクを上げるのに、そんな縛りはない。
だから個人のランクをわざわざ上げようとは思えなかった。
普通の冒険者ならランクを上げたいと考えるのだろう。その理由も分かる。
ランクが上がればギルドの覚えがよくなるし、実力も正当に評価される。運がよければ貴族お抱えの騎士になれるかもしれない。良い事尽くめだろう。
だからお嬢様も俺の言う事が理解できなかったのだと思う。不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「冒険者ならランクを上げたいというのが普通なのでは? 低いランクのままですと、色々と差し支えがありそうなものですが――」
「まあいいじゃないですか。ほら、またオークが出ましたよ」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
「いや、冗談です」
「冗談っ!?」
説明するのも億劫なので、オークをダシに適当に誤魔化しておく。お嬢様はショックを受けたような声を上げ騎士達も眉をひそめたが、それ以上の追求を受けることは防げたようだ。
お嬢様の疑問は当然だろうが、こちらの事情と言う物もある。あまり踏み込んでもらいたくは無いものだ。
このお嬢様には特に興味も無かったが、今は時間を持て余しているし、先ほどの会話を蒸し返されても面倒だ。俺はそれとなく話題を変えることにする。
「そんなことよりも。その服、少し気になってたんですがね。神殿騎士の物を拝借したにしては赤いですね」
彼女の服に目を向ける。神殿騎士の服は、白に近い淡いクリーム色を基調とし、所々に青が入っているというデザインだ。
しかし今俺の目に映るそれは、基本クリーム色というのは変わらないが、本来青であるはずの箇所が赤に変わっているように見える。
何かを意図したように置き換わっているそれを指摘すると、お嬢様は嬉しそうに胸を張った。
「ふふっ。ご指摘の通り、赤にさせて頂きました。ああ、勿論教会の方からは了承を得ていますのでご心配なく」
この服は神殿騎士の祭服のようなものだ。それを好みの問題で勝手に手を入れたなどと言ったら、いかに伯爵家と言えど教会に目をつけられるだろう。
そんな危険を冒してまで、なぜ赤にこだわるのだろう。理由が全く分からず、彼女の次の言葉を待つ。が、次の一言で脱力することになった。
「この赤は、かの英雄アウグスト様の二つ名、”赤獅子”から頂戴したのです! あの勇猛さに少しでもあやかりたいと思いまして!」
思えば彼女が持っているのは槍だ。そう、かの王国軍第一師団長、アウグスト・ガヴェロニアと同じ得物だった。
思い出したが、この町に銅像を建てられているんだったか。未だ建設中になっている彼の銅像が脳裏を過ぎった。
(ただの英雄かぶれのお嬢様だったか)
俺はそう結論付ける。だが平民が英雄に憧れ武器を手に取るなら分かるが、それが伯爵令嬢では笑い話にもならない。
「それに、わたくしもあの方と同じく火魔法を使えます! きっと”赫熱のフィリーネ”などと呼ばれることでしょう!」
「あー、そっすね」
「もう少しちゃんと聞いてくださいます!?」
適当に返事を返すとお気に召さなかったらしく、むっとしたような顔をされた。
彼女の所作を見る限り、ある程度の鍛錬は積んでいるように見える。先ほどから鎧を着てこうして歩き回っているが、軽く汗をかく程度で、根を上げる様子はない。
年単位では鍛錬を続けているのだろう。そして赤獅子の奇跡が二年前であることを考えると、その期間は一年以上ではあるが、逆に言えば三年以上では無いと思う。
目の前のお嬢様は頬を硬直させ鼻息荒く言った。その英雄にあこがれる姿は微笑ましい。
だが、この世界はそんな甘いものじゃない。二つ名などそう簡単に得られるものではないのだ。
第一師団のアウグストは、その苛烈な槍さばきで魔族すら鎧袖一触とし、常に兵達の先陣を切り戦ったその勇猛さから、つけられた名が”赤獅子”である。
また第二師団のジェナスは、魔族から一年に渡って王都を完全に守護し、その脅威を寄せ付けない鉄壁の守りから”堅牢地神”と呼ばれている。
二つ名を得るには並々ならぬ実力と輝かしい実績、その両方が必要とされるのだ。
このお嬢様がそうはならないと断言はしない。だがこんな場所で腕試しをしているようでは、まだまだ先の長い話になることだろう。
少なくとも、オーク程度軽く倒すくらいでなければ、その夢は夢のまま泡と消えるだろう。
そんなことを考えつつ足を進めていた俺は、そこで気配を感じて足を止めた。
(……空気が変わった)
少し重苦しい空気に周囲の気配を伺う。後ろの四人もすぐに立ち止まり周囲への警戒を始めた。
「……オークですか?」
「しっ。静かに」
特に声量を落とさず喋りかけてきたお嬢様に、小声で静かにするよう促す。
スティアのように遠くの音が聞こえればいいが、俺はそうはいかない。五感をフルに使わなければ斥候は勤まらないのだ。
両耳に手を当て、周囲の音を探るように集中しながら、少しばかり精を活性化させる。すると遠くで何かが動く音が聞こえた。
こんなところで動くものと言えば冒険者かオークの二択しかない。そしてその音は複数でなく、たったの一人分であることを俺の耳が教えてくれる。
かなり重量のある音が聞こえるのに対し、金属がこすれるような音は何も聞こえない。とくれば可能性は一つだ。
「これはオークだな」
「オーク……っ!」
お嬢様が小さく息を呑む。俺はそんな彼女を尻目に、どうするのかと後ろの騎士に視線を送った。
騎士達は顔を見合わせる。かと思えば頷き合い、鎧を鳴らしてこちらへ歩いて来た。
「ご苦労。では俺達がやろう。後ろの警戒を頼む」
「了解」
彼らは俺とバドを横目で見ながら隣を通り過ぎると、腰の鞘から剣を抜き放った。
「お嬢様。オークの攻撃は我らが引き付けます。隙を見て攻撃をお願いします」
「え、ええ! 頼みましたよ!」
騎士達は冷静に動き始める。だがお嬢様はのほうは緊張か、声が上擦っていた。
あんな様子で大丈夫かね。俺とバドはつい顔を見合わせた。
お嬢様は槍を胸の前でぎゅっと握り、見るからに頼りない。その腰もなんだか引けていて、まともに戦えるようにはとても見えなかった。
だが俺達のそんな不安をよそに、彼ら三人はそのままゆっくりと前進して行く。俺達二人もやや困惑しながらその後に続くしかなかった。
そしてそのまま進むこと二分程。奥の暗がりからのっそりとオークがその姿を現す。
「ウガァァァァッ!」
もやは恒例となった咆哮を一つ上げると、オークは真っ直ぐにこちらへと走ってくる。
騎士達は自然に盾を前に構えるが、お嬢様はと言うと、無意識なのかじりと一歩下がっていた。
「バド、危ないと思ったらすぐに入るぞ」
バドは静かにこくりと頷く。騎士がたかがオーク一匹を倒せませんでした、なんて言わないと思うが、彼らの実力を知らないためこちらも油断は出来ない。
それに俺達はお嬢様の護衛なのだ。最低でも彼女の身は守らなければならない。
俺は腰の短剣に手を伸ばし、いつでも飛び出せるように軽く腰を落とす。バドも剣をすらりと抜き、ゆっくりと構えを取った。
「ガァァァァッ!」
オークは三対一だというのに全く物怖じする様子も見せず、力の限り走ってくる。そして目の前の騎士に向かい、その棍棒を大きく振り上げた。




