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モーマンタイ  作者: 零々
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タイトルは何処に


衝動で書いた小説です…

誤字脱字ありまくりだと思います(*Ü*)


それでも宜しければ、楽しんで下さい


続編的なものも書きたい←願望




「それで、聖女様はいかほどに?」


「…………勉学は諦めた方が良いな」


「力の制御は出来ているみたいっすけど、自分で使えなきゃ意味ねぇすね」


「飯だけは誰よりも消費すんのになぁ」



嘲るような、馬鹿にしたような、どっちも同じ意味だけどそんな笑いが聞こえ私は息を止め立ち止まる


微かにアルコールの匂いがするから、珍しく彼らが揃って酔っているのだろう。そうでないと気配に聡い彼らが私がいる事に気付かない訳が無い


「それで、いつまであんな聖女をちやほやしなきゃなんねぇんすか」


「そうだな。私も暇ではない」


「はぁ…あれでも聖女には変わりないですから、機嫌を損ねると何を言い出すか」


「だから俺達がいんだろ?適当にご機嫌でも取ってれば聖女様も喜ぶだろうよ」



カツンとグラスが奏でる音が鼓膜に届く


「それで?誰か手ぇだしたのか?」


「は?冗談っすよね?誰があんな女。頼まれてもお断りっすね」


「…馬鹿は嫌いだ」


「ははは、さすがに有り得ませんね」



私はようやく震える吐息を吐き出し、その場から逃げた

この世界に召喚されたときに与えられた広い部屋に、逃げ込んだ私は天蓋付きのベッドに縋り付くようにして顔を埋める


分かっていたはずだった

頭も努力して平均値で、身体能力はほぼ皆無


何の苦労もせず親の庇護下の元で平和な世界で、ほんの少しの苦労だけで生きてきた凡人の私が異世界で聖女だなんて有り得ない


誰よりも優しい心とか、無垢で純粋だとか

自分より誰かを優先してしまう性根だとか、そんなものない


誰かに親切にするぐらいは状況によって私でも出来るだろう

だけど、それだけだ


争いなんて嫌いだし、人に流されるなんて当たり前



でも、それでも私なりに努力したんだ

知らない場所知らない世界、知らない人知らない街、知らない食べ物知らない歴史、知らない文字知らない常識、知らない知らない


そんな何もかもが異なった異世界と、生まれたときから培って来た価値観が相入れる訳もなく努力は実を結ばない


教えられる聖女としての振る舞い方

教えられる聖女としての勉学

教えられる聖女としての食事の仕方

教えられる聖女としての生きる糧


知らない知らない、分からない分からない


知らない世界で何を祈ればいい

知らない人の幸せをどうして祈ればいいの


それでも頼れるのは聖女として、私をこちらに呼んだ彼らと王様達で、必死に彼らの期待に応えようとした


嫌いな勉強も必死でしたし

見たことが無い食べ物も残さず食べた

嫌われないように笑顔で何でも言うことを聞いた



『聖女様、辛くはありませんか?何かあればいつでもお声かけ下さいね』


『……よく頑張ったな』


『聖女さんの作るお菓子、めっちゃ美味いっすね!』


『嬢ちゃん、元気だしな?嬢ちゃんは笑顔が似合ってる』



辛くなったとき、ふと与えられる言葉に元気になった

その何もかもがどうやら嘘だったようだ


人はほんの少しでも優しくされれば、少なからず相手に好印象を持つ

それがいつも優しくて、頼れるのが彼らだけで見た目もかっこよくて、異性としてまではいかなくても


信頼出来る人だと、思ってしまうじゃないか



ぐしりとシーツに鼻水を擦り付ける

すでに目元の部分はびしょびしょだ


何の取り柄もない普通の高校生が、突然異世界に来て王子様に見初められて、人々を救い元の世界に戻るか否かの葛藤を得て幸せになるなんておとぎ話でしかない



「……………帰りたいよ」



お母さんとお父さんに会いたい

ばぁちゃんとじぃちゃん、隣のおばちゃんに犬のポチ助

担任の浜やんに友達の百合ちゃん真由美、幸江、岡田くんに沖野

部活の先輩に後輩、会いたいよ会いたい


ひぐっと喉が鳴る

目が開けられないぐらいに熱を持っていて、だけど止まらない



喚いて、騒いで泣き叫びたいけど

辛うじて私の頭でもそれが駄目な事だと分かるから、布団に顔を埋めて声を殺して泣くんだ




*************



「聖女様、厨房の彼らから聞きましたよ?渡すものがあるのだとか」


「お!なんすか、お菓子っすか?」



にっこり微笑む神官様と、猫のように細い目を更に細める騎士様

昨日の言葉が嘘かのようにいつも通りの彼ら


「あー、すみません!お菓子を作ったんですけど途中で落としちゃったんです。それで崩れてしまって……」


今は私のお腹の中ですと、いつも通り歯を見せて笑う私

彼らの本心が分かった所で私の振る舞いは変わらない、変えられないのだ


嫌われないように必死で感情を隠す



「それより皆、昨日はどこにいたんですか?探しちゃいましたよー」



嘘をつくのは簡単だ

彼らも嘘つきなのだから、私も嘘に罪悪感を感じないですむ


瞼の腫れは聖女の力の治癒力で直した

だから私が彼らの昨日の会話を聞いた事は、誰にも分からない


あくまでも無邪気さを装って

言葉を失った二人に首を傾げた


「…………談話室で少々、」


「いっつも難しい話をあそこでしてますもんね!お休みだって聞いてたから違うかなって思ってたんですけど、行けば良かった!」


行きましたけど

行って知りたくない貴方達の本音を聞きましたけどね


「そうですか…。しかし聖女様のお菓子が食べられないとは残念です」


「ほんとすよー!次はいつ作るんすか?」



さも私の手作りが嬉しいんだとばかりに微笑む二人に、彼らの本心を知った今ですら本当のことかのように錯覚してしまうから、凄い演技力だと内心で感心する


けれど、きっと私が作ったお菓子なんて捨てられてるか、それともそこらの動物達の餌となってるか、渡した直後にゴミ箱へ直通なんだろう


動物達の餌になってるならまだいいけど、ゴミ箱へ行くことが分かってるのに何も知らない顔でお菓子を作るだなんて、私には出来そうにない


曖昧に笑って、作ったらお渡ししますね!とか適当に言えば満足そうに頷く二人


笑って二人と別れ、広い廊下を歩いていればにこやかに神官様達から挨拶をされそれに小さく笑い返す


吹き抜けの廊下から見える庭は季節関係なく色とりどりの花が咲いていて、部屋に飾る花を切り取ったり、参拝しに来る民衆の人達の憩いの場となってたりする


ふらりとそんな庭に足を踏み入れようとすれば、くんと袖が引かれた



「門番さん」


「よぉ、足元汚れちまう」


ふと視線を下ろせば水撒きがされていたのか、水溜まりがちょうど足を踏み出そうとした場所にあって踏みとどまる


お礼を言いながら、昨日の彼の言葉が頭に過ぎり反射で掴まれた袖を振りほどく


「嬢ちゃん?」


怪訝な顔をした彼にしまったと後悔する

慌てて無邪気さを装って振りほどいた手を庭に向け笑う


「門番さん!花が綺麗ですよ!」


「……あぁ」


わざとじゃないんだと言いたくて、無理やりにでもテンションを上げて庭を褒める私に苦笑する彼はふと庭に視線を向けたかと思えば


ひょいっと軽く水溜まりを越え、庭の手入れをしている人と一言二言何か話すと手を上げてこちらに足軽に戻ってきた


そんな彼の手には薄ピンク色の薔薇の花が一本


「ほらよ、嬢ちゃんには花が似合うな」


ここの薔薇は棘が無いのだろうか、するっと耳元の髪を掻き分けられ差し込まれた花を見て満足そうに笑う目の前の彼


きっと取りたくもない私のご機嫌を取るための行動なんだろう

せっかく綺麗に咲いていた薔薇を欲しがるなんてとか我儘だと思われたのだろうか


怖い

だけど、逆に申し訳なくなって来る


こんな何も出来ない小娘のご機嫌を取るために、きっと優秀であろう彼らが無駄な時間を消費させてやりたくもない事をさせられて、思ってない事も言わないといけなくて


そっと耳元の花に触れて、それでも私は笑う



「門番さん!ありがとうございます!」


