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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
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10.いざ森へ

 青々とした大空に太陽が嬉々として自身を主張する。今日はそんな気持ちの良い晴天だった。

 この様子なら今日一日は天候が崩れることはないだろう。俺は部屋に差し込んでくる眩しい朝日に目を細めながら、外の様子に目をやった。


 今日は村長からの依頼の件で、朝から森を捜索するつもりだ。

 出発の準備はほぼ終わっている。俺は村長に貸してもらった一室で、最後の一仕事を行っているところだった。


 目の前にある後頭部に(くし)を入れる。その髪はまるで絡むこと無く、最後までするりと(くし)を通した。

 部屋に差し込んできた朝日が銀色の髪を、まるで河川の水面に反射するかのように美しく輝かせる。

 柔らかでクセもないその髪は、目と手の両方で俺を楽しませてくれた。


「うへへへ……」


 ただ、その髪の持ち主が残念なことが本当に残念だ。

 後頭部を晒してだらしの無い声を上げているスティアに、つい苦笑いが出た。


 もういつのことだったか正確に覚えていないが、昔、急にスティアが髪を()かして欲しいと頼んできたことがあった。

 昔から何だのかんだのホシだのの面倒を見ていた俺は、誰かの髪を()かすなんてのも慣れたものだった。

 だから特に拒否する理由もなくそれを了承したのだが、それ以来スティアはちょくちょくこうしてせがんでくるようになったのだ。


 当時、スティアは誰に対しても当たりが強く、俺もその例に漏れなかった。だから最初に頼んできたときの台詞は、衝撃と共に今でも良く覚えている。


「おいっ! ……か、髪を、と、()かしてくれ。ま、まさか嫌だとは言わないだろうな貴様ッ!?」


 これだもの。驚くなというほうが無理だ。まるで脅迫のようだ。


「貴方様、いかがなさいました?」


 少し手が止まってしまったからか、スティアが不思議そうな声をあげる。俺は彼女の声に応じてまた(くし)を入れながら、当時のことを思い出しつつ会話を続けた。


「いや、お前が初めてこう、髪を()かしてくれと頼んできたときのことを思い出してな。あの頃は随分無愛想だったなと」

「えっ!? も、もう、嫌ですわ! どうして今そんなことを……! 忘れて下さいまし!」

「もう慣れたけど、大分変わったよな、話し方とかさ。どうしてなんだ?」

「それは……」

「それは?」

「うふふ。ひ・み・つ。ですわ」

「はぁ……まぁ良いけどさ。はい、終わり」


 なんだかこうしていると、子供達の髪を()かしていた時のことを思い出す。あの頃はやんちゃ盛りのガキ共相手に苦労したものだった。

 昔を懐かしみながら両サイドの髪を編む。それを後ろで他の残りの髪と一緒に一つに束ねると、白い糸での刺繍が施された黒色の長いリボン――これは以前俺が買ってやったもので、スティアは愛用してくれている――でそれをまとめ、ポニーテールの完成だ。


「はいよ」


 ポンと頭に軽く手を置くと、スティアは座っていた椅子から立ち上がり、軽い足取りで近くの窓に歩み寄る。

 窓に映った自分を、角度をちょこちょこと変えてスティアは確認する。そして最後にくるりとこちらを向き、満足そうにふわりと笑った。


 どうやら満足してもらえたようだ。彼女の笑顔に、俺もかるく笑って返した。


 ふと視線を移すと、窓の外でホシとバドがなにやら村の男達に聞き込みをしている様子が見えた。

 朝から出ると言っていたため、魔族らしき犬頭を見たときの状況を確認してくれているのだろう。


「ホシとバドがもう出てるな。待たせるのも悪いから、そろそろ行こう。準備はできてるか?」

「はい、今終わりましたわ」


 そう言うスティアの恰好は、今まとめた髪を除いて昨日とほぼ同じだ。


 動きやすいパンツスタイルにブーツを履き、七分袖のシャツの上に使い込まれた灰色の革鎧を装備している。

 髪を()かしていた間外していた武器も慣れた様子でさっと装備し、腰に二本の短剣と投げナイフをいくつかぶら下げている。最後にウェストポーチを腰に下げ、準備万端と言った様子だ。


 俺はと言えば、胸部を金属で覆った革鎧に鋼のグリーブという姿だ。そこにウエストバッグを腰に吊るすと長剣を腰に帯び、すばやく外套を羽織った。まあいつもの恰好である。


 お互い準備ができたことを見て、行こうとスティアに一声かけてドアノブに手を伸ばす。ドアの向こうの居間には村長と奥さんがテーブルに向かい合わせに座っていたが、俺達の姿を確認すると揃って立ち上がりこちらを向いた。

