31.彼が平民になった理由
シュナイザーがひたすら喋っている回です。
店が休みの日はいつもより2時間ほど遅く起きる。前の休みぶりに良く寝て頭と目はスッキリしている。
そして店を開けている時はなかなかできない住居スペースである2階の掃除をした。
簡単に昼食を済ませ、昼過ぎに約束した公園へ向かう。
シュナイザーは公園の入り口に一番近い木の下で、木に背をもたれ掛からせて腕を組んだ状態ですでに待っていた。
「お待たせ。もしかして大分待ってた?」
「いや、俺もさっき着いたばかりだ。」
小走りで近くまで行き、声をかけると視線をこちらに向け落ち着いた声で返事をされた。
話す内容が内容なだけに近くの喫茶店で喋るにはちょっと・・・ということで、公園のベンチに座って話すことにした。
人はあまりいないし、いたとしても遠くで犬の散歩をしている人とか、ジョギングをしている人とか、なんせ自分たちのそばを通る人はいないから、それなりの声量で喋っても大丈夫そうだ。
「まず、なんであなたが平民になったのか教えて?私と婚約破棄したとて貴族で無くなる必要はなかったでしょう?」
一番聞きたかったことから先に聞いてみる。
「そうだな・・・どこから話せばいいか・・・。――俺たちの婚約だがな、元々は祖父同士の約束から始まっているのは知っていただろう?お互いの家に利もあったからその約束は継続された。」
私が頷くのを見てまた話を続ける。
「だが、ここ数年はあの家がお前に対する態度だけがおかしいことに気づいていた。お前のことを蔑ろにするということは、結婚したところでゴードレン家にもたらされる利益は些細なものとなる。どこの親だって自分の大事な子供が嫁ぎ先で肩身の狭い思いをしない様に融通する、それがないからだ。それならば婚約を無かったことにしてしまえばいいではないかという話も上がったのだが、破棄しなければならない相応の理由がなかった。
そこに現れたのがレベッカ・ニックだ。
彼女の良くない噂は以前から全くなかったわけではない。彼女の親自体が、国の中枢に入りたいからとあの手この手を使って取り入ろうとしていた。奔放な彼女も関係を持つ相手を平民の庄家から始まり、徐々に相手の爵位を挙げていっていた。そしていつしかそのターゲットに俺も含まれるようになっていた。それも複数人同時進行だ。その中でもより条件のいい男を取捨選択していたようだ。
彼女に付きまとわれたり誤解を生むような表現をされたりを繰り返していつしか俺は彼女と不倫していると世間に思われるようになってしまった。
決定的だったのはお前の兄さんの婚約者に勘違いされたこと。あそこの家門は過去に何かあったようでそういうことに敏感で強い拒絶反応を示す。だから彼女に見られ、さらにオルトラン家から婚約破棄の打診が来たとき、父さんは喜んでいたんだ。これで縁が切れる、と。
オルトラン家の収入が年々減ってきていたことは知っていたか?儲けが減っているのにお前以外の者は散財していたから生活が苦しくなってきていたようだ。後から聞いたが自分から婚約破棄をして平民になると言ったんだろう?子爵にとってそれは渡りに船だった。だからすんなりと受け入れられたんだ。
でも、少なくとも俺は婚約破棄をしたくなかった。あの頃の俺たちは傍から見ても決して仲の良いカップルだとは見られていなかっただろうが、本当に嫌ってはいなかったんだ。
卒業式近くでお前が平民になると知って、これだとどう足掻いても追いかけることはできないと思った。親が貴族同士の結婚意外は認めてくれないタイプだったからな。
何もする気が起きなくなったんだが、卒業してすぐ、レベッカ・ニックが妊娠していることが知れ渡った。でも、あいつはまだ未婚の状態だった。相手は誰だ、という話になり月数的に俺を含めて4人と会っていたことが判明した。もちろん、俺はあいつとそんな関係になったことはないんだが、周りは違ったんだ。
