大きな手 【月夜譚No.45】
ずらりと並んだジャムの小瓶が、宝石のようにきらきらと輝いている。棚の何処を見ても綺麗で、いつまで経っても見飽きないような気がした。
その前の作業台で、一人の青年が手を動かしている。大きい掌に細い指先。そこから生まれるのは、繊細で美しい、芸術とも呼ぶべき菓子の数々。甘く美味しそうで、けれども食べてしまうのには勿体ないほどに素晴らしい出来だ。
少女は毎日それを見ていた。青年が創り出す世界に魅入られていた。少女の眼には、青年も菓子達も、その部屋も、全てが眩しく映った。自分もあんな風に菓子を作ることができたらと、何度も夢見た。時折青年の甘い匂いがする手で頭を撫でられながら、この手のように自分もなれるだろうかと心を浮き立たせた。
そして今、少女の中にはその想いだけが残された。少しは青年のそれに近づけただろうかと、広げた掌を空に掲げる。
あの優しかった青年はもういない。仄かに甘い匂いが何処からか漂って、少女の足許に一雫の粒が流れ落ちた。