99.組み分け
俺達が辻馬車から降り目的地へと目を向けると、魔窟の入り口付近にどこかで見たことのある馬車が一両止まっているのが見えた。何となく近づきたくは無かったが、魔窟に入るには横を通り過ぎるしかない。
観念し仕方なく歩いて向かったところ、俺達を待ち受けていたと思われる長助お嬢様に捕捉されてしまいこの通り。
魔窟へと続く道を、お供の騎士達と共に塞がれて今に至るのであった。
「昨日の返事?」
「ええ。護衛して頂けないかどうか、ご相談致しましたでしょう?」
「お断りするとお伝えしたと思いますが?」
「”馬鹿みたいな装備で遊びに行くつもり”なら――でしょう? なので”ちゃんとした装備”に変えてまいりました。いかがです?」
挑戦的な笑みを浮かべて、彼女は短槍の石突を地面にさくりと突き立てた。
今日のお嬢様の出で立ちは、昨日と打って変わって落ち着いたものだ。
体をピッタリと覆う胴体鎧にガントレットを装備し、上半身の防御は万全だ。スネより下にかけては衣服からグリーブが覗いており、そちらも抜かりはないように見える。
当然アクセサリ類は外しており、光物の姿はない。
こだわりなのか、昨日同様服には赤を使ってはいたが、それでも昨日のような全身真っ赤ではなくアクセント程度で、基本色は淡いクリーム色だ。
まあ昨日のようなキンキラキンでさえ無ければ問題ない。
昨日一番呆れたスカートの部分はと言えば、今日は馬鹿みたいに膨らんでおらず、スネの上半分まで隠れる長さの、ゆったりとしたスカートになっていた。
基本的に武器を手に戦う傭兵や兵士などは、動きやすさから性別問わずパンツスタイルであることが圧倒的に多い。
しかし好みの問題か、こういった長いスカートを履く者もいる。教会の神殿騎士なんかも女の場合はこういった装いをしている。
というか、目の前のお嬢様の装いは神殿騎士のものと殆ど同じだ。もしかしたら貴族パワーで教会に融通させたのかもしれない。
まあ昨日のアレとは比べるべくも無い、まともな服装を今日はしていた。
唯一気になる点は頭部を守る防具くらいか。
彼女が身に着けているのは、額部分のみを防御するヘッドギアタイプだった。
基本的に頭部を守るとなればヘルムが一般的だ。
頭部は一撃食らえば致命傷にもなりかねない部位になる。初心者なら頭部全体を覆うヘルムを選ぶのが普通だろう。
ただまあ、ヘルムにもデメリットが当然ある。視界が悪くなりがちだし、激しく動く場合は単純に重くて邪魔になったりもする。
他にも、耳に入る音を阻害してしまうため、斥候には向いていないと言う問題もある。そう言った理由から、俺やスティアも頭には何も被っていなかった。
このお嬢様がそんなことを気にしているとは思えない。しかしまあ、何か理由があるかもしれないし、そこは指摘しないでおこう。
さて。つまるところ、総じて評価すれば、だ。
装備は指摘した通りに変えてきているし、昨日指摘しなかった部分――その長い髪も首元でまとめて、邪魔にならないよう気を配る、気遣いが見られる。
なので及第点と言って差し支えないな、と言うのが俺の感想だった。
だが、あくまでも及第点だ。俺の視線を受け、お嬢様はどうだと言わんばかりに胸を張っているが、こんなものは戦士としてやっとスタートラインに立っただけだ。
特に評価できるような内容じゃない。だからか、得意そうに胸を張る彼女がどうにも幼く見えてしまう。
お守りの騎士も大変そうだと目を向けると、その視線が気に入らなかったのか、彼らは不愉快そうに顔をしかめて返した。
とまあ、お嬢様について見直すべき点は別段無いように言ったが、しかし俺がたった一つだけ感心した点がある。
それは彼女の出で立ちに関してでは無い。彼女が、昨日俺に指摘されたところを”全て直してきた”と言う所だ。
平民にいきなり罵倒されたと言うのに、ちゃんとそれを評価した上で、妥当だと判断して反映してきたのだ。これは貴族なら普通はあり得ないことだ。
相手は貴族の令嬢。最初は伯爵令嬢が魔窟にもぐるなんて、貴族らしい戯れだと思った。
だが意外と本気なのかも知れない。その心構えに、俺はそう思い直し始めていた。
「やっと見れる装備になった、って所ですかね。それは神殿騎士の?」