世間の目は冷たい。たまたま一緒にいたことがあるというだけだったのに俺もあいつらと同じように見られた。中にはそういうことからゴードレン家と取引を辞めた家もある。それも大口ともなればさすがに父さんも無視できなくなった。
例え噂が嘘であってもそう思わせることをしたお前が悪い、と言って。
そして家を、家族を守るために俺に絶縁を突き付けてきた。
その後はそれなりに自分の財産はあったから、取り敢えずマリアーナにすぐ会える距離の町で暮らして、仕事を探していこうと思っていた――、というわけだ。」
長い長い、彼の話を聞いて、すぐに理解の追い付かなかった私はしばらく口を閉じていた。
でも、私が口を開くまで、彼も過去に思いを馳せるように前を見つめたまま動かなかった。
ようやく話をかみ砕けた私は質問をしていく。
「うちの財が減って危なくなってきたというなら、なんで兄は婚約を続けられたの?普通なら辞めるじゃない。相手から断られるじゃない。」
「資源はあるからな。ただ、回し方が下手なのと、収支のバランスがおかしかっただけで、ああいう経営の得意な家の者と縁戚になるといい資源が手に入るのと経営を任せられるという互いの利があったからだ。まあ、結婚は次男とするがあの家を継ぐのは長男だからそこは何かやり取りがあったんだろうが・・・」
じゃあ経営難は解消されるということか。まあ、あのままあの家に居たとて自分に貰えるお小遣いは変わらなかっただろうけど。
「ニック元男爵令嬢は後妻に入ったと聞いたんだけど・・・結局父親は誰か分からないままってこと?」
「いや・・・とある侯爵家の三男だったらしい。妊娠したという話が広まったころにはお腹が大きくなっていて、先月月足らずで生まれたらしい。卒業式前はあまり顔を見ていなかったし、卒業式の日も正直そんなところ見ないから分からなかった。
生まれた子供の特徴がその侯爵家の三男に似ていたのはもちろん、検査もしてそうだと確定したらしい。
その三男だが、4又されていた――実際は3又なんだが――と知り、精神を病んでしまって、事が事なだけに彼と結婚したいという令嬢も誰も居なくて。だが生まれた子が男児で侯爵家の特徴が目や髪に現れていたから引き取ったらしい。
いつ見知らぬ種を貰うか知れない、爛れた彼女は家には入れられないとその侯爵家の紹介でローレン伯の後妻に落ち着かせたらしい。ニック男爵夫妻もローレン伯の地位と財産を知って2つ返事だったようだ。」
「そうなの・・・。ん?じゃああなたは平民になってまだ日は浅いってこと?」
「そうだ。まだ2週間?3週間?まあそこらだ。」
自分が平民になってまだ数ヵ月しか経っていないが、その間に貴族の界隈では激動の日々が過ぎていたようだ。
なんだか現実味がなく、まるで他人事のように話を聞いていたが、内容はかなりダークだ。
話を聞いていただけで胸がドキドキし、聞き終わった後は深い深いため息をついた。まるで物語だ。
「と、まあそういうわけだ。近くにいることだし時々ケーキを食べにくるよ。」
と話を締めくくる。
昼過ぎから話始めたがいつの間にか時間が経っていたらしい。子供たちが下校している姿が見えた。
「いや、わざわざ来なくていいんだけど・・・」
呟いた言葉は聞こえなかったのか聞こえたけど知らないふりをされたのかよく分からないが、立ち上がって穏やかな顔で手を差し出された。
「いや、自分で立てるし。」
貴族の癖が抜けない彼に首を振って差し出された手を取らずに自分もベンチから腰を浮かした。その行動に苦笑を返される。
「じゃあ、また近々会うこともあると思う。じゃあな。」
「んー?また来るの?・・・まあいいか、じゃあね。」
時間にして数時間。彼と過ごした今までの中で一番濃い時間だった気がする。




