93.ばかじゃねぇの
翌朝。胸にもやもやとしたものを感じながら、俺はゴトゴトと走る馬車に揺られていた。
感情とは裏腹に今日は雲一つ無い青空で、非常に麗らかな良い日和だ。昨日のうちに地面の水も渇ききったようで、後ろに流れて行く地面に水たまりはどこにもなかった。
「良い天気ですわね!」
「そうだなぁ」
「今日は探索日和ですわね!」
「行くのは魔窟だけどな」
木製の長椅子にのんびり座る俺に、隣のスティアが何かと話しかけてくる。
昨日盗賊ギルドから帰ってきてからというもの、スティアはいつも以上に世話を焼こうとしてくる。どうやら心配させてしまったらしい。
今日の彼女の髪型は、幾つか首元でまとめた髪をくるりとひっくり返し、それを黒いリボンで止めたハーフアップにしている。
あまりにもやきもきしている彼女を落ち着かせようと、久々に髪をとかしてやったのだ。
簡単だが単純にまとめたよりも見栄えが良い。スティアも気に入ってくれたようで機嫌が非常に良いのだが……いかんせん、逆効果だったかもしれない。
さて。魔族達をシャドウの中にかくまって以来、俺は皆に魔法≪感覚共有≫をかけ続けている。≪感覚共有≫は文字通り、かけた相手と自分の感覚を共有することの出来る支援魔法だ。
共有することの出来る感覚は、五感である聴覚、嗅覚、触覚、味覚、視覚。そしてそれ以外に感情の、六つの内のいずれか一つの選択になる。
共有する感覚を変える場合は魔法のかけなおしが必要だが、なかなか便利な魔法だ。
そして今、俺達四人と魔族達五人にかけているのは聴覚の共有だ。そのため盗賊ギルドでの会話は、俺やホシの耳を通して皆も聞いていたのだ。
当然教会が俺を追放するために動いていたことも皆が聞いており、帰ってからスティアはずっとこんな調子だった。
「膝をお貸ししましょうか!?」
「いや、いいから」
スティアは良いことを思いついたとでも言うように、ぱぁっと表情を明るくする。そして自分の膝を両手で何度も叩いた。
大変魅力的なお誘いではある。だが流石にここでは不味い。
首を振って返すとスティアはしゅんとしてしまうが、俺もそこまで図太くないのだ。勘弁して欲しい。
と、言うのもだ。
「ず、随分大胆だね……」
「そうだな……」
「僕達お邪魔だったかな?」
「うーん……」
「帰ったほうが良くないかな?」
「それは無い。いい加減諦めろ」
向かいの席からひそひそと声が聞こえる。俺達の向かいにはサイラスとウォード君が座っており、横目でちらちらとこちらを見ながら小声で話をしていた。
そちらに目を向けると彼らは跳ねるように姿勢を正し、サッと目をそらした。辛い。
なぜ今日も彼らと同道しているかと言うと、それは今朝のことだ。
盗賊ギルドで散財してしまった俺は、金策のため、今日もまた魔窟へ行ってみないかと皆に持ちかけた。
ちなみに魔窟の情報については昨日のうちに粗方調べ終わっており、怪物の生息状況については頭に入っている。
第一階層はオークのみ、第二階層にはオークとオークウォリアーが生息し、第三階層にはウォリアーとオークナイト。
そして第四階層にはそこにオークジェネラルが加わり、現在記録のある最終階の第五階層には、ナイト、ジェネラル、ハイオークに稀にキングという欲張りセット編成らしい。
ちなみにオークナイトはランクC、オークジェネラルとハイオークはランクB、オークキングはランクAの怪物だ。
ランクだけを考えると、安全に行くなら第三階層までが無難そうに思う。だが怪物の密度具合でも難易度が変わるため、そこは行ってみなければ分からないだろう。
とはいえ、俺達は第二階層すらマッピングをしていない。なのでまずは日帰りで第三階層を目指してみようという話でまとまり、皆で乗合馬車の停留所に向かったわけだ。
ところが、だ。
「頼む! 俺達も連れて行ってくれ!」
俺達が馬車の停留所に向かい西門近くを歩いていると、二人が路地から飛び出してきて、一緒に行きたいと頼み込んできたのだ。
なんでそんな所にいたのかとか疑問はあったが、さておき今日目指すのは第三階層。彼らには厳しいだろう。
そう思い、俺ははっきりと告げたのだが、
「魔石はいらねぇ! 頼む! この通りだ!」
と大通りで深々と頭を下げられ、断るに断れなかったのだ。
ただウォード君はこれにかなり慌てており、
