5.ミッション①ー目利き指導ー
子爵家の馬車を降り、馬丁に礼を言う。
衣類や化粧品などを入れた鞄を持ち、ベストラン伯爵家の厳かな門をくぐった。
「ようこそ、お待ちしておりました、オルトラン嬢。お部屋へご案内いたします。」
玄関には執事とメイドが構えており、メイドに荷物を渡す。
「今年もお世話になります。」
客間に案内され、被っていた帽子を取る。先にベストラン夫妻に挨拶を、と思ったが、今は外出しており、夕方戻る予定だと聞く。
ラリアンもつい先刻到着し、今はトルティーナの部屋にいると聞いて案内してもらった。
「いらっしゃい。待ってたわよ。・・・あら、素敵なドレスね。」
「夏らしくて涼しげで良いね。」
膝下までの長さのドレスは柔らかな色合いの青。
ラリアンは黄色味がかったベージュ色でトルティーナは白色のドレス。この白のドレス、水色のリボンが入っていて、清楚さと可憐さが兼ね備わり特に素敵だと思った。
「ああ、2人ともいらっしゃい。昼間に挨拶できなくてすまなかったね。」
「来てくれるのを楽しみにしていたのよ。滞在中はゆっくりしてらしてね。」
晩餐時に顔を合わせた伯爵夫妻に2人で挨拶をする。夏休みに訪れるのはかれこれ3回目だ。礼儀に厳しい伯爵とたおやかで物静かな夫人は初めから私たちに丁寧に接してくれていた。成り上がりと陰で言われているラリアンにも下げた目はせず、1人の令嬢として扱っていた。
毎度驚かされる豪勢な食事――トルティーナ曰く普段はもっと質素らしい――を食べた後は入浴を済ませトルティーナの部屋に集まる。
「明日は朝市に行くから早めに寝た方がいいよね。」
この別荘から少し山側へ行ったところで朝市が開かれているらしい。
主にここで摂れた新鮮な野菜だが、燻製にした肉や魚、日用品なんかも出店で売られているらしい。
平民となるなら買い物も自分でしないといけない。が、まずは相場の値段や鮮度の良いものの見分け方などを学ぶ必要がある、とここに滞在中に行くことが決定していた。
いつの間にか『マリアーナ自立応援隊』(俗称)が立ち上がっていたらしい。もちろん会員はここにいる2人だ。そしてその名の通り、2年後に向けて何が必要か、いつ何をするかを一緒に計画立ててくれていた。朝市への訪問はその計画の中の1つだ。
翌朝早く着替えた私たちは朝食も取らずに町に出た。
近くまで馬車で送ってもらい、そこからは徒歩だ。朝市に近づけば近づくほど人が多くなってきた。側に護衛がいると目立つため、少し離れた所から付いてきてもらっている。2人と離れない様に必死について回った。
「いらっしゃい!全部採れたてだよ!」
「ジャンさんじゃないかい!おたくの好きなもの仕入れてるよ。見ていかないかい?」
「これもうちょっと安くなりませんか?」
「姉ちゃん若いけどしっかりしてるねー。可愛いお嬢さんにはほれ、おまけしとくよ。」
そこかしこにぎやかに会話している。店員とお客の距離感が近いが誰も気にしていないところを見ると元々そんな感じなんだろう。
貴族と言えばよっぽど仲の良い人でなければそれなりの距離感があるが彼らは違うようだ。
お淑やかさなんて感じられない闊達としたしゃべりで活気もある。知らなかった世界に目が輝く。
「マリ、まずはあそこの店を見てみよう。」
案内されたのは野菜や果物が並ぶ店。
「大体旬のものがならんでいるわ。まずは見た目ね。例えばこのナス。黒く艶があるでしょう?表面がしわしわになっているのは古くなってきている物だから買っちゃだめよ。あとは持った時にずっしりとした重みがあるものが良いわね。」
「しわしわだと食べれないの?」
「食べれるわよ。でもお金を出すんだから良い物買わないと損じゃない。しわしわってことは水分がなくなってきてるからね、味も落ちるわよ。」
ラリアンの講義が始まった。店員さんは他のお客さんの相手をしている。
その後もキュウリや人参、トマトと並んでいる物の順を追って説明してくれていた。値段も旬の時期は安くなること、大体の相場まで。
「いらっしゃい、嬢ちゃんたち。若いのにしっかりしてるね。どうだい?うちの野菜は良い物ばかりだろう。」
「うん、どれも瑞々しくて美味しそう。おばちゃん、このトウモロコシ白いね?黄色いのと味は違うの?」
接客が終わった店員がこっちに来た。熱心に野菜を見ていた私たちに笑いかける。
ラリアンが気になったトウモロコシは、普通は黄色い粒だが、すべての粒が白く、葉は少し薄い緑色をしていた。
「おお、お目が高いね。それは最近品種改良されたやつでね。黄色いのより甘みが強いんだ。どら、ちょっと待ってな。」
奥にすっこんでいったと思ったらすぐに戻ってきた。手にはさっきの白いトウモロコシを細く輪切りにしたものが皿の上にあった。
「ちょっと味見するかい?湯がいたやつだからそのままで食べれるよ?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
どうやら自分の朝食用に持ってきたものを分けてくれたらしい。朝早く、途中でお腹が空くから客足の引いたときに食べるつもりだったらしい。
「ん――!甘い!これならいくらでも食べれるね。」
「うん。これ買って行こうかな。」
トルティーナがそのトウモロコシを5本購入する。
「1本おまけしといたよ。皆で食べな。」
「わーい。ありがとうございます!」
優しいおばちゃんがおまけをくれた。私たちが美味しいと言って食べている間になんだなんだと人が取り囲んでいたが、おばちゃんとのやり取りを聞いて何人かはここで買うことに決めたようだ。
「優しいおばちゃんだったね。これも美味しいし。」
「うん。でも多少思惑はあったと思うよ?」
どういうことだろうとはてなを頭に浮かべ首をかしげる。
「私たちが美味しいと言って購入したことでお客さん入ってきてたでしょ?ああやって他の人たちに見せることで客を寄せてたのよ。」
へえーと感心していた。平民の商売魂はすごい。
人波に沿って歩き、店を見て回っていたが、いい匂いがして空腹を思い出す。お腹すいたね、と串焼きの店の前に並び、それを少し歩いた先にある広場で椅子に腰かけ食べた。ちょっと固いが甘辛いたれで、お腹が空いていたこともあり、パクパク食べていた。
「結構歩いたね。少し疲れちゃった。」
「ありがとね、いろいろ教えてくれて。」
「まだまだよ。これから他にも学ばなきゃいけないことあるんだから。今日は朝市だったけど普通に店でも売ってるし。まあ、より新鮮なものが欲しいなら朝市の方が採れたてだからいいかな。値段は様々ね。安い時もあれば高い時もあるし。」
商団を抱えているだけあって彼女は物知りだ。
トルティーナまで付き合わせてしまって申し訳なかったが、いい勉強になったとにこやかだった。
「日も高くなってきたから帰りましょ。これも届けないとね?」
その日購入してくれたトウモロコシはすぐに厨房に届けられ、サラダや冷製スープとなり私たちの胃袋に収まれたのだった。