ナビゲーター
大きな岩がいくつも重なっていた。
部屋のような空間を作っている所もあれば、自然に積み重なっているだけのように見える所もあった。人間の生活や、生き物の住処になっているような痕跡は見当たらない。
俺は岩場の周辺を撫でるように見渡して途方に暮れた。
岩場をもっと奥まで入っていけば何かわかるかもしれないが、奥に入っていく勇気はなかったし、仮に何かわかったとしても分からないナニカがわかるだけで、どうしようもないことには変わらない気がした。鬱蒼とした森に入っていくのはもっと怖かった。
ちょうどいい大きさの岩に腰を下ろし、頭を垂れる。
「なんなんだよコレ...」
異世界転生のようなものなのだろうか。いや、生まれ変わったわけではないから異世界転移という扱いになるのだろうか。
「普通こういうのって、ナビゲーターみたいなのがいるんじゃなかよ...」
異世界転生の物語に詳しいわけではないが、俺が知っている物語には基本的にナビゲーターに相当するキャラクターがいた。地球から勇者を召喚したと思ってる召喚師、生まれ変わりの間に入る神、善意の第三者、機械的なガイドライン、エトセトラえとせとら...。ステータスオープン呟いてみても、ただ恥ずかしくなっただけだった。
だがここが異世界だと決まったわけじゃない。地球上でのワープ的な可能性や、宇宙人のナニカシラ的な可能性もある。
空を見上げる。空は青い。雲的な物もあるし、太陽的な物もある。異世界と言ってしまうには地球的だ。俺は天文学者でも植物学者でも土壌学者でもないので、何も断じることができない。普通なら一緒に転移してきた植物学者的な奴が「この植物は地球には存在しない植物だ!つまりここは地球じゃないから異世界だ!」的な導きをしてくれるはずだった。何が普通かはさておき。
「ベッドで寝りゃよかった」と愚痴りながら空を眺めていると、背後からガシャリと金属的な物音が聞こえた。
驚きと恐怖と安堵を混じり合わせながらゆっくりと振り返ると、傷だらけのダサい鎧を付けた血まみれの男が、岩に寄りかかりながらこちらを見ていた。
人だ、と思って立ち上がったが、それ以上は恐怖と戸惑いで動けなかった。血まみれの男はよく見ると剣をらしき物を持っている。立ちすくむために立ちあがった形になったが、そんな事を気にしている余裕はなかった。
男とは会話が出来なかった。男が話す言葉はもちろん日本語ではなく、英語やフランス語、中国語でもない。つまり聞き馴染みのない言葉だった。俺が言語学者なら地球に存在する言語かどうか判別できたのだろうが、表計算ソフトを使えるだけの一般的な元会社員だ。
濃い茶色の髪と瞳。肌は欧米人にもアジア人にも見える色だった。俺が人類学者なら何人かわかって...まあいいか。
発音が合っているかは分からないが、男の名前は【ヘヤ】というらしかった。
俺とヘヤは身振り手振りや地面に絵を描いて意思の疎通を図った。ヘヤが異世界におけるナビゲーターならば、当然のように会話ができるはずなのだが、異世界ではなくワープや宇宙人パターンなのだろうか。
ヘヤが血まみれなのは、誰かと争っているかららしかった。それが戦争なのかコロッセオ的な決闘なのか、はたまた魔物との争いなのかまではわからない。とにかく誰かと争って、ピンチだから休憩で立ち寄ったみたいなニュアンスだった。傷だらけの鎧は簡素な物で、古代ヨーロッパ的なデザインではあるが、俺は歴史学者じゃないのでよく分からない。古代ヨーロッパ的なといのも、適当な知識なので合ってるのかもわからない。
ヘヤは血まみれな見た目とは違って気さくな奴だった。何語かわからない言葉をよく喋り、よく笑った。普段は人見知りな俺もヘヤにつられてよく喋り、よく笑った。半分は現実逃避だった。
お腹を抱えて笑いながら、タイムスリップ説もあるんだな、と今の現状を受け入れつつあった。