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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢
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95.その実力は

「フリッターさんッ!」


 サイラスが前へと駆け出そうとする。だが俺はそれを片手で制した。


「大丈夫だ、よく見てみろ」

「はぁ!? いや、さっき”練精剣(オーラブレイド)”をまともに受けて――っ!?」


 俺に食って掛かりながらも前を向いたサイラス。だが後に続く言葉が出ず、その場で固まることになった。


 確かにバドはオークウォリアーの”練精剣(オーラブレイド)”を盾で受けた。俺が貸した盾はどこにでもある鉄の盾。まともに受ければ壊れるか、最悪盾ごと腕もバッサリやられるだろう。

 だが俺達の見る先にあったのは、サイラスが想像したような光景ではない。そこにあったのは、オークの頭を剣で両断した、怪我を負った様子もないバドの姿だった。


 オークウォリアーは黒い霧になり消えていくところだ。振り返ったバドに手を上げると、彼もまた余裕ですと言わんばかりにこちらへ悠々と手を上げて返した。

 見れば、彼の持つ盾には傷一つついていなかった。


 実は、だ。冒険者ギルドで情報を一通り確認していた俺達は、オークウォリアーが冒険者の間で”壊し屋(クラッシャー)”と呼ばれていることを知っていた。

 その理由としては先ほど目にした通り、連中が精技(じんぎ)を使ってくることにある。

 まったく、怪物(モンスター)精技(じんぎ)を使うなんて実に生意気なことだ。文句の一つでも言いたくなる事態だ。


 もしこれが魔物であったとしたら、どんなに強かろうと精技(じんぎ)を使ってくることは絶対に無い。

 元々精技(じんぎ)は人間が魔物に対抗するため生み出した技。だからこそ、魔物は絶対にそれを使うことが無い。精技(じんぎ)を魔物に伝授する人間なんているはずがないのだから。


 それを怪物(モンスター)が使ってくるなど、まったく理解不能である。であるのだが……。

 実際問題として使ってくるのだから、現実逃避をしても仕方が無い。


 分からない事は脇に置いておくとして、そういうわけで、この第二階層へ立ち入る以上精技(じんぎ)には警戒する必要がある。だからその錬度を見極めなければならないと、皆で話をしていたのだ。


 精技(じんぎ)と言うのは、どれだけ熟達しているかによってその威力が大きく変わる。どれ程のものなのか理解しておかなければ、いざと言う時に手痛い目に合う可能性があった。


