第六話 「成長」
闘覇が異空間に来てから一年が過ぎていた。身体はまだ小さいものの確実に成長しており、魔術の修練も着実に進んでいた。
戦闘訓練場での戦闘にも慣れ、レベル1に苦戦していた頃に比べれば見違えるほどに動きも良くなっていた。
現在、闘覇はレベル30の敵と一対一で戦っていた。レベル30ともなれば、あの世界の平均的な軍人クラスの実力がある。更に今回出てきた敵は人型の仮想敵であり、そのため人間と同じ戦い方をしてきていた。
「ゲゲゲゲゲ」
仮想敵が不気味な声を上げながら、魔術による攻撃を放ってくる。中級魔術の【ファイアアロー】である。中級魔術の中では威力が高く、速さも申し分ない。
習得難度はやや高いが、訓練さえすればかなりの人が習得できるため、戦闘でよく使われる魔術であった。
闘覇は仮想敵が放った【ファイアアロー】を魔術によって強化した身体で難なく避けると、素早く接近する。
「ゲゲ」
仮想敵は近づいてきた闘覇を持っていた剣で斬りつけようとするが、それを紙一重で避けると闘覇は拳による攻撃を放つ。
さらに、攻撃を放つ時に魔術を発動させ、拳撃の威力を更に引き上げると、闘覇は仮想敵の鳩尾部分を殴り飛ばした。
「ゲ、ゲ、ゲゲゲ…………」
仮想敵は腹に風穴を開けられ、地に倒れ伏す。最初は僅かに痙攣していたが、数秒もすると完全に動かなくなり、光となって消えていった。
「いい感じかな?作った魔術も有効に機能してるし、レベル30くらいは1対1なら難なく対処できるようになったしな」
闘覇は戦闘訓練を終え、訓練の振り返りをしていた。制約により、支援型に限れば強大な魔術を使えるようになった闘覇はまだ子供の肉体であるために低い身体能力のハンデを補って余りあるだけの強さを得ることができていた。
(魔術で強化して物理で殴るっていうのも、ありといえばありなんだが、どうせならさっきの敵が使ってきた魔術も使ってみたいな。あれこそまさに魔術って感じの魔術だし。何よりかっこいいし)
強くなれることに文句は無い闘覇であったが支援型の魔術しか使えず、魔力も離れると霧散する性質を持っているために使える魔術が酷く限定されていた。
一応、魔導具などを使えば支援型以外の魔術も使えるのだが魔力が霧散する性質であることが足を引っ張り、先ほど戦った敵が使っていた【ファイアアロー】のような魔術を使おうとすると、すぐに霧散してしまい、実用に耐えるレベルではなかった。
(まぁ、クヨクヨしてもしょうがないし、やれる事でやっていくしか無いか。魔力も自分の魔力を込めるんじゃなくて自然魔力を魔導具に溜めてそれを使って魔術を使えば、【ファイアアロー】みたいな魔術も使えるんだし)
闘覇は自分を励ましながら新たな魔術を作り出すべく、魔術訓練場に向かうことにした。
魔術訓練場に来た闘覇は魔術の実験に勤しんでいた。魔術訓練場では闘覇は魔術によって傷つくことはなく、またこの空間にいる限り、使った端から魔力が補充されていくため、望む限りの魔術訓練をすることができた。
闘覇がまず先に試したのが特性付与の魔術であった。特性付与の魔術とは様々な存在に多種多様の特性を付与する魔術のことである。使用する属性によって付与できる特性は変わってくる。火属性であれば熱やエネルギー関連などの特性を付与することが可能となる。
(さて、何を作ろうか。身体能力強化と打撃強化とかの強化の魔術しか使えないし、特性付与の魔術は今のところ作れてないからな。これじゃただの物理攻撃と変わらないし)
思案を重ねながら闘覇は術式を組み上げていき、ある程度までいったら試し撃ちをするといった工程を繰り返していった。
通常であれば不慮の事故を避けるために作った術式の実践は検査に検査を重ねた上で安全性や術式内容の誤りの有無などを検討し尽くしてから行なうのだが、この空間の特質性により闘覇は試行錯誤を重ねていくことが出来ていた。そうして幾つかの術式を試していたのだが
「うぉ!ビックリした!」
闘覇が術式を試し続けていると、ある段階で術式が闘覇の予期せぬ挙動を起こした。次の瞬間、大量の小さな黄色い光の粒が闘覇の周りから発生していた。この光の粒は術式などで闘覇に危害が発生しうる術式が発動された場合、それを知らせるためのものである。
