38.同居人交替!?
次の日にはすっかり熱も下がり、食欲も出てきた。
急に休んですまなかったとみんなに謝罪すると、むしろもう出て来て大丈夫なのかと心配された。
みんなの、私が言う大丈夫が信じられないとでも言いたそうな表情に苦笑いしながらいつも通り仕事にとりかかった。
そうして仕事に奔走し、昼間ですら涼しいと思うようになった頃の夜、寝る前にエイミから話があった。
「来月の結婚に合わせてこの部屋を出ようと思うの。」
実は、兼ねてより付き合っている人がいた彼女は20歳になるまでに結婚したいと思っていた。
相手はこの町の学校で教鞭に立つ人で、この店の常連客でもあった。
「彼のいる町に行くの?」
マッケナとは違う町からここまで通っていることを聞いていたため、彼女がその町に行くのか、距離や夫となる人の考え方によっては店を辞めなければならないのかが気になった。
「いやいや。少し高台に行ったところのアパートを借りたの。ちょうどこの店と学校の中間点くらいになるからどちらかの負担を強いることはないかなって。ここを辞めるつもりはないし、彼もこの仕事について理解を示してくれているから大丈夫だよ。」
「そっか。それならよかった。」
「でもね、私としては以前のことがあるからマリを1人にするのは心配なんだよ。」
「そんな、子供とか高齢者じゃないんだから・・・」
彼女がまだ続けてくれることに心から安堵する。
私は安心したのだが、彼女は自分が出ていくことで私が1人となり、その間に何か困ったことが起こった時を想定して心配しているようだ。
だが、周りから見ればまだ年若いといえどこれでも大人の仲間入りをしているのだ。そこまで気にすることもないと思うのだが・・・?それに彼女より1つ年上のはずなのに姉と妹の立場が逆転しているかのようだ。
「だから、私がいなくなったら、シュナイザーさんに来てもらったらどう?」
「は?」
「は??」
突飛なセリフに頭の中はクエスチョンマークだらけだ。そして数秒してやっぱり理解が追い付かなくてもう一度『は??』と聞き返した。
「シュナイザーさんは了承してくれたよ?」
「しかも私よりも先にあっちに言ってんのかい!」
思わず突っ込んでしまったが、これは私は悪くない。いや、普通逆でしょ!?
「マリに先に聞いたら絶対いらないって言うじゃん。」
「よく分かっているじゃない。それに・・・一緒に住めば関係もいつかは近くなるかもしれないじゃない?そうしたらみんな仕事もしにくいでしょ?雰囲気的に!」
「近くなればいいじゃない。2人が上手くいったらいいな、ってみんなで応援してるんだよ?」
本音はそっちか!というかそりゃ一緒にいればいずれ近くもなるでしょ!
という激しい突っ込みは終ぞ口から洩れることはなかった――。
きっと彼女は彼女なりに一向に進展しないシュナイザーと私にやきもきしているんだろう。
これはきっと彼女の一存で考えたわけではなく、他のスタッフとも考え、シュナイザーがそれに便乗した・・・と、まあこんな感じだろう。
外堀が埋められている気が・・・。いや、考えるのやめよう。
だが、時間は無情にもあっという間に過ぎ去る。
「じゃあね。まあまた仕事で会うんだけど。」
「お邪魔しました。」
あらかたまとめてあった荷物は数日前から旦那さんが少しづつ取に来ては新居に運んでいたのだが、今日は残った荷物と共に迎えに来た旦那さんと一緒にあっけからんとした感じで出て行った。
まあ、たしかに結局職場はここだから会えるんだけどね?
今まで共に暮らしてきた人がいなくなるといつも以上に静かに感じ、寂しさが込み上げてきた。
ペアの食器を買ったからこれは使わないと置いていった食器たちが目に入ると余計に思う。
ああ、1人になったなぁって。
そして1人だし適当でいいかーと晩御飯は手抜きご飯だ。食べないよりましでしょう?
だが、おひとり様を楽しもうとのんびりダラダラした生活はあっという間に終わりを告げる。
「おー-い!マリアーナ!入っていいかー?」
外から聞こえるその声に、休みなのに(店が休みなのであって世間は平日だ)朝から何だ!?と勢いよく窓を開けて下を見た。
「・・・・・・あ。」
そういえば今日が引っ越し日だったか?彼と同居するようになったことなんてすっかり頭から抜け去っていた。
「おい。なんだその顔は。俺が来ること忘れてただろう。」
「あーうん。綺麗スッキリ忘れてた。」
「開き直るな。」
思いっきり顔に出ていたらしくそれを指摘され、あえて堂々と忘れてたことを伝えた。
半眼になった彼をなだめつつ、上に上がるよう促す。
しばらくして現れた彼の両手には重そうな荷物があった。
「それで全部?」
「ああ。エイミが残して行ってくれる物のリストをくれていたから、いらない物は処分したり近所で欲しいと言っていた人にあげてきた。」
中は主に服。食器は元々私もエイミもシンプルなデザインのものを使っていたため、そのまま使用するようだ。あ、コップは紙に包まれてるから持って来たんだね。
慣れた手つきで片付けていったため、半日もかからずに全て終わった。
「ところでさ、なんでここに引っ越すこと私に黙ってたの?」
「・・・ドッキリ?――っていうのは冗談で、きっと反対されるだろうなってみんな分かってたからだよ。慣れない事がんばってるお前を支えたいと思ってるし、周りは支えてあげて欲しいと思ってる。一緒に生活すれば仕事で大変なマリアーナの補佐が出来るだろう?主に家事な。これでもその辺の男どもよりは出来る方だと思うぞ?」
「それはこれを食べていたら分かる。」
片づけが終わった後、あるものでパパッとパスタを作ってくれたのだが、手際が良いし、美味しいし、正直負けたと思った。ついついそれが顔に出てしまい、目の前で座っている男はニマニマとしている。
食べ終わった食器も洗おうとしてくれるため、流石に止めに入る。
「いいよいいよ。作ってくれたから私が洗う。」
「ゆっくりしてればいいよ。これくらい俺がするって。」
「一緒に住むなら家事は分担ね。全て背負う必要はないよ。」
「・・・いつの間に男らしくなって・・・」
いくらしてくれると言ったって私自身完全にもたれ掛かるつもりはなく、そこは後でしっかりと話し合う必要があるな、と思ったから言っただけなのに男らしいなんて。むくれた顔をしていたら、楽しそうに頬をツンツンしてくるから思いっきり払ってやった。
食器を洗っていると背中に重みと温もりがのしかかる。さらには後ろから腕を伸ばしてそっと手を添えるように抱きしめてくるからちょっと鬱陶しい。
「酷いな。」
どうやら声に出ていたらしい。クククッと笑っている振動が体伝いで響く。
「付き合ってもないのになんでこの体制?」
「好きな人を抱きしめたいと思うのは男の性だと思うのだよ。で、今度こそちゃんと恋人になりたいなーって?まあ、そう思っているわけですよ。」
もちろん、自分も嫌だとは思ってなくて、むしろ照れてこんな言い方しかできなくなっているわけで。
大分前に私への思いを吐露したころのシュナイザーは不器用極まりない感じだったのに今では逆転して不器用な私を包み込んでくれているようだ。
だから、こうして一緒に暮らすようになり、私たちの関係性が変わるのも時間の問題だな・・・と他人事に思ったりもするのだ。




