9.ミッション②ー銀行へ行こうー
バイト先で今月も貰った茶色い封筒。家に帰ってからこれからどうしようと悩む。
今までは本棚の分厚い本のページの隙間に入れていたが、限界がある。むしろ今までよく見つからなかったと思うべしだ。他の所は彼女たちが掃除してくれているため見つかる可能性大だ。
ここまでがんばって、稼いだお金を没収されたらばかばかしい。かといってこの家で他に隠せそうな所なんて思いつかないし・・・。
「じゃあ銀行に持って行けばいいんじゃない?」
次に学校に行ったときに2人に相談したらラリアンから事も無げに言われた。
「え?銀行?」
「ああ、平民たちが利用しているって聞いたことがあるかもしれないわ。それのこと?」
「そう。平民の中でも裕福な家庭とか店をやっている人なんかが特に利用しているわ。そこで口座を作ればいいんじゃない?」
昼食を食べながら話す。周りがガヤガヤとうるさかったため頭を突き合わせてようやく聞こえるくらいだ。
彼女曰く、自分の名前で口座を開設すれば好きな時にお金を入れて、出すことが出来るし、大きな買い物をする時は定期的にお金を返せるなら貸してもらうこともできるらしい。父の書斎にある金庫と同じようなものだと思えばいいのか。
大きな町に1つくらいの割合でその銀行はあり、どこも日曜日は休みらしい。
「今度一緒に行こうか?土曜日ならバイトの後すぐ行けば間に合うと思うよ。」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。そもそもどこにあるかさえも知らないし。」
「マリのバイト先に近いよ。道2つ挟んで向こう側だから。」
ありがたい情報源と付き合ってくれる彼女に心の中で手をすり合わせた。
「お疲れ様でしたー!お先に失礼します。」
バイトが終わり、急いで外に出る。動き回っていたから夏が過ぎ朝晩のやや冷たくなってきた風で体が冷やされる。普段は涼しいと思うのだが、こうして汗が冷えると鳥肌が立ちそうだ。
店の裏口でまってくれていたララと一緒に歩いて銀行へ行く。事前に迎えの馬車には遅くなることを伝えてある。
「お待たせ。」
「んーん。さっき来た所。時間通りだね。」
「急いで出てきたからね。」
「いつも思うけど、馬丁は親にここに行っていた、とか、バイトしているとか報告しないの?」
「うーん。親が何も言って来ないところをみるに報告してないんじゃないかな?元々口の堅い人だし私の思いを察してくれている部分はあるから。」
バイトしていることを知られたならば罵声を浴びせられるどころかきっと殴られたり外出禁止になると思う。貴族の子供が親の手伝いでもない仕事だなんて普通はしない。家の貧乏さをアピールしているようなものであり、恥さらしだと思われることだから知り合いから親や兄の耳に入るといけないため大っぴらにはしないでいる。
馬車が決まった曜日や決まった時間にいなくなるのも気付いているのかもしれないが、それに関して何かを言われたことはない。まあ私とあまり関わりたくなさそうだし、お互い顔を見ない方が穏やかに済んでいいからそのまま放っておいているが。
喋りながらゆっくり歩いていたつもりだが、道2つ向こうというだけあってすぐに着いてしまった。
周りの建物以上に頑丈そうな大きな建物。いろんな人が出入りしていた。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
「この子の口座を作りたいんですけど。」
「かしこまりました。ではこちらの用紙の必要事項を記入していただいてから再度こちらまでお持ちください。」
外とは打って変わって静かな空間で渡された紙とペンを手に、小さなテーブルの上でここ、と示された場所を書いていく。
「ねえ、これ住所書いて家に何か届いたらばれるよね。」
「そうだねえ。じゃあ、取り合えずは私の家にしとく?家を借りるなり買うなりしてそこに住むようになったら変更すればいいから。」
「ありがとう~!助かる~。」
