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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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98.二階層からの帰還

 あれから第二階層を歩き回ること三時間ほど。第三階層への階段も見つけたが日帰りの予定であったため、俺達はまた来た道を引き返していた。


「はぁ、はぁ、はぁ、これで、六匹目……!」


 サイラスは荒く息を吐きながら呟く。彼もオークウォリアーを相手取るのに大分慣れてきたようで、立ち回りに安定感が出てきていた。


 相手に”練精剣(オーラブレイド)”を使われると地面を転がって逃げるしかなく、見ていてまだまだ危なっかしいところもあるが、そうでなければ打ち合いで押されることも少なくなってきた。

 まあ実力はともかく、ホシが「イェーイ!」と上げた手に、「ヨッシャア!」と手を出して叩き合うくらいの気持ち的な余裕は出てきたということだ。良い傾向である。


 また、スティアが爆発するのを恐れて俺もウォード君に指示を出すようにしたが、それも良い結果に繋がった。

 指示を出し始めてから気付いたのだが、彼、本当にサイラスの真後ろに立っているだけで、今までまるで動いていなかったのだ。


 いかに後衛とは言え立ち回りというものがある。前衛のフォローや魔法を飛ばす射線など注意することが非常に多いのだが、そんな基本も押さえていなかったのかと頭を抱えてしまったくらいだ。


