第十六話 「この世界に来て」
———時は少し遡る———
(やっぱり夜は寒いな。いつまでこうしていればいいんだろうな)
闘覇は一人、寒空の下で空腹に悩まされながらそんなことを考えていた。
(別に準備期間が終わったからと言ってすぐに事件が起こるとも限らないしな、でもなんか嫌な予感がするんだよな)
今すぐにでも事件が起こるとは限らないだろうと考えた闘覇であったが、同時に説明しようのない直感ともいうべきものが何か起こるのではと囁いているようにも感じていた。
(とりあえずもう少しだけ様子見を——)
闘覇が様子見を続行しようかどうか考えていた、そのときであった。
一瞬、腕の刻印が輝くと同時に、闘覇の頭の中に洪水のような数多の情報が流れ込んでくる。
それはアリシアたちが浄星再誕教会に襲われてから現在に至るまでのことに関するものであった。
現時点で、既に護衛は全員やられており、決着がほぼついている状態となっていた。
(おいおい、マジかよ。かなり切羽詰まってるじゃん)
そう考えた闘覇はすぐさま、アリシアたちを救うためのプランを練り始めていく。
(馬鹿正直にホテルの中から上がっていったら間に合わないな。仕方ない——)
そう考えるや否や、闘覇は素早く跳躍し、ホテルの壁を神器と支援魔術を使い、忍者さながらに駆け上がっていく。
「戦星変奏——」
紡がれるは万象を斬る断絶の具現。神器は持ち主の意思に従い、糸と成りて全てを斬り裂く刃へと変わっていく。
「斬煌のベテルギウス」
そして闘覇はホテルの壁と侵入者を拒む不可侵の結界を斬り刻み、騒乱の中心へと身を投げる。
(敵は七、強いのが二人、裏切ったのが五人。アリシア側はアリシア以外戦闘不能。アリシアもそれに近い状態。アリシアの従者には傷が深いものもいる。となると治療の時間も考えるとあまり長引かせられない)
瞬時に状況を整理しながら、先手を取るために次の手を最速で打ちにいく。
(とりあえず、アリシアたちからアイツらを引き剥がさなきゃな)
そして数多の手札の中から最適な一枚を切って行く
「戦星変奏・散荷のメルキアデス」
その一撃により、全ての敵が壁にめり込むまでの威力で吹き飛ばされた。
謎の男の登場にアリシアは少しの困惑と同時に、自分でも理解できないほど安堵感に包まれていた。
普段なら見知らぬ男に抱き上げられれば少なからず嫌悪感を覚える彼女だが、今は自分でも不思議なほどにその男に抱かれていることに安心感を覚えていた。
「貴方は?」
「俺の名前は神崎闘覇、君の味方だ。すまないが詳しい説明は後にさせてくれ。まずは周りに倒れてる君の仲間を助けないといけない」
闘覇は周りの従者たちを糸で持ち上げて一箇所に纏める。
「一つ質問だが、ここにいるので君の仲間は全員か?他のところにはいないな?」
「え、ええ。ここにいるので全員よ」
「ありがとう。ならば問題ない」
そういうと闘覇はアリシアに対してこれからの事を説明する。
「これから君たちを守るための壁をつくる、君も中に入って他の仲間たちを治療してほしい。君の従者の中には危ない人たちもいるはずだ。頼んでもいいか?」
「それは……構わないけど、貴方はどうするの?」
「俺はアイツらを倒す。こう見えても俺は強いから心配はいらない」
「でも、そんなの、危険だわ」
「大丈夫、安心してくれ。これでも俺は強いんだ」
そういうと闘覇はポンとアリシアの頭を撫でる。少しくすぐったさを覚えるアリシアであったが、同時にホッとするようなものが心に満たされて行くのを感じた。
「戦星変奏・守典のアセルス」
そして神器の過半以上を用いてアリシアたちを守るための防壁を築いて行く。
「そんな泣きそうな顔をしないでくれ。俺は大丈夫だから」
「分かったわ、でもお願い。絶対に死なないで」
「安心してくれ。全員ぶっ倒して戻ってくるから」
そして闘覇はアリシアに笑いかけながら防壁を構築し、敵へと身を翻した。
「イった。思いっきり吹き飛ばしやがったな。てかマジかよ、ここ何階だと思ってるんだ」