「サ、サイラス!? ちょっと待ってよ! 僕は――」
「俺達は強くならねぇといけねぇんだ! そうだろウォード!」
「僕は強くならなくてもいいよぉ! やだよ第三階層なんて!」
「大丈夫だ! 何があってもお前のこたぁ俺が守ってやる!」
「そう言う問題じゃないんだよぉ! 僕は家に帰りたいんだよぉ!」
「ああ! ちゃんと生きて帰ろうぜ!」
「話を聞いてサイラス!?」
とかなり騒いでいた。
まあ結局サイラスの熱に俺もウォード君も押し切られることになり、こうして八人乗りの乗合馬車に皆で乗り込み、仲良くガタゴトと揺られているというわけである。
「そういえばフリッターさん、ランクEになったんだな」
バドの首にかけられたドッグタグを見ながらサイラスがぽつりと呟く。
そう。昨日オークのくず魔石三十五個を冒険者ギルドに渡したところ、バドのランクがGからEまで一気に上がることになり、その日のうちに鉄のドッグタグとは別れを告げることになったのだ。
まあオークがランクDの怪物なので、当然と言えば当然か。パーティランク自体はまだEのままだが、これで皆揃ってランクEだ。
「お揃いだもんねー」
と、彼の隣に座るホシが機嫌良さそうに足をパタパタ揺らすと、バドもこくりと頷き彼女の頭を優しくなでた。
護衛依頼をするつもりがない俺達は、ランクEから上がることはないのだろう。しかしそれでも、馬車に差し込む陽光を反射してキラキラと輝くドッグタグを見るバドの顔は、真顔ながらとても嬉しそうに見えた。
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ごとごとと 揺れに揺られて 秋日和 降りたその地で 既視感を覚え
「貴方様? いかがなさいました?」
魔窟前の停留所で降りた俺達は、魔窟目指して意気揚々と歩き出し――てはいなかった。
魔窟の入り口付近に、華美ではないが品の感じられる造りの馬車が一台止まっており、その近くで騎士数名がなにやらもめていたのだ。
「ハルツハイム侯爵の馬車じゃねぇか」
「今は伯爵ですわ、貴方様」
ぽつりと呟くとスティアに注意される。一瞬どうでもいいじゃんと思ったが、確かに爵位を間違えていると不敬だとかでしょっ引かれるかも知れん。
ハルツハイムは最近降爵されたばかりで、その点については虫の居所が悪そうだから、特に気をつけたほうがいいかも知れない。
しかしこれにはちょっと困った。魔窟に入るには彼らの前を通り過ぎないといけないが、俺達はお尋ね者――じゃなかった。捜索依頼を出されている身だ。
下手をすると感づかれる可能性がある。出来ればあまり近寄りたくはないが、どうしたものか。
「おっさん、どうした? 行くんじゃないのか?」
「いやまあ行くには行くが、アレがなぁ」
「ハルツハイムの騎士達だな。それがどうした?」
不思議そうな顔をするサイラス。だがそれに、ウォード君が慌てた様子で口を挟んだ。
「サ、サイラス。あの人たちは貴族だから、あんまり不用意に近づいちゃ駄目だよ」
「え? そうなのか?」
「そ、そうだよ! 聞いた話だと、目の前を通っただけで不敬罪だ! なんて言われて鞭打ちされることもあるって、僕聞いたことがあるよ!」
「えぇぇ……。そりゃ嘘だろ。そんなわけねぇって」
「それホントー」
サイラスとウォード君が物騒な話をしていると、急にホシがあっけらかんと言い放った。
まるで抑揚の無い平然とした口調だったためか、サイラスとウォード君がぎょっと目をむいてホシを見る。
「鞭打ちは言いすぎですが……平手打ちくらいならあるかも、ですわね。まあそう言うのはろくでもない貴族だけですし、王都の近くにはおりませんわ。ハルツハイム伯爵も由緒正しい貴族ですし、そう言う噂は聞きませんから、そこまで気にしなくても大丈夫ですわよ」
「あ、そ、そうなんですね」
スティアがそう説明すると、ウォード君は彼女の顔見てすぐに頬を赤らめうつむく。反面、サイラスの顔は急に青くなった。
「……俺、かなり前だけど、魔窟に入るときに入り口塞いで話してた騎士にどいてくれって声かけたことあるぞ」
「そのくらいなら問題ないでしょうけれど。ですが次からは言葉に気をつけたほうが宜しいですわ。相手は騎士爵とはいえ曲がりなりにも貴族ですから、相手を間違えると最悪――これですわよ?」
