30.再会
開店した日から忙しい毎日が過ぎる。
しばらく日が経った頃には、近くの服屋の店員や医院の先生などが時々従業員分も購入する姿があった。
「疲れを癒すには甘いものが一番さ。」
「たまには差し入れしようかなって。そんなに高いものは買えないけどね。」
そう言って袋を片手に毎回手を振って帰っていかれる。
買って行かれるのはほとんどがシュークリーム。時にはクレープとかパンナコッタなんかも買って行かれるが、値段が大分違うのでそれも稀な感じだ。
「いいですね、ああやって従業員仲が良いのは。上の人が下の人に気を遣うっていうことも。昔私が働いていたところは全然そんなことなくて。むしろ常に上司の顔色を窺ったり他者を追い落とすために必死な所で本当大変でした。私の周りでもそんな職場環境のいい所ってあまりなかったと思います。」
私より12歳年上で一時は首都近郊で働いていたそうだ。劣悪な職場環境で精神的にどんどん疲弊していく彼女を見かねて夫が半ば強制的に辞めさせたらしい。自分からなかなか辞めたいと言い辛かったからそれでよかったと話してはいたが・・・。しばらく家でのんびりと過ごしていたころに夫がマッケナの港の市場に転勤となって今に続く。
私は正直家以外は人に恵まれていたと思う。あまり詳しく話は聞いていないが、そんな酷いことをされることもなく、良かったと思える。
「さあ、こんな暗い話はおしまい。ちょっと水やりしてきます!」
両手をパチンと音を鳴らして叩いて話を切り替えた彼女はさっきまでの少し思い悩んだ表情もすっかり消え去り、お客さんの出入りが落ち着いた今、ちょうど夕方というのもあって外へ水やりに出ていった。
日が経ち、オープン当初の人の入りはないが、まずまずといった日が続いていたころ、1人の男性が来た。
「オーナー?ちょっといいですか?」
「どうしました?」
「今、オーナーの知り合いだという男性が外に居られるんですけど、どうも話したいことがあるようで・・・どうされますか?」
ウッドデッキに繋がる大きなガラス戸から外を見れば、帽子を目深にかぶった男性が物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回していた。
あの感じはシュナイザーだ。きっと。
店を出したどころかここにいることなんて伝えていないのにどうやってここが分かったんだろう?
ちょっと薄ら寒さを覚える。
「うん、知り合いですね。すみませんが少し席を外します。」
扉を閉める音に気付いた彼が勢いよく振り返る。
「マリアーナ・・・」
懐かしそうな、ホッとしたような顔で呟かれる名は、マリと呼ばれる今となってはなんだかむず痒い気がする。
「どうしてここが分かったの?」
「人に聞いて。なあ、ちょっと話したいことがあるんだけど時間作ってもらえないか?」
うーん、と悩む。たしかに今はお客さんがいないんだけど、営業中に抜けてもいいものか・・・
一度店に入り、みんなに確認を取ると大丈夫だと言われたため、じゃあちょっとだけごめんね、と任せることにした。
店の中で話すのも嫌だし、玄関口は邪魔だし、ということで近くの公園に来た。
今日は平日。子供は学校に行っているため普段は賑やかなここも今は閑散としていた。もう何時間かしたら子供たちが帰ってきてまた賑やかになるだろう。
公園内に設置されているベンチに少し間を開けて座った。静かな公園は風が吹いた時に後ろに立っている木が、さわさわと葉っぱ同士が擦れる音と鳥のチュチュッ、チュチュチュと鳴いている声が聞こえるだけだ。あとは離れた所から噴水の水のザーッと流れる音がするくらいだ。
周りは長閑なのだが、2人の間に漂う空気はぎこちなさが伴っている。
そんな中、先に彼が口火を切る。
「あー、えっと・・・久しぶりだな。元気だったか?」
「え?まあ、おかげさまで。」
緊張しているのか、帽子の上から頭をガリガリと掻いている。陽射しの暑さに似合わず顔は紅潮していた。
私は私で、いつもの調子と違う彼に戸惑いを感じていた。
・・・シュナイザーでも口ごもることもあるのかと。
「いろいろ喋りたいこともあったんだが、お前の顔を見たら何から喋ろうと思っていたか忘れたよ。」
「どういうこと?というか、何で私がここにいることを知っていたの?」
