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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢

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96.小競り合い

「や、やった……?」


 力なくそう言うと、サイラスはどかりとその場に尻を突く。


「だ、大丈夫? サイラス……?」


 すぐにウォード君がわたわたと駆け寄り心配そうに声をかける。そんな彼に、サイラスはぜいぜいと息を切らしながらも、へへへと力なく笑って返していた。


 振り返ったサイラスの顔は、少し離れたここからでも分かるほど汗にまみれていた。その荒い呼吸も、先ほどの戦いが彼にとって相当厳しいものであったことを鮮明に物語っている。


 まあ彼はランクD冒険者で、オークウォリアーはランクC。格上との戦いだったのだから、肉体的にも精神的にも疲労はかなり蓄積したはずで、当然と言えば当然だった。


「助かったぜウォード。俺、お前に指示できる余裕なんか全然なくってよ。あいつの攻撃を受けるだけでもう一杯一杯だった」

「でも。でも凄いよ。ランクCの怪物(モンスター)相手に攻撃を一回も食らわなかったし。やっぱりサイラスは凄いよ!」

「いや、それじゃ駄目だ。こんなんじゃ……自分の身を守るだけじゃ俺は駄目なんだ」


 彼を励ますように言うウォード君にサイラスは悔しそうな声を漏らす。伏せる顔には悔しさが隠しきれないほど滲んでいた。


 確かに彼にとって戦闘が終わってみて痛感したのは、ただただ自分の力不足だろう。

 オークウォリアーの攻撃を無傷で受けきることが出来たはいいが、単純にそれだけ。後ろのウォード君がいなければ、倒すどころか反撃すら叶わなかった。

 勿論結果だけ見れば大金星だ。ウォード君の言う事は間違っていない。確かに間違ってはいないのだが。


(課題が大きく、多すぎる……か)


 彼ら二人の様子を見て俺はあごをなでる。

 実力不足、連携不足に経験不足。だが、それ以上に大きく、そして何より解決するのが難しいと感じる不足。それはだ――


「少し宜しいですか? ウォードさん」


 そんな時、スティアが一歩前へと踏み出した。


「オークウォリアーが体勢を崩した瞬間、なぜ何も行動しなかったんですの? わたくしが指摘する前に”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”を放っていれば、もっと簡単に倒せたはずですわよね?」


 少し前までとは異なる険のある口調に、二人は目を丸くする。

 これは相当ご立腹のようだ。彼女をよく知る俺達からすると然もありなんと言うところだが、彼ら二人にとっては違う。


「思えばサイラスさんが必死に攻撃を防いでいる間も、何もしようとしませんでしたわよね? どうしてですの?」

「ぼ、僕は……僕はサイラスからの指示を待っていて――」

「だから何もしなかった、と? 彼が窮地に陥っていても、指示がなければ何もしなくてもよいと、そう仰るのですか? ……貴方、サイラスさんのパートナーなのですわよね?」

「ぼ、僕は……僕は、その……」


 歯切れの悪いウォード君をスティアがねめつける。対する彼はびくりと震え、視線を逸らしてしまった。


 ああ……スティアの機嫌がどんどん悪くなっていく。形の良い眉が神経質そうにピクッと動いたのが見えた。こめかみに青筋がたったような気もしたが、見間違いだったと信じたい。


 実はスティアは、こう言った他人任せで自分から動こうとしない人間が大嫌いなのだ。

 彼女は長い間、誰に頼ることもなくずっと一人で生活してきた。だからか、こういう他力本願な人間に対してはかなり――いや相当厳しい。


 軍に所属していた頃、我慢しきれず度々爆発していた彼女の記憶が脳裏を過ぎる。

 その被害者は主に、何か勘違いした名ばかり貴族であったが、その結果にはこちらも溜飲が下がることは多かった。

 とは言え行く所まで行ってしまうと非常に不味い。なので、こうなったスティアを止めるストッパー役がどうしても必要だった。


 先ほどから俺とホシは激しいアイコンタクトを交わし合っている。

 そろそろ行くか? どうする? お前が行け! えーちゃんが行って! と、割って入るタイミングを黙して相談し合っていた。


「サイラスさんがあんなに必死に戦っているのに、何も思わないんですの? 助けなければとか、何とかしなければとか、これっぽっちも考えないんですの? 貴方、一体何のためにここへ来ているんですの?」

