黒田玲のいちばん長い日(9)
冒険者ギルドの最上階、夜になっても明かりがついてる部屋に男が一人、筋肉隆々なのに書き仕事をしている姿はちょっとしたギャップとなっている。ひと段落したのか、ペンを置き、ふうと息を吐きだし、肩を回す。少し背を後ろに倒したことで椅子がギシッと音を立てた。
「……デスクワークも慣れてきたな」
男はこの街の冒険者ギルドの長、名をクリフと言う。クリフは元冒険者として活動していたが、能力に限界を感じたという理由で冒険者を引退した。そのまま故郷に帰って畑仕事でもしようかと思ってた時、冒険者
ギルドから後進の育成のために残ってほしいとギルド職員の就任を要請される。
将来の具体的な方向について決めていなかったクリフはこれを快諾し、今に至る。最近では後進育成というよりはデスクワークの毎日に少しうんざりしていたが、人間なんでもやってみるもんだとクリフは自分を褒め称える。
「ん?」
クリフは久々に自分の冒険者としての感覚が働いたのを感じる。クリフは昔、冒険者パーティーのレンジャーとして活躍していた。いくつものダンジョンを潜った。この感覚は姿を隠して忍び寄るシャドウ系モンスターに近寄られたような感じ…。
「誰だ?」
クリフは横に立てかけてた剣を手に取る。モンスターの可能性もあるが、威嚇をするだけでも随分違う。クリフはドアの方を見つめる。すると観念したのか、扉付近から影が出てきて一人の男が出てきた。服は街の人間が来ている服で、顔を埃よけのフードで隠し黒い瞳がこちらを見つめる。
「……何か用か?」
クリフが男に話しかける。男は何かを思案しているようだが、覚悟を決めたのか、クリフに話しかける。
「……お前が責任者か?」
責任者という言葉に若干引っかかるものを感じつつも、クリフが返答する。
「冒険者ギルドのギルド長という意味なら、そうだ。お前は何者だ?」
クリフの返答に目の前の男がほっとした目になる。
「私は冒険者だ」
冒険者?クリフはその言葉に眉を顰める。クリフは元冒険者のギルド長だ。周辺の有名な冒険者の顔はわかるし、持ってる技や特徴もわかる。しかしクリフの知る限り、シャドウ系モンスターと同じ魔法または能力を持ってる冒険者なんて聞いたことがない。クリフは警戒をさらに強め、核心に迫る。
「それで、こんな夜中に受付も通さず、何の用だ?」
クリフは目の前の冒険者に問いかけた。冒険者は何かを考えているようで、悩みながら答える。
「あなたはこの街にいる人さらいについて知ってるか?」
その問いにクリフは厄介ごとの匂いをかぎ取る。
「……知ってる。だが、どうしてそのことを気にする?」
クリフは子爵からそのことについて相談を受けていた。子爵領に巣食う人さらいの組織は昼夜問わず女性を中心にさらっており、彼女らをどこか別の場所に飛ばしているらしい。毎回、直前のところまで追い詰めるのだが、奴らはそのぎりぎりのところで逃げ出し拠点を変えてしまうのだ。現在はこの街に拠点を移したとの報告を受けており、現在その場所を特定している最中であった。
「さらわれた被害者を安全な場所に保護している」
クリフはあまりの内容に思わず席を立つ。
「……そんなこと!なぜおまえが!」
なぜ奴らの場所を知ってるのか。どうやって保護したのか。お前の目的はなんだ。そんな言葉が頭を過ぎったがうまくまとまらない。いろいろな意味を込めてクリフは「そんなこと」と叫んだ。
「事情は省く。どこか誰にも見られない大きな部屋を用意してほしい」
クリフは目の前の男が何を言いたいのかわからなかった。それを見た男は補足のため、足でとんと鳴らしながら答える。
「さっきの要領で人を出す。とにかく数が多いんだ。彼女らを保護してほしい」
クリフは頭を抱えた。まずなぜ衛兵組織ではなく冒険者ギルドに来たのか、おそらく衛兵組織の誰かしらと人さらいグループはグル。その推測は前から言われていたが、この男がどこかでその情報を掴んだのだろう。衛兵ではなくギルドを頼ったのはそのためと考える。しかし、それは衛兵とともに連携しながら動くことが危険ということを意味する。それを憂いてクリフは頭を抱えたのだ。それに数が多いとはどういうことなのか?