壁にめり込んだ己の身体を引き抜きながらアルバスは周囲を警戒し続ける。追撃してこないことに甘さを感じていたが、ならばそれはそれで問題ないと割り切り、他の疑問について意識を移して行く。
「おい、グラン。このままじゃ外から丸見えだけど大丈夫なのか?てか結界で誰も出入りできないようになってるんじゃなかったのか?」
「問題ない、結界でこの一帯は外部からは異変がないように見えているはずだし、外から中に入るのを防ぐ結界と中から外に出る結界、そして外部からの隠蔽を図る結界はそれぞれ独立して存在している。見たところ外から中に入る結界は破られたがそれ以外は無事だ。それに破壊された結界もすぐに再生する。それよりも今はコイツだ」
そうしてアルバスと同様に壁から体を引き抜いて床の上に立つとグランは闘覇に向かって問いかける。
「何者だお前は?」
「うん、俺か?俺の名前は神崎闘覇。通りすがりの一般人だよ」
その名前を聞いたアルバスたちは怪訝そうな表情を浮かべる。まったく聞いたことの無い名前だったからだ。
「神崎闘覇?聞いたことねぇ名前だな?何か知ってるか、グラン?」
「いや、俺も知らん?お前らはどうだ?あいつはアリシアの知り合いか?」
クララたちに問いかけるグラン。しかし返ってきたのは否定の答えであった。
「そうか。色々と聞きたいこともあるがまぁいい。とりあえず障害である事は確定している。殺すぞ、そろそろタイムリミットが近い。いつ神無月輝夜がここに来てもおかしくない。そしたら全てが水の泡だ」
「オッケー、男をいたぶっても面白くねぇしな。さっさとクビッて帰るとしますかね」
アルバスたちの言葉に闘覇は挑発するかのように言葉を送る。
「残念ながらそれは無理だな。だって君たちは俺に倒されるのだから」
瞬間、空気が一変するのが分かった。気温が下がったかのように錯覚し、まるで晴れていた空が吹雪に切り替わったかのようですらあった。
「そうかそうか、よしぶっ殺してやるよ、このクソガキ」
「喚くのも大概にしたほうがいいぞ。劣種」
二人は挑発の言葉に対して濃密な殺意を叩きつけることで返答とする。そして闘覇はその殺気をまるでそよ風としか思っていないかのように受け流しながら開戦の言葉を告げる。
「いいからかかってこい。全員まとめて叩き潰してやるから」
そして、轟音と共に殺し合いが幕を開けた。
戦いが始まってから30秒としないうちにその場に立っているのは闘覇、アルバス、グランの3人だけとなっていた。残りは闘覇が放った"真撃のレグルス"により魔力量を著しく削られ、最終的には捕まり、壁に縫い付けられていた。
また残った三人による戦いも天秤が一方に傾いて行くのが、戦っている全員に知らしめられて行く。
アルバスが拳を振るうたびに周りが壊され、グランが魔術を行使するたびに周囲が砕けて行く。だが闘覇はその全てを容易く迎撃し、二人に対して傷を刻み続けていた。
「戦星変奏・散荷のメルキアデス」
闘覇の言葉と共にコートが糸に転じては辺り一面にがばら撒かれ、アルバスとグランに迫って行く。どうにかして避けようと、もがく二人だったが、あまりの密度に対処しきれずに凄まじい速度で外の方向にまで吹き飛ばされていった。
結界があるため、闘覇が開けた壁から外に放り出されることこそなかったものの、馬鹿げた速度で吹っ飛ばされて結界に激突したからか、少なくないダメージを負ってしまった。
「クソが」
「クッ」
どうにかして気力を振り絞り立ち上がるものの、ボロボロであるのは一眼見ればわかるほどに激しい負傷をしていた。
「もう諦めたらどうだ。降伏すれば命までは取らない。俺もできることなら殺しはしたくないからな」
使用可能な分の神器を全て、自身の近くの一点に収束させながら、闘覇は降伏勧告を行う。
その言葉にアルバスとグランは各々の反応を示す。
(ふざけんな、このまま終われるか、例え死んでも道連れにしてやる)
(おそらくこのままでは負けるな、ならばやれるだけのことをやるか)
アルバスは闘覇の言葉になめられていると感じ、怒りからどんな手を使っても闘覇を道連れにしようと最後の突撃を行おうとする。
