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28.開店準備

卒業して1週間。

以前来たときはまだ静かだったこの町も住人が徐々に増え始めてからは賑やかさが増していた。

特に、店は公園に近いため、子供たちの甲高い声がよく聞こえていた。楽しそうなその声は町を明るくしていた。

港にも近いため、風向きによっては潮の匂いが届く。


これまでとは真逆の環境だ。




あの日、着替えてからこっちに来た私に、ただ1人、お帰りとエイミが迎えてくれた。


ここに来る前に、シュナイザーから耳を疑うようなセリフがいくつか飛び出していたため、本人には悟られない様にしていたが、正直頭の中はこんがらがっていた。

いつからそう思っていたの?

素っ気なかったのは何で?

あんなに仲良くしていたニック男爵令嬢はあなたにとってどんな存在だったの?

惚れた?いいえ、彼はそんな甘いことを言う人ではないわ。きっと何か思惑があったのよ。


そんなことが頭の中を駆け巡っていた。

そうやって自問自答を繰り返し、気づいたら馬車を降り、店の前まで来ていた。


出迎えてくれたエイミはまず真っ赤な花束に驚き、次に私の荷物の少なさに驚いていた。

取り敢えず、と2階に誘導される。

見事な花束にどうしたのかと聞きたそうな顔をしていたが、今は何も聞かない方が良いと判断したのか、何も聞かれもせず、大きく頷いただけだ。

一方、私はというとお帰りだなんてメイド以外で初めて言われたということに気づく。事務的じゃなくてこうやって本当に迎えてくれたことは嬉しいし、そう言われると、ああ、今日からはここが私の家にもなるんだな、と実感が湧いてくる。


居住スペースには花瓶がなかったため、来月まで使う予定のない店の花瓶に活けた。

まだまだ荷物が少ないこの2階部分だが、この花のおかげでなんだか明るくなった気がする。




そして、ここに来てから1週間の間に残りの2人、レックとアンが到着し、荷解きを終えた。


周囲に立っているブティックや花屋さん、食事処などはすでに店を開いているため、楽しそうなお客さんと思われる集団が歩いていたり、若い女性店員のありがとうございました、という少し高めで柔らかい声が聞こえたり、美味しそうな匂いがしたりしていた。



オープンするにあたって、以前買っておいた食器類を洗い、厨房も使いやすいように整えた。

そして最終調整。

オープン時に出すケーキを一通り作ってもらう。


斜め向かいにある食事処とはまた違った、甘いおいしそうな匂い。

オーブンから漂うスポンジケーキの匂いや、飾りつけに準備している果物の香りで店内が一気にどこでもあるケーキ屋さんと同じ匂いに包まれた。




「試作だから取り敢えず・・・卵3個分くらいでいい?」

「ん、まあそれくらいが妥当じゃない?」


卵を卵白と卵黄と分けてボウルに割り入れる。砂糖と小麦粉を混ぜた後、バニラビーンズを入れた牛乳を鍋で温めた。

バニラビーンズ特有の甘い香りが鼻をくすぐる。きっと今この温めている牛乳を飲んでも美味しいだろう。

そしてさっきのボウルにゆっくりと牛乳を入れ、混ぜていく。濃い黄色からクリーム色よりも薄い黄色に変化していく。


「それでこれをこせばいいんだっけ?」

「そう。・・・こっちのザルの方がいいかな。網目細かいし。」

「ありがとう。」

手渡されたボウルを鍋の中に入れ、焼く前のクレープの生地みたいになったそれを流し込む。


「なんかちょっともったいない気がする。」

「無理しなくていいよ。その小麦粉が入るとダマが出来るから。」

こした時にザルに残った小麦粉の小さな塊と卵と牛乳のかすみたいなものをヘラでさらに押そうかと考えたが、止められてしまった。


「焦がさない様に気を付けてね。」

エイミ監修の元、火にかけた液体を焦げない様に混ぜていた。水分が飛んでいくのか、どんどんねっとりと濃さを増すたびにヘラを動かす右手に力が入る。これだけの少ない量でここまで力が必要なら、大量に作るとなるともっと力がいるだろう。レックの二の腕の筋肉がああなるのがよく分かった。

水分がなくなるごとにどんどん黄色味が強くなってくる。

いつまで火にかけていればいいのかいまいち分からなくてちょいちょいエイミに声をかけるも、その度にもうちょっとと言われる。――もうちょっと長くない?


そろそろ腕が辛くなってきたころ、ようやく火を止めていいと許可が下りた。はあ、疲れた。

鍋の中にヘラを入れたまま右肩を回そうとしたら今度は横からバターを入れられた。

「まだ終わってないよ。はい、混ぜて。」

どうやら肩をほぐす時間はくれないらしい。

ヘラを動かし続けバターが溶けると、油分が入ったおかげか艶が出てきた。

それをボウルに移し、粗熱を取った後に冷蔵庫へ入れる。ようやくカスタードクリームができた。今回2回目の作成だが、やっぱり大変だなあとつくづく思う。


「生クリームは?」

「それは冷えてから。まだ駄目だよ。」

最後の仕上げ、生クリームはこのカスタードクリームが冷えてから調整しながら入れるようだ。これを使う予定のシュー生地はアンがしてくれる。

冷えるまで時間がかかるため、今日はさっき焼いていたスポンジケーキで作るものを試食する。



1つはシンプルにイチゴショートケーキ。2層の間と上にイチゴを。イチゴが少し甘酸っぱいためわずかに生クリームは甘めに。

1つはチョコレートケーキ。中にイチゴとバナナを挟んである。チョコレートは少し大人なほんのりビター味で。スポンジをコーティングする様に塗られたチョコレートは艶があって鏡のようだ。上にはイチゴやオレンジをカットしたものやラズベリーをトッピング。


これらを従業員4人で分けるといっても結構お腹がはるため、イチゴショートは今食べて、チョコの方はおやつにした。もちろん、昼ご飯の代わりはケーキだ。さすがにご飯を食べた上でこの量のケーキはきつい。


「ん。美味しい。生クリームだけだと甘かったけど、果物とかスポンジと一緒だとちょうどいい甘さ加減になってるね。」

「イチゴに粉砂糖かけてもよさそうだけど・・・それかナパージュとか。」

「ナパージュはどっちかっていうとフルーツタルトとか、果物がたくさん乗ったやつの方が見栄えいいんじゃない?」

「そうですね。ショートケーキではあまりしないですかね。ないわけではないのですが・・・。」


何かを食べるたびにこうして評論会をしている。本当はもっといろんな人に食べてもらって感想を貰える方がいいんだろうけど、こじんまりとしたこの店に従業員4人となるとこうなる。

あとは開店して、食べたお客さんがどういう反応をするのか見て改善していかなければと思っている。


開店まであとわずか。

こうして準備を進めていくのだった。

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