「あら良くご存知で。ええ、教会に女性騎士用の衣服があるということでしたので、譲って頂きました。一から仕立てては時間がかかりますからね。今は時間が惜しいですから」
「しかしちゃんと言った事を聞いてくるとは思いませんでしたがね。あのバカ――いや、ドレスアーマーとやらはどうしたんです?」
「お父様にお返しました。そうしましたら、少々不安を感じたが大丈夫だったようだな、などと言われまして……。娘を何だと思っていらっしゃるのか。もう少し信頼して下さっても――と、これはあなた方には関係の無いことでしたね」
彼女は悩ましそうに眉間にシワを寄せたが、愚痴を言い始めたところではっと目を開きふるふると顔を振った。
よく分からんが、あの鎧のことで伯爵と彼女の間で何か一悶着あったようだ。
しかし、少々不安を感じたがって。あんな変な物を送りつけた奴が言う台詞じゃあ無いな。何考えてんだあのおっさん。
「では、護衛をお任せしても宜しいと言うことで構いませんね?」
にやり、と口を歪めるお嬢様。その笑みに俺達は顔を見合わせた。
「ちょっと相談させて欲しいんですがね」
「ええ、ええ、どうぞ。ただ、引き受けて下さるまでここを退きませんわ」
「殆ど脅迫じゃねぇかそれ……」
聞こえないように文句を言いつつ後ろを向く。
そばに集まって来る皆と円になり、背中にびしびしと視線を感じつつ、俺達はひそひそと相談を始めた。
「どうする、あれ?」
「こうなると無視できませんわねぇ」
「あたしはイヤ」
ホシは拒否か。まあ言われるまでもなかったよ。その顔を見れば誰だって分かろうと言うもんだ。口をそんなに尖らせおって。
続いてバドに視線を向けると、彼は親指と人差し指で小さな丸を作って見せた。
バドは賛成か。それかスティアのように、そうするしかないと言う諦めの意思表示なのかもしれない。
「んー……なら、二手に別れるってのはどうだ?」
「護衛と探索で、と言うことでしょうか?」
「ああ。あのお嬢様が何階層を目指してるか知らんが……後ろの護衛を見てみろ」
俺は顔を後ろに向け、横目で彼らを見る。
「騎士が五人にお嬢様で六人だ。人数多すぎだろ?」
このオーク魔窟の構造を考えるに、人数が多ければいいと言うものではない。むしろ、ただぞろぞろいても動きづらくて仕方がないと思う。
俺達四人を加えれば十人の大所帯。あの狭い洞窟の中をぞろぞろと行列を作って練り歩くなんて、何のパレードだとオークも仰天するんじゃないのか。
思ったことを口にすると、スティアも首肯する。
「一階層であれば狭いですから、多くても精々四人と言うところでしょうね。二階層でも六人いれば大分狭いと思いますわ」
「だよなぁ。しかもあれ、見るからに全員前衛だろ? 軍隊ばりに前衛横並びにして行軍でもするつもりかね?」
「強そう!」
急にホシが楽しそうな声を上げる。確かに魔窟の中を騎士が規則正しく並び、ザッザッザッ! と足音を立てて行軍していたら強そうかもしれない。酷くシュールだが。
「だから、そうだな……。俺一人か、それかもう一人が護衛に付けばいいだろ」
「あたしはイヤ!」
「分かったっつーの! お前は探索組だ。そうするとスティアも探索組かな」
「え? な、なぜですの?」
「そりゃあ、ホシ一人放置して戻ってこれると思うか?」
「……無理ですわね」
スティアが急に真顔になる。ホシが「えーっ」と不満そうな声を上げるが、十中八九予想通りになるだろう。不服そうにされる謂れはない。
と言うわけで、ホシを探索組に回すとなればお目付け役がどうしても必要だ。それにどうせなら、ついでにマッピングもして欲しい。
バドは書き物ができないため、その役目はスティアにしか頼めない。つまりパーティを分けると考えた瞬間、この二人が探索組に回るのは確定だった。
「では、わたくしとホシさん、貴方様とバドで分かれましょうか」
自然とそういう流れになるだろう。ただ俺は、バドも二人について行って欲しいと思っていた。
彼女達にとって第二階層はかなり物足りないものだっただろう。だから今ここで戦力を分けたとしても、その先の第三階層を目指すはずだ。
実力的には、二人でもその先の四階層まで行けそうだと思う反面、やはり初めて第三階層に進むのであれば、彼女らだけに任せるのは少々心配が残るのも確かだ。
