22.グランオール音楽団
学生最後の夏休み。今年もベストラン家に集合してひと時を過ごした。
いつもと違うことと言えば最終日にトルティーナの婚約者を私たちに紹介されたことだろうか。
貴族階級では政略結婚がまだまだ多いのだが、それを良しとしないベストラン夫妻は自由に恋愛を楽しませてくれているらしい。そして、親戚の家に訪問した際に出会ったという彼(親戚の家にたまたま遊びに来ていたらしい)と意気投合し、いつしか想いを交わすようになったという。
どこぞの恋愛小説にありそうな話ではあるが、正直羨ましいし、本当に仲睦まじい2人の姿を見て幸せになって欲しいと思った。
その後は学校からの課題に、バイトに、店舗に関することにと忙しなく動き回っていた。
そして夏の終わりごろ、恒例の婚約者と会う日。出かけるからそのつもりでいるようにと手紙が来ていたため、今回もメイドが張り切って着飾ってくれた。暑いから外に出ればじっとりとかいた汗でおくれ毛が首に張り付きそうだ。暑いからしっかりまとめて欲しいと伝えたが、今はこれが流行りなんだと、せっかく婚約者と会うのだからいつも以上に綺麗かつ可愛くしていかないと、と力説され、あまりにものその圧に押し負けた結果がこれだ。
せめてドレスは見た目も涼し気にしようと、白と水色がベースのものにしてくれた。
そして彼が我が家に到着後、挨拶もそこそこにここに行くんだとチケットを渡された。
そこには大きくグランノール音楽団と書かれている。
『グランオール音楽団』
創立85年を迎えるこの音楽団は大陸一の規模とどの楽器もトップクラスの者たちが集まる。また、隣の内陸国シュリアを拠点とするが、国内外問わず、才能の優れたものだけが厳しい審査を通り所属可能となる。
予約は常に半年以上待ち。例え王族であろうと当日予約での席の確保は不可でそれでも他の人よりは優先されるため最短1ヵ月で予約がとれる。それも常に予約が出来るわけではなく、楽団から通知があったときのみ各国の窓口となっている場所限定であるため、チケット販売日はチケットを購入する人と予約する人で販売所がごった返しとなるのだ。買いに行ったことがある人曰く、毎回販売日は長蛇の列となるらしい。
しかも、一般的な楽団より0が1個は多い金額を払わなければならないため、必然的に裕福な高位貴族などでなければチケットを購入することはできない。
そんなすごいものをポンと渡され、思わず手が震えそうになる。裕福でない我が子爵家はこうやって貰いでもしない限り一生経験できない貴重なものだ。
だが、最近チケットを販売していたという噂を聞いていない気がする。
「ここ最近チケットは販売していなかったと思うけど・・・」
記憶をたどるが半年ほど前に販売していると聞いたような気がする程度である。
「ちょうど販売日が春休みだったんだ。だから買いに行った。来年は豪華にって去年から考えてたから。」
こんな高いものをわざわざ買って来てくれたんだ・・・音楽は眠くなるって言ってた人がわざわざこんな高いお金を出して・・・
と考えていたところで頭になにか引っ掛かる感じがした。
考え込んでハッと思い出す。
『・・・そうそう、シュナイザー様と今流行りの音楽会にも行ってきたんですぅ。行きたいって言ったら連れてってくれたんです。優しくて惚れちゃいますね!』
それはあのニック男爵令嬢の言葉。
「これ・・・あの人とも行ったの?」
「は?何だ急に?・・・あの人とは?」
「ニック男爵令嬢よ。春休みにあなたに連れていってもらったって言っていたわよ。――彼女と行った罪悪感からこれを渡されても嬉しくない。馬車を止めて。帰るわ。」
しばらく何を言われているのか分からないといった顔をしていた彼だが、何か思い出したようにハッとした顔に変わる。
「あの時そんなことを言っていたのか!違う、あの日は本当にこのチケットを買うために行っていたんだ。成人になる年の誕生日祝いに良いと思って。そしたらそこで彼女に会って。ちょうどチケットを2枚持っていたけど一緒に行く予定だった人が行けなくなったとかで誘われたんだ。もったいないしって。確かに軽率な行動だったと思う、すまない。」
必死な顔をして説明する彼は焦っているのかいつもより早口だ。こんな焦っている顔を見たことがないから、この人もこんな顔するんだ、と思考は別の所にあった。
しかも謝罪までされる。普段の彼ならあり得ないと思って何か悪い物でも食べたんじゃないかと疑ってしまうほどに。
彼の説明を信じて良いのか分からないが、私ももったいないと思うから結局は行くことにした。
大きな音楽堂の周囲は馬車で混雑しており近くまではなんとか行けたが、その後は歩いた方が早そうだと判断し、シュナイザーにエスコートされ、人の波にそって建物の中に入った。
天井高いそこはドーム状になっている。入り口の上の方はステンドグラスとなっており、外からの光が中に反射して幻想的だ。
受付を済ませ大ホールに入っていくと、既に半分以上席は埋まっていた。チケットに記載された席番まで行くと、後ろの方ではあるが真ん中の席だったため周りをよく見渡せる場所だった。臙脂色の1人用の椅子はクッション性に優れ、とても気持ちが良い。
着席してしばらくのち、ホール内の照明が落とされる。明るいのはステージの上のみだ。
指揮者が観客に会釈した後、指揮台に上がり背を向ける。指揮棒を静かに振り下ろして鳴り響くのはまずはフルートの静かで優しい音色。それに続いてクラリネット。
長閑な自然の中を緩やかに流れる川が想像できるような旋律。
その後は他の楽器も加わり音量が大きくなる。トランペットにバイオリン、他にも多くの楽器が演奏され、力強さが出てくる。そしてチェロやコントラバスなどの重厚な音。
そして最後はこの音楽堂に取り付けられているパイプオルガン。
大聖堂や一部の教会などにも設置されているが、それ自体が高額で維持費も馬鹿にならないくらいかかるため、すべての音楽堂に設置されているわけではない。幸いこの国内で一番大きなこの音楽堂には設置されていたが。
スポットライトを浴び、独壇場となったその音色は会場中に響き渡り、人々を圧巻させた。
音色が完全に消えると割れるような拍手が巻き起こる。もちろん自分たちも今までで一番必死に手を叩いた。興奮はまだすぐには覚めない。
キャストが全て幕裏に下がると観客がぞろぞろと出口に向かって歩いて行く、。先ほどまでの演奏で圧倒されて動けないでいた私もようやく立ち上がることが出来てシュナイザーと共に人混みに紛れていった。
「今日は連れて来てくれてありがとう。とてもいい演奏だったわ。」
馬車に乗りすぐに礼を言う。まだ耳の奥で先ほどの演奏が響いているような気がする。どこかまだ夢の中にいるようなふわふわした気持ちだ。上気した顔で興奮したままに伝えれば勢いを付けてそっぽを向かれる。
「まあ、たしかに良い演奏だった。」
小声で聞き取りにくかったが耳がほんのり赤く染まっていたのを目聡く見つける。こっちもめずらしく礼を言ったから照れてるの?
その後誕生日プレゼントといってパパラチアサファイアであしらわれたブレスレットとゴデチアとグラジオラスの花束をもらい、礼を言ったが、正直先ほどの音楽団の演奏が一番嬉しかった。
この日、ちょっとだけ彼を見直した。――現金な奴だって?自分でも思うけど、それぐらいに素敵だったのだ。これはもう一生の思い出にする!
そしてシュナイザーに馬車の側で見送られながら、いつになく上機嫌で屋敷に入っていくのだった――。