ひらりと振られる手に見送られ、私は目的地であった部屋の前までやって来たわけだが…………最高に気まづい


そんな私の気持ちなんてお構い無しに、自動で開いた扉に柔らかい風に背中を押されるようにして部屋に足を踏み入れてしまった



「………遅かったな。…庭に寄って居たのか?」


「す、すみません!」


寄せられた眉に反射で頭を下げる

勢いが良かったのかその拍子で耳元の花が床に落ちた


「あの、」


「いやいい。さっそく課題を見せて貰おう」



きっと何も出来ないのにサボってやがるとか思われた

慌てて花を拾い、持って来た課題を目の前の魔導師様に手渡した


紙の捲る音しかせず、いつもなら彼の邪魔をしているなど考えもせずどうですか?出来てますか?と話しかけるけど、彼の本心を知った今はそれが出来そうにない



「……………静かだな。何かあったのか」


徐に顔を上げ、眉を寄せた表情に私は言い淀む


「………えっと、今回の課題は自信なくて」


咄嗟についた嘘、いや彼らからしたらいつも通りの出来損ないの出来なのはもう分かっているけど



「…………頑張りは認める」


その言葉が彼にとって精一杯の私を煽てるための嘘だと知っているから、こんな不器用そうな人に王様達は何て酷な事をさせてるのだろう



課題を見終わったら、次はお勉強の時間だ

この国の歴史や王様達の功績、そこから聖女とは何たるか聖女の役目とは


何千年も続いた歴史や功績を一から順に、予備知識など無い私がどれだけ必死になろうとも彼らからしたらこんなのも分かんないのかと呆れられるのだろう


書きなれない文字で何とかカリカリ綴り、魔導師様に何度も指摘を受けながら書き間違えを直して、知らない世界を学ぶ




「今日はここまでにしよう」


「………ありがとうございます」



勉強がもっと嫌いになりそうだ



「……………………花が好きなのか」


「はい?」


唐突に聞かれた言葉に疲れ切った脳は働かない

間抜けな声を出した私に、不機嫌そうに顔を顰める魔導師様に慌てて脳をフル回転させ言葉の意味を考える



「えっと、嫌いではないです」


「そうか」


終わってしまった会話

いつもどうやって彼と会話をしていたのか、話題を探してみるけど全部が全部くだらなさ過ぎて結局口を閉ざしてしまう


いつもは授業が終わっても、少しの時間居座り続けてくだらない話を彼に聞かせてたのだと自覚すれば早々に部屋を出るべきだろう


私は手渡された課題を手に取り、少ししおれかかった薔薇も掴み立ち上がる


「部屋に戻って課題をします!今日もありがとうございました」


「…あ、あぁ」



部屋を出た私は課題を抱きしめ、足早に廊下を駆ける

あれ以上、彼らに呆れられたくなくて嫌われたくなくて、それが何故かと言うと頼れるのが彼らだけだから


この広い世界で彼らに捨てられれば、私は元の世界にも帰れなくて食べるものも着るものもどう生活すれば良いのかさえ分からないし、一人では生きて行けない


生きるためには彼らにこれ以上、嫌われないように過ごすしかない


だから彼らが疎ましいと思っている行動慎むよう

そう考えた私は、彼らとの接触を最低限にするように心掛ける


勉強が終わったら、無駄話なんてしないで仕事の邪魔をしないように直ぐに部屋を出たり


息抜きで作るお菓子は、私のお腹に納めるか一緒に作ってくれた厨房の人達にあげるようにして彼らの手間を減らしてみたり


騎士様や門番さんみたいに働く彼らの元に押し掛けて、休憩時間にでも食べて下さいと押し付けていた差し入れを控えたり


出来るだけ彼らに面倒をかけないように出歩くのを控えたり

それでも窮屈で仕方ないときは、彼ら以外の人に声を掛けて少しだけ相手をしてもらったり



私は頑張った



だけど私の努力は実を結んでいないように感じるのは気の所為か

彼らの隠しきれない苛立ちを肌で感じるようになって、他に彼らの面倒だと思うような事が思い付かなくて困惑する


今日も出来るだけ彼の邪魔にならないよう勉強が終わると同時に席を立とうとすれば、更に寄せられる眉間のシワ


見ないふりして扉に手をかけるけど、押しても引いても開かない



「あ、の魔導師様…扉が」


「以前好きだと言っていた紅茶でも淹れよう」


存外に座れと言われた

そんな面倒な事をしなくてもと慌てて首を振る


「いえ、あの今日は厨房の皆さんと一緒にお菓子を作る約束をしてて急がないとなんです。だから」


貴方が面倒だと思う私の相手なんてしなくても良いんだ

そんな私の気遣いなど関係ないとばかりに、更に寄せられる眉間のシワと無言で指さされる椅子


私は口を閉じて椅子に座る

それを見た彼は満足そうに眉間のシワを緩ませ、手際よく紅茶の準備を整え始めた


手持ち無沙汰の私はそわそわと開かない扉と、どこか機嫌が良さそうな彼を視線で行ったり来たりさせ結局膝元で落ち着かせる



そしてすっと差し出されたカップを慌てて受け取り、早く飲んでお暇しようと熱いのを我慢して出来るだけ早く飲み干せば


またしても空のカップに注がれる紅茶


そろっと視線を向ければ、何事も無かったように優雅にカップを傾ける魔導師様


視線を手元に落とし、薄いピンクの紅茶に頬が緩む

さっきは勢い良く飲み干したから味なんて分からず口の中を少し火傷しただけだったが、今度はゆっくり味わうように唇を寄せた


桃のような甘い味

何の紅茶か分からないけど美味しい



「……へへ、美味しいです」


「………あぁ」


何を話せば良いのか分からない

だけど少しだけ気まずさが薄らいでいて、この紅茶のおかげか肩の力を軽くする


「……………………最近、何をしてる」


「特に変わった事はしてないですよ?たまに厨房の皆さんと一緒にお菓子を作ったり、あと庭師の人と庭弄りしたり」


庭いじりの時に土から出てきた虫に驚いて、転んだ事を笑いながら話しかけ思わず口を閉ざす


こんな、くだらない話になんて興味はないだろう

そう思って途中で話を終わらせ紅茶に口を付ける



「…………それでどうした」


「え?」


「………………………転んだのだろう」


彼は何が知りたいのだろう


「はい、えっとそのあとスヴェン君に助けられて庭を綺麗にしました」


ぴくりと眉間にシワが寄せられる

やっぱりこんなくだらない話、聞きたくないんだろう


「あの、そろそろ厨房の皆さんとの約束が……」


「こちらから謝罪しておこう」


ふいっと指が振られたと思えば、きらきらした何かが扉の隙間から出ていった


声を届ける魔法

簡単そうに指先でちょちょいってやってるけど、高度な技術が必要で普通はその技術が組み込まれた魔石か何かを加工して作られた魔道具で生活している


けれど目の前の魔導師様は、魔法使いの中でもとても偉い人で、とてつもなく凄い人だから簡単そうに魔法を操る


私はどれだけ教えられても軽い炎症を治すぐらいの力しか使えないけど………



「でも、部屋で課題でも」


「疑問があれば聞くと良い」



仕方なく持って帰るために纏めていた課題をテーブルに広げ、早く終わらせてしまおうとペンを持つ


結局、課題もなかなか終わらないし

夕方近くになって魔導師様の方に用事が出来たのか、何故か見送ると言われ首を振るけど寄せられた眉間のシワにしぶしぶ頷いた



私の部屋の前まで来て、ようやく立ち去ってくれた

魔導師様の、背中が見えなくなったのを確認し再び扉から顔を出した私は足早に厨房へ向かう


厨房では夕飯時だからか忙しそうに立ち回るシェフ達

顔を覗かせる私に一人が気付いてくれて、忙しそうにしてるのに笑って側に来てくれる



「聖女様、どうしました?」


「えっと、あの、今日はごめんなさい」


「あぁ…マルス様の所でお勉強だったんですよね。気にしないで下さい」



でも今日は久しぶりに騎士様達への差し入れをしたいってお願いして、時間を貰ってたのに


あれから彼らに差し入れをしなくなって、きっと彼ら以外の人達も押し付けがましいものが無くなって嬉しがってるだろうと思ってたけど


この間、一人の若い騎士様が来て差し入れが欲しいと遠回しすぎるぐらいにお願いして来た


隊長がとか機嫌が悪いとか、癒しが欲しいとか、お腹が空いて力が出ないとか甘いものが食べたいとか色々言われたけど、どうやら一部の人には私の差し入れは本当に喜んで貰えてたようで嬉しかった