「ウィンディアさん、ちょっと待ってくれ」


 まくし立てるようにウォード君へ厳しい言葉を浴びせるスティア。だがそこに、居たたまれなくなったのかサイラスが割り込んだ。

 あの迫力のスティアの前に割り込むとは根性がある。流石土の勇者と呼ばれるだけのことはあるな。素晴らしい。俺は正直やりたくない。


「すまねぇ。それに関しちゃ俺が悪ぃんだ。もうそのくらいで勘弁してやってくれ」


 サイラスは尻を払いながら立ち上がった。


「どう言うことですの?」

「俺が無理やりこいつを引っ張ってきたせいだ。毎朝いっつもコイツに言われてるんだ。僕は行きたくないってな。でも俺が――」

「そんなものは関係ない! ――ですわ!」


 俯き加減に話すサイラス。ウォード君に対する後ろめたさがあるのだろう。湿っぽい空気が漂い、つい口をつぐみそうになる。

 しかし今のスティアに対してそれは悪手だった。

 基本的に甘ったれた理屈は彼女には通じない。俺の予想通りバッサリと切り捨てた彼女は馬鹿馬鹿しいとでも言うように鼻で笑い飛ばした。


 すーちゃん怖いです。口調もなんだか素に戻り始めている気がする。


「ウォードさんが最終的に行くと、そう判断されたのでしょう? ならその責任は彼にあるはずですわ。違いまして?」

「そ、そりゃそうなんだけどよ、その、なんて言うか――」

「サイラスさん。わたくし思うのですけれど」


 スティアは軽く息を吐く。


「ウォードさんとパーティを組むのはもうお止めなさいな」


 その有無を言わさない口調に、皆が凍りついた。



 ------------------



「はい貴方様。どうぞ」

「は、はい。どうも」

「?」


 スティアが革の水袋から水を注ぎ、なにやらぶつぶつと唱えてからカップを差し出してくる。どうやら魔法で冷やしてくれたらしい。俺は礼を言いそれを両手で受け取った。


「ホシさんも、どうぞ」

「ははぁー! ありがとうございますだー!」

「?」


 元気良く、かつわざとらしい返事をしながらぺこりと頭を下げ、俺と同じように両手でカップを受け取るホシ。


「バドもどうぞ」


 更にカップを手渡されたバドも、なぜか深々と一礼してから両手でそれを受け取っていた。

 スティアは不思議そうに少し首を傾げていたが、俺はそれに曖昧に笑って誤魔化し、カップの水をごくりと飲み込んだ。


 然もあらん、俺達の間には非常に重苦しい空気がどんよりと漂っていた。

 時折サイラスのわざとらしい明るい声が聞こえてくるが、それに反応する声は今にも消えそうな儚いものだ。

 こちらもこちらで会話も殆どない。静けさの中に響くいやに明るい声が、雰囲気の異様さを醸し出していた。


 理由は当然、先ほどスティアが爆発しかかった件だ。被害を受けた当事者のウォード君は酷く塞ぎ込んでしまい、それを慰めようとするサイラスの声が耳を打ち、胸が痛む。

 加害者側のこちらとしては非常に申し訳無く恐縮しきりである。


 ただ加害者側のスティアと言えば、言いたいことを言ったためか非常にスッキリした顔をしている。先ほどまでの剣呑な雰囲気は憑き物が落ちたかのように失せ、普段のように柔和な空気をその身にまとっていた。