「気を悪くしないで欲しいんだが・・・人に聞いたんだ。何度も頼んで、事情を話して。最終的に教えてくれた。店を開いたことと場所だけは。それに至った経緯は本人から聞くようにと言われた。・・・これが教えてくれた人からの手紙だ。マリアーナに会えたらこれを渡すように言われていたんだ。」
ポケットから出された手紙は封筒の角が少し曲がって、なんなら全体的にちょっとよれていて、気まずそうにすまない、という言葉と共に差し出された。受け取った手紙の封蝋は見覚えのある家紋・・・コルテット家のものだ。ということはラリアンが書いた物か。勝手に教えないで欲しいという気持ちと彼女が教えたということはそれなりの理由もあるのだろうと冷静に考える自分がいる。
「・・・分かった。帰ったら読むよ。それにしてもこんな田舎まで来て大丈夫なの?家まで遠いじゃない。馬車とかも見当たらないし・・・もっと遠くで待機させているの?」
「いや・・・辻馬車で来た。もう実家の馬車は使えないから。それに今は隣町にいるから問題はない。」
そうか、と頷こうとして、返答のすべてに突っ込みどころがあって思わず「は?」と聞き返した。
「実家を出たから俺も今はもう平民だ。」
聞き間違いじゃなかった。
「突っ込みどころが多すぎて何から聞けばいいか分からないけど・・・何があったの?」
「それを話すにはもう少し時間が欲しいんだが・・・仕事中だしそろそろ不味いだろう?」
そういえば、と我に返る。時計がないからはっきりとした時間は分からないが、木の影が大分動いていたことに気づく。少しと言った手前、あまり長時間さぼるわけにもいかない。
「じゃあ、いつが空いてる?」
「まだ仕事を探している最中だからいつでも大丈夫だ。そっちにあわせるよ。」
「じゃあ2日後。その日は定休日だから。」
「ああ、分かった。――じゃあまた。」
事情を聞きたいあまりに次の約束を取り付けてしまった。
彼とその場で別れて急いで店に戻るも、メイリンだけは何事もなかったかのように普段通りの表情でお帰りなさい、と言ってきた。
厨房から顔をのぞかせた3人の内、レックとアンは心配そうな、伺う顔だったが、エイミは興味深々という感じで聞きたいのを我慢しています、って顔に書いてある。これは後で質問攻めにあいそうだ。
1人になったタイミングでシュナイザーから渡された手紙を読む。
『マリアーナへ。
久しぶり~。
この手紙を読んでいるってことは無事にゴードレンに・・・あ、元、ゴードレンに会えたんだね。
彼から実家とは縁を切って平民になったってことは聞いた?マリと一緒ね。
縁を切るに至った経緯は彼から直接聞いてね。私が話すことでもないしね。
私も本当は彼にマリの居場所を教えるつもりはなかったんだけどね、彼の事情としつこいぐらいに必死に頼んでくるもんだからさ。一度あなたたちはちゃんと話した方がいいんじゃないかってそっちに送ったの。
お互い、何か思い違いがありそうよ。
まあ、そんな訳で後はよろしく~!
追伸:レベッカ・ニックはローレン伯に嫁いだらしいよ~。 』
「はっ!?」
お茶を飲みながら読んでいたら、最後の一文で思いっきり吹き出しそうになった。
咳込んでいたらエイミが背中をさすってくれた。
「大丈夫ー?」
「だ、大丈夫。うん。ありがとう。」
ゲホゲホとむせ、目には涙がジワリと滲んでいたが、しばらくして落ち着いた。
ローレン伯は御年50歳だったか52歳だったか。2人目の妻と離婚したことは知っていたが、後妻に彼女が?
ローレン伯は社交界でもそれなりに有名であったが、何が有名って性的思考がヤバい、ってことだ。
今までの妻とはそれぞれ離婚と表立ってはそうなっているが、実は彼に殺されたんじゃないかともっぱらの噂だ。・・・あくまで噂だから何が本当かは分からないが。
今まで嫌な目に遭っては来たが、流石にこれは同情を禁じ得ない。
寝る準備を始めたが、これはしばらく眠気が訪れなさそうだ。
小さなまな板とこれまた小さな包丁しかない職場に大きなスイカを丸ごと持って来てくれた上司がいましたが、あの時は嬉しかったけどみんなでどうやって切ろうか悩んだことがあったなあ~。
差し入れって他の所ではどんなものを持って来てくれているんでしょう・・・?




