26.絶縁宣告
「何馬鹿なことを言い出すんだ。そんなくだらないことで私の時間を無駄にさせるな。」
「彼の噂はお父様もご存じでしょう?・・・私は身を引きたいと思います。」
「どうせ愛人にするんだろう。愛人くらいいて何だというのだ。今まで育ててやった恩を返そうと思わないのか!」
「家は長兄が継ぎますし、次兄も有力貴族と結婚間近となれば私の婚約者の不祥事で台無しになってしまっては申し訳ありませんので。」
事の発端は冬も終わりに近づく頃。
マッケナの店に物が運び込まれ、春先に植える予定だった果樹を植えてもらったのを確認した後。
たまたまエイミたち4人で歩いていた場所がいわゆるデートスポットとして名を馳せる場所だったのだが、そこに運悪く次兄とその婚約者がいた。そこにもう1つ運悪く自分の婚約者ことシュナイザーとニック男爵令嬢が2人でいたこと、さらには次兄の婚約者がシュナイザーを私の婚約者だと知っていたことと運の悪いことが重なった。
庶民と共に歩いているのを見た兄に思いっきり顔をしかめられたが、男1人に女3人であったため特にはその場で咎められはしなかった。
問題はシュナイザーの方。
レベッカ・ニックのことは次兄もその婚約者もよくは知らないようだったが、服装からして庶民ではないことは察したようだ。そんな令嬢と親し気に(本当はニック令嬢がそう見せかけていたのだが)それもデートスポットを歩いているもんだから婚約者さんは浮気だと思ったようだ。
「ねえ、カイル?見間違いじゃなければあの方はあなたの妹の婚約者じゃなかったかしら?」
「え?あ、ああ・・・残念ながらその婚約者であってる。」
「結婚前から浮気をするような家の方と縁続きになるのはちょっと・・・それにマリアーナさんに失礼だわ。」
「俺たちも知らなかったんだ。帰ったら親父と話をするから・・・」
一方のシュナイザーは私と兄とに見られて顔を真っ青にしていた。何か言おうとたまに口を開けるもののそれが音をなすことは終ぞなかった。
兄の方は兄の方で婚約破棄されたら困るため焦っていた。相手の令嬢はシュナイザーと同じ伯爵家の出であるが、その伯爵の位の中でも彼女は上位。兄の方も親が決めた婚約者であったが、2人の関係は意外と悪くはなかった。そこに水を差されたもんだから兄の方もたまったもんじゃない。私の存在を忘れているかのように焦っていた。
私の方も自分1人でいたわけではないためとても居心地の悪さを感じた。走ってこの場から去りたいのを必死に抑える。側に居る3人からは顔を見なくても戸惑いや同じ居心地の悪さといった感情が雰囲気で察せられた。
なんとか兄たちが去った後、シュナイザーの友人が手に荷物を抱えて小走りで来た。
「お待たせ~。・・・ん?どうした?なんか空気悪いな。――あ、お前の婚約者さんだよな。初めまして。シュナイザーの友人でレイモンドと言います。どうぞお見知りおきを。」
気まずい空気の中も特に気にせず笑顔で話しかけてくる彼。だが、あまりにタイミングが悪かった。どうやらニック令嬢がおねだりした物を買いに行っていたようだが、もう少し早く戻ってきてくれたらこんな修羅場にもならなかったのに・・・とちょっと恨みがましく思える。
まあ、婚約破棄の一手を担ってくれたと思えばいいのだろうか?
ただ、帰ってから兄と顔を合わすのが辛い。
そして冒頭に戻る。
家に帰ってからもちろん次兄に捕まえられたが、いつもよりすぐに解放された。私を怒るより、責め立てるより、彼女が自分の元を去ってしまうんじゃないかとの恐れの方が強く、頭を抱えて唸っていた。
そして本当は嫌だけど、本当に嫌だけど、父の執務室にノックして入った。入る前は動悸か?と思えるくらい心臓がバクバクしていて鬱々としていたが、兄はあんな状態だし仕方ない。恐れる気持ちをなんとか振り切り思い切って部屋に入った。
ノックをしたといえど急に入って仕事の邪魔をしたと不快をあらわにされた(そういえば緊張のあまりノックの後の返事を聞かなかった)が、私の顔をみて取り敢えず話だけは聞いてくれた。
しかし、やはりというか、婚約破棄には強い拒否を示された。
祖父同士のやり取りがあったといえど、こちらにうま味がないわけではない。こちらが欲しいものをあっちの家が持っているから、ということなのだが、どうしたものか。
婚約破棄しても利を得られるような案でも出せればいいのだが、あいにくそれは持ち合わせていなかった。
そしてこの話をしたことにも怒っていた。一夫一妻制ではあるが、愛人を抱える人も少なくなく、政略結婚をした夫婦間であっては特に暗黙の了解とされていた。
それにこの家では女性は男性の言うことに従順でなければならないため、それに反することをしたということにどんどん苛立ちを強くしているのだ。
「いつから口答えするようになった!女はもっとお淑やかにしていろ!」
机の上で握りしめていた両手を思いっきり机に叩きつける。その大きな音に思わず身がすくむが負けずと言い返した。どうせもう少しの辛抱だ。
「では、直接あちらにお会いしてお願いしてきます。」
「家の恥になるようなことをするなと言っているだろう!そんなことをすればお前とは縁を切るぞ!」
「構いません。卒業後は自分の好きに生きたいのです。」
「庶民の生活なぞしたことのないお前が?・・・・・・ふん。卒業までは待ってやるが卒業したらすぐにこの家を出ていけ。お前はもううちの子ではない。 ――いつまでここにいる。さっさとこの部屋から出ていけ!私は忙しいんだ。」
シュナイザーが男爵令嬢と懇意にしている噂は前からあり、ここ最近またよく聞かれるようになった。社交界での噂はすぐに広まるため両家とも知っているはずだ。親に言ってだめならゴードレン家に言うという脅しをかけて、さらに怒りをヒートアップさせてしまったが、おかげで絶縁を突き付けられることができた。
逸る気持ちと足を抑えつつ、自室に戻って、自分のテリトリーにいる安心からか手も足も震え出したが、それと時を同じくして実家を出る許可を貰えたため少し安心もした。
ただ、自分が庶民になるということはこの婚約はこちらの都合で破棄となるため、慰謝料が発生するだろう。まあ、シュナイザーにも落ち度があるためそこまで高額を請求されないだろうとは思うが、そればかりは自分ではどうしようもない。
この件はきっと父から伯爵家へ連絡すると思うからその返事を待つばかりだ。
これは、ちょうど卒業式1ヵ月前のことであった――。
妹には威張っているけど婚約者には弱い兄なのであった・・・