一方でグランは冷静に自分の死を悟りつつ、何が出来るかについて頭を回しながら、次の行動に動こうとしていた。
しかし共通していることもあった。それは二人ともこの攻撃が最後になるだろうと確信していることだった。
「オオォォォォォォォォ!!」
アルバスは残りの全魔力を身体強化と防御に注ぎ込みながら最後の特攻を仕掛けた。
そしてその行動に呼応するかのようにグランも行動に移る。
グランは闘覇ではなく、後ろにいるアリシアたちに向けて魔術を放った。それは、せめて従者の一人でも殺せればアリシアの心に傷をつけることができると考えてのことだった。
(そうか……。残念だな)
闘覇は彼らの選択に落胆を覚えながら、この戦闘の幕を引くために終わりの一撃を放つための準備を行う。アリシアたちの防御や裏切った従者たちを縛り付けておくために使っているものを除いた、今、闘覇が使える神器を全て糸に変え、それを収束させながら円を作り、それを前に突き出した。
「戦星変奏——」
この場にて振るわれるのは戦星変奏の中でも選りすぐりに強力なもの。十二星天を除けば最強の技である。その名は——
「無常のシリウス」
そして、その一撃によって、アリシアたちに向かって放たれた魔術も、アルバスも、グランも、壁も、結界も、目の前の全てが消し飛ばされた。
「終わったよ」
闘覇はそう言いながら神器を解き、アリシアたちを解放して行く。するとアリシアは弾丸のような速度で闘覇に向かって飛びついてきた。
「大丈夫、怪我はない」
「あぁ、大丈夫だよ。それと………とりあえず離れてくれると助かる」
闘覇がそういうと自分のした事に気がついたのか、顔を赤くしながら、アリシアはそっと闘覇の体から離れる。
「とりあえず、あの五人は捕縛しておいた。主犯らしい二人については分からない。生死不明だ。そっちは大丈夫かな?傷が深い人はいないかい?」
「ええ、大丈夫よ。貴方のおかげでどうにか命の危機は脱したわ。今はみんな気絶しているけど時期に目覚めると思う。誰も死なずにすんだのは貴方のおかげよ」
「そっか。それならよかった」
闘覇は全員の無事を聞き、フッと張り詰めた気を少しずつほぐして行く。周囲の警戒は怠っていないものの、何処か心に余裕を持つことが出来ていた。
するとアリシアが恐る恐るといった様子で闘覇に話しかけようとしていた。
「その……えっと……なんで貴方は私たちを助けてくれたの?」
それはある意味では当然の疑問であった。アリシアから見てみれば闘覇は初対面の人間であり、そんな人間がこんな状況でいきなり現れれば疑問の一つも覚えてしまうだろう。
「そうだな、色々と理由はあるけど、一番の理由としては、あれかな——」
そう言って一呼吸置くと、闘覇はアリシアの目をまっすぐ見ながら答えを言う。
「君たちに生きて幸せになって欲しかったからかな」
その言葉を聞いたアリシアは不意に瞳に涙を滲ませる。闘覇はしまった、何かやってしまったか、とオロオロとしていたものの、何かを話しかけることもできずにいた、そしてしばらくしていると——
「ごめんなさい。いきなり泣き出してしまって」
涙が止まり、目を赤くはらしながらアリシアは闘覇にまっすぐとした視線を向ける。その視線には決意と不安が混ざり合ったようなものがあった。
そしてアリシアは意を決して伝えようと思っていた言葉を口にする。
「その……神崎さん」
「闘覇でいいよ。呼び捨てで構わない」
「闘覇、その——」
そして
「ありがとう。私たちを助けてくれて」
「………」
その言葉を聞いて闘覇は——
「……どういたしまして」
この世界に来てよかったと心から思うことが出来た。
用語集 散荷のメルキアデス
戦星変奏の内の一つであり、付与されている効果は圧力操作。これにより、この魔術を使っている間に神器で対象にかけた力の圧力を自由に操ることができる。
そのため、対象の全体に満遍なく圧力を分散させ吹き飛ばすことも、一点に圧力を集中させて貫くことも自在となる。
闘覇は主に何かを吹き飛ばす時などに使用している。




