表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/397

100.護衛任務

「あんまり無理するなよ」

「分かったー!」

「お前にゃ言ってない。スティア、頼むぞ」

「はい。承知しておりますわ」


 頬を膨らませるホシをくすくすと笑いながら、スティアが返事をする。

 それに軽く笑い返してから、俺はまた正面のデュポとガザに目を向け、そして目を輝かせてキョロキョロと周囲を伺うオーリの背中を指差した。


「よく分からんがそっちも頼むぞ」

「りょーかいっス。とりあえず何かあったらガザ様と俺で押さえ込むんで」

「そんなにか」

「そんなにっス……」


 どうもオーリは、夢中になると周りが見えなくなりがちらしい。ガザもこんなオーリを見るのは初めてのようで、どこか困惑したような表情をしていた。

 そこに仄かな不安を覚えたが、二人いれば何とかなるとデュポも言うので、予定通り彼らに丸投げすることに決めている。

 スティアとホシもいる。何かあれば、例え嫌でもフォローしてくれるだろう。


 まるでスキップでもしながら先に進もうとするオーリに、スティアが「私が先だ、馬鹿者!」と叱責しながら奥へと進んで行く。不安だ。

 彼らの後姿をバドと共に見送った俺達は、外へと踵を返した。


「本当に宜しいのですか? あのお二人と別行動で」


 魔窟(ダンジョン)の外で待ってもらっていたお嬢様一行。俺達が戻ってくると、そう少し心配そうにお嬢様が口を開いた。

 女二人――しかも一人は見た目が少女だ――で魔窟(ダンジョン)を進むことを、いくらかは心配しているのだろう。


「全く構いませんよ。あいつらは強いですから。俺よりもずっとね」


 俺はそれに軽く腕を広げながら問題ないと答える。実際のところバドはともかく、俺がいようといまいと戦力的には殆ど変わりがないのだ。

 端数などあっても無くても変わらない。悔しくもあるがこれが現実だった。


「ランクEが随分と大きく出たようだ。あの娘達に何かあれば俺は貴様を許さんぞ」


 だがこれに後ろの騎士が鼻を鳴らす。よく分からないが、俺の態度が気に入らなかったようだ。


「カリアン止めなさい。無理を申し出たのはわたくしです。むしろこちらが頭を下げなければならないのですよ?」


 お嬢様にたしなめられた騎士は、奥歯を噛むような表情で目を落とす。かと思えばこちらをギロリとにらみつけた。

 いや、俺は悪くないだろ。つーかお前に許さんとか言われる筋合いはねぇ。言ってることが意味不明だぞ、この騎士。

 不本意であると俺が片方の眉を上げて返すと、またも彼はフンと鼻から息を漏らした。


 組み分けが決定した後のこと。俺達はお嬢様からの依頼を受ける条件として、俺とバドのみが護衛に付く旨を彼らに伝えていた。


 護衛依頼の内容を改めて聞くと、一階層の護衛だけとのこと。ならあの狭い魔窟(ダンジョン)だ。大勢で入っても意味が無いだろう。

 そう伝えれば、お嬢様は素直に頷いて返した。まあここまではいい。


 そこで俺達を護衛として雇うなら、騎士の護衛も二人までとしたほうがいいと伝えたところ、それが面白くなかったらしい。見事に騎士達の反感を買うことになってしまった。


 ただ、その提案を持ちかけられたお嬢様自身は少々考えていたものの、最終的に俺達の言い分を飲み、またも首を縦に振った。なので騎士達も黙らざるを得ず、素直に護衛を二人にしぼることとなった。