(嫌な予感がする)
クリフは一応聞いてみる。
「ちなみにどれぐらいだ?」
「およそ50名」
クリフは頭を抱えた。確かに助けられるなら多いに越したことはない。しかし数が多すぎた。その被害者を元の場所へ送り届けるのにどれだけの時間がかかるだろうか。それでもギルド長として、人として断るわけにはいかない。クリフは覚悟を決める。
「わかった。用意しよう」
クリフと男は冒険者ギルドの地下に来ていた。そこは訓練所だろうか。だだっ広い空間に隅には練習用の木剣や長い棒が置かれている。二人はその空間の真ん中にやってきた。
「ここなら大丈夫か?」
男はあたりを見渡し、大丈夫と判断したのか、首を縦に振る。
「問題ない。私が彼女たちを出したら、おそらく衰弱しているだろうから、介抱する人間を呼んでくれ」
クリフはわかったと返事すると、男は目の前に大きな影を展開した。
「!」
影から女性たちが静かに浮かび上がってきた。クリフは目の前の光景に驚いて口が開いてしまう。女性たちは衰弱しているせいか全員寝ているが、命に別状はなさそうだ。それを見つめていた男は問題ないことを確認しクリフの方を見る。
「奴らのアジトは……」
男は人さらいたちのアジトの正確な場所を語る。そして詳細を語り終えた後、男はクリフに背を向けた。
「彼女たちを頼む……」
「!、待ってくれ!まだいろいろ聞きたいことがある!」
クリフはそう言って引き留めようとするが男は振り返らない。
「……クロード?」
女性の声が空間に響く。彼女たちの内の一人が起きたのか。黒い翼の鳥獣人がぼんやりした顔でクロードと呼ばれた男を見つめる。クロードは振り返り、鳥獣人の女性を見る。その瞳は悲しそうだった。
「……ごめん」
クロードは影の中に落ちて行く。クリフは慌てて気配を探るもその空間からクロードの気配はなくなっていた。
(あぶねえ)
玲はクリフと対峙したときから高まっていた緊張を解く。クリフに一瞬で察知されたとき、玲は心の中の鼓動が激しく動いた。下手なことは言えないが、彼女たちを安全に保護してもらわないといけない。玲は割と命を覚悟してクリフと話していたのだ。それが解放され、玲はほっとしていたのだ。
(いや、レヴには悪いことをしたな)
最後にレヴに一言挨拶したかった。しかし、これ以上あの場所にいたら厄介ごとになると思い、玲はそそくさと帰ってしまったのだ。挨拶せずに出て行くことになってごめん。そんな意味が込められていたのだ。
(もういい疲れた……帰ろう……)
レヴの中で今回の件は一つの決着がついていた。冒険者ギルドの偉い人に状況を説明して、被害者も無事保護してもらった。奴らのアジトも教えたし、近いうちに冒険者たちがあそこを襲うだろう。玲はもうすべてが自分の手から離れたと思っていた。
(……?)
玲は街の出入口に差し掛かる。そこは自分が入ってきた口とは別の所だった。そこに怪しい男たちと衛兵が何かをしているのを目にする。
「いそげ!」
「もたもたするな!」
「くそ!もう少し稼げただろう!」
それは先ほどの人さらいたちだった。彼らは馬車に乗り込み、急いで街を出るようだ。その中に先ほどのボスと呼ばれた男が足を組み、見るからに苛立っているのがわかる。
「早くしろ!」
ボスが部下の一人の頭を引っぱたく。
「申し訳ございません……積み込みがまだ終わらず……」
その返事を聞きボスが舌打ちをする。
「くそ……アジトを分散させたのはまずかったか……」
その言葉を聞き、玲はまさかと考える。
(あそこのほかに人がいたのか!)
玲はその可能性があったと後悔する。しかし、その後悔は必要なかったようだ。
「商品も分散させればよかったんじゃないんですか?」
「馬鹿野郎!分散させればリスクも増えるだろ!見つかったらアウトなんだぞ!」
どうやらあそこにいた人たちで全員のようだ。玲は胸をなでおろす。
「書類は全部そろってるか!?」
「はい、何とか……」
「あと、武器は全部あるな?」
「そちらも回収済みです」
「そうか……ちっ、あのレイスめ!次会ったらぶっ殺してやる!」
「レイスなんでもう死んでるんじゃ……」
部下がそういうとボスにまたしてもはたかれていた。玲は会話を聞きながら、どうするのが正解かを考える。
(ここで奴らを捕まえないと次の被害が出るか?)