「一応、僕達の方で差し入れを作って手渡して来ましたし」


「っありがとうございます」



確かに家庭料理ぐらいしか出来ない私が作るより、プロが作った方が良いに決まってる


そう考えれば騎士の人達にとってもいい事だろう

お礼を言って、忙しいところを邪魔した事に謝罪すれば軽やかに笑ってそっと差し出される袋詰めにされたお菓子



「内緒ですよ?聖女様の真似をして作ってみたんです……少し形が崩れてしまって夜食にしようと思ってたんですけど」



差し上げます

そう笑い忙しそうな厨房へと戻っていくシェフさん


大切に両手で持ち、深く頭を下げて部屋に戻る



誰も居ない廊下を歩き、あと少しで部屋に着くといったところでばったり出くわす門番さん


彼は本当に門番なのだろうかと何度も疑問に思う

門番なのに何故か王宮やそれに連なる教会の中を堂々と歩き、偉いはずの魔導師様や神官様と対等に話す姿に私ですら違和感を感じる


「…………よォ。嬢ちゃん、久しぶりだなぁ」


「えっと、はい」



どうしてか笑ってるのに怒ってるように感じる

きゅっとお菓子の袋を握りしめながら、視線をうろうろさせた


「なんだ?元気ねぇなぁ」


「げ、元気ですよ?あの…部屋に戻るところで」


「ちょいっと付き合ってくれよ」



掴まれた腕に、びくりと体が跳ねる

あれ以来、門番さんの視線が怖くて挙動不審になってしまう


「嬢ちゃん?」


性的に見られる事が怖いのは、ここが知らない世界だからだ

周りには大人しか居なくて優しい人も居れば怖い人も居て、命を奪う仕事をしている人が身近に居て


自分が憧れるふわふわした恋愛なんて、元の世界で同じ価値観だからこそ成り立つものだと初めて実感した



「あ、の」


「誰かに何かされたのか?」


「……え?」


「んな報告は受けてねぇが………男が怖いのか?」


ぎくりと体が強ばる

それが肯定と捉えられたのか腕を掴む力が少しだけ強くなった


「辛いだろうが、なにされた」


彼は何を言っているのだろう

少しだけ考えて、門番さんが勘違いしてることに気づき慌てて否定する


「ちがっ、誰にも何もされてないです!ただ、その体が大きい人ばかりだから驚くだけで」


自分でも、下手な言い訳だと分かっている

今まで平気だったものが急に驚くようになるとか、目の前の門番さんも怪訝そうに怖い顔をしていた


「嬢ちゃん、本当の事を言ってみろ。嬢ちゃんに嫌なことした奴は俺が懲らしめてやる」



優しげな表情をして、そう言う門番さん

うっかりその演技に騙されそうになるけど、慌てて首を振る


本当に何も無いのだ

ただ彼らの本心を知っただけで、嫌な事も何もされていない

私の事が疎ましくても邪険にされた事なんて一度もないし面と向かって嫌な事を言われた訳でもない


…………ただ、勝手に信頼して勝手に裏切られたと感じてるだけ



「本当に何も無いんです。ただびっくりしただけで……」


「…………分かった。でも何かあれば直ぐに言えよ?」


「はい!ありがとうございます」


仕方なさそうに頷く門番さん

それに思わず安堵してお礼を言えば、くしゃりと前髪を乱すように撫でられた


彼に、撫でられる事が好きだったな…なんて思う



「ん?それくっきーとやらか?」


「あ、はい!」


思わず自慢するように笑って見せびらかす

所々、形が変な所があるけど焦げ目ひとつ無いプロが作ったクッキーはそれはそれは美味しいだろう


今から食べることが楽しみで仕方がない



「…………嬢ちゃんが作ったのか?」


「いえ、ほんとは今日作るはずだったんですけど魔導師様のところで勉強してて…これはシェフの人から貰ったんです!」


「………………そういや、最近…」


「え?」


「いや…」


何かを呟いたかと思えば、どこか歯切れの悪い言い方で首を傾げる

クッキーといえば門番さんの中にも差し入れを喜んでくれてた人は居たのかと疑問に思う


騎士の人達はあっちこっちに居るから差し入れがしやすいけど

門の所まではさすがに一人では行けない…



「聖女様?」


反射で振り返れば神官様が不思議そうに、こちらへあゆみ寄ってくる

彼が歩く度にふわりと白くて長い服が揺れて、どこか神秘的に感じさせ彼の見た目もあってか……人じゃないみたいで



「どうされたのですか?お二人共」


「いや、今から嬢ちゃんを部屋まで送るところだ」


「えっと、大丈夫ですよ?すぐそこですし」


「そうですね…では私が送りましょう。聖女様のお部屋は教会の区域ですので門番の貴方がこの時間帯に出入りすれば、何かと変な噂を立てられかねませんし」


それは神官様も同じではと顔が引き攣る

そんなの駄目だ


噂なんて立った日には、どんな噂が流れるか分からない

人の口に戸は立てられない…元の世界でも噂がどれほど人に迷惑を掛けて人を追い詰めるか身近で感じて来た


「大丈夫です!」


思わず固い声が出てしまった

違う、もっと無邪気さを出して大丈夫だと一人で戻ると言いたかったはずなのに


「聖女様?」


「嬢ちゃん?どうした…?」


「す、すみません…大声出して。でも本当に一人で戻れます」


やっぱり普通になんて無理なのかもしれない

二人の顔を見ることが出来なくて、軽く頭だけ下げて背を向けた


何も言われないのをいい事に足早に数分で着いた部屋へ飛び込んだ



***********




初めまして自分はモブAです

実は今、横腹を蹴られ悶えています。いやマジ痛てぇ


「おい、嬢ちゃんの監視はどうなってんだぁ?」


「げほ…いや最近、聖女さんの行動範囲が狭いんで何かあれば直ぐ分かりますよ」


「なら何で俺に怯えんだよ!クソっ、どっかの糞野郎に何かされたとしか思えねぇだろうが」



そう言われても……あんだけ行動が読めなかった聖女さんは、ある日を境に決まった場所を往復するだけになって危険なんて皆無なのに


監視役としては仕事がしやすくて楽だけど


俺は再び蹴りつけられた横腹に悶絶しながら彼を見上げる

赤褐色の癖のある髪に、今にも人を殺しそうな鋭い目

普通にしていれば端整な顔で玄人から素人までのおねぇ様方に大人気な色気を持った男なのに今は恐らく誰もが裸足で逃げ出しそうなほどに凶悪な顔をしている


実際俺もちょう逃げたい誰か助けてマジで



「てか、聖女さんは大丈夫だつってんでしょ?なら良いじゃないですか」


「あ?」


「隊長も仕事やりやすいとか言ってましたし、もし誰ぞに襲われて行動範囲が狭まって俺らにとっては万々歳じゃ」


ないんすかね笑、って言う言葉続かない

息が詰まりそうなほどの衝撃が腹部を襲い俺は、床を爪で削りながら何とか息をしようともがく


これで意識が飛ばさねぇとか、鬼畜かよ



「調べろ」



………いや、殺されないだけまだマシみたい

もはや薄ら笑みを浮かべてるように見えるその顔に、俺は踏んではいけない地雷をあえて押してしまったようだ


何とか頷けば、背を向けて立ち去る姿に知らずのうちに入っていた体の力が抜け一気に脂汗が吹き出てくる


マジでこれ痛いなんだこれ


べそべそ泣いて居れば、どこからか現れた同僚という名の裏切り者がそっと差し出して来る袋詰めにされたたった1枚のくっきー


いや1枚ってなんだよ



「騎士の所に差し入れがあったみたい」


はぁ?"門番"の俺らの所には?

恐らくそこから奪って来たであろうくっきー


「でもシェフ達が作った差し入れだった」


……………いや、素人の聖女さんが作るよりプロの料理人が作った差し入れの方が断然羨ましいんですけど


「騎士達もうぇーいだった」


……あぁ、そうですか

てか何しみじみ最後の1枚のくっきーを食べてんだテメェ


「でも、何かそのあとしょぼんってなってた」


何故に、てか気づいたからって食べかけのくっきーを口に押し付けてくんなっ野郎同士の間接ちゅうなんてやりたくねぇぞ!?


「あ、隊長にお願いしよ」


お願いってもしかして差し入れか?

いや辞めとけ、今聖女さんのことでブチ切れだから


もぐもぐもぐ……確かに聖女さんのくっきーより美味い

でも何だかなぁ


野郎の手でこねられた菓子よりも

女の子が俺らのために作った菓子の方が男としては嬉しいのかも…


「あ、やっぱり聖女さんにお願いしよ」


そう言ってすくっと立ち上がった野郎は、空の袋だけを俺の手元に残し暗闇に紛れるようにして消えて行った…………いやいやいやちょっ待て!


隊長の許可なしで会いにでも行ったら、それこそ隊長ガチ切れ案件じゃね!?



「ごほっ」


いや、普通にこれ内蔵破裂してるわやべぇわ死ぬわ

口の中に溜まった鉄臭いものを吐き出して、辛うじて出来る呼吸が美味いのなんの


懐から回復薬を取り出して一気飲みする

ほんとマジぃ、この味どうにかなんねぇのかよ


回復薬が効いてきて、ようやく動けるようになった俺は自殺願望のある同僚という名の裏切り者は放置して殺されねぇようちゃんと調べますよっと



それでは、仕事がありますんで!




************



初めまして僕はモブBです

所属は第一騎士団団員諜報部門の一人です!


ここ最近の我らが第一騎士団団長の機嫌が著しくないとの諜報部隊の先輩より報告を受け、僕は必死に調査しました!


そして様々な要因を排除し、残ったのが

聖女様からの差し入れ問題でした!


