27.卒業とさようなら
休みが明けたその週の半ば。シュナイザーに捕まった。
連れ込まれたのは校門前の道から少し外れた大きな楠の下。日は西の空に傾き、生徒達は寮へ続く道をのんびりと歩いていた。
手首を掴んで木の根元まで引っ張られ、立ち止まった時に痛いと言って手を振り払った。見上げた顔はいつもになく険しい。思わず引っ張られていた方と反対の手――鞄を肩から掛けていたのだが――その手で持ち手をギュッと握りしめた。
「絶縁とはどういうことだ。子爵令嬢でなくなるからと婚約もなかったことにされたぞ。」
早速伯爵家へ手紙を送ったのだろう。ただ、この口ぶりだとあまり詳しい話は彼には伝わっていないようだ。
「すみません。もうあの家にはいられないので卒業後は平民として生きていきます。あなたはどうぞニック令嬢とお幸せに。」
傍から見た人がいるなら、すみませんと言っておきながら少しも悪びれた顔をしていないと思っただろう。だって自分としては悪いことをしたとは思っていないんですもの。むしろ、彼女と一緒にいられるように後押しをする自分、優しくない?――と密かに思っていたのは内緒だ。
なのに、堪えるようになぜか唇を嚙みしめている。
「馬鹿なことを言うな!俺は・・・俺は、諦めないからな。」
「何を――。・・・嫌いな相手と結婚を免れてせいせいするでしょう?」
「嫌いだなんて言ったことはない!」
「言っていなくても思ってはいたでしょう?今まで素っ気なかったし、会うたび眉間にしわが寄っていましたよ?」
苦虫を踏んだような顔をしつつトーンの下がった声というか、どすの効いた声というか、そんな地を這うような声が発された。そしてどんどん声が大きくなる。
言い返されそうなタイミングでざわざわとした周囲の音がふいと耳に入ってきた。
後ろを振り返れば少し離れた所で野次馬のように人だかりができ、こちらを好奇の目で見ていた。
思わず淑女らしからぬ舌打ちを打ちそうになった。
「人が集まってきたのでこの辺で。では失礼します。」
ぞんざいに会釈をして人だかりの中をかき分けて入っていった。
「すごい噂になっているけど本当なの?」
「うん。」
観客が多かったからか、次の日には学校中に知れ渡ることになったあの時の会話。
家に縁を切られ平民落ちとなると噂が広まってからは、私に話しかける人はめっきり減った。ただ、詳しい話を聞きたそうな、そんな顔をした人が遠くから見てくるだけだ。
「しばらくは1人にならない方がいいわね。大変だし面倒だろうけど必ず私たちと一緒に行動してね。たとえそれがお花を摘むためでも、ね。」
心配そうな顔をしているトルティーナだが、一緒にいるのは今までだって変わりない。
「それ、今までと変わってないじゃん。」
「たしかに。」
冷静なラリアンのつっこみに思わずくすりと笑みがこぼれた。
「2人ともありがとう。卒業まで迷惑をかけるけどごめんね。」
「全然!そんなのは良いのよ。で、縁切りまで話がいっているってことはあっちは順調ってことね?」
「うん。準備中だよ、そっちは。」
「開いたら呼んでちょうだいね。絶対に行くから。」
「ありがとう。」
卒業前に面倒事で2人に迷惑をかけてしまうが、今更しょうがない。残り少ない学校生活は静かにしていようと決心した。
大人しくしていたからか、ニック男爵令嬢や他の生徒に絡まれることもなくあっという間に1ヵ月が過ぎ去った。シュナイザーが時々声をかけようとしてくるが、両サイドをラリアンとトルティーナで固められた私は、彼女たちに守られるように避けていた。だが、それも卒業1週間前まで。
卒業前になると退寮し、自宅にいることになる。卒業生は何もすることがなく、教師陣や下級生が卒業式の準備で忙しくなるからだ。
だから、その間に荷物をまとめ、少しずつ店に持って行っていた。
といっても平民になったら使えない物たちばかりであるため、使えるものは限られていた。もう、2度と帰らないから、ドレスは古着屋に売った。貴金属も気に入っているものは持って行く用としてまとめ、その他は売ってしまった。
