100.護衛任務
「あんまり無理するなよ」
「分かったー!」
「お前にゃ言ってない。スティア、頼むぞ」
「はい。承知しておりますわ」
頬を膨らませるホシをくすくすと笑いながら、スティアが返事をする。
それに軽く笑い返してから、俺はまた正面のデュポとガザに目を向け、そして目を輝かせてキョロキョロと周囲を伺うオーリの背中を指差した。
「よく分からんがそっちも頼むぞ」
「りょーかいっス。とりあえず何かあったらガザ様と俺で押さえ込むんで」
「そんなにか」
「そんなにっス……」
どうもオーリは、夢中になると周りが見えなくなりがちらしい。ガザもこんなオーリを見るのは初めてのようで、どこか困惑したような表情をしていた。
そこに仄かな不安を覚えたが、二人いれば何とかなるとデュポも言うので、予定通り彼らに丸投げすることに決めている。
スティアとホシもいる。何かあれば、例え嫌でもフォローしてくれるだろう。
まるでスキップでもしながら先に進もうとするオーリに、スティアが「私が先だ、馬鹿者!」と叱責しながら奥へと進んで行く。不安だ。
彼らの後姿をバドと共に見送った俺達は、外へと踵を返した。
「本当に宜しいのですか? あのお二人と別行動で」
魔窟の外で待ってもらっていたお嬢様一行。俺達が戻ってくると、そう少し心配そうにお嬢様が口を開いた。
女二人――しかも一人は見た目が少女だ――で魔窟を進むことを、いくらかは心配しているのだろう。
「全く構いませんよ。あいつらは強いですから。俺よりもずっとね」
俺はそれに軽く腕を広げながら問題ないと答える。実際のところバドはともかく、俺がいようといまいと戦力的には殆ど変わりがないのだ。
端数などあっても無くても変わらない。悔しくもあるがこれが現実だった。
「ランクEが随分と大きく出たようだ。あの娘達に何かあれば俺は貴様を許さんぞ」
だがこれに後ろの騎士が鼻を鳴らす。よく分からないが、俺の態度が気に入らなかったようだ。
「カリアン止めなさい。無理を申し出たのはわたくしです。むしろこちらが頭を下げなければならないのですよ?」
お嬢様にたしなめられた騎士は、奥歯を噛むような表情で目を落とす。かと思えばこちらをギロリとにらみつけた。
いや、俺は悪くないだろ。つーかお前に許さんとか言われる筋合いはねぇ。言ってることが意味不明だぞ、この騎士。
不本意であると俺が片方の眉を上げて返すと、またも彼はフンと鼻から息を漏らした。
組み分けが決定した後のこと。俺達はお嬢様からの依頼を受ける条件として、俺とバドのみが護衛に付く旨を彼らに伝えていた。
護衛依頼の内容を改めて聞くと、一階層の護衛だけとのこと。ならあの狭い魔窟だ。大勢で入っても意味が無いだろう。
そう伝えれば、お嬢様は素直に頷いて返した。まあここまではいい。
そこで俺達を護衛として雇うなら、騎士の護衛も二人までとしたほうがいいと伝えたところ、それが面白くなかったらしい。見事に騎士達の反感を買うことになってしまった。
ただ、その提案を持ちかけられたお嬢様自身は少々考えていたものの、最終的に俺達の言い分を飲み、またも首を縦に振った。なので騎士達も黙らざるを得ず、素直に護衛を二人にしぼることとなった。
だがその不満が消え去ったわけもなく、こうして俺が厳しい視線を一身に受ける羽目になっている、というわけだ。
俺としては、護衛の騎士を減らすくらいなら貴方達は必要ありません、とお嬢様に言ってもらいたかっただけなのに。完全に裏目に出てしまった。
騎士より冒険者の護衛をとるなんて、本当に何を考えているのかさっぱり分からんよ。
「ま、構いませんよ。それでどうします? こっちはもう準備できてますからいつでもどうぞ」
先ほど魔族達に装備を預けている間に、俺もまた斥候役に相応しいものに変えていた。
腰の長剣は邪魔になるためシャドウに預け、その変わりに二本の短剣を左腰に差した。
反対側には罠や仕掛けなどを入れた、いつもの革のウエストバッグを掛けている。なお背中には背嚢を背負ったままだ。
普段シャドウに預けている背嚢だが、今回はお嬢様達が同行する。彼らの前でシャドウとやりとりするわけにはいかないため、面倒ではあるが仕方が無い。