スティアは親指で首をかっ切る仕草をする。おいおい、あんまり驚かせるんじゃない。流石に騎士が平民に対していきなり私刑はねぇよ。
じとりと視線を送ると、彼女は可笑しそうに微笑んでチロリと舌を出す。純朴な青年をからかうのはやめなさい。まったく。
しかしサイラスはそれに気付かなかったようで、急に黙り込んでしまった。
「大丈夫だ、この領にいさえすればそんなことにはならんから」
「……おう」
王国法に照らせばサイラスの行動は全く問題ないものだ。ここハルツハイムなら権力を笠に着た理不尽な私刑にあうこともないだろうし、そう怯える必要はないから。
そんなことよりも、だ。
魔窟に入る前から意気消沈してしまった彼の肩を叩きながら、俺はすったもんだと声を上げている騎士達へと意識を向けた。
「ダミアン! わたくしが行くと言ったら行くのです!」
「いけませんお嬢様! 魔窟は流石に危険過ぎます!」
「オットマー! カリアン! あなた達までなんです! 今日は魔窟に行くと伝えていたでしょう!」
「は、はあ……。流石に冗談かと――」
「そんなわけがないでしょう!? 何を言っているのです!」
よく見ると、騎士達に囲まれて一人の女がなにやら騒いでいるようだ。
だがその女。騎士達はオーソドックスな全身鎧姿だが、そいつの姿は非常にこう何と言うか……そう、この、うん。
なんか、凄く変だ。上手く形容できないが、場違い感が凄い恰好をしていた。
鎧に赤いドレスを無理やりくっつけたような変な格好をし、それ以外に防具はなし。
その煌くプラチナブロンドには、まあ合っているかな? と思わないでもないが、なんだかこれからパーティーにでも行くのかとでも空目してしまうような、何とも言いがたい奇妙奇天烈な格好をしていた。
「なぁにあれぇ」
ホシもそれに気付いたらしい。指を差しながら、尻から空気が漏れたような変な声を出した。そんなもん俺が聞きたいわ。
「ですから――ん?」
ホシが指差している姿が目に映ったのか、騎士の内一人がこちらに気付いて顔を向けた。
その動きで気付いたらしい。向こうの面々が、何だ何だと言うようにこちらを向き始める。
「気付かれたな」
「気付かれましたわねぇ」
「なぁにあれぇ」
こちらと向こうの視線がかち合う。お互い硬直していると、騎士達の間からするりと抜けて、その変な格好の女が前へと出てきた。
その女は初め、こちらにいぶかしむような視線を送っていた。だがすぐに目を見開き、そして笑ったように見えた。
彼女はスタスタと歩みを進め、わたわたと慌てたように後に続く騎士を引きつれこちらへと近づいてくる。
距離が詰まるにつれその装備の様子がよく分かるようになるが、やっぱり変な格好だ。ホシじゃないが、本当になぁにあれぇだ。それ以外に適切な言葉が思いつかない。
さて。こっち来たけどどうすんべ。そう考えている間に、その女はどんどん俺達との距離を詰めて来る。そして俺達の目の前にしゃんと立ち、品良く口を開いた。
「お初にお目にかかります。わたくし、ハルツハイム侯――いえ、伯爵の娘、フィリーネ・エルザ・ハルツハイムと申します。冒険者の方々とお見受け致しますが、いかがでしょうか」
「はぁ、そうですが」
妙ちきりんな格好とは対照的な貴族然とした口調に、つい呆けたような声を出してしまう。が、特にお咎めなどはなく、彼女がわずかに眉を動かしただけだった。
「実はこれから魔窟に入ろうと思っているのです。この騎士達によれば危険だとのことですが、しかしそれも承知の上。魔窟で腕を磨き、研鑽を積みたいと考えているのです」
そりゃ立派な考えですなぁと一応頷いておく。
貴族のご令嬢がなんでそんな無駄な事をするんでしょーか、なんてことは一々突っ込みはしない。深く関わりたくないからだ。面倒なんだもの。
見ると、彼女の背中には一本の槍がある。だがその槍は彼女の身長より頭二つ三つは長く、少なくとも短槍の長さではない。
あんな長さの武器をあの狭い洞窟で振り回せる技量が、果たしてこのお嬢様にはあるのか。
……想像するまでもないだろうな。
「ただ、この騎士達は危険だからの一点張りでそれを許してくれません。そこで、もし宜しければあなた方もわたくしの護衛についていただけませんか? もちろん報酬はお支払い致します」
この申し出には後ろの騎士達が目をむいた。