僕達、諜報員達はこの結果について本当にこれなのか甚だ疑問でしたが些細な事も見逃さないのが僕達です!よって検証を含め聖女様に突撃しました



廊下を一人で歩く聖女様の元に歩み寄れば、びくりと肩を震わせ僕の顔を見た瞬間にホッと力を抜いたのが分かりました


もしかして驚かせてしまったのでしょうか?

兎にも角にも僕は切実に聖女様へ差し入れの要求を行いました


背の小さな聖女様は、ポカンと口を開けて目を瞬かせて僕を見上げています


どこか間抜けな、ゴホン気の抜けたお顔の聖女様

考えが追いついて居ないようなので一旦お口をチャックします!


少しして差し入れが欲しい旨が伝わったのか、戸惑い気味にコクリとうなづいてくださり万々歳です


さっそく明日の午後に差し入れを持って来て下さるようで、スキップしながら諜報部隊の元へ戻った僕は両手を上げて報告しました!


他の先輩方もよくやった!と褒めてくださいましたが、何故かある先輩だけは僕を可哀想な目で死ぬなよ?と肩をポンとしました


これは何の激励でしょう?



そして次の日

団長は非番だったのですが、何とか総員で引き止め訓練に無理やり参加して貰いようやく午後の休憩時間です


いつも聖女様はこの時間にやって来ていたはずです

そわそわと落ち着かない様子の隊員達に対しては、団長は怪訝そうにしていますが…あっ!来ましたよ!…………あれ?


きしりと音を立てて、訓練所の木製の扉が開いて現れたのはシェフでした



「失礼します?あの、聖女様から」


僕達はシェフの言葉を遮って、彼の持つ大きなバスケットを奪い取り中を開けた……………すごい豪華だ…


「本当は今日、聖女様と一緒にお作りするはずだったんですけどお勉強の方が忙しいようで」


……なんでしょうか、後ろの方で何かが折れる音がしました


「僭越ながら聖女様のお気持ちを汲んで私達が作ったものをお持ちしました」



しかも聖女様の手作りじゃないっ!

いや、差し入れが原因なら逆にプロが作った差し入れの方が良いのでは?…………僕達はお互いに見合って大きく頷く


そうだ、女の子の手作りじゃないのは残念だけど

味としてはプロの方が隊長は喜ぶに決まってます!


「あ、お菓子も聖女様に見習って作ってみたのでよろしかったら食べて下さい」



しかもお菓子付き!!!

さすがはプロの気遣い!


にっこり微笑むシェフを見送り、僕達は各々の手に分厚いサンドウィッチを手に取りかぶりつきます


隊長も副隊長達に無理やり勧められて、口に運んで居ます

今とてつもなく口の中が幸せいっぱいです


美味しい!なんですかこのソース!?

美味しい美味しい!!


………………だけど



「聖女様、差し入れしてくださるって仰ってたのに……」


美味しいのに、どうしてか…しょんぼりしてしまいます

思わず呟いてしまった言葉に慌てて頭を振る


なんて失礼な事を言ってしまったのだろう!

聖女様はこの世界のためにお勉強をされているのですから、そちらの方が大切なのは当たり前で優先するのも当たり前です!



「っ、シェフのお菓子も美味しいよな!」


「あぁ!!隊長もそう思いますよね!」



先輩方がしょんぼりしていた己を叱咤し、慌てて自分を鼓舞するかのように明るく言い放つけれど隊長はサンドウィッチを半分も食べていません


そんな隊長にお菓子も手渡しますが、一枚だけ食べて次に手を伸ばそうとはしませんでした



「…………もう聖女様、差し入れをくださらないのかな」


「……………………門番の奴らにも確か差し入れしてたよな?あいつらは今も貰ってんのかな」


「……なんで来なくなったんですかね」


「もらってく」


次々と零れる隊員達の本音


「で、でもシェフのお菓子の方が」


見た目も味も完璧で、食べるなら美味しい方が良いに決まってるはずで僕は何とか何か言おうと口を開きますが、何も言えなくて


手元のお菓子に視線を落としました………あれない?

確かにシェフ特性のくっきーを持ってたはずなのに何故か僕の手の中にはよく分からない草が握らされていた


「…………さっき門番の一人が持ってったぞ」


落ち込んだ僕に、謎の激励をして下さった先輩が1枚のくっきーをくださってその美味しさに頬が緩みますが、やはりしょんぼりしてしまいます



数日後、何故か団長に呼び出されそこには団長の他に門番の隊長殿と神官長様までいらっしゃっていて何故か怒られました


三名の上役の皆様に詰問され、情けなくも半泣きになりながら聖女様へ差し入れの要求をした事を事細かに報告したところで僕は解放されました


僕と一緒に放り出された………確か庭師の弟子で最近王宮に入って来たジョゼフ?君でしたっけ


メイドの女性達がまぁまぁねと囁きあっていた青年です

何がまぁまぁなのでしょうか


彼も僕と同じように青ざめた表情をしていて、お互いを見合う



「「こ、怖かった」」


思わず安堵から二人して泣いてしまいました

それから彼とは息の合う友人として過ごすことになるのですが、本日の報告は以上になります!




************



うす、ワシはモブC…

兎にも角にもさっさと自覚しろやって話だ


隣に座る王様を横目で見つつワシはため息をつく



「……………聖女は何をしてるんだ?」


「……庭の手入れをしているようだな」


「………うむ。小汚いな」



………………大きくため息をつく

執務室の窓から見える庭園の一角で、壮年の庭師と共に土に汚れながら作業をする少女を眺めて何時間が経つだろうか


見るなと文句が言えないのは、視線は庭いじりをする少女に向いているが手元はしっかり執務をこなしているから卒がない


小汚い、何だあの生き物は同じ人間か?赤子の方がまだしっかりして見えるぞなどと、あたかも少女を貶しているようだが少女から視線を外そうとしないことから察して欲しい


これで自覚があればまだ救いがあるが

完全に先程の悪口は本音であり、自身の気持ちに全く気づいていないことからワシの苦労を察しろ



これを少女に聞かれでもしたら………まぁ既に遅いが



「おい、あれは何だ」


「はいはい、なんですか………あぁ」


突然、立ち上がり身を乗り出した王様の横から庭を見下ろす

そこには少女を支える若い青年


あれはここ最近採用した庭師見習いだ

どうやら転けた少女を助け起こしているようで、何とも微笑ましい光景だとワシは和む


しかし隣の王様はそうではないみたいで……


「おい、何故あの男に抱きしめられているんだ」


抱きしめ?いや、ただ転んで起き上がるときに背中を支えてるだけだ


「おい、何故あの男に笑いかけているんだ」


……普通にお礼を言ってるんだろう


「っ、おい!何故!」


みしりと窓枠が軋み、ワシはため息をつく


「もしかして二人は恋人同士なのかもな」


ワシは目を細め、王様を見る

王様が何を想おうが勝手だが"本気"は駄目だ


ましてや異世界のあの"少女"は特に

あの少女にはこの世界での役割は重すぎる程に普通なのだ


そして、その少女本人が一番望んでいる事をワシは知っている

身勝手にもこちらへ連れてきた我々の責としてその願いを叶える事こそ、この世界に生きる人間として少女の後継人の役割を持つ一人として、この国の宰相として義務を果たさなければならない