お嬢様は俺達の装備を珍しそうにじろじろと見回す。恐らく俺達の装備が珍しいのだろう。周りは騎士ばかりだからな。
「お嬢様」
あまりにもじろじろと見回していたからだろう。見とがめた騎士に注意されると、お嬢様は慌てて視線を戻した。
こちらとしては別に構わないが、淑女としては確かに行儀が良い行いでは無かったな。
微笑ましく思いふっと笑うと、お嬢様がほんのり頬を染めた。
「そ、そうですね。では参りましょうか。オットマー、カリアン。頼みましたよ」
『はっ!』
誤魔化すように彼女が声を発すると、二人の騎士が前へと足を踏み出す。
彼ら二人が護衛として付いて来るようだ。面子が決まっているなら早速、隊列について決めておこう。
「じゃあ俺が先頭を歩きますんで後に続いて下さい。フリッターは俺の後ろ、その後ろがお嬢様、あんただ」
「分かりま――」
しかしそこで待ったがかかった。
「待て! 履き違えられては困るから言っておくが、お嬢様を守るのは我らだ! 貴様の指図は受けんぞ!」
「お嬢様の前後は我らが受け持つ。お嬢様、ご安心下さい」
「え、ええ」
不服とばかりにビシィッ! と指を差す騎士。向こうも護衛騎士だから色々と思うところはあるんだろう。
態度にはカチンとくるが、まあ騎士は実力さえあれば平民でもなれるから、なんちゃって貴族みたいなのもいるのが実情だ。ここは大人になってスルーしてやろう。
「まあ構いませんがね。じゃあ先頭は俺達が歩くんで、後はあんたらで好きにして下さいな」
「くっ……偉そうな口を!」
「カリアン、落ち着きなさい。護衛を頼んだのはこちらなのですから」
「しかしお嬢様!」
「カリアン」
お嬢様が少し強い口調で言えば、悔しそうにしながらも騎士はぐっと黙り込む。でも、そこでこっちをにらむのは止めて貰えませんかねぇ。
「失礼しました。それで構いません。先頭をお願いします」
「了解。それじゃ行きましょうかね」
やっとのことで隊列の承認を得られた俺は、騎士の恨みがこもった視線をさらりと流す。 気分は最悪だ。だが今日を過ぎてしまえば、明日からはいつも通り。今日だけの辛抱だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は魔窟への道を歩き始めた。
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「ここからが第一階層ですね」
「ここが……」
俺がカンテラの火を消しながら言うと、お嬢様は感心した様子で周囲を見渡した。
まあ初めて見ると皆そうなるよな。俺もそうだったし気持ちは分かる。
「まず最初のオークはお前達が倒せ。実力を把握しておかんことにはこちらも動けんからな」
カンテラを背嚢へしまっていると、騎士の一人から声がかかった。
彼は見下したように鼻先で笑う。言ってる事は間違いないが、どうしてそういう言い方をするかね。
普通に平民を見下してる貴族なんてのは大勢いる。だから一々気にしても仕方がないとは思う。
でもいつか意趣返ししてやるから見てやがれこの野郎。
やはり貴族相手は面倒くさいと若干イラつきながら、狭い魔窟の中を進んで行く。
やはり第二階層と違って怪物の数が圧倒的に少ない。しばらく探索したものの、全くその姿を見ることが出来なかった。
「まだ出てこないのですが、これが普通なんでしょうか」
「はい。第一階層には殆どおりません」
「では第二階層に降りたほうがよいのでしょうか」
騎士達と会話しているお嬢様が、急にとんでもないことを言い出した。おいおい勘弁してくれと後ろを見る。
あのお嬢様はどう見ても素人だ。貴族令嬢にしては堂に入っているが、あくまでも貴族令嬢として見た場合だ。
オークの一匹も倒せない力量だろう。キラーマンティスが関の山ではないか。
俺達と騎士との関係がギスギスしている中で、そんな人間を第二階層に連れて行くなんて、無事に帰れる保障などあるわけがない。
依頼も元は第一階層の護衛と言うことだったし、第二階層に行くぞ、なんて言い出したら放り投げても構わんよな。