 先ほどバドはずいぶんと手加減をしていたが、これは相手に精技(じんぎ)を使わせて、その程度を見極めるためにあえてその身を晒して誘っていたのだ。

 でなければあれほど戦闘が長引くはずは無い。見極めた後に一瞬で方が付いたこともその証拠だ。まったく頼りになる男だぜ。


「な、なんで?」

「ん?」

「なんで盾が壊れてねぇんだ!? て言うか傷も付いてねぇ! なんでだ!?」


 こちらへ戻ってきたバドの周囲をうろうろするサイラス。突然絡まれてバドが困惑してるから落ち着け。


「そんなの受け流したからだろ」

「はぁ!? そんな……わけあるかよっ!」

「他に説明のしようがないだろ。なぁ?」


 聞き分けが無い子供のようにがなるサイラス。俺が困ったような視線を向けると、バドもうんうんとそれに応えた。


 受け流しとは、受けた攻撃の威力を最小限に抑える技術(スキル)だ。いくら強力な精技(じんぎ)とは言え、威力を殺されれば十分な効果を発揮できないのは自明の理だろう。

 それが完璧な受け流しだったらこの通り、盾すら傷つく事もないのだ。


 もし結果が違っていたならば、それは”受け流した”のではなく”受け止めた”と言うのだ。

 そう伝えると、サイラスはだらんと両腕を垂らし、


「前戦ったとき、俺、盾をやられたんだ……」


 そうポツリと呟いた。

 あー、なるほどね。


「まあ上手く受け流せなきゃそうなるわな。それが出来ないなら、避けるなり精技(じんぎ)で受けるなりしなきゃ駄目だろ」

精技(じんぎ)を使うほどでは無いのでは? あんなに大振りなら避けたほうが楽だと思いますわよ」


 あごをなでながら話すと、スティアもすぐそばに近寄ってきて話に混じり始める。仲間に入りたいのかホシもちょこちょこ小走りでやってきた。


「あたしならその前に倒す!」

「はいはい、分かった分かった」


 頭をぐりぐりしてやると、適当にあしらわれたのが気に食わなかったのかムッとした顔をされた。いや、今お前の意見は参考にならんから。


「まあそうだな……。あいつらの精技(じんぎ)は丸分かりだったから、避けるのが一番簡単かもな。動きも単調だったし」

「……ああ。そう、だな」


 俺の提案にサイラスはそう呟いた。腑に落ちない様子ではあったが、今出来ないことをしようとしても出来るわけがない。なら出来る範囲でやるしかないだろう。

 何か思いつめた様子の彼の後ろには、心配そうな目を向けるウォード君が立っている。

 彼をちらりと見たサイラスは、ふぅと息をつくと握りこぶしを作り、笑いながらウォード君の胸板を手の甲でトンと叩いた。


「よっしゃ、次行こうぜ次!」


 彼の口調は非常に明るいものだった。しかし……≪感覚共有(センシズシェア)≫で読み取れた彼の心に、なぜこんな感情が生まれていたのかについては、今の俺には察することができなかった。



 ------------------



「風の精霊よ、疾風を巻き起こし賜え……”疾風の刃(ゲイルブレイド)”」

「ブゴァッ!?」


 スティアの魔法が射手(アーチャー)タイプの腕を吹き飛ばす。そこにバドが突っ込むと、あっという間に頭を唐竹割りに叩き切った。


射手(アーチャー)が混じってるとちと厄介だな」

「大体他のウォリアーと一緒にいますし、援護するように立ち回りますからねぇ。かと言って一々”風の障壁(ウィンドバリア)”を張るのも面倒ですし」

「違いない」


 黒い霧になって消えていくオークウォリアーに目を向けながら弓を下ろす。第二階層に足を踏み入れてから一時間程。これで十二匹目のオークウォリアーを倒したことになる。


 サイラスとウォード君の出番は未だ無い。

 意外と連中は複数で襲い掛かってくることばかりだったし、二人も浮き足立った様子で、任せるに任せられなかったからだ。

 だが、かえってそれが良かったのかもしれない。最初は緊張しすぎて怖気づいていた彼ら二人も、俺達の戦い方を見て大分落ち着きを取り戻し始めていた。


 特にサイラスに関しては、彼と似たスタイルのバドがいたのがいい影響になったのだろう。先ほどからバドの立ち振る舞いを食い入るようにじっと見つめており、意識はオークウォリアーからバドの観察へと、完全に移ってしまっていた。


 バドはもっと強い相手とも戦うことのできる実力がある戦士だ。あのAランクの魔物であるアクアサーペントの体当たりを、苦も無く止めて見せたのは記憶に新しい。

 その戦い方を観察するだけでも価値があるのは間違いない。

 集中してバドへ視線を注ぐサイラスに、強くなりたいと言う気持が本物なのだろうと一人で感心していた。

 そんな折のこと。


「あら、今度は二匹こちらに来てますわね」


 また近づいてくるオークがいるとスティアが警戒を飛ばした。


「またか。一階層とは大違いだな」

「入れ食いと言う奴ですわね」

「どうせならもっといい物が釣れて欲しいけども――」

「オークしかいませんものねぇ」

「暑苦しいことこの上ねぇよな」


 オークを倒しに来たのだから、この状況が喜ばしいのは間違いない。ただ、見てくれが暑苦しいのも間違いないのだ。文句の一つくらい出ても仕方がないのではなかろうか。

 しかも、この魔窟(ダンジョン)に出てくるのはオークだけだ。あんな筋肉達磨に襲われてばかりだと流石に誰でも気が滅入るだろう。


(たぶん魔窟(ダンジョン)探索だったら楽しいんだろうけどなぁ)


 そう思いため息を一つ漏らす。今回はただ借金を返済するための金策である。オーク出る、倒す、魔石拾うの繰り返し。まるで作業だ。

 言い出しっぺ、かつ借金の原因が自分なので言い出しはしないが、もうそろそろ飽きてきた。おっさんは飽きっぽいのだ。たぶん。


 さてそんなことを考えていると、スティアの言った通り目の前に二体のオークが姿を現した。一体は普通のオーク。そして二体目は剣士(ソードマン)タイプのオークウォリアーだ。