 俺は二人に目礼しながら、これから調査に向かう旨を告げる。


「これから調査に向かいます。歩き慣れてもいない場所ですし、今日は日が暮れるまでに一旦戻るつもりです」 

「本当にすまないことで、申し訳ない」

「いえ、本当に危険そうでしたらすぐ戻りますから。その場合は冒険者ギルド、最悪国に救援を求めることになりますが、それは構いませんね」

「ええ、私共はそれだけで十分です」


 どうかお気をつけて。そう言いながら二人は頭を下げた。

 スティアの様子をちらりと見ると、やはり顔を合わせるのが嫌なのか少し顔を伏せ気味にしている。

 彼女がこの二人の前だと何も話さないのは、話を振られたくないからだ。

 まあわざわざ無理に話をさせる必要もない。俺は行って来ますと彼らに返し、無言のスティアを伴って家を出た。


 本当に村人が見たのが魔族であれば、単純な魔物のようにはまずいかない。

 俺一人でこの村に来ていたとしたら、対処ができず王国か冒険者ギルドに救援を求める以外できなかった。


 頼りになる仲間がいるというのは本当に心強いものだ。俺達が外に出て行くと、気づいたバドとホシがこちらに手を上げる。

 その姿に、彼らが同行してくれたことを胸の内でひそかに感謝した。



 ------------------



「で、何か分かったか?」

「なーんにも!」

「なんだそりゃ」

「あの飲み物になる薬草のことなら聞けたよ! 森に入ればまだ採れるって!」

「何聞いてるのお前は?」


 駄目だ、全然頼りにならなかった。俺の追求にどこ吹く風のホシ。ついでに満面の笑みも返してよこした。


 どうもホシはあの薬草の茶がいたく気に入ったようで、特に必要のない情報まで聞き込みしていたようだ。

 肝心の犬頭に関しては殆ど情報が無かったらしく、村長に聞いた以上の話は今のところ聞けていないらしい。

 犬頭を見たと言っていた人物のことも聞いてみたが、村のどこかにいるだろうという返事ばかりだそうで、今のところ進展はないとのこと。


「んー……そうか。その、犬頭を見たって言ってた奴には話を聞いておきたいところだなぁ。どの方角で見たのかくらいは聞いておかないと、この森をしらみつぶしに探す羽目になるぞ」

「流石にそれは勘弁願いたいですわね。では、まず見かけた人に話を聞いてみることにいたしましょう」


 まあそうなるわな。スティアの提案に賛同し、俺達はまずその人物を探すことにした。


 村の中は昨日と同じように、男達の姿がちらほら見える。だが、やはり女子供の姿は無かった。

 本来であれば、村人達がのびのびと生活する長閑(のどか)な風景が見られたのだろう。そう考えれば、今の状況は不憫に思えた。


 なんとかしてやりたい気持ちはある。だが、もし反転攻勢に出るために魔王軍の残存勢力が潜伏していた、なんて事になったら、俺達だけで何とかするというのは非常に難しくなってくる。

 状況次第では、この村の放棄も視野に入った。


「ん? どうした、バド」


 不意に肩をつつかれ振り向くと、バドがある方向を指差して何か伝えようとしていた。

 その指が差す方向を見れば、森の方角を見ながら佇んでいる、一人の青年の姿が見えた。

 バドが何を伝えたいのか分からず、俺は首を傾げる。だがスティアが何かに気づいたようで、声を上げた。


「あら、あの方……」

「なんだ、知ってるのか?」

「いえ、わたくし達がこの村に着いた時に見た方じゃありません? ほら、こちらを見たと思ったらどこかに走って行ってしまった方がいましたでしょう?」

「んー、言われてみればそんな事もあったような、無かったような。あいつがそうだって?」

「ええ。あの方にも話を聞いてみませんか? どうも他の村の方と様子が違うような気が致しますし」


 そう言われて改めて彼を見ると、確かに。

 村の男達は、村の中を警備するようにうろうろしているが、彼は森の方向をじっと見ていて動く様子が無い。

 スティアやバドの感じたように、何か知っているかもしれない。それに彼が村長の言っていた、犬頭を見たと言っていた人物である可能性もある。


 ホシを見ると、ふるふると顔を横に振った。ならば聞いてみよう。

 俺達は彼にも話を聞こうと、そちらに足を踏み出した。



 ------------------



 結果として、やはり彼が犬頭を見たという人物で間違いなかった。


 声をかけ、村長からの依頼を受けたことを伝えると、彼はすごく嬉しそうな顔をして勢いよく頭を下げた。

 話を聞くと、どうやら俺達が村に来たときに駆けて行ってしまったのは、村長に冒険者が来たから調査を依頼してくれと頼みに行っていたらしい。

 冒険者ではないのだが、とりあえずそれは置いておこう。

 俺達は彼から詳しい話を聞いてみることにした。


「あれは魔族で間違いない! 俺は本当に見たんだ! 犬の頭した連中が二人で森をうろついているのを! もう思い出すだけでも怖くてっ! ……でも誰も真面目に話を聞いてくれないんだ。村長だけさ、俺の話をちゃんと聞いてくれたのは」