「恋人、?」


「あぁ。歳も近いしお似合いじゃないか」


「……………まだ子供だ」


「あぁ。ワシたちからすれば純粋過ぎるほど子供だな」


「駄目だ」


「何が駄目なんだ。聖女も女の子だ。恋の一つや二つ、元の世界の話を聞く限り恋人が居てもおかしくないだろう?」



自覚が無いから厄介であって、自覚をさせれば事は済む

彼は一国の王様なのだ


人の上に立つべくして君臨する王なのだ

それを誰よりも理解しているのが、本人だ



「……………駄目だ、」


パチリと瞬く


「聖女はまだ子供だ。勉学も苦手と聞く、見目も取り柄も無い者を迎えるあの男が気の毒……あぁ、別に女を宛がえば良い」


……………これは、自覚させる方が危険かもしれない

それか準備が整うまで本当にあの少女に、誰か宛がえば…いやそれも危険か


こうなることを回避させるために、あの四名を少女の元に送ったのだ


見目が麗しく、地位も高い、そしていざとなれば聖女を処分出来る権限を持つ者。四名のうち三名は愛想も良いし女性を喜ばせるに長けている人物でもある


そのうちの一人は、変わり種だが顔は良い

彼にとって酷な任務だったかと初めは思っていたが概ね順調そうに少女の信頼を得ているように思う


自然と眉間に力が入り、それを解すようにして息を吐く



あの聖女は、ただの普通の少女だ

ただ、異世界から来たという特異点があり聖女としての役割を何とかこなせる力があるだけの普通の子供だ


見知らぬ世界に見知らぬ人、見知らぬ常識に強要される教育

辛いだろう、苦しいだろう、不安だろう


そんななか、優しくしてくれる見目の良い男が居れば恋をするのは当然の原理のはずだ


あの四人のなかで無くても良い

誰かに頼り、心を傾けてくれさえすれば良かった


そうすれば……



そこまで考えて首を振る

憐れで可哀想で


「可愛い子」


……………ん?今口に出したか?