「おっ、あいつなんかおあつらえ向きじゃねぇか?」


 指を差しながら後ろのサイラスへ顔を向ける。彼は一瞬ビクリとしたが、一つ深呼吸をした後コクリと頷いた。見た限り冷静さを取り戻してるし大丈夫だろう。


「おーい、そいつサイラスとウォード君がやるってよ。普通のオークだけ相手してくれ」

「分かったー」


 俺の声を聞き、ホシはメイスを肩に、オークの目の前へぽてぽてと呑気に歩いて行く。


「まあ危なそうだったらフォローはするからな。あんまり気負わずに行って来い」

「お、おう! 行くぞウォード!」

「う、うん……。分かったよ」


 二人はちょっと心配になるような返事をしながら前へと踏み出す。

 サイラスはバドの前へ。ウォード君は俺達の少し前に位置を取った。

 バドも場所を空け彼らに譲る。だがいつでも二人の助けに迎えるよう、警戒は崩していなかった。


「ウガァァァッ!」

「っ!!」


 前に出てきたサイラスを相手と見据えたのか、オークウォリアーが彼へと鋭い咆哮をあげる。そして激しい足音を立てながらまっすぐに駆けると、剣を勢いよく振り上げた。


「う、うぉぉぉおーーッ!!」


 怒声のような声と共に、腰を落とし盾を構えるサイラス。オークウォリアーはそんなことには意にも返さず、剣を力任せに叩きつけた。


「ぐうぅぅっ!」


 凄まじい衝撃にサイラスは苦悶の息を漏らした。力で完全に押し負け、のけ反りそうな体をわずかに後退して支える。

 しかし相手は怪物(モンスター)、待ってなどくれない。

 さらに剣を振り上げ、彼をねじ伏せるように何度も力任せに叩きつけた。


「くっ……うおぉぉっ!!」


 ガツンガツンと鈍い音が幾度も耳朶(じだ)を打つ。

 サイラスも負けじと盾を向けているが、オークと人間とでは力の差は歴然だ。オークが腕を振るう度、彼の体は徐々に徐々に後退して行った。


「あれでは厳しいのでは?」


 完全に正面からのぶつかり合いになっている。このまま力勝負を続けるようでは、万が一にも勝ち目は無い。

 スティアのそんな疑問は当然のものだ。だが俺は首を振る。


「バドが目を光らせてる。一匹倒せたと言ってるんだから、まったく歯が立たないってこともないだろ。とりあえず任せてみよう」


 依然としてサイラスは盾の影に隠れているような状態だ。あれではお世辞にも盾を扱っているとは言えない。このままでは難しいだろう。

 だが彼本来の力は昨日、オークとの立会いで見せて貰っている。あの時を思えば、今のこの姿が彼本来の力でないことは明白だった。


 それに彼の後ろにはウォード君もいる。魔法と言う手があるのだ。

 今は緊張や恐怖で遮二無二立ち向かっているサイラスだが、もう少し冷静になれば打開できる可能性もある。

 現にまだ戦い始めて数分しか経っていない。無理だと判断するには早すぎる。


「サイラスっ! 真正面から受けるな! 受け流せっ!」


 俺はサイラスの背中に向かって声を投げる。


「攻撃は今考えるな! 相手をよく見ろ! 体全体で攻撃をさばくんだっ!」

「頑張れー!」


 既にオークを倒してしまったホシも、両手を振り上げて彼を激励する。


「くっ……おおっ!」


 その呑気な声で頭が冷えたのだろうか。徐々に彼の動きに変化が生まれた。

 馬鹿正直に受け止めていた攻撃に対し、足と体を使い、その威力をいなすように立ち回り始める。打ち付けられるような激しい金属音も、次第に軽さを帯びていく。

 防御一辺倒であることは変わらない。だがその音の変化と共に、状況は徐々に拮抗したものへと変わっていった。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 サイラスの激しい息遣いが聞こえる。体の動きにはまだ固さが残り、極度の緊張状態であることが分かる。あれでは消耗も激しいはずだ。

 拮抗状態にもつれ込んだとは言え、やっと勝負の土台へと登っただけだ。ここから何とかして攻撃を加えなければならないのだが――


「貴方、何をぼーっと突っ立っておりますの? 魔法が使えるならフォローしてあげなさいな」

「え……?」


 と、そこで痺れを切らしたのか、スティアがウォード君に歩み寄った。先ほどからウォード君は杖を握り締め、その場でうろうろしているだけだったのだ。

 同じ魔法を使う後衛として、そんな情けない姿を見ていられないのだろう。


「貴方、あのオークの足元に”砕岩(クラッシュ)”を使ってみなさいな」

「え? ク、”砕岩(クラッシュ)”? 基礎魔法の?」

「そうですわ。”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”が使えるんですからそのくらいわけないでしょう? ほら!」