 そう言うと、彼は悔しそうに下を向いてしまった。

 まあ魔王軍を倒したという話があったばかりだし、魔族なんてものが自分達の住んでいる場所の近くにいるなんて、信じたくない、信じられないという気持ちも分かる。


「それで、そいつを見たって言うのは森のどの辺りなんだ?」

「ああ、この先だよ。この先を……そうだな、半日くらい歩いた辺りかな。小さいけど池があるから、獲物が多くていい狩場なんだ。俺が魔族を見たのはその辺りだよ。今思えば、あいつらも水場として使ってるのかも……」


 彼は北の方向を指差しながら俺の質問に答えてくれた。彼の言うことが確かなら、その北の水場の周辺を探せば何か手がかりがありそうだが。

 ともあれまずはそこを目指してみよう。と思ったがその前に。


「分かった、まずはそこを調べてみよう。それで、一応聞いておきたいんだが」

「うん?」

「この森について知っていることがあったら聞いておきたいんだ。今日は、もともと今日中に帰ってこれるくらいの調査しかしないつもりだったから、今聞いたその水場に行ってみようと思うんだが、そこが空振りだった場合、どのくらい捜索に時間がかかるか念のため知っておきたくてな」

「うーん……。かなり広いとしか言えないなぁ。俺も詳しくは分からないんだけど……」


 彼は難しそうな顔をする。予想できたことだが、まあそういう反応になるだろうな。


 この北の森は、王国を横断する大山脈、ゼーベルク山脈に沿って東西に広がっている広大な森の一部で、横長の形をしている王国の、ほぼ西端から東端まで続いている。どれだけ広いかは、そう言えば分かるだろう。

 当てもなく調査するなんて事になれば、どれだけ時間がかかるか分かったもんじゃなかった。


 こちらにも都合というものがある。王都と目と鼻の先であるこの村に長々留まっていたら、追っ手が来たならあっという間に見つかってしまうだろう。

 出奔したと思ったら、こんな村で何をしていたんだ。そう白い目を向けてくるアウグストの顔が想像できてしまい、軽く頭を振ってその顔をかき消した。


「えーっ。早く終わる方法ないかなぁ?」

「他に魔物が集まりやすい場所が分かれば、早く終わるかもしれませんわね。闇雲に探すよりはずっと良いと思いますわ」

「ねぇ! そういうところある!?」


 ホシに詰め寄られた彼は、少し考える素振りを見せてから、何かを思い出したように話を始めた。


「狩場ならまぁ、ここから北西の方向にもあるよ。ちょっと遠いから北の水場ほどは行かないけど、そっちも割と獲物が多いかな。たぶん実のなる木が多いからだと思うよ。あとは……そうそう、俺は行ったことないんだけど、さっき話した水場のさらに北東の方に、大きな沼があるらしいよ。ただ魔物がかなり多いし遠くて危険だから、随分前に行かなくなったって村の連中が言ってた。後はちょっと俺には分からないかなぁ」


 北西の狩場はこれから行っても着くのが昼過ぎになってしまうそうで、彼らも向かう場合は、日の出と共に出るようにしているそうだ。

 また北東の沼に関しては、片道三日はかかる距離らしい。


 以前雨季に雨があまり降らなかったせいか、村の近くで狩れなくなってしまったことがあったそうだ。

 それで他の狩場を駄目もとで探索していたところ偶然見つけたらしいのだが、村からは遠すぎるし魔物が多くて危険なため、今は全く行っていないとのこと。


 もう十年も前の話だそうだから、今その沼がどんな状況になっているか、把握している人間は一人もいないのだそうだ。


 他にこの森の生態系を聞いたところ、基本的に動物が多く、近場だと魔物はホーンラビットなどの、そう危険が無い魔物ばかりだそうだ。

 しかし奥に行くとビッグホーン――二メートルほどの鹿の魔物だ――やフォレストウルフなどが出ることもあるとのこと。

 ただ、彼自身は実際にそこまで奥へ踏み込んだ事が無く、それ以上のことは分からないと申し訳なさそうに言っていた。


 聞きたかった情報はこんなところだろうか。とりあえず北の水場が日帰りできそうなので、まずはそこに行ってみるとしよう。


 彼のおかげで話がまとまった。礼を言うと、彼のほうもお願いしますとまた頭を下げて、そして村の方へと歩いて行った。


「それじゃまずは近くの水場へ行ってみて、手がかりが無いか探してみるとするか」

「はい、それでは参りましょう」

「行こう行こうー!」


 さて、犬頭の人間とは一体何なのか。魔族か、それとも別の何かなのだろうか。

 悪い話じゃなければいいが。嫌な予感を覚えつつ、俺達はまず北の水場へと森に足を踏み入れた。

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