ワシはゆっくりと己の唇をなぞり、ふと視線を感じて横を向く


「………………どれほど歳が離れていると思っている」


まるで汚いものを見るかのような視線にため息が出る


「貴方もそれほどワシと変わりないだろう」


「…………………何がだ」



何度目のため息だろうか…

これで自覚が、無いとか本当に………面倒くさい


「とにかく、あの四人が聖女に変な人間を近づけさせないから大丈夫だろう」


「…………………」


「あの彼も、きっと聖女の事は妹程度の認識しかないぞ」


「お前が恋人だと、」


「かもしれないと言っただけだ。まぁ本当にお似合いだがな」



本当にあの若者二人がくっつけば平和的なんだがな

何を考えているのか、ワシですら計れないその視線は真っ直ぐと聖女に注がれている


壮年の庭師が、作業の手を止め聖女に何かを言った瞬間

聖女の顔がこちらを見上げた


遠目では分からないだろうが、ワシの目の前にいる王様はその瞬間、窓枠を握りつぶした……後で修理を頼まないといけないな


戸惑った風に壮年の庭師とこちらを交互に見る聖女

遠目からでも分かるほどに戸惑っているように感じる


そんな聖女から視線が外せないのか、冷酷にも見えるような固まった表情で身動きしない王様



すると、ゆっくりと小さく挙げられる片手

土に汚れた頬をゆったり緩ませ小さく微笑む聖女は控えめに手を振っている


………………はぁ

ワシは隣に立つ王様を横目で見て、本日最大のため息をついた



「…………………………なんだあれは。淑女の礼儀も出来ていないではないか」


「良いじゃないか。…………振り返さないのか?」



まるで睨みつけているかのような鋭い視線に、少女も戸惑い気味に手を下ろしてしまった


それに対して更に視線を鋭くさせる王様


「……………………はぁ」


仕方ないとばかりにワシは窓から顔を出し、軽く手を挙げてみせる

そうすれば少女も嬉しそうに頬を染め手を上げかけるが、一瞬だけ止まってスカートの端を持ち拙いながらも淑女の礼を取った


どうやら努力をしているらしい



「……………………何故、お前が振り返す」


「何の反応も無いと聖女も可哀想だろ。それにきちんと淑女の礼儀も覚えて来てるようだな」


どこか批難めいた視線に苦笑する

窓の外では、壮年の庭師たちに挨拶をしてチラリと再びこちらに視線を上げて頭を下げた少女はその場から立ち去ってしまった



「……………聖女はどこに行ったんだ」


「もしかしたら我々に会いに来るのかもな。最近はあまり構ってやれなかったし」


「……………………ふん。気楽なものだな」


ようやく止まっていた執務が開始された事に安堵する

次々と終わらされていく執務……


「…………紅茶が飲みたい」


「いつものをメイドに頼もう」


「いや、たまにはあの花の紅茶も飲んでやろう」



……………扉の前に控えていたメイドとワシの目は王様を向く

それが気に入らなかったのか、手を止め顔を歪める


「なんだ」


「……甘いものは嫌いでは無かったか?」


「飲めないことは無い」


ワシはメイドに目配せで指示をする

優秀な王宮付きメイドは、静かに頭を下げ部屋を出て行った




それから、メイドが気を効かせたのか色とりどりの菓子と淡い薔薇の色をした紅茶の準備が整い時間は過ぎる


既に急ぎの執務は終わり、今や完全に手持ち無沙汰なのか必要の無い予算の見直しまで手を出している


…………確かに遅いなと扉に視線を向けた

するとその瞬間を、狙いすませたようにノックがされホッと安堵するも現れた人物に更に疲労が積み重なった気がする



「陛下、失礼いたします…………おや?どなたかいらっしゃるのですか?」


性別不詳の神官長は部屋に入ると同時にパチリと瞬く

ワシの隣に座る王様は、少しだけ立ちかけた姿のまま小さく舌打ちをして椅子に深く腰掛けた



「陛下が飲まれるにしては珍しい紅茶ですね………あぁ、もしかして聖女様がいらっしゃるのですか?」



分かった事を聞く男だ


「何用だ」


「はい。聖女様についてのご報告をと思いまして」


渡された書類に少しばかり違和感を感じる

前回の報告書はもっと量があったように思ったが……


「ご苦労。下がって良い」


「…………はい。それでは失礼致します」


寄越せとばかりに隣から視線を感じつつ、早く出ていくよう促せば何故か男は淡い色の紅茶を見下ろし間を開けて退出した


その姿は何かを思案するようで、聖女の嫌いなものでもあったかと目視で確認するが特に見当たらない


以前の報告であった好物であろう菓子に紅茶

優秀なメイドが気を効かせたのか小さな花まで添えられている


しかし、その日菓子と紅茶が手を付けられる事はなくメイドによって片付けられていった



***************



…………初めましてモブDです……はぁ

僕の目の前には無表情で血まみれで、だけどしっかりと口をもぐもぐさせながら横たわる先輩がいます



「痛い」


でしょうね……数日前にもう一人の先輩が隊長に半殺しにされてたのを間近で見てたでしょうあんた


「先輩、回復薬飲んだらどうです…」


「さっきのくっきーが最後」


なんですか、その目

回復薬が不味いからって口直しを買って来いとでも?

………………まさか聖女様のくっきーを手に入れて来いと?


僕は素早く自分の胸ポケットに入っている回復薬を取り出して、先輩の口の中に突っ込んでやった


