7.婚約者からのお誘い
今日は嫌な日。
夏休みもあと数日という今日、定例の婚約者と会う日なのだ。いつもはお茶だけ飲む程度だが、今回は演劇を見に行くなんて言い出した。
ちょっと興味のあった演劇だけど奴と一緒というのが気にくわない。せっかくの楽しみが台無しだ。彼とは1分でも1秒でも早く別れたかったのに。
朝からメイドたちにおめかしされ、ついに迎えが来たと伝えに来た。
行きたくなくてゆっくり歩いて行ったら馬車の乗り口の前で腕を組んで待っていた。大分じらしてしまったかな?
「やっと来たか。のろまだな。早く行くぞ。」
相変わらずいちいちイラつかせてくれる人だ。
ムッと表情に出たのだろう。鼻で笑われ気分は急降下。
馬車に乗り込むのに手を差し出されたためしぶしぶ置いた。
馬車の中はだんまりを決め込むのかと思えば意外と喋って来た。
「最近よく出かけていると聞いたぞ。どこに行っているんだ。」
「いつからだ。変なことに巻き込まれてないだろうな。」
「誰といるんだ。婚約者がいることは知っているのか?」
「おじ様とおば様が心配していたぞ。家族に何も言っていないのか。」
内容はほぼ尋問だった。
今日私が外に出たときはすでに馬車の所にいたが、その前に両親に挨拶をしているはずだからその時に聞いたのだろう。あの人たちも心配なんてしてないくせに余計なことを。しかも男性と会っていると思っているような口調だ。あんたが言うな、と言い返したくなる。
私のことが嫌いなら何を聞こうと放っておいてくれたらいいのに、どうしたというのだ。
いつもと違う彼に戸惑う。かといって今まで積み重なって来た負の感情は変わらない。
返事するのも億劫で走り去る街の景色を見ながら深く息をついた。
馬車の中の重い空気に耐えながら、しばらくして着いたのは国立演技場。客は全て貴族・準貴族。キャストは身分も特別悪いということはなく、何より国一番に人気のある学芸団が努めている。ときどき外国からも表現力豊かで歌の上手い歌劇団がここに来ることがある。
今日は若い人が多い。まだ夏休み中だしこの題目だからだろう。演劇の内容によってはマダムたちばかり、という時もあるそうだ。
席に座りしばらくしてから始まったストーリーは恋愛もの。
幼いころ共に過ごした想い合う男女が国の情勢が悪くなり、元々派閥が違うものだから別れざるをえなかった。離れ離れになった2人は、国王が交替し、情勢が落ち着いたため避難先から自国へ戻った際に再開する。様々な困難を乗り越え、ようやく結婚し幸せな生活を築き上げたというもの。
王道な話ではあるが、どんな困難にも諦めず手を伸ばし続けた2人に憧れる若い世代から人気があった。
そんなせつなくも甘いストーリーを彼が知っているとは思えないし、何よりこれを見ようとチケットを買ったのも驚きだ。
「どうだった?」
「ええ、とてもよかったわ。あなたは楽しめなかったんじゃない?」
「それはよかった。・・・別に楽しめてないわけじゃないが、まあ、普段なら見ないな。」
「無理しなくていいのに。」
「こういう話が今人気があると聞いて、ちょうどチケットを買っ・・・貰ったから連れてきただけだ。」
私のことを考えてました、と遠回しに言われ、何か変なものでも食べたんじゃないかとまじまじと顔を見つめる。すると恥ずかしいのか泳いでいた目がついと他所を向いた。
今までの月1のお茶会は強制されたようなもので、会話らしい会話もせず、お茶だけ飲んで早々に解散していたため、互いの趣味なんて未だに知らない。
だから、私が観劇したかったことなんて知らなかったと思うから、本当にただチケットを貰って、お茶会で会う予定があるならどうせ、というつもりだったんだろう。
今まで会話がなかったことがここに来てすれ違いを生んでいることを気づくことはなかった。
その後喫茶店で旬の果物を使ったケーキを食べ、自宅に戻る。
「これ、誕生日プレゼント。来月だろ。渡しとく。」
「え?ああ・・・ありがと。」
馬車を降りようとしたら引き留められ、綺麗にラッピングされた箱とペンステモンとカスミソウの花束を渡された。
花束を見て、わあ綺麗と思ったのも束の間。束になったカスミソウは独特の臭みがあって笑顔も固まる。間近で嗅いでしまったためしばらく鼻につきそうだ。
「じゃあ・・・」
「ええ。では、ごきげんよう。」
片手に花とプレゼントを抱え、片手でカーテシーをする。頭を下げたときに風が吹き、銀が口元に張り付いた。
頭を上げるとちょうど馬車が動き出した所で、口元に張り付いた髪を払い、すぐに自室に戻った。
「これが今年の誕生日プレゼントですか?とても素敵ですね。」
「ええ。良い趣味しているわ。」
自室に戻ってから箱を開けると、その中にはアパタイトを使ったネックレスとイヤリングがセットで入っていた。
少し濃いめの青と水色を混ぜたような色のネックレス。
スカイブルーで透き通った輝きがあるイヤリング。
メイドと眺めた後はアクセサリー用のボックスへ片付けてもらった。
舞踏会になればこれを付けていくことになるだろう。まあ、貴族生活も学生の間だけだと思うと必要性を感じないが。
(これ、売ったらいくらになるかしら?)
今後のことを考えるとお金がたくさんいるだろうから少しは足しになるといいな、と思ったつもりが――
「いや、婚約者から頂いた物を売らないでくださいね?さすがに嫌いな相手からといえどそれは失礼だと思います。」
声に出ていたようだ。普段は私の味方になってくれる彼女もさすがに非難した目をしていた。
まだメイドには家を出ようとしていることを話しておらず、今はまだその時ではないため、ちょっと思っただけよと宥めすかして疑いながらも渋々といった体で部屋から出ていった彼女を見送り、ため息をついた。