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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
序章 英雄譚の終わりに
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1.師団長、出奔する

一話当たり五千文字を目安にまとめています。

ただ、二千文字程度前後することもあります。

ご容赦ください。

 日が大地の向こうに消えてから、もう五時間ほどが経つ。

 誰に気づかれることもなく、今日と言う日が静かに終わろうとしていた。


 大通りに等間隔で設置された街灯が、周囲をぼんやりと照らす。

 しかしもう深夜も近い。

 魔石に蓄えられた魔力が尽き始めたらしく、中にはチカチカと瞬いているものもあった。


 普段なら、皆家で夢路を辿っている頃合いで、こんな夜中に街灯が消え始めたところで何の問題もないはずだった。

 ところが今の王都は、そんな日常とは明らかに異なる様子を見せていた。


 酒場と言う酒場は例外なく、どこもかしこも賑いを増している。そのせいで店員達は、連日嬉しい悲鳴をあげ続けていた。

 今日もまたこんな時間だと言うのに酒場は大層賑わっていて、賑やかな声と共に漏れる店内の明かりが、うす暗い大通りを明るく照らし続けていた。


 酒場から聞こえる歓喜の声に恨めしそうな視線を向けながら、巡回中の兵士が街灯へと近づく。

 彼がポールに手を当てると魔石に魔力が供給され、瞬く光はすぐにまた、ぼんやりと明るく灯り始めた。


 それを確認した兵士は、また恨めしそうな視線を一つ酒場に向けると、(あきら)めたように肩を落として、トボトボとその場を立ち去っていく。

 そんな様子を遠目で見て思う。本来ならば自分も、酒場にいる大衆の内の一人だったのだろう、と。


 そんなことを想像しながら漏れ聞こえてくる明るい声に背を向け、俺は裏路地へするりと入る。

 痛んだ石畳に暗く狭い路地は、普段であれば絶対に選ばない道だ。だが俺にとってはそれが今、非常に都合が良かった。


 大通りから届くわずかな明かりを頼りに、荒れた道を足早に急ぐ。

 人の気配はなく静かなものだ。


 ただ一つ問題点をあげるなら、どこからか臭う独特の刺激臭が何ともしがたい。酒場が繁盛しているため、特に臭うのだろう。

 たまらず外套で鼻を覆う。だがそれでも鼻を刺激する異臭に、こんな所で用を足すなと無駄な悪態をつきながら、袖も追加で押し当てた。


 外套のフードを目深にかぶって顔を隠し、さらに臭いを我慢してまで裏路地を歩く姿は、衛兵に見つかったなら、不審に思われること請け合いだろう。

 しかし最近、酔っ払いが騒ぐことも多く、兵の配備は大通りに集中させている。

 何より今日この道が巡回ルートに含まれてないことを、俺はよく知っていた。


 すれ違う者もいるにはいる。だが皆赤い顔をしてふらふらと千鳥足で歩きながら、街の大通りへと消えて行くだけだ。


 たった今すれ違った一人の男も例に漏れず、怪しいろれつで何か喚きながら、ふらふらと歩いて行ってしまった。

 こちらを気にする様子もない。きっと明日になれば、怪しげな男とすれ違ったことなど忘れているだろう。


 彼の背中が遠くなって行く姿をなんとなしに見ていたが、一抹の寂しさを感じたことにばつの悪い思いをした俺は、気を取り直してまた足を踏み出した。


 城下町の中央に位置する王城ファーレンベルク。その雄姿から遠ざかるにつれ、もともと殆ど無かった人の姿はさらに見なくなっていく。

 商業区から大分遠ざかった今では、もう自分の靴音が静寂に響くのみだ。


 人の目を避けるために、こんな暗く補修もされていない道を歩いているのには理由がある。急がなければならない理由も、またある。