「お嬢様!? こんな冒険者に何を仰るのです! どこの馬の骨か分からない連中ですよ!? しかもランクEです! 護衛になどなりません!」
「それに護衛を増やせば良いと言う問題ではありません! 入ってはならないのです!」
「うるさいですわね! お父様がよいと言ったのですからよいのです! 文句があるならお父様に言いなさい!」
「む、無茶を仰らないで下さい!」
またもやごちゃごちゃと騒ぎ始めた騎士達。本人が行きたいって言ってるんだから行かせてやればいいのに。
まあ向こうの都合はこの際どうでもいい。こっちとしては、そんな護衛なんて絶対やらないし、頼まれても嫌だ。邪魔だからそこをどいて欲しい。
「勿論報酬は十分出させていただきますわ。それで、いかがです? 受けて下さいますか?」
「はあ、嫌ですが」
「――は?」
なぜか周囲が凍りついた。お嬢様の目も点になっていらっしゃる。
いやそりゃ受けませんよ普通。完全に罠でしょこれ。しかも丸見えの奴。
「もういいですかね? 俺達そろそろ魔窟に入りたいので」
「き、貴様ぁ! お嬢様に向かってその口の利き方はなんだ!」
「カリアン! 少しお黙りなさい!」
「お嬢様、しかし――!」
「黙りなさい!」
騎士のうち一人が俺に食ってかかるも、お嬢様にぴしゃりと言われしぶしぶ黙った。
前々から思っていることなんだが、この「その口の利き方はなんだ!」と言う台詞、貴族って凄く好きだよな。
貴族ってだけで偉いと勘違いしてるみたいだが、そもそも貴族って平民から徴収した物資や税金で食わせてもらってるんだから、関係は対等のはずなんだよな。
ちょっとくらいでそんな目くじら立てないで欲しい。「嫌だよバーカ!」なんて言ってるわけでもないんだし。
「理由をお聞きしたいのだけれど。なぜ嫌なのでしょうか?」
若干頬が引きつっているように見えるが、あくまでもにこやかに対話を続けるお嬢様。だがこれ正直に言ったほうがいいのだろうか?
「なぁにこれぇ」
どうしたもんかと悩んでいると、ホシがお嬢様の鎧? いやドレス? ……何か着てるのを指差して、また変な声を上げた。
ホシの姿は実年齢はともかく、年端も行かない少女のそれだ。もし俺がやったのならまた騎士が騒ぎ立つのだろうが、彼女の場合見咎められることはなかった。
お嬢様も幼い少女に笑いかけるようににっこりと笑いかけると、自慢するように胸を張る。
「ふふふ……お目が高いですね。これはお父様が発注して下さった、ドレスの優美さと鎧の頑健さを併せ持つ最高傑作品! ドレスアーマーです!」
まるで高笑いでもしそうなほど鼻高々なお嬢様。しかし鎧姿にドレスのような優美さを求めることに意味があるのか? 優美さより防御力を求めろよ。
まあ女向けに気を使った鎧や鎧下なども、あるにはある。それをセットでドレスアーマーなんて言うこともあるが……目の前のコレはそれどころじゃなかった。
パーティードレスアーマーだよこれ! アクセサリもつけて準備万端じゃねーか!
これが貴族の道楽って奴か。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
だが俺達の心情などどこ吹く風で、お嬢様はどうだとばかりにその馬鹿みたいな防具を見せびらかすように、その場でくるりと回った。
「美しいでしょう? 女ですもの、いかに武装とはいえ品がなくてはいけません。そこの貴方も折角お綺麗なのに、そんな装備では勿体無いと思いますよ?」
「はぁ……」
スティアも呆れたように返事をする。
そんな装備って。スティアの装備はその馬鹿みたいな装備よりずっと高いと思うぞ。なんせ翼竜の革だからな。そりゃ呆れるわ。
まあ馬鹿さや無意味さに価値を見出すのであれば、その装備は一級品だとは思う。愚者の歴史なんて書物がこの世にあったなら、後世にまで残る偉業になることだろう。
「このドレスアーマーがあれば魔窟の怪物なんて恐るるに足りませんよ。ふふふ、心配されなくても、付いて来て下さるだけでも結構ですよ? いかがです?」
何と言うか、もう呆れ果てた。まるで道化師だ。しかも本人がそうでないと気付いてい無いことがなお悪い。伯爵は一体何を考えてんだ。
その自慢そうな顔が鼻に付きイラッとした俺は、気が付けば、その言葉を漏らしてしまっていた。
「ば~~っかじぇねぇの?」