35.デート?②
顔を下げていた私だったが、店員が来たのを期に顔を上げた。目の前の彼は店員に視線を向けている。
私の目の前にはフルーツパフェ、彼の前にはイチゴのティラミスが置かれた。
パフェは細長いグラスにシリアルや生クリーム、スポンジケーキを小さく切ったもの、イチゴやキウイ、オレンジが層のように詰められ、てっぺんはサクランボがちょこんと乗っかっている。サクランボの下は生クリームが渦を巻くようにして、イチゴのソースがかけられていた。
彼のイチゴのティラミスもイチゴのソースが入っているであろう薄いピンク色のクリームと縦半分に切ったイチゴの層で見た目も綺麗だ。ティラミスのようにココアパウダーがかけられているのだが、飾りにイチゴとチョコレートが置かれていた。
「わあ~。どっちも美味しそう。」
「先にこっち食べるか?」
「いいの!?やった!一口貰うね。」
彼が頼んだイチゴのティラミスをまずは一口貰う。食べやすいように私の前にスッと差し出されたグラスにスプーンを投入。
一掬いを口に入れると、柔らかい食感にイチゴのほんのり酸味が混じった甘いクリームが口の中に一気に広がる。
「んん~。美味しぃ~。」
幸せな気持ちだ。それをみてシュナイザーは声を出さずに笑う。
「じゃあ、俺も食べてみようかな。」
「!あ、ごめん。どうぞ!」
差し出してくれたグラスをズイッと慌てて彼に返した。
「うん。美味いな。」
一口食べた彼も美味しそうな顔をしている。
今度は自分に運ばれてきたパフェを食べる。渦状の生クリームを囲むように置かれた果物だが、どれから手を付けようかちょっと悩んでオレンジと生クリームをまずは食べる。
「ん。生クリームがちょうどいい甘さで美味しい。」
「俺にも一口ちょうだい。」
そう言われて彼にもグラスごと渡して自分ですくってもらう。一瞬、口を開けようとしたのが見えたが、私がグラスを渡したことで口を閉じ、静かに笑いながらグラスに手を添えた。
このやり取りに思わず「デートみたいだな・・・」とふと思い、首を振って慌てて消し去る。
(デートだなんて!付き合ってもいないのに何考えてるの私!)
傍から見れば恋人のようなやり取りに、それを自然としてしまった自分に驚きと何に対するものかは分からないが、焦りが出てきた。
「おい?食べないのか?」
1人百面相をしていたら声をかけられ、慌てて渡したグラスを受け取り、残りのパフェを平らげていく。
あれだけ美味しいと思ったパフェも、なんだか味がよく分からなくなってしまった。
彼は彼で美味しそうにティラミスを食べていて、思わずその表情に見とれてしまっていた。
「おい。垂れてるぞ?」
「はっ。」
ぼんやりと眺めていたら、行儀悪く肘をついて持っていたスプーンから生クリームが手首に垂れてきた。
慌てて近くに置いてあったナプキンで拭こうとしたら腕を掴まれ、クリームの付いた場所に生暖かいぬめりを感じた――彼が舌で舐めとったのだ。
周りの息を呑む音が聞こえ、私は私で叫びそうになるのを迷惑だと思って必死に抑えた。
(いやいやいや。拭けばいいじゃない!何で舐めるの!)
その仕草が、表情がいやらしい。
「ん。美味かった。・・・おい、ぼーっとするな。」
いたずらが成功した子供のような顔で満足そうにし、現状についていけないで呆然としている私のおでこをデコピンしてきた。いや、痛くはないんだけどね?
「ちょ・・・何するの。」
「ん?もったいないから。」
「外でこんなことしないで!」
「中ならいいのか?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
顔を真っ赤にしながらも慌てて彼に怒ると全く気にしていないようだった。
意識しているのは私だけなのか!?