 それでも、この石畳をもう踏むことが無いのだろうと思うと、どうしても淡い寂寥感を覚えてしまった。


 急がなければいけない気持ちに反して、徐々に歩調が緩んでしまう。

 自分を咎める気持ちも湧いた。

 だが結局、見納めだと都合のいい言い訳で自分を納得させた俺は、緩んだ歩調そのままに、路地を一人歩き出した。


 この国に世話になってから早四年が経つ。

 現世(うつしよ)は夢想よりも奇縁あり、という言葉があるそうだが、この国と縁ができたきっかけが、俺の場合まさにそれだった。


 子供の頃なら、多くの者が夢を見るだろう。

 何の力もない平民が、ひょんなことからこの国のやんごとなき人物と知り合い、その才能を見出され騎士になることになった、あるいは仕官することになった、などという話を。


 だが俺の場合はそれ以上の与太話で、その時の話を口にしたところで、とんでもない法螺吹きだと、きっと失笑を買うことだろう。

 

 山賊として王子を襲ったら、返り討ちに遭った挙句スカウトされた、なんてことは。


 随分昔のことだというのに、あの時のことを思い出すとつい薄笑いが出てしてしまう。

 馬鹿げた話だと、今でもそう思う。

 山賊なんて卑しい身分の人間に、やんごとなき身分の人間が頭を下げて言うのだ。

 貴方の力が必要だ。どうか私に貸してくれないだろうか、などと。


 全く予想していなかった言葉に、こいつは何を言っているんだと、その時の俺の頭にはそんな言葉しか出てこなかった。

 知らずとはいえ、一国の王子を不意打ちで襲撃したのだ。(さら)し首にされても文句は言えない立場だ。

 だとというのに、この状況はなんだ、と。


 わけもわからず生返事をしてしまったが、それを肯定と捉えられたらしい。王子ははっと顔を上げ、嬉しそうに笑ったのだ。


 きっと、その笑顔にあてられてしまったのだろう。


 最初は自分達の助命嘆願のため。それためだけに働いていたはずだった。

 山賊の(かしら)としての責務もある俺は、命あっての物種だと、王国の事情には深入りするつもりはなかった。

 その場その場で適当に、仕事をこなせばいいと思っていた。


 だというのにどうだろう。気づいたときにはこの国のため――いや、王子の力となるためと、いつしか疑問を抱くことなく働くようになっていた。


 たかが山賊が何の役に立つかと当初は自嘲もした。しかし思いのほか功績を上げることができたらしく、次第に部下もでき、立場も上がることになった。


 俺達の働きが認められたと思い調子に乗ってしまい、さらに自分ができることに微力を尽くした。

 いつしか、持てる力を出し尽くし、期待された役割を全うしようと奔走している自分がいた。この王国にとって俺達の存在は必要とされているのだと、そう信じ込んでいた。


 しかし……現実はそううまくは行かなかった。


 俺は元山賊だ。良く思わない者がいるのも当然のこと。

 どんなに働きどんなに成果を出そうとも、俺を(さげす)む者達は数を減らすことはなかった。

 それどころか成果を(ねた)む者もそこに加わり、隔意と悪意が際限なく膨れ上がることになってしまった。


 仕方の無いことだとは思う。しかし自分のことであればまだ我慢もできるが、その矛先が関係の無い部下らに向くようになると、腹に据えかねることも多くなってしまった。


 結局どうにもならなかったその隔たりは、王都凱旋(がいせん)後に行われた会議によって、決定的な事態を引き起こすことになってしまう。

 その際の王子の顔は、俺の頭に未だにちらついたままだった。


 誠心誠意働けば報われるなんて、浅はかなことは思っていないつもりではいた。

 だけれども。

 今回の事態が(こた)えてしまったことはどうにも、否定しようが無い事実だった。

 