この空間では闘覇は傷つくことはないが、それでは発動させた術式が安全かどうかの判断ができないため、その魔術が発動した場合の闘覇への危険度を上から赤、黄色、緑の三種類で色分けし、危険度に応じた色の光の粒を出す事でその魔術が危険かどうかの指標としている。
また、実際に闘覇が使った魔術をがどのような影響を及ぼしていたのかを知るためにコンソールを操作する事で実際の状況を知ることも出来た。
闘覇がコンソールを操作して先ほど発動させた魔術の予測映像を見てみる。予測映像の中の闘覇は魔術を発動させた瞬間、火に包まれて火だるまになっていた。
(なかなかに酷いなこれは。何処かで術式内容を間違えたかな。後で確認しておかないとな)
闘覇は実験で使った魔術が予想と違う挙動をした原因を探しながら術式を書き直していく。そうして闘覇はその日一日の残りの時間を術式の整備に充てて過ごした。
青々と木々が茂る密林の中に疾走していく小さな影があった。闘覇である。闘覇は朝からずっと環境適応訓練場に篭って訓練をしていた。何度か罠や動物の攻撃を受けてしまい、スタート地点に戻されていたが最初に来た時に比べれば格段に成長しており、今は一時間以上密林を駆け続けることができていた。駆け抜ける闘覇を倒そうと数多の動物たちや罠が襲い掛かるがその全てが苦もせずに避けられていく。
そうこうしているうちに闘覇は密林を走り抜けることに成功する。駆け抜けたその先にあったのは一面砂だらけの砂漠であった。
改めて見ると凄いなと思いながら闘覇は砂の上を駆けていく。罠や動物は砂の中から出てくる確率が高そうだなと考えながら、その他の部分に注意を払いつつ、地面への意識の割合を増やす。
しかし十分ほど走り続けても、一向に罠や動物などの障害が出てくる気配がないので此処には罠や動物の類はなく砂漠には砂漠の訓練が用意されているのだろうか、とも考えたが答えらしき答えも浮かんでこなかったので闘覇はとりあえず走り続けることにした。
「はぁ、はぁ、はぁ。一体いつになったら砂漠を抜けるんだ。かなり走ったはずだぞ」
闘覇は三時間ほど砂漠を走り続けたが、ただ変わり映えのしない砂漠の景色があるだけであり、一向に次の場所に着きそうな様子はないことに痺れを切らしていた。
望めばスタート地点まで戻れる仕組みであるため、戻ろうと思えば戻れるのだがどうせここまで来たからには行けるところまで行こうと考えており、闘覇は足が動かなくなるまで走り続けることにした。
そして更に一時間ほど走り続けた頃であった。
(ようやく変化が出てきたな)
これまで変わり映えしなかった景色に変化が生じていた。砂漠であることは変わらないのだが、至る所に大きな穴が空いていた。穴を見てみると中にはいろいろな形状をした巨大生物がおり、穴に落ちた敵を今か今かと待ち構えている。
「ようやく景色が変わってきたな。それじゃあ行きますか」
同じ景色で飽きが来ていた闘覇はようやく面白くなってきたなと笑みを浮かべ、走り出していく。
(穴の中はもちろんのこと、その周辺も注意だな。穴の中からこっちまで攻撃してくる奴もいるかもしれないし、一応上の方も注意しておくか、雲一つない晴天だから何かが来たらすぐ分かるから可能性は低いだろうけど)
どんな攻撃が来るか分からないため、全方面に意識を向けながら闘覇は砂を巻き上げて疾走する。このまま砂漠を駆け抜けて次のステージに行くのかと思われたが
スボッ
「あぁ?」
突然闘覇は砂の中に腰まで体が沈まってしまう。流砂である。流砂に沈んでしまった闘覇は身動きが取れなくなってしまう。魔術で強化した身体能力で抜け出そうとするが、まるで砂の中で誰かが足を引っ張っているのではないかと思うほどに砂がとても重く、簡単には抜け出せそうにない。
そしてその機を狙い澄ましたかのように穴から巨大生物たちが出てくる。
「え?マジで。……ちょっとタイム貰えません?」
闘覇の言葉は無視され、巨大生物は闘覇に襲い掛かる。せめてもの抵抗として襲い掛かってくる生物をまだ砂に沈んでいない両腕を使って殴り飛ばすが多勢に無勢であった。こうして闘覇はあえなくスタート地点まで戻されてしまった。