 まるで自分には全く関係が無いような顔をしている。だが主にお前のせいだぞ。くそう。

 恨めしい視線を向けると、それに気付いたスティアはなぜかにっこりと微笑んで返してよこした。

 かわいい。じゃねぇ。くそう。


 あの問題発言の後、かなり消耗していたサイラスを休ませるため一先ず休憩しようと言う話になった。丁度よく昼時分だったこともあって、今は皆で車座に座り食事を広げていた。


 だが普段なら和気藹々と明るい会話が飛び交うはずだと言うのに、今回に限っては重苦しい限り。俺の姿勢は自然と正座となっていた。

 なぜかホシとバドも正座で座っているが、きっとホシは俺の真似をして面白がっているだけだと思う。バドのほうは正直分からん。右ならえで真似をしているだけかも知れない。


 雰囲気や見た目からは分かり難いが、スティアは実のところすぐカッとなるタイプだ。ふとした切欠で急にボルテージが振り切れ、「おいッ!」とか「貴様ぁッ!」とか叫びながら武器に手をかけるので非常に心臓に悪い。


 以前の口調ならまだ予想もできたが、しかし今の柔和な口調になってからは更にそのキレ方にキレが増し、心臓に悪くなった。嫌な方向にキレが増して本当に困る。


 とは言え、むやみやたらに喧嘩を売るわけではないし、いさめられれば矛を収める素直さもある。なのでいざと言う場合は、俺達のうちの誰かが彼女を宥めに動くことが通例となっていた。

 今回もスティアが爆発する前に誰かが止めに入ればこんな事態にはならなかっただろう。だが今回は諸事情があり対応が遅れてしまった。


 理由としてはまず、この気弱で無害そうなウォード君に、ああして突っかかるとは思わなかったこと。そしてサイラスが割って入ったためタイミングが上手く掴めなかったことだ。

 知っているなら早めに止めに入ればいいじゃんと思うだろうが、そこは勘弁して欲しい。だってあのスティア本当に怖いんだから。


 そして最後にして最大の理由。それは――


(言ってることは合ってるんだよな。タイミングは最悪だったけど)


 スティアの言う事に共感できてしまったと言うことだ。


 先ほどの一戦を見て俺が感じたのは、強くなりたいのなら彼らの意識を改める必要があるな、と言う事だった。

 スティアは彼らにパートナーではないのかと問うたが、これは非常に的を射ている。サイラスとウォード君には、仲間としての意識が不足しているように俺も感じたのだ。


 彼らの戦い方を見ていると、サイラスはウォード君を守り、ウォード君はサイラスに守られることを当然と思っている節がある。これは仲間ではなく完全に庇護の関係だ。

 もちろんそれでも上手く回ることもあるが、彼らの場合それに傾倒し過ぎていた。

 ウォード君の自主性が完全に殺されている。これではまともにパートナーとして機能するわけがないのは明白だった。


 彼らが強くなりたいと言うのなら、まずお互いを対等な仲間として意識し合うことが必要だろう。でなければ強くなどなれはしない。

 後ろを気にしてばかりいたり、他人任せでいたり。そのパーティの歪さ故に明らかな格下相手にしか戦えないような環境でなど、何をしたって強くなれるわけが無い。


 だがそう考えたとき、ウォード君がそもそも戦いたがっていない、と言う事実が非常に気にかかる。

 そんな相手が果たしてパートナーとして成り立つのか、と問われたとしたら、これは絶対に否。つまるところ、スティアが最後に言ったパートナーを止めろ、と言う結論にどうしても行き着くのだ。


 下手をすれば命に危険が及ぶ魔窟(ダンジョン)で、お互いの足を引っ張り合っていてはお話にならない。だから本当に強くなりたいのであれば、そう言う志を持った者達で集まってパーティを組んでね。