 だがその不満が消え去ったわけもなく、こうして俺が厳しい視線を一身に受ける羽目になっている、というわけだ。


 俺としては、護衛の騎士を減らすくらいなら貴方達は必要ありません、とお嬢様に言ってもらいたかっただけなのに。完全に裏目に出てしまった。

 騎士より冒険者の護衛をとるなんて、本当に何を考えているのかさっぱり分からんよ。


「ま、構いませんよ。それでどうします? こっちはもう準備できてますからいつでもどうぞ」


 先ほど魔族達に装備を預けている間に、俺もまた斥候役に相応しいものに変えていた。

 腰の長剣は邪魔になるためシャドウに預け、その変わりに二本の短剣を左腰に差した。

 反対側には罠や仕掛けなどを入れた、いつもの革のウエストバッグを掛けている。なお背中には背嚢を背負ったままだ。


 普段シャドウに預けている背嚢だが、今回はお嬢様達が同行する。彼らの前でシャドウとやりとりするわけにはいかないため、面倒ではあるが仕方が無い。


 お嬢様は俺達の装備を珍しそうにじろじろと見回す。恐らく俺達の装備が珍しいのだろう。周りは騎士ばかりだからな。


「お嬢様」


 あまりにもじろじろと見回していたからだろう。見とがめた騎士に注意されると、お嬢様は慌てて視線を戻した。

 こちらとしては別に構わないが、淑女としては確かに行儀が良い行いでは無かったな。

 微笑ましく思いふっと笑うと、お嬢様がほんのり頬を染めた。


「そ、そうですね。では参りましょうか。オットマー、カリアン。頼みましたよ」

『はっ!』


 誤魔化すように彼女が声を発すると、二人の騎士が前へと足を踏み出す。

 彼ら二人が護衛として付いて来るようだ。面子が決まっているなら早速、隊列について決めておこう。


「じゃあ俺が先頭を歩きますんで後に続いて下さい。フリッターは俺の後ろ、その後ろがお嬢様、あんただ」

「分かりま――」


 しかしそこで待ったがかかった。


「待て! 履き違えられては困るから言っておくが、お嬢様を守るのは我らだ! 貴様の指図は受けんぞ!」

「お嬢様の前後は我らが受け持つ。お嬢様、ご安心下さい」

「え、ええ」


 不服とばかりにビシィッ! と指を差す騎士。向こうも護衛騎士だから色々と思うところはあるんだろう。

 態度にはカチンとくるが、まあ騎士は実力さえあれば平民でもなれるから、なんちゃって貴族みたいなのもいるのが実情だ。ここは大人になってスルーしてやろう。


「まあ構いませんがね。じゃあ先頭は俺達が歩くんで、後はあんたらで好きにして下さいな」

「くっ……偉そうな口を!」

「カリアン、落ち着きなさい。護衛を頼んだのはこちらなのですから」

「しかしお嬢様!」

「カリアン」


 お嬢様が少し強い口調で言えば、悔しそうにしながらも騎士はぐっと黙り込む。でも、そこでこっちをにらむのは止めて貰えませんかねぇ。


「失礼しました。それで構いません。先頭をお願いします」

「了解。それじゃ行きましょうかね」


 やっとのことで隊列の承認を得られた俺は、騎士の恨みがこもった視線をさらりと流す。 気分は最悪だ。だが今日を過ぎてしまえば、明日からはいつも通り。今日だけの辛抱だ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は魔窟(ダンジョン)への道を歩き始めた。



 ------------------



「ここからが第一階層ですね」

「ここが……」


 俺がカンテラの火を消しながら言うと、お嬢様は感心した様子で周囲を見渡した。

 まあ初めて見ると皆そうなるよな。俺もそうだったし気持ちは分かる。


「まず最初のオークはお前達が倒せ。実力を把握しておかんことにはこちらも動けんからな」


 カンテラを背嚢へしまっていると、騎士の一人から声がかかった。

 彼は見下したように鼻先で笑う。言ってる事は間違いないが、どうしてそういう言い方をするかね。


 普通に平民を見下してる貴族なんてのは大勢いる。だから一々気にしても仕方がないとは思う。

 でもいつか意趣返ししてやるから見てやがれこの野郎。


 やはり貴族相手は面倒くさいと若干イラつきながら、狭い魔窟(ダンジョン)の中を進んで行く。

 やはり第二階層と違って怪物(モンスター)の数が圧倒的に少ない。しばらく探索したものの、全くその姿を見ることが出来なかった。


「まだ出てこないのですが、これが普通なんでしょうか」

「はい。第一階層には殆どおりません」

「では第二階層に降りたほうがよいのでしょうか」


 騎士達と会話しているお嬢様が、急にとんでもないことを言い出した。おいおい勘弁してくれと後ろを見る。

 あのお嬢様はどう見ても素人だ。貴族令嬢にしては堂に入っているが、あくまでも貴族令嬢として見た場合だ。

 オークの一匹も倒せない力量だろう。キラーマンティスが関の山ではないか。


 俺達と騎士との関係がギスギスしている中で、そんな人間を第二階層に連れて行くなんて、無事に帰れる保障などあるわけがない。

 依頼も元は第一階層の護衛と言うことだったし、第二階層に行くぞ、なんて言い出したら放り投げても構わんよな。


 そう思っていると、騎士達も同じく不味いと思ったのだろう。焦ってお嬢様を止めていた。

 まったく、お嬢様がまた変なことを言いだす前にオークの一匹でも出てきて欲しいものだ。


(向こうは随分楽しそうだな全く……)