やっとこさ全て平らげた後でこの店に入った時から感じていた視線が無性に気になり出し、早く出ようかと考える。少し離れた所からも女の子、と呼ぶくらいの小柄な子が熱のこもった目でシュナイザーを見ている。そっちを見ていたら隣に座っているお姉さんと思しき人と目が合ってなぜか睨まれてしまった。
「そろそろ出るか。」
「え?あ、うん。」
正面にいる彼から声をかけられ視線を戻すとなんとなしに機嫌が悪いような・・・。はて、何か不味い事でもしてしまっていただろうか。促されて一緒にレジまで行き、会計の後、横に並んでいた私の肩をそっと抱き寄せる。必然的に私は彼の胸元に頭を寄せるような形となり、彼の爽やかな香りが鼻をくすぐる。今までにない密着度で、なるべく表情に出さないようにしたが頭の中はパニック状態だ。
「しっ。しばらくそのままで。」
頭上からささやかれる声にドキリと心臓が音を立てた。
抱き寄せられたまま店の外に出て、しばらくはそのままの体勢を保持していたのだが、さすがに私の心臓が持たなくなってきた。
「ね、ねぇ。もういいんじゃない?」
「うん?ああ、そうだな。でもここで離すのも不自然だしあそこのベンチまでこのままで行くか。」
言外に放してほしいと言ったつもりだが、全く伝わることはなく、そのまま流れるように指を指した先にあるベンチへと誘導されていった。
そこは公園の中の一角で、少し離れた所にブランコや滑り台が設置されていた。
少し剝げてはいるが、白くペンキで塗られたベンチの回りには大きな木があって、ちょうど日除け代わりになっている。
「急に悪かったな。マリアーナを見てにやついている男がいたからさ。」
・・・それは、俺の女を変な目で見るな的な?いやいや、そんな調子のいい話はないか。恋愛小説の読みすぎかな?――そんな読んでいるつもりはないけど。
「そうなの?でもシュナイザーだってあの店に入ってから女の子たちがよく見てたよ。」
「そうなのか?知らなかった。」
その言葉を最後にしばらく沈黙が続く。
さわさわと心地よい風が通り抜けていく。気持ちよくてこのまま寝てしまいそうだ。
「今日はありがとうな。」
小さな、ささやくような声に聞こえ間違いかと思って隣を見ると、彼は正面を向いたまま指を交差して手を握っていて、静かな水面のようだった。
「1年近くあの店で働いてきたがこうしてゆっくりと2人きりで話すことが出来なくて。俺の気持ちは学生の頃から変わっていないっていうのと、ゆっくりでもいいからもっとマリアーナと深い関係になりたいという思いがあって、店のみんなが応援してセッティングしてくれたのが今日なんだ。」
「なんで・・・今はそうじゃないかもしれないけど、あの頃のあなたは私を嫌っていたんじゃないの?」
少しだけ前を向いていた足を私の方に向け、じっと目を見て2人で出かけることになった理由を教えてくれた。静かな彼のツァボライトのような目は影ということもあってより深い色味に見える。
まるで昔から私のことを好いていたかのような言葉にどういうことだと反論すれば首を振られた。
「嫌いだなんて思ったことはないよ。まあ、信じられなくても仕方ないか・・・。なあ、ちょっと昔見た夢の話をしていいか?」
夢?と思いながらも取り敢えず頷いてみる。
「昔、お前が熱を出して寝込んだことがあっただろう?あれの何年か前に見た夢なんだが・・・ざっくり言うとお前と俺が婚約者同士だったけど、俺が浮気してお前を娼館に送ったり逆恨みで殺したっていうものだった。
あの頃はお前のことを嫌ってはいなかったけど好きでもなかった。祖父が勝手に約束したことだって思ってたから。でも、あの頃の俺でもさすがにあの夢は最低だと思ったよ。あんな夢で見た自分には絶対になりたくないと思った。でも、好きでもない人と勝手に婚約させられたと思い続けているといつかああいったことが起きてしまうのかもしれないとも思い始めたんだ。
それからはマリアーナ自身を見ようと思って観察していた。
そうしたら俺と会う時は素っ気なくて表情も乏しいのに、使用人に笑顔を向け、相手を思いやる言葉や行動をするお前にどんどん惹かれていった。ああ、俺にもその笑顔を向けて欲しいと何度思ったことか。
でも急に態度が変わったら不審がられると思って花や誕生日に渡していた宝石に思いを込めていたんだが・・・気付かなかったろ?」
「花言葉ってこと?そんなのいちいち考えないよ。――あなたが見た夢、私が熱でうなされていた間に見たものと同じかも。私はあれは前世で今3回目の人生を歩んでいると思ったのだけど・・・。あんな悲惨な人生を歩むのは嫌だからあなたを避け、あの家を出たの。」
お互いがちゃんと話をしたことで彼に対する誤解があったのだと気づけた。
彼もずっともどかしい思いをしていたのだろう。なんだかすっきりした顔をしている。
「義姉さんが貴族女性なら花言葉を知っているのは嗜みだから、花を贈るなら意味も考えなさいと言っていたのに伝わっていなかったとはな。とんだ誤算だ。」
「た、嗜みって!知らないわよ、そんなこと!もう!」
「ははっ。そう拗ねるなって。」
それはお義姉さんの趣味じゃないのかと言いたいが言えずに、頬を膨らませるとめずらしく声を出して笑い出し、私の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「ちょっと!ボサボサになるじゃない。」
「はいはい。」
頭が気になって怒ったら今度は手櫛で髪を梳き始めた。あっという間に銀糸が整い、さらりと風で流れる。
彼と2人きりの時間、今までで一番穏やかで高揚したひとときであった――。
切りどころが分からなくなって長くなりました。
いやーシュナイザーが最後暴走したんでね?夢の話なんてここでするつもりはなかったんですけどね?