「は、はい!」


 スティアがパンと両手を胸の前で打つと、ウォード君は弾かれたように返事をする。そして杖をオークウォリアーへと向け、集中するように両目を閉じた。


 魔法は手元から発動する放出系と、場所を指定して発動する設置系の二種類に大別される。

 ”砕岩(クラッシュ)”は設置系の魔法になるのだが、これは慣れていないと場所の指定が難しい。だからかこうして集中するために、目をつぶることは珍しくない。

 だが、そういう魔法使いは大体が駆け出しの人間だ。戦闘中に目を閉じてなんかいたら使い物にならないからな。


 スティアもそれを見て顔をしかめたが、今は指摘する場合ではないと分かっているようで、その口を一文字に結んだままだった。

 これがもし彼女の部下だったら、間違いなく張り倒されていたことだろう。


「つ、土の精霊ノームよ! 我が呼び声に応じ、岩石を砕きたまえ! ”砕岩(クラッシュ)”!」


 カッと目を開けた彼が杖を前に構え、詠唱を始める。そして言葉を紡ぎ終えると、オークウォリアーの足元がバキリと音を立てひび割れた。


「ん?」


 が、ちょっとしょぼい。”砕岩(クラッシュ)”って魔法は、固い岩盤も崩せるくらいには効果がある魔法のはずなんだが。あまりのしょぼさに口から疑問が漏れてしまった。


「……貴方、もうちょっと気合入れて唱えなさいな! ほらもう一回!」

「は、はぃぃ!」


 呆れたような表情で彼を見ながら、急かすようにスティアはもう一度手を叩く。ウォード君はそれにびくりと肩を震わせ、またたどたどしく詠唱を始めた。

 魔法が発動すると、同じ場所に発動させたからか、はたまたスティアに怯えたからなのか。今度は先ほどよりも影響は大きく、ビシビシと音を立てながら広い範囲に細かいひびが広がっていく。そして――


「じれったいですわねぇ……! 見てなさいな」


 痺れを切らしたスティアがビシリと指を差し、続いて朗々と読み上げる。


「土の精霊よ、砂礫の乾きを与え給え。”渇きの砂(ターントゥサンド)”」


 途端、ひびの入った岩がざらざらと音を立て、渇いた砂へと変わった。


「グオォッ!?」


 固い岩盤から柔らかい砂へ。足元が起こした突然の変化についていけず、オークウォリアーはがくりとバランスを崩した。

 あまりにも分かりやすい変化に、息も絶え絶えのサイラスも遅まきながら反応する。


「うぉぉぉっ!」

「グオォ!」


 だが既に体力が残っていない彼の剣には、殆ど力が込められていなかった。へろへろの剣はオークの肩に当たるも、鎧に阻まれ軽い音を立てたのみで横に滑ってしまう。


「ああっ! 惜しい!」


 せっかくの好機をみすみす逃してしまったことに、ウォード君が焦ったように叫ぶ。

 だが実際のところ、あれは全然惜しくない。タイミングは全然合っていないし、剣の振り方も雑すぎる。

 あんなもので傷を負わせようというのはかなり無理があるだろう。


 もどかしさを感じるものの、手を出すほどには劣勢ではない。そばで見ているバドやホシも同じ気持だろう。先ほどから焦れるような表情を見せているが、それでも手を出そうとはしなかった。


 そんな皆がもどかしさや焦りを感じる中で、一人だけ異なり、いら立ちを(あらわ)にした者がいた。


「惜しいじゃありませんわ! ”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”!」


 形の良い眉を吊り上げてスティアがぴしゃりと苦言を呈す。

 何を言われたのか分からなかったのか一瞬硬直したウォード君。だがスティアにまた「ほら”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”!」と急かされ、わたわたと杖を前に向け詠唱を始めた。


 その”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”は、バランスを崩したウォリアーと、それを立て直させまいと組み合うサイラスに向かって一直線に飛び、地面に転がって逃げたサイラスの頭上を通過して、狙い通りオークの顔面を砕いた。


「うぉぉおーーッ!」


 地面に叩きつけられたオーク。それに飛びかかったサイラスは、首へと剣を力の限り突き立てて。


 オークウォリアーは黒い霧となって、宙に消えていった。


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