書いた紙を出したらしばらくして通帳を渡された。
「お待たせしました。では今後お金を振り込むときや下ろすときは必ずこの通帳をご持参ください。」
終始丁寧で落ち着いていた店員さんににっこりと微笑まれ、お礼を伝えてから見送られながら帰路についた。
「これで安心ね。」
「うん。ありがとう。来週今までのお給料振り込んでおくよ。」
隠し金庫の代わりを果たせる場所を見つけれて満足だ。
ここしばらくの悩みが解消されてすっきりした。
銀行を出たときには夕日で町が紅く染まり、夜のとばりが迫ってきていた。
もと来た道を戻ると、いつも迎えに来る場所にすでに我が家の馬車が到着していた。付き合ってくれたラリアンを送っていこうとしたが、他に寄る所があるからと言われたためそこで別れた。
「じゃあ、また学校で!」
「今日はありがとう!またね!」
お互い手を振りながら別れた後、馬車の方を向く。
ラリアンと一緒にいたことで馬丁は少し訝し気な表情をしていたように見えたが、すぐに元の無表情に戻ってしまった。
一週間後、4か月分の給料を手にバイト帰り銀行に寄る。
前回とは違う女性が優しく説明してくれた。振り込まれた金額が書かれた通帳を見てほっと一安心する。大した額ではないが塵も積もれば、である。
後は通帳を隠し通すのみ。これからは給料をもらったらその足で銀行に行けばいいしちょっと楽になりそう。このままいくといくら貯まるのかわくわくする。
馬車の中でニマニマと笑いながら通帳の数字をまた見ていた。
週の半ば、頼まれていたクラスの提出物を休み時間に職員室へ持って行き、1人教室へ戻っていた。人はまばら。教室はさらに向こうにあるからだからだろう。
「マリアーナ。」
ふと聞き覚えのある少し低めの声に呼ばれ、後ろを振り返るとシュナイザーがこっちに向かって歩いていた。
「ちょっといいか?」
「・・・なんでしょう?」
学校の中ではほとんど話しかけてこないが珍しく彼の方から声をかけてきた。
目で先を促すように合図すると続きを話し出した。
「悪いが・・・来月は定例のお茶会に行けそうにない。その後も・・・今はまだ分からない。取り敢えず落ち着いたら手紙を出す。」
「はあ・・・そうですか。分かりました。」
何かの教科書を持っていた彼は急いでいるのか言いたいことだけ言って私を追い越して早歩きで去っていった。
(別にそのまま無くなってくれた方がいいんだけど・・・)
後ろ姿を見送りながら密かに思う。
と、今度は女性に声をかけられる。
「まあ、マリアーナさんこんにちは。お二人の仲は相変わらずですね。私の方が仲が良いんですよ。ふふ。来月も一緒に出掛ける予定でぇ。本当だったらマリアーナさんと会う予定の日らしいんですけど、私の方が大事だからって予定を変更してくれたんですぅ。ああ、素敵な人ですね~。」
私に対して侮蔑したような光が宿る目で見て、彼のことを話すときは目が輝いている。
盛大なため息をつき、何が言いたいの?とイライラを隠しもしないで彼女の目線に合わせると
「私との方がお似合いだしぃ、彼も私のことが好きみたいだからぁ・・・貰っちゃいますね?」
最後の一言だけトーンを下げ、小さな声で告げられた。横に並んだレベッカは腰を曲げて下から私の顔をのぞくように見上げ、挑戦的な色を宿した目と共にクスクスと笑いながら去っていった。
シュナイザーが曲がっていった先へ、彼女も追いかけるようにして。
「シュナイザー様~!待ってください~!」
と遠くから叫んでいる声だけが聞こえた。
痛み出したこめかみをぐりぐりとマッサージする。
(そんな奴欲しいならいくらでもくれてやるわ!)
と令嬢らしからぬ吐き捨てを寸でで止めた自分を誰か褒めて欲しい。
このイライラを忘れられるバイトの時間が早く来ないかと待ち遠しかった――。
余談ですが、シュナイザーはレベッカと会うためにマリアーナに会えないのではなく家の仕事の手伝い上です。が、マリアーナは知らないし知るつもりもないのでレベッカの話をまるっと信じてます。