3.私の話を聞いて
「そういえば、マリの婚約者さん、花束持ってマリの家に行ったの?なんだかんだ言って上手くいっているじゃない。」
「ちょ・・・待って。ねえ、なんで知ってるの?それも花束持ってたことまで!」
午前の授業が終わり、食堂に移動しトレイを持って席に着いたところでララが急に話を振って来た。
「あの人が寄った花屋、うちの商団が卸している所なんだけど、うちの従業員が卸した帰りにあの人を見たって言ってたの。ほら、中身はあんなでも美形でしょ?目が引くんだよね。」
ニマニマと笑いながらクルミの入ったパンをほおばっている。食事マナーもあったもんじゃない。
一方、品よく食べているトルティーナは静かに私たちのやり取りを聞いていた。慈愛の目をして、時々女神様じゃないかと思ってしまう。物腰が柔らかく優しい彼女が賑やかなラリアンや私とつるんでいるのが不思議なくらい。でも、そんな彼女も怒るときは怖い。静かに怒るから迫力があるのだ。
「2人にね、相談したいことがあるんだけど、来月のテストが終わってからいい?」
「来月?そんな遅くていいの?」
「そう言われると気になるわね。まあ、どちらにしろ夏休みの計画も立てないといけないし。今年もうちに来るでしょう?」
長期休暇になると1週間くらいトルティーナの実家であるベストラン伯爵家が所有している別荘にお邪魔していた。避暑地であるそこは夏も多少暑いが都心よりは涼しい。自然豊かな田舎で人々の喧騒から離れているため療養地でもあるのだ。
夏休みは1ヵ月あるし、実家にいてもお茶会にたまに招待されるくらいで、家族で出かけたりはしないため彼女の誘いは嬉しかった。親や兄弟と顔を合わせなくて済むのもいい。
テストが数日前に終わり、今日返却された。賢くもなくかといって赤点取るほど悪いわけでもない私は平々凡々。特に突出したものもないのも親が気に入らないことの1つだろう、と返された歴史のテストの74点という数字を見ながら思った。
隣にいるトルティーナの答案用紙を覗き込むと90点。女神さまは頭もいい。ラリアンは82点だったってあとから聞いた。
ラリアン曰く、頭がよくたって生活する上ではさして大切なことじゃない。大事なのは人間力だ、と依然言っていたが、正直お前が言うのか、妬みがましく思う。見た目に寄らず意外と彼女は勤勉なのだ。
「さ、テストも全部返って来たことだし、休みの計画を立てよう。」
「そういえばマリ、何か相談したいことがあるって言ってなかったかしら?今話せそう?」
「うーん・・・」
ランチタイムになってすぐのまだたくさん人が残っているこの教室内ではあまり話したくはなかった。
例え小声で話していたとして、情報収集をしている人はいるだろうし、そんな人から周りに広まると動き辛くなりそうだ。チラリと噂好きの女子チームを横目で見る。近くもないがまだ教室から出る気配はなさそうだ。
「中庭でもいい?木の下なら木陰になっててまだ涼しいだろうし、外でわざわざ食べる人もあまりいないでしょう?」
この学校には広い中庭があり、様々な木が植えられている。ベンチも置いてあり、春や紅葉の季節は花や景色を楽しみながら食べる人もいる。
「なるほどね。いいわよ。じゃあ、ランチボックスをもらって来なきゃ。」
この学校の食堂は食費も全て込みで授業料や寮費と共に支払っているため、毎回お金を渡す必要がない。出来上がった料理を皿に盛りつけてくれてあり、生徒がそれぞれトレーに乗せてテーブルまで運ぶ方式となっている。ラリアンが言ったランチボックスは昼限定で外で食べたい生徒がシェフに依頼すれば詰めなおしてくれるのだ。ちょっとしたピクニック気分を味わえる。
中庭にもちらほらと人はいたが、予想通り気にするほどではない。あそこに行こうと指を指した所まで歩いて行く。
中庭、と言うだけあり、教室に囲まれているが、広さがあり、風通しが良い。初夏の暑さの中にもすうっと通る風で多少暑さも和らいでいるように感じた。
木の下の、ちょうど影になっている所に腰を下ろす。そこはベンチがなかったから薄手の敷物を敷いた上で。ちなみにこれも食堂に置いてあるものを借りてきた。
「うん、今日も美味しそうね。」
「私これが好きなの。嬉しいわ。」
レタスに生ハム、ラディッシュのスライスといったサラダにフォークを突き刺しムシャムシャと食べている横でトルティーナは柔らかい鶏肉を甘辛いたれで味付けしてあるものを嬉しそうにほおばっていた。
食事も終わりかけ、で?という風にラリアンから話を促された。
「うん、あのね・・・この学校を卒業したら家を出ようと思うの。」
どう切り出したらいいか考えていなくてストレートに言葉が出てしまった。
予想もしていなかった話だったんだろう。2人とも声も忘れたかのようにポカンと口を開けていた。
「ど、どういうことですの?」
「何かあったの?家族と関係性があまり良くないとは聞いてたけど。それにしても家を出るなんて。」
一足先に我に返ったトルティーナに遅れてラリアンも反応する。
家を出るというのは結婚して家から出るのではなく、貴族籍を抜けるということ。2人はそれを正しく察知してくれたようだ。
「あのね・・・」
それから2人に説明した。前世のことは言える内容ではないと判断して伏せ、家族のこと、婚約者のことを説明した。
「――だから家を出た後1人で生きていけるように今から準備をしないといけないと思うの。」
眉間にしわを寄せ怒りを隠そうともしない2人に苦笑が滲む。
「あいつ、まだあんなのといるの?見る目ないわね。」
「親も親よ。お兄さんたちもひどいわ。そんな家にいたら不幸になっちゃうわ!」
こうやって私の気持ちを分かってくれることに嬉しい気持ちがあふれる。ただ、婚約者のことをあいつ呼ばわりしているラリアンに興奮しないでと伝える。爵位が上の彼やその取り巻きに聞かれたらコルテット家がどうなるか。
ラリアンが言っているのは自分の婚約者であるシュナイザーが男爵令嬢とほとんどの行動を共にしているという話。私も男爵令嬢がシュナイザーの腕に抱き付いていたり、腕を組んで歩いている所を何度か見たことがある。現在進行形で浮気されているのだ。
「それで、何を準備するの?」
「私たちも協力するわ。」
すっかり乗り気になってくれた2人に自分の立てた計画を話していたら、昼休みが終わる5分前になっていた――。