 探索組は早くも第二階層まで辿り着いたようで、またオーリが感動したように甲高い声を発していた。

 どうやら第一階層は走り抜けた模様。本当に遊び場としか思ってないなあいつら。ホシが元気のいい声をあげているのも聞こえる。

 本来なら俺達もそちらに行くはずだったのに、どうしてこうなったのか。全く今日は厄日だな。


 お嬢様や騎士達にしてみれば、貴族の護衛なんて報酬もいいため、俺達には感謝しろと言いたいくらいの気持ちなのだと思う。だがこっちにしてみれば罰ゲームのようなものだ。

 まあこの溝は、こちらが平民で向こうが貴族である限り永遠に埋まらないだろう。

 もうエールでも一杯いきたい気持でいっぱいだよ、俺は。一杯だけにな。


 あーくだらねー、なんて思っていたそんな時だ。俺の目の前に救世主が降り立つ。


「止まれ」


 俺が手を上げると皆の足がピタリと止まる。


「前に、たぶん一匹だ」

「ほう」


 騎士が感心するような声を上げた。


「では初めに言った通り、そいつはお前達が倒せ」

「分かってますよ、と」


 居丈高に言う騎士におざなりな返事をしながら、俺は腰の短剣に右手を伸ばし、一本だけ鞘から静かに引き抜く。

 バドも動こうとするのが気配で伝わったが、それは手で制した。わざわざ二人で相手をするほどの敵じゃないし、考えもある。バドにはそこにいて貰おう。


 数秒もすると奥の暗がりに、人間のようなシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた。

 筋肉が膨張した姿。間違いなくオークだ。


「あれが、オーク……っ!」


 お嬢様が驚愕に似た声を小さく上げる。

 が、それもすぐにかき消されることになった。


「グォォォォオーッ!!」


 こちらにぐりんと顔を向けたオーク。奴が大きく咆哮をあげながら、脇目も振らずこちらに走ってきたからだ。

 お嬢様が小さく息を呑む声が聞こえたがそれも想定内。俺はオークを迎え撃つため前へと出ると、短剣を目の前に構えた。


「お、おい、馬鹿者! 二人で戦えと――っ!」

「そこの者! なぜ共に戦わん!?」


 急に騎士達が焦ったような声を上げる。そう言えばホシがオークと最初に戦ったときも、サイラスがこんなふうに声を上げていたっけな。


「グアァァッ!!」


 オークは俺を標的と定めたようだ。咆哮をあげつつ俺めがけて猛然と走ってくると、その棍棒を大きく振り上げ、俺の頭目掛けて力任せに振り下ろす。


「お前はそればっかだなぁ」


 だが遅い。ホシと比べればハエが止まる遅さだ。


 俺は姿勢を低くして攻撃をかいくぐると、その下アゴに短剣を深々と突き入れた。

 短剣で固定された頭部。俺はその眉間目がけて、逆手で抜いた短剣を思い切り突き刺す。

 力任せに差し込んだ短剣は、頑丈な頭蓋骨を砕く手ごたえを伝えながらズブリとめり込んだ。人間なら即死だろう。


 そんな状態でもオークは抵抗しようと体を震わせる。驚愕のタフさだ。

 だが突き刺した短剣に更に力をぐっと込めると、その抵抗もぴたりと止まる。その後ぶるりと一つ身震いを残し、オークは黒い霧に変わっていく。

 最後にはぽとりと小さなくず魔石を落として、目の前から消え去った。


 これが魔物だったら、今頃返り血濡れになっているところだ。

 怪物(モンスター)は血を出さないから楽で良いな、などと思いながら短剣を鞘に戻し、足元に落ちたくず魔石を拾った。


「さて、これで次はあんた達の番だな?」


 そう言いながら振り返った俺の目には、目を丸くし、ぽかんと口を開けた三人の姿が映り込んだ。


「し、信じられん……」

「お前達……本当に、ランクEなのか?」


 騎士達が声を上げる。お嬢様も目を丸くしてこちらを見て固まったままだ。

 俺達がランクEなのは間違いない。ドッグタグもそれを証明している。ただ――


「パーティはランクCだがな」


 俺は懐から冒険者証を出して見せる。それはドッグタグとは違い、鈍い銀色の輝きを放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 女二人と言っても男と比べて妊娠する機能を持つ側程度の意味しか無いよね、あの二人 戦闘力は大抵の男を圧倒してるし ガワも典型的な女性ではあるか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