 思わずついたため息に、意識が目の前に戻ってくる。

 いつの間にか(うつむ)いていたようで、自分の視界につま先が映りこんでいることにやっと気づいた。


 顔をぐいと上げると、俺の視界の大半を灰色の石壁が塞いだ。城下町をぐるりと囲む城壁がすぐ近くまで迫っているのだ。

 目的の正門はもう、目と鼻の先だった。


 俺は自分が歩いてきた道を一回だけ振り返り、目に焼き付けるようにしばし眺める。

 そして無言のままそれらに背を向け、正門への道に足を向けた。



 ------------------



「あー……眠ぃ……」

「おい、そんなところ団長にでも見られたら大目玉だぞ」

「大丈夫だって、誰も見てねぇよ。明日パレードだってんで皆浮かれて酒飲んでるさ。まったく、俺だって酒飲んで騒ぎてぇよ」


 正門に配置されている一人の兵士が、そんなことを愚痴りながら大あくびをしている。


 あいつらは第二師団の下っ端だろう。確かに今日に限って夜勤というのは運が悪かったなと同情はする。

 しかし明日のパレードに参加するどころか、見ることすらできない王城勤務組よりはマシだろうにとも思う。


 ともかく、それはそれ、これはこれだ。

 本来なら彼らの団長に告げ口をしてやるところだが、今はそんなことをしている場合ではない。


 俺はわざと足音を立てながらゆっくりと彼らに近づく。すると彼らもこちらに気づいたようで、「(たる)んでいませんよ!」とでも言いたげな様子で姿勢を正し、規律正しい衛兵の面構えへと変貌(へんぼう)した。


 流石にこんな目の前で取り繕われても誤魔化すのには無理があるだろう。

 鼻からフッと息が漏れた。


「そこを通して貰いたいんだが、いいだろうか」


 不自然にならないよう苦笑を噛み殺しながら言うと、兵士達はいぶかしげな顔をしてこちらを見た。


「明日何があるか分かって言っているのか?」

「ああ。凱旋(がいせん)パレードがあるのは知ってるよ」


 俺がそう言えば、衛兵達は顔を見合わせた。


「どんな理由があるのかは知らないが、見ていかないなんて勿体無い話だと思うぞ? もうこんな機会、生きている間には絶対無いだろうからな。それに魔王を倒したと言っても夜は危険だ。死にたくなければ一人で出歩くのは止めておいたほうがいいぞ?」

「パレードが終われば王都から出る人間も出てくるはずだ。それに便乗するのが賢明だろう。考え直した方がいい」


 おお、あんな大あくびをかましていた割に随分親切な男達だな。流石は第二師団所属の兵士だと、ちょっと感心した。


「ああ、大丈夫だ。問題ない」


 こちらを心配する彼らに、俺はかぶっていたフードをちょいと上げて見せる。

 彼らは俺の顔を直視し、そして目を見開く。その表情を見た俺は、またフードを目深にかぶり直した。


「所用で出ることになったんでな。ああ、俺が今日王都を発ったことは黙っていてくれるか? もちろん第二師団の団長にも、だ」

「いえ……。流石に不味いですよ、それは。なぁ?」

「ああ、不味い。団長に怒られちまいますよ」


 俺の頼みに彼らは渋い顔を見せる。流石に駄目か。報連相は基本だから、まあ無理もない。

 報告されたなら、されたで諦めよう。だが、とは言え交渉するだけならタダだ。

 もう一度駄目元で”強請って(たのんで)”みるとしよう。

 

「黙っていてくれたらその礼に、大あくびをかまして愚痴を吐いていたのをジェナスの奴に黙っていてやろうと思うが……どうだ? ん?」

「えっ!? あ、いやっ、それはその――っ!」


 第二師団の団長は非常に堅物だ。任務中にだらけていたなんてことが彼女に知られれば罰を免れないことを、俺はよぉーく知っていた。


 目の前の兵士達も俺と同じように考えているのだろう。面白いくらいにわたわたと焦っている。

 俺はそんな彼らを返事を待たずに素通りすると、正門をくぐりながら左手を軽く上げた。

 はは、後は頼んだぞ若人達よ。


 無事に意味が伝わったのか、後ろから「お前のせいだぞ」なんて口論が聞こえたが、もう俺の知ったことではない。

 俺は振り返らずにそのまま正門を抜けると、一人王都を後にした。

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