 魔法を放つ際もサイラスの真後ろから放っていたため、サイラスが上手く避けて魔法をオークに当てていたようだ。

 よくこんな連携で今まで立ち回っていたものだと変な意味で感心した。サイラス、よく死ななかったな。運の良さも勇者の条件ってことだろうか。


 二体同時は流石にまだ無理だが、それでも一体相手なら安定して倒せるようになったのは、二人にはいい経験になったことだろう。

 オークウォリアーに敵わなかった経験も、立ち振る舞いが不味く叱責された経験も、どんな経験だろうと無駄になることはない。

 今日の経験が明日の彼らの糧になれば、俺達も付き合ったかいがあると言うものだ。


「さて、もうそろそろ一階層の階段ですわね」


 スティアが手元のマップを見ながらそう皆に声をかける。


 もぐった時間は凡そ五時間。倒したウォリアーは五十三匹、オークが十三匹。うち、サイラス、ウォード組が倒したウォリアーが六匹。

 まずますの結果を残して、第二階層の初挑戦は幕を閉じたのだった。



 ------------------



 洞窟を出た俺達の目に飛び込んできたのは赤く染まった空だった。

 遠くには乗合馬車が一両止まっており、こちらが大きく手を振ると、向こうの御者も気付いたようで大きく手を振って返してきた。

 どうやら客はいない様子。あれに乗れば日が暮れてしまう前に町に着けるだろう。


「おぉ……! 外だ……!」

「つ、疲れたぁ……」


 魔窟(ダンジョン)を出て土を踏み締めた途端、サイラスとウォード君が情けない声を上げ、へなへなとその場に尻を突いて座り込んでしまう。


「どうだった二階層は」

「ああ、まぁ……最初は死ぬかと思ったけど、なんとか……。倒し方も分かってきたし」


 サイラスは疲れた様子ながらも歯を見せて笑った。


「オークウォリアーが六匹か。一匹小銀貨2枚だから、六匹で……えっと――」

「小銀貨12枚だよ、サイラス」

「小銀貨12枚か! 凄ぇな……! 今まで一日オーク五匹って所だったから、オークが一匹銅貨9枚で、えっと、そうすると……どうなるんだ?」

「オーク五匹で銅貨45枚。小銀貨4枚と、銅貨5枚だね。だから今日一日でいつもの三倍くらい稼いだことになるかな」


 サイラスに変わってウォード君がスラスラと応える。

 一桁の足し算引き算くらいなら出来る人間は多いが、それ以上となると商人でもなければ限られるだろう。それだけ計算できるとは大したものだ。

 感心していると、なぜかサイラスが自慢そうに笑った。


「ウォードは凄ぇんだぜ。いつの間にかスラスラ計算できるようになっててよ。頭の出来が俺とは違うんだろうなぁ」

「そ、そんなことないよサイラス。サイラスだって、やればできるっていつも言ってるのに……」

「あー! 俺はそう言うのは無理だ! 机に座ってると尻が痒くなる!」

「あ! あたしもあたしも!」


 サイラスが顔をしかめて嫌そうに言うと、ホシまで声を上げだした。

 二人は「イェーイ!」とハイタッチして可笑しそうに笑う。なんだかんだ仲良くなったなこの二人。ただ駄目なところは同調しないで貰いたいものだ。

 サイラスはからからと笑うと、尻をぱんぱんと両手で払いながら立ち上がる。そして俺へと向き直った。


「なぁ、おっさん。頼みがあるんだけどよ。魔窟(ダンジョン)にもぐることがあったら、また連れてってくれねぇか。足手まといなのは分かってる。でも……」

「強くなりたい、か?」

「ああ。俺は……もっと強くならなきゃならねぇ」


 サイラスはそう呟くように口にする。ふと見ると、その拳は固く握られていた。

 隣のウォード君は、何言ってるの!? と言わんばかりに目をむいているが、まあそこは気にしないでおこう。


「今日一日だけで凄ぇ手ごたえがあった。前、一階層であいつに会った時なんか、俺は――」


 そこまで言うと、サイラスははっと顔を上げた。


「い、いや! 何でもねぇ! 何でも――!」


 焦ったように手を振って誤魔化す。そう言えば盾がやられたと言っていたな。真っ二つにされた時のことでも思い出したのだろうか。

 まあ生きた心地がしなかったというのは想像に難しくないな。


「まっ、俺は構わないけどな。皆はどうだ?」

「あたしはいいよー」


 皆の顔に視線を巡らせると、ホシが頭の後ろで手を組みながら声を上げる。バドに視線を送ると彼もまた鷹揚に頷いた。


「ウィンディアは、どうだ?」

「……構いませんわよ?」


 唯一反応を示さなかったスティア。視線を投げかけると、彼女はいつもよりも抑揚の無い口調で賛意を示した。

 本当はウォード君にいい感情を抱いていないため、気乗りしないのだろう。

 だが先ほどの冒険者……パーティはなんと言ったか。もう忘れてしまったが、彼らの態度も気にかかる。ここは彼女の配慮に感謝しておくことにしよう。


「と、言うわけだ。どうする、また明日にでも行くか?」


 そう言う事なら、気持ちが前を向いているときに行動したほうがいいか。そう思い明日もまたどうかと誘ってみる。

 しかし意外にもサイラスは、


「あ、明日ぁ!? い、いや、流石に明日はちょっと無理かな……?」


 と歯切れの悪い返事を返した。

 あのやる気なら明日も行こうなんて言いそうだったのに、どうしてトーンダウンしたんだろう。

 何か変な事を言っただろうかと不思議に思っていると、スティアが俺の服の肘の辺りをちょいちょいと引っ張った。


「貴方様。普通、魔窟(ダンジョン)にもぐったら休養日を設けますわ。そう……一日か、二日程度は」

「ああ、なるほどね」


 言われてみればそりゃそうだ。肩慣らし程度でもぐった俺達とは違い、この二人には今日一日で相当の負荷が心身共にかかったはずだ。

 軍にいた頃は毎日訓練、訓練、訓練続き。休みなんて無いも同然だったから、その感覚を引きずってしまっていた。


「それじゃどうする? 明後日にするか。それとも明々後日(しあさって)にするか?」


 一人納得し、再度サイラスに提案する。


「いや、明後日で大丈夫だ。……なあ、やっぱり次は三階層を目指すのか?」

「そうなるな。三階層はウォリアーとナイトだったから、まあ大丈夫だろう? どっちもランクCだ」

「……お、おうっ!」


 オークナイトは槍を操る重武装をしたオークらしい。オークウォリアーよりも攻撃には劣るがその分防御が固く、倒しにくいとギルドの資料には書いてあった。

 想像するに、オークナイトの存在によって、第三階層は敵に囲まれる危険性が高くなるだろう。個々の戦闘力よりパーティとしての力が要求される階層になりそうだ。


(ま、明日サイラス達が来ないなら、俺達だけで先に様子を見に行ってみたほうがいいか)


 万が一にも無いと思うが、もし俺達でも倒すのに時間がかかるような怪物(モンスター)となると、サイラス達を伴って進むのは無理がある。それ以外にも、資料だけでは想像に至れない注意点があるかもしれない。

 まあ、そこは今日宿に帰ってから皆と相談しよう。もしかしたら、明日は魔窟(ダンジョン)に行きたくない、と誰かが言いだす可能性もあるからな。


「ねぇー! 帰るよー!」


 どこか遠くからホシの声が聞こえる。見れば既に乗合馬車に向かって歩き出していたようで、遠くでぶんぶんと大きく手を振っていた。

 かたわらには保護者よろしくバドが立ち、彼もまたこちらを見ていた。


 そこには陽で赤く染まり、大きく手を振るホシがいる。それは、いつか見たあのときの光景によく似ていた。


 脳裏に当時の光景が鮮やかに蘇る。枯れたようにやせ細った木々、ひび割れた土に、まばらにしか生えていない、しなびた草々。

 そこは陽の光で一面赤く染まっていて、遠くで同じ色に染まったホシが手を振っている。ホシと手をつないで隣に立つあいつもまた真っ赤に染まっていて――


「貴方様?」

「……いや、何でもない。行こうか」


 軽く目を閉じ昔の記憶を振り払うと、その赤い光景はふわりと闇へと溶けていく。

 俺は顔を覗き込んできたスティアに笑いかけると、向こうで待つ仲間達の元へと足を踏み出した。


 バドとホシの影が俺達を迎えるかのようにこちらへと大きく伸びている。それがどこか懐かしく、そして寂しくも感じた。



 ------------------



「で、何でまたここにいるんだ……」

「あら、いけませんか?」


 翌日。皆からの賛同を得て、再び魔窟(ダンジョン)へと向かった俺達の目の前に現れたのは、なんとあのお嬢様だった。


 名前は、えーっと……何だっけ。

 確かチョースケ・ノ・ポンポコナとか言う――


「フィリーネ・エルザ・ハルツハイム。昨日のお返事を伺いたく参りました」


 あー……惜しい。伸ばす棒が入ってるって所までは合ってた。


 にこりと、しかしどこか挑戦的に微笑むお嬢様に、俺は引きつった笑顔を返した。

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