ほんとこの人馬鹿だアホだ糞だ


聖女様のくっきーが食べたいからって、隊長の許可なく聖女様に接近してくっきーを作って貰ったまでは良いが、それを何故どうしてくっきーを貰って無いことでピリピリしてる隊長と団長様に自慢しにいくんですか


二人の他にそこには神官長様や魔導師長まで居て、後ろに控えてた僕達後輩はめっちゃくそ怖かったんですからねっ!?


なにが、「隊長、報告書。あと聖女さんのくっきー美味い」ですかっ



報告書渡すだけなのに何故っそこに自慢を入れるっ

なんか魔導師長様以外、その台詞で完全に固まってたじゃないですかっ!てか即効で団長様に奪い取られてましたねっ!!


「後輩、痛い」


「はぁ……」



僕は、先輩のせいであることに気づいてしまいました……


あの人たち聖女様に惚れてるのでは……

そこまで考えて頭を振ります


顔が良い彼らは"聖女"という役職に就く女性達にとって罠に等しい

聖女に求められるのは清らかさ誠実さ優しさといった聖女たる存在


彼らはそれを見極め時には己の魅力を使って聖女を揺さぶり試す

そう、彼らは王より遣われし聖女の選定員でもあるのです


そこで不適合とされた者は聖女失格となる………



聖女となった者の多くは見目麗しく、賢く聡明な方ばかりでした

彼らに恋をして散っていった者も数多くいました


そんな美女を袖にして来た方達が

あのように凡庸……こほん、普通の女の子に惚れる?


確かに他の聖女と同じように穏やかな性格と素直ないい子だとは僕も思います。差し入れなどプロとまではいかないけれど普通に美味しいですし、気遣いも有難いと思います


しかしそんなこと、以前の聖女様方の中にもされていた方はいらっしゃいましたし言うなれば今の聖女様より遥かにクオリティの高いものでした


まさか、ああいう幼いというか平凡なのが好みなのでしょうか



………………僕の考えすぎですよね



「ほら先輩、仕事に行きましょう」



きっとそうだと、まるで思い込むようにして自分を説得した僕は先輩を引きずりながら仕事に向かいます



**************




この世界の神様に私は嫌われているようだ

厨房で息抜きのお菓子作りをした私は、いつものように自分のおやつ用と、シェフの皆さん用に分けて居れば


あまり厨房で見かけた事がない人が近付いて来て、どこか必死に様子で隊長にも渡してあげて欲しいとか言うから思わず首を傾げてしまった


話を聞く限り、どうやら隊長さんとやらは門番さんのようで

彼の勢いに思わずうなづいてしまったから困った



私の手元には手作りのクッキー

目の前は例の談話室……そして部屋の中から聞こえる複数の声



「聖女さんは最近なにしてんすか」


「特に変わった事はしてないとお聞きしていますが?」


「はっ、どこぞの男に入れ込んでんじゃねぇの?」


「………はぁ?なんすかそれ。あぁ、だから騎士団の所に来ねぇわけっすね」



侮蔑を含んだ笑いに肩が震える

彼らが何を言っているのか分からない


「確かに……最近の聖女様はどこか変ですし」


「いや、聖女は最近は庭いじりをしている」



どこか空気が変わったのを感じ、そろりと足を後ろに引く

今日はお酒の臭いがしないから少しでも動けば私の存在に気づかれそうで怖い



「なんでアンタがんなこと……あぁ、仕事の後までくだらねぇ話を聞かされるんだったな」


「……………………あぁ」



なっ、ひどいっ

引き留めてるのは魔術師さんの方なのに


さすがの私も理不尽だと怒りたくなる


「………もしかして、アンタか?」


「何がだ」


「嬢ちゃんの相手だよ」



そこからは思わず耳を塞いだ

中傷めいた言葉が彼らの間できっと飛び交っているのだろう


やっぱりお菓子なんて作って渡しても意味がないじゃないか


気づかれるとかもうどうでも良かった

早くこの場から離れたくて足を動かす


下を向いて、早く部屋へ

あと少しで部屋という所で、少し前に遠目で挨拶を交わした人が立っていた


そこは私の部屋の前で………彼がこちらを向いて目を大きく見開く



慌てたように駆け寄って来た宰相さん

もう宰相さんの迷惑なんて関係なく、目の前に縋れる人が居たから求めるように手を伸ばす



もう嫌だよっ帰りたい帰りたいっ

みんなに会いたいよぉっ、私を帰してくださいっ


力が抜けたように泣きじゃくる私に宰相さんは困惑しているようで、何があったとか、どうかしたのかとか疑問を投げかけてくるけど


何も答えられない私に呆れたのか、それとも諦めたのかさ迷っていた手は優しく私の背中を撫でてくれていた



部屋の中へ誘導され、ベッドに座らされた私は宰相さんの服を掴んだまま未だに涙は止まらない


彼が偉い人だと分かっている

彼が私をこちらに呼んだ主要人物だとも知っている


困らせてごめんない

でも帰りたいの、帰して、家族と会いたいよ



どれぐらい泣いたのか

宰相さんの胸元は私の鼻水と涙で色が変わっている


ぼんやりとそれを見つめ、シーツで何とか拭う

ごめんなさいと小さく謝って力の入らない手が布団に落ちた



「……………何があった」


「なにも」


彼らを責めたい気持ちになる

どうして私だったのかと、頑張っているのに必死に役に立とうと頑張ったのに、あんな風に言わなくても……


じわりと滲む視界



「かえりたい………」


「…………………………分かった」



私は宰相さんを見上げる

今、なんて?