ならディフェンスに定評のあるバドにも付いて行って貰ったほうが安心だろう。
俺がバドを見ると、彼も自分はどうするのかと問うような視線を俺に向けた。バド自身は特にどうしたいという意見は無いらしい。
なら探索組に同行するよう頼もう。そう思った瞬間、思ってもみなかった人物から提案が飛んできた。
《大将! 俺も探索組に入れてくれ!》
「ん? ……オーリか?」
《このオーク魔窟って奴を見てみたいんだ! 頼む! いや、お願いします!》
他の魔族達が何やら焦っている声も聞こえるが、それでもオーリの声だけははっきりと俺の耳に届いた。
「こんなことに興味を持つなんてな。何かあるのか?」
《すんません大将。こいつ魔窟の研究をずっとやってたんスよ。それで昨日からずっとブツブツブツブツうるさくって》
俺が聞けば、デュポが心底参ったような声をあげた。
魔窟は人間の生活には欠かせないものだ。それはひとえに、魔窟でしか採取されない魔石というものの価値にある。
だが魔窟というものの存在は、まだよく分かっていないことが非常に多い。だからそんな魔窟を解明せんとする者達――魔窟研究者が多くいる。オーリもまたそのうちの一人なのだそうな。
だがなるほど。オーリが研究者か。そう言われると確かに、腑に落ちるところがないでもなかった。
彼らと共に行動するようになっていくらか時間が過ぎたが、デュポやコルツと比較して見ると、オーリはなんと言うか、あまり戦闘に慣れていないように見受けられたのだ。
武器の扱いはやや雑で、戦う際の体の動かし方も身体能力任せなところが多々あった。
それに何か物事を捉える場合、考えると言うより分析するように考察し、考え込む癖も見られたのだ。
以前バドが燻製を作っているときの話だ。
中に入れるチップが気になったらしく、その辺りに落ちている枝を持ってきて、これをチップに使うと美味しいのかだの、どういう基準で味が変わるのかだの、実際やってみたいだの言ってバドに絡み、コルツにうるさいと怒られていたことがあった。
要するにそれは職業病と言うやつだったのだな。
デュポやコルツとは微妙な違いを感じていたのだが、妙に納得してしまった。
まあそう言うことなら別に構わない。たまにはガス抜きも必要だろう。
それに魔族達がいるならバドを同行させる必要もなくなる。こちらにもメリットがある話だった。
皆に迷惑をかけないこと、皆の言う事を聞くこと、そしてガザとデュポがちゃんとオーリの面倒を見ることと伝えると、オーリはヒャッホウ! と珍しく高い声を出して喜んでいた。
なおガザとデュポは《えっ》と声を発したが、俺は気にせずそのまま話を終えた。
「それじゃ、これで決まりだな。ホシ、スティア。あのマスクを持って行ってくれ。念のためにな」
「おー!」
「…………仕方がありませんわね。承知しましたわ」
ホシはにこにこ笑顔で。スティアはしぶしぶと言うように返事をする。
例のマスクとは、セントベルでスティアが作った魔族なりきりセットだ。ホシはウサギ、スティアはキツネのマスクで、俺はタヌキ、バドはウシである。
だから今回タヌキとウシの出番はない。
「じゃあバドは俺と一緒にお嬢様のおもりだ。いいか?」
そう言うと、バドはこくりと頷いた。
探索組は斥候兼後衛スティア、前衛ホシ、ガザ、オーリ、後衛デュポ。
護衛組は斥候俺、前衛バド。バランス的には悪くない。
《あの~……》
《大将殿。私達はどうしたら……》
話がまとまりかけたその時、ロナとコルツが所在無さそうに声をあげた。
戦闘ができないロナはいつも通り待機だ。むしろそれ以外選択肢が無い。
コルツはデュポ同様、前衛後衛どちらも出来る。だから探索組に入れてもいいが、すでに過剰戦力だろうし、これ以上魔族の数を増やすのも心配だ。
二階層、三階層に降りている冒険者がどれだけいるか分からないし、あまりリスクを増やしたくない。コルツも待機していて貰うとしよう。
「まあ女同士話でもしてたらどうだ。こんなときじゃなきゃ出来ん話もあるだろ」
適当にそれらしい言い訳を口にすると、何やらごにょごにょ言っていたが目立った反論は出なかった。
予想外の展開に魔族も動員することと相成ったが、結局そう言うことに落ち着いた。




