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36.摘み取り体験

彼と一緒にケーキ屋に行ってからどうも自分がおかしい。

ふとした瞬間に彼を見てしまうのだが、目が合いそうになるとサッと目を逸らす。・・・ある意味瞬発力が鍛えられたかもしれない。


周りは婚約者だったはずなのになんで今更そんな反応をするんだという呆れとがんばれという応援が入り混じった感じで、まあ、一言でいうなら生暖かい目で見守られている状態だ。


だからいつもよりオーナーが使えなくても誰も何も言わない。

さすがに注文を聞き間違えたりはしないが、いつもより動きが鈍い。――まあ、忙しい時しかお客さんの前に出ていないけど。


自分の行動もだが、あの時、彼にされたことが嫌じゃなかったというのも自分にとってはかなりの衝撃だった。今までの自分であれば絶対怒っていたのに・・・。



でもあれから2人の仲が深まったかと言うと全然。今まで通りとなり関係は平行線だ。







「あの、マリさん、今良いですか?この間頼まれていたものが出来たんですけど・・・」

店を閉めて帳簿を付けているとアンが1枚の紙を持って側まで来た。

先日、親子でブルーベリーを摘み、その場で食べるという計画を立て、それを描いてもらっていたのだ。

数日前から子供たちは夏休みに入り、およそ1ヵ月学校に行かない。何かイベントでもして親子で楽しく過ごす時間を、と夏休みの間の毎週土曜日の午前中に親子対象に開催するのだ。

もちろん、そこで楽しんでくれたら、人伝手に話が広まりお客さんが増えるだろうという目的もある。


「わぁ、ありがとう。やっぱり上手だね。絵のセンスもあって。羨ましい。」

「そ、そんなことないです。じゃあ、よろしくお願いします。」

見やすく、絵も綺麗に書いてくれた彼女にお礼を言うと少し照れた様子で、はにかんだ笑顔で会釈をするとすぐに戻っていった。

いつ見ても彼女は可愛い。癒されるなあとしばらく彼女の後姿を眺めていた。




その後、お客さんからの予約を受け付けたり、当日までの調整などでいつも以上に忙しい日々を過ごし、当日を迎える。


農園のように広い土地があるわけではないから、1時間で収穫から食べ終わるまでとしてある。

庭にはいくつかテーブルを置き、その中心に小さめのグラスとスプーンやフォーク、それぞれが好きに組み合わせられるように子供用に小さめにカットしたスポンジケーキやブドウ、モモ、ラズベリー、生クリーム、カスタードクリームと容器を分けて置いた。


「おはようございます。いらっしゃいませ。」

「おはようございます。よろしくお願いします。」


全員が集まったところで事前にカサンドラ造園さんから聞いたブルーベリーの収穫の目安となるものの説明をし、それぞれにカップを渡してそれに入れてもらうようにした。

この小さな町、学校は1つしかないから子供も親も知り合いばかり、ということでそれぞれが収穫をしつつも楽しそうに話したり、子供たちはこの狭い庭を走り回っていた。


中には走っていたはいいがこけて泣く子も。

「お母さーん!ルーナがこけたー!」

「えー。もう、何してるの~。」

お兄ちゃんが妹の側から大きな声で母を呼び、いつものことなのか、呆れたようにしながらも駆け寄る母親に私もそちらに向かう。


えぐえぐと泣きながらも母の服のすそを握りしめて立ち上がった彼女の草と少しの土が付いた足を、母親がパタパタとはたいていた。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい、すみません。少し擦りむいたみたいです。」

たしかに、見ると両膝が擦りむき、血が滲み出ている。

「足を洗って消毒しましょうか。ちょっと消毒液を店に取りに行ってくるのであそこの蛇口で足を洗っていてください。」

「ありがとうございます。ニーナ、あそこまで歩ける?」

「やー!いーたーいー!」

店の裏手に作ってあった水場で足を洗うように促したが、痛くて歩けないみたいだ。それを母親が抱っこして行く。お兄ちゃんは友達の所に戻っていった。





店から救急箱を持って外に戻るとすでに女の子は泣き止んでいた。

「じゃあ、ちょっと滲みるよー。」

そう言って掛けたらまた涙目になった。そして絆創膏を貼る。

「はい、終わり!消毒も痛かったのに泣かなかったね。えらいね、がんばったね。」

真っ赤に泣きはらした目でこくりと頷く女の子。走り回っていた先ほどまでの勢いは失い、母親がお礼と会釈をしながら、女の子は母の背に隠れるようにしてみんなのいる所へ戻っていった。


私も救急箱を片付け、その間会場を仕切ってくれていたスタッフたちの元へ戻った。


ブルームが付いた黒く美味しそうなブルーベリーは各々テーブルに置いてあるカップや食材と一緒に盛り付けをし、その場で食べてもらった。

全ての食材を適当に入れる人、綺麗な層になるように盛り付ける人、果物は1種類のみでカップにあふれんばかりに乗せる人。それを見て盛り付け方は人それぞれでその人の性格をよく表しているなあと思った。


賑やかな時間はあっという間に過ぎ去っていく。

まるで公園の中にいるかのような子供たちのはしゃぐ姿や声は、1人、また1人と店を出ていくごとに小さくなり、不思議と寂しさを覚えるほどだった。



お客さんが帰った後、片づけをする。

昼からは通常営業の予定だからそっちの準備もしなければならない。・・・まあ、レックとアンにしてもらっているが。

食器などの洗い物もあるからゆっくりはできない。


「シュナイザーさん。私これ持って行ってそのまま洗い物をしているのでマリさんと後をお願いしても良いですか?力仕事もあるので。」

「いいですよ。食器持って行くだけ持っていきましょうか。重いですし。」

「そうしてもらえると助かります。」



そうして大量の食器をメイリンとシュナイザーで店内に運び込んでいた。

その後はテーブルを片付けたり、お客さんが下に落としてしまったごみを箒で掃いたりして掃除を。



「良かったな。お客さん、みんな楽しそうだった。」

「うん。すごく賑やかだったね。」

「他の人たちからマリアーナが元々こういうことを考えてこの庭を作ったって聞いた。よく考えたな。」

「うーん。街中のカフェってテラスがある所もあるでしょ?あれ、いいなあって思っててそこから、じゃあ庭があってそこでガーデンパーティーとか出来たらもっと楽しいんじゃないかなって。人の交流もできるし、ガーデンパーティーと言えばデザートがつきものだしちょうどいいでしょ?店を開くって決めたときに、その店の庭で作られている物を商品に使うっていうのも話題に出来るしいいかなと思ったんだ。自家製なんとかってね。他の店にはないことをして話題性を呼んだりもいいとは思っているんだけど、一番はここが普段の生活とは違う、非日常を味わってゆっくり過ごせるようにっていうのがこの店の根幹かな。」

「そうか・・・」


彼の方から声をかけられたら意外と普通に喋ることが出来た。そのことに少し安堵する。



日が高くなり、建物の影になっている所でも熱気を帯びた風が吹き抜ける。手を動かしながらも一緒に口も動かしていた私たちは思わず口を閉じる。


「暑いな・・・早く片付けて中に入ろう。」

「うん・・・」

良く晴れた空を見上げると太陽が眩しかった――。


9月半ばくらいに終わるかなあ?もうしばらくお付き合いください。

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