「君の任期はあとひと月で終わる。その日、誰にも何も言わず何も知らせず、誰にも知られぬよう一人でワシの所へ来い」


「…………宰相、さん」


「誰かに知られたら、君はもう帰れない。いいか……誰にもだ。王様にもあの四人にも、厨房の者や庭師の者達にもだ。知るのはワシと……早月、君だけだ」



怖いぐらいに真剣な表情

私は迷わずうなづいた


お世話になった人はたくさんいる

優しくしてくれた人も、励ましてくれた人も


頭に思い描いたのは、やっぱりあの人達で


「早月」


誰もが私を聖女と言うなかで、この人だけが私を私として扱ってくれていたなとぼんやり思う


彼はきっと私が望んだら、元の世界に戻れるよう考えてくれていた

その事に気づいて更に視界が歪む



「ありがとう、ございます」


「…………いや、すまなかった。この世界は君にとって苦しいものになってしまったんだな」








あれから何日たっただろう

私は残り数日を自由に過ごすことにした


勉強のあと、私は初めて自らの意思で魔術師さんの仕事の邪魔をする事にした


甘いものがそれほど好きではないであろう魔術師さんのために、砂糖をいっぱい使ったクッキーを押し付け、くだらない話を長々と聞かせてやった


顔には出てないけど、内心でうんざりしていることだろう

もう遅いと言われ部屋まで送られた私は拳を握る



次は騎士団の休憩中に差し入れを大量に作って押し付けてやった

何人か涙ぐんでる人も居たけど、騎士さんも機嫌が良さそうにサンドウィッチを何個も食べてくれたけどそれは私が見張ってるからだろう


本当は面倒がって捨てたいはずなのに、休憩中ずっと私が居座るから食べるしかない。ざまぁみろ



次も同じように門番さん達に差し入れを押し付けてやった

少し前にいきなり現れた人がカゴの中からお菓子だけを取って行こうとするから、ご飯も食べて下さいと無理やりおにぎりを押し付ける


他にもそんな彼の後に「死にたいのかよっ」とか「先輩…さすがに死にますよ…」とか言う人達が突然現れて彼を連れて消えたり


気を取り直して門番さんの休憩室に足を踏み入れれば、以前と同じように門番さん一人に出迎えられる


騎士さんのときみたいに食べるまで見張ってるつもりで、わざわざ門番さんの隣に座ってやった


他の門番さんは休憩しないのかなとか、ふと思うけどおにぎりを頬張る門番さんは機嫌が良さそうに猫目を細めて笑ってる


けど本当は私の手作りなんて食べたくないし、距離が近いのも気に入らないと思っているのを私は知っている。ざまぁみろ



次は意味もなく教会中を歩き回ってやった

無理やり信者さんの中に入って行って洗濯ものを手伝ったり、花に水をやるのをいの一番でしたり


本当は手伝いたかったこと、やりたかった事を全部やってやった

これが神官さんへの仕返しになるかは分からないけど、いつも微笑んでるあの人が困ったような顔をしてたから成功だろう。ざまぁみろ





そして、今日

初めて全部をサボってやった


魔術師さんとの勉強も

騎士さんや門番さんへの差し入れ稽古も

神官さんとの連絡も


聖女としてのお祈りはきちんとやった

それ以外はずっと部屋に居て掃除をしまくった


ベッドのシーツも、床も壁も全部綺麗にして

最後、私の私物をひとつのスクール鞄に纏めた


この世界から貰ったものは全て置いていく



荷物を抱え、教会が灯りを消す時刻

私は扉を開けて宰相さんの元に向かう




ひとつの扉の前に立ち、ノックをひとつすれば

ゆっくりと開かれ宰相さんに部屋の中へ導かれた


そこには白いマントを被った人が二人と、そんな二人を軸に描かれた丸い円が床に刻まれていた


それは、私がここに来たときと同じ模様の円だ



「宰相さん」


「………大丈夫だ。君は元の世界に戻る。元の場所、元の時間、元の姿、何も知らない元のまま」



えっ、と振り返ったとき背中を押され私は円の中に足を踏み入れてしまった


「宰相さん!」


円の中に入った瞬間、まるで光の壁が出来たように私は円の外へは出られなくなって宰相さんを見上げる


「君には、この世界と"縁"を結んで欲しかったが………」


「元のままって、どういう」


「そのままだ。君の記憶からはワシ達の事が消える…ただそれだけ」




しかし、少し寂しいがなと笑う宰相さん

忘れるなんて聞いてない


「早月、ワシ達を許してくれとは言わん。だが謝らせてくれ…君に辛い思いをさせた。すまなかった」


宰相さんが頭を下げた

白いマントの人も私に向かって頭を下げる


何か言おうと口を開いて、そこは見慣れた通学路



何故か伸ばしかけた手

私はん?と疑問に思いながら早く帰ってテレビでも見ようと帰宅を急ぐ


今日は好きなドラマの再放送が始まる日だ



*************



うす、ワシはモブCこと宰相だ

少女を元の世界に戻したワシは次の日、何の詫びれも無くこの世界の住人で聖女候補であった女性を王と四人に紹介した


表情を無くした王と彼ら

しかし、聖女選定の決定権は宰相のワシにある


聖女候補であったこの女性は、あの少女よりも聖女としての役目を全うしてくれる逸材だ


あの少女を逃がしたのはワシでもなんでもない

あの少女にこの世界に留まる未練を、"縁"を残させなかった彼らにある



少女が消え、そして自覚したのでは遅いのだ


「どういうことだ。セリウス」



王がゆらりと立ち上がり呟く

ワシは己のマントを翻し軽く腰を折る


「少女は、この世界に縁を残さなかった。ただそれだけ」


ワシは横目で彼らを見る

一番、少女の近くに居たのは彼らなのだ


「聖女様は、何か……」


初めて聞く動揺を隠せていない声で神官長は呟く


「何も」


「んなわけっ」


ワシは立ち上がりかけた"門番"を見下ろす


「泣いていた」


ワシのその言葉に、意味が分からないと彼らは瞬く

それもそうだろう。ワシもあの瞬間まで少女がそれほどまでに苦しんでいた事を知らなかったのだから


いつも笑って、楽しそうに過ごしていた少女

国を回し国を守護し上に立つ大人が、ただ一人の少女の微笑みに全員が騙されていたのだ



「お前達は何をしていたっ!」


王が堪らず声を上げるが、直ぐに顔を覆う


「いや、我もだ……」



沈黙がこの空間を支配する

きっと誰もが、後悔という念を抱いている


たった一人の幼い少女に対して…




*****************





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