そう思っていると、騎士達も同じく不味いと思ったのだろう。焦ってお嬢様を止めていた。
まったく、お嬢様がまた変なことを言いだす前にオークの一匹でも出てきて欲しいものだ。
(向こうは随分楽しそうだな全く……)
探索組は早くも第二階層まで辿り着いたようで、またオーリが感動したように甲高い声を発していた。
どうやら第一階層は走り抜けた模様。本当に遊び場としか思ってないなあいつら。ホシが元気のいい声をあげているのも聞こえる。
本来なら俺達もそちらに行くはずだったのに、どうしてこうなったのか。全く今日は厄日だな。
お嬢様や騎士達にしてみれば、貴族の護衛なんて報酬もいいため、俺達には感謝しろと言いたいくらいの気持ちなのだと思う。だがこっちにしてみれば罰ゲームのようなものだ。
まあこの溝は、こちらが平民で向こうが貴族である限り永遠に埋まらないだろう。
もうエールでも一杯いきたい気持でいっぱいだよ、俺は。一杯だけにな。
あーくだらねー、なんて思っていたそんな時だ。俺の目の前に救世主が降り立つ。
「止まれ」
俺が手を上げると皆の足がピタリと止まる。
「前に、たぶん一匹だ」
「ほう」
騎士が感心するような声を上げた。
「では初めに言った通り、そいつはお前達が倒せ」
「分かってますよ、と」
居丈高に言う騎士におざなりな返事をしながら、俺は腰の短剣に右手を伸ばし、一本だけ鞘から静かに引き抜く。
バドも動こうとするのが気配で伝わったが、それは手で制した。わざわざ二人で相手をするほどの敵じゃないし、考えもある。バドにはそこにいて貰おう。
数秒もすると奥の暗がりに、人間のようなシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた。
筋肉が膨張した姿。間違いなくオークだ。
「あれが、オーク……っ!」
お嬢様が驚愕に似た声を小さく上げる。
が、それもすぐにかき消されることになった。
「グォォォォオーッ!!」
こちらにぐりんと顔を向けたオーク。奴が大きく咆哮をあげながら、脇目も振らずこちらに走ってきたからだ。
お嬢様が小さく息を呑む声が聞こえたがそれも想定内。俺はオークを迎え撃つため前へと出ると、短剣を目の前に構えた。
「お、おい、馬鹿者! 二人で戦えと――っ!」
「そこの者! なぜ共に戦わん!?」
急に騎士達が焦ったような声を上げる。そう言えばホシがオークと最初に戦ったときも、サイラスがこんなふうに声を上げていたっけな。
「グアァァッ!!」
オークは俺を標的と定めたようだ。咆哮をあげつつ俺めがけて猛然と走ってくると、その棍棒を大きく振り上げ、俺の頭目掛けて力任せに振り下ろす。
「お前はそればっかだなぁ」
だが遅い。ホシと比べればハエが止まる遅さだ。
俺は姿勢を低くして攻撃をかいくぐると、その下アゴに短剣を深々と突き入れた。
短剣で固定された頭部。俺はその眉間目がけて、逆手で抜いた短剣を思い切り突き刺す。
力任せに差し込んだ短剣は、頑丈な頭蓋骨を砕く手ごたえを伝えながらズブリとめり込んだ。人間なら即死だろう。
そんな状態でもオークは抵抗しようと体を震わせる。驚愕のタフさだ。
だが突き刺した短剣に更に力をぐっと込めると、その抵抗もぴたりと止まる。その後ぶるりと一つ身震いを残し、オークは黒い霧に変わっていく。
最後にはぽとりと小さなくず魔石を落として、目の前から消え去った。
これが魔物だったら、今頃返り血濡れになっているところだ。
怪物は血を出さないから楽で良いな、などと思いながら短剣を鞘に戻し、足元に落ちたくず魔石を拾った。
「さて、これで次はあんた達の番だな?」
そう言いながら振り返った俺の目には、目を丸くし、ぽかんと口を開けた三人の姿が映り込んだ。
「し、信じられん……」
「お前達……本当に、ランクEなのか?」
騎士達が声を上げる。お嬢様も目を丸くしてこちらを見て固まったままだ。
俺達がランクEなのは間違いない。ドッグタグもそれを証明している。ただ――
「パーティはランクCだがな」
俺は懐から冒険者証を出して見せる。それはドッグタグとは違い、鈍い銀色の輝きを放っていた。