 ――そうスティアは言いたかったはずなのだ。言い方は最悪だったが。


 まあもうやってしまったものは仕方がない。そう思い直した俺はスティアのフォローを早々に諦め、どうやって彼らのモチベーションを上げたらいいのだろうと考え始めていた。

 サイラスも俺と同じようで、ウォード君に話しかけながらも当たり障りの無い会話を俺に振ってきたりして糸口を探しているようだった。


 だがそんな気遣いも振るわない。結局最後まで何も掴めずに、空気が重いまま食事が終わってしまうことになる。


 バドが早起きし、宿の厨房を借りて作ってくれたアクアサーペントのカツサンドは非常に美味だった。

 ただ、こんな状況でよく味わえなかったのが残念だ。また明日も作って貰う事にしよう。


 え? これでアクアサーペントが最後? そう……。ちくしょう。


「そろそろ参ります?」

「ん? ん~……もうちょっと休憩しないか?」

「そうですか? それでは――んっ?」


 こんな状態で行くこともはばられる。もう少し時間が欲しいと返すとスティアは浮きかけた腰を下ろした。だが直ぐに何かを感じたようで、視線を前へと向けた。


怪物(モンスター)か?」

「いえ……これは同業者のようですわ」


 同業者。つまり冒険者か。

 俺達の進行方向から来ると言うことはつまり、帰り道と言うことだな。二階層で活動していた奴らか、もしかしたら三階層からの帰りかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、すぐにその団体は姿を現した。

 向こうもこちらの存在に気付いていたのだろう。若干警戒しながら足を進めている様子だったが、こちらの姿を確認するとすぐにその構えを解き近寄ってきた。


 軽快な足取りでこちらに歩いてくる冒険者達。だが素早くこちらの様子をぐるりと伺うのは慎重さからか職業病からか。

 興味深そうな彼らの視線。しかしそれがサイラスに向かった瞬間ピタリと止まった。


「おいおいおい。オーク漁りの勇者様が第二階層に何の用だ?」

「あ、本当だ。サイラスがいる」

「やっとオークの卒業か。ちゃんとウォリアー倒せんのかぁ? おい」


 どうやら彼らは五人パーティのようだ。出で立ちから察するに、剣士一人、重戦士一人、斥候一人に魔法使い二人か。なかなかバランスが取れているパーティだ。

 彼らはサイラスに目を向けながらゆっくりとこちらに歩いてくる。が、大分態度が悪いな。サイラスもわずらわしそうに顔を歪めた。


「はっ、二人を止めて六人で挑戦か? だが――ふん、それもどうやら間に合わせみたいだな」


 先頭の剣士っぽい男が鼻で笑う。


「ランクEが四人か。それにおっさんにチビときた。死ぬのは勝手だけどな、ギルドに迷惑かけんじゃねぇぞ」

「チビじゃないもん!」

「ちょっとー止めなよカイゼル。失礼でしょ?」

 

 剣士の彼があざけるように肩を揺らす。ホシが甲高い声を上げのを聞いて斥候の女がいさめるが、止まらない。


「はっ、役立たずがどうなろうと勝手だけどな。もし魔窟(ダンジョン)から帰ってこないなんてことになってみろ。お偉いさんは血眼になって探すだろうよ。そんときに迷惑を被るのは俺達みたいな高ランクの冒険者だ」

「まぁそうだけど」


 剣士の反論に、斥候の彼女も異を唱えられず口を尖らせた。

 彼らの首にかかっているドッグタグに目をやると、いずれも銀色の輝きを放っている。どうやらランクC冒険者のパーティのようだ。


 だがランクCって高ランクなんだろうか? 軍にいた元冒険者の連中はランクCだのDだのは結構いた。

 俺達もセントベルじゃすぐランクCパーティになったし、ランクCに高ランクというイメージが全く無いんだが。


 だがいかんせん態度が悪いな。確かに俺はおっさんだしホシもチビだ。そこは反論する気もない。

 だが、サイラスに大分突っかかっているのが気にかかる。というか聞いているこっちが頭にくる。正直気分が悪い。他所でやってくれ他所で。


「いるだけで迷惑なんだからよ、これ以上迷惑かけんなや。分かったか勇者様よ?」


 そう言い剣士の彼は鼻を鳴らした。

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