だから、この家を出るころには、自分の部屋には何もなかった。元々物もあまり置いてはなかったが、それさえもなくなったがらんとした部屋はどこか哀愁漂う。自分の部屋なのに自分の部屋ではないみたいだ。
化粧道具や卒業式後に着る服など、残りの少ない荷物を持ち、最後に自分の部屋を見収めてアカデミックドレス姿で両親に挨拶をしにいった。
「今までお世話になりました。では、行って参ります。」
終始無言で冷たく刺さるような視線ではあったが、あと少しだと思うと何も感じない。
玄関には長兄夫婦と次兄がいた。
「行くのか。」
「お前のせいでしばらく外を歩けねえよ。・・・チッ、早く行っちまえ。」
長兄は言葉少なだが、次兄はこの間のことや、今社交界で広まっている婚約破棄・絶縁でピリピリしていた。
半年前に我が家に嫁いできた長兄の奥さんだけは心配そうな顔でこちらを伺っていた。
「さようなら。もう二度と会うことはないでしょう。それでは。」
軽く会釈をして振り切るように前を向き、馬車が待機している場所まで闊歩した。
後ろからは私を罵るような声が聞こえたが、知らないふりをした。
こうして18年過ごした場所に別れを告げた――。
そして卒業式はあっという間に終わる。下級生に見送られ教室に戻り、担任から最後の話をされた後、家からの迎えが来てそれぞれが帰る。
私も、外で友人と話していたが、それぞれ迎えが来たためその場で見送った。彼女たちとはまた会えるのだが、なんだか寂しさが込み上げてきた。
気持ちを落ち着けるように1つ呼吸をする。私はこの後辻馬車でマッケナまで行くのだが、流石にアカデミックドレス姿では目立つため、馬車が来る所の近くにある公園のトイレで着替えようと思う。
そうして歩き出してすぐ。
「おい!ちょっと待て!」
シュナイザーだ。校舎から走ってきて少し髪が乱れ、こめかみから伝う汗が見えた。
「なんですか?急いでいるんですけど。」
「本当に・・・行くのか?」
「当たり前でしょう。」
つっけんどんな言い方をしたのだが特に気にした様子もなく、さっきの大きな声が嘘のように静かな声を出された。寂しそうなその表情はまるで捨てられた子犬のようにも見える。
「惚れた女をそんな危ない所に1人で行かせられるわけがないだろう・・・」
「何を戯言を。あなたにはニック男爵令嬢がいるでしょう?」
「違うんだ!彼女は違う。俺にはずっとお前だけだ。」
「信じられませんね。もう今更ですよ。・・・ほら、あなたの所の馬丁が困っていますよ。」
まるですがるように必死に弁明しようとしてくるが、すでに平民となった私にいくら言おうと関係性は戻せないのにと不思議に思う。
ただ、彼のここまで弱り切った姿を見たことがなかったため、こんな顔をすることもあるんだな、と他人事のように思っていた。
彼に迎えが待っていることを伝えると、ちょっとだけ待ってほしいと何度も言われるため渋々頷いた。道の端にいたのだが、そろそろ下級生も出てくる頃だろうと少し外れた木々まで歩く。
そうしたら、ちょっとだけと言っていた通り、すぐに戻ってきた。
「これだけ・・・卒業祝いに受け取ってくれるか?」
「は?まあ・・・花に罪はありませんから・・・」
受け取った花束は見事な真っ赤なチューリップ。そのうちの何本かは縁が白いもので綺麗だ。
指が少し動いた時にカサ、とラッピングされた紙が音を立てる。
ちょうど店に花瓶があるから、行ってから活けようと花を眺めながら考えていた。
馬車に乗り込むまで後ろ髪を引かれるように何度も私を見ていた彼には気付かずに。
こうして貴族生活とは別れを告げた。少し前までは大変だったが、最後はこうもあっけないもので少しだけ拍子抜けた。
さあ、行こう。
新天地へ。
まるで浮気した男性が言うセリフのようですが、本当に違うんです。マリアーナのように戯言を、と思ったそこのあなた。あらすじでチラリと書いていますが、彼が今までマリアーナに送った花や宝石の言葉を調べてください。