玲はこのまま奴らを逃がすとまずいような気がした。玲は先ほどの光景を見て、連中を捕まえるべきだとある種の義憤が芽生えていた。それにこいつらは逃げるのに夢中で自分が襲われるとは思っていないようだ。連中の多くが荷物を載せるのに必死で、あたりを見渡す護衛が少ない。あの護衛などあくびをしている始末だ。
(こいつらを捕獲した後は、あのギルド長に引き渡せば何とかしてくれるだろう)
玲は最後の大仕事に取り掛かろうとしていた。
複数の馬車が門からこっそり出て行く。その馬車の一つでボスは足を組みながら今後の計画を練っていく。
(くそ!奴が現れなければもう少し稼げた!)
ボスはあの憎きレイスに呪詛を吐く。部下から商品が逃げ出したとの報告を聞いた時、女も満足に管理できない無能がと思っていた。そもそもなぜ自分がこんな末端の組織に出向させられているのか、それが我慢ならなかった。ここでは自分の得意とする殺し稼業も満足にできない。男の中にフラストレーションがたまっていく。
そんなとき、先行していた馬車が急に止まった。それを見て後続の馬車も進みを止める。ボスは突然のアクシデントに本日何度目になるかわからない舌打ちを飛ばす。
「……ちっ!今度はなんだ!?」
「……わかりません。ぬかるみにはまったんでしょうか?」
「俺に聞くな!行ってこい!」
ボスが部下の一人を蹴飛ばす。蹴飛ばされた方は渋々という面で先行した馬車の方に向かった。それを外からほかの部下たちが見つめている。
「……おいっ!何があった!?」
返事がない。あまりのおかしい状況に部下たちが顔を見合わせる。それを見て流石におかしいと思ったボスも馬車を降りる。
「おい!開けるぞ!」
様子を見に行った部下がドアを開けた。次の瞬間、何か黒いものが部下の体を吹き飛ばす。部下の体は放物線を描き、綺麗に後ろへ吹き飛ばされた。
「「「「「「!?」」」」」」
全員戦闘態勢を取る。ボスが代表して声をかけた。
「……何者だ!?」
黒いものが馬車から出てきた。黒いフードを被ったレイス。あの街の空に消えていった化け物だった。
「……怨霊」
そのレイスは短く答えた。
「てめええ!!ついに現れたな!!!」
ボスのこめかみから血が垂れた。顔は完全に真っ赤になって睨み殺さんとする勢いだ。
「あいたかったぜええ!!てめええに成仏はもったいねええ!!ぶっ殺して、生き返らせて、また気持ちよくぶっ殺してやんよ!!!!」
ボスはお得意の魔法障壁をレイスと自分と部下を囲うように展開させる。もう逃がしはしない。ボスの決意の表れだった。
「ボス!奴に魔法障壁はききません!見たでしょう!奴は障壁をすり抜けます!」
「これは単なる魔法障壁じゃねええ」
ボスは真っ赤になりながら目の前の仇敵を睨みつける。
「これは魔法だけじゃなく、魔法以外のすべてを通さねえ障壁だ」
その言葉に目の前のレイスがたじろいだような気がする。
「レイスだろうと何だろうとこれを抜けることはできねえ、その代わり……」
そういうとボスの口から血が一筋垂れる。
「俺の体がずたずたになっちまう……だが関係ねえ。俺の体がイかれる前にイかしてやれば済む話よ!」
そういうとボスはナイフと紫のエンチャント球を手に取り、部下たちに号令をかける。
「野郎ども!!さっさとぶっ殺すぞ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
ボスと部下が一斉にナイフにエンチャント球をぶつける。ナイフが毒々しい色になる。
(相手はレイス。喋るレイスなんて見たことねえが、レイス相手なら魔法エンチャントを何かしらかければ武器が通る)
エンチャント球は武器にぶつけると魔法属性の付与ができる道具で、本来のエンチャントより短時間しか持たないが、暗殺などの短い仕事の際に重宝される道具だ。短時間とはいえ効果は強力なので、店で買うとなかなかいい値段になる。
(出し惜しみしても仕方ねえ……奴はここでやる!)
ボスと部下がボーっと突っ立ってるレイスまであと少しというところに近づいた。
その時、奴から何か良くないものを感じ体が勝手に止まってしまう。
((((((!?))))))
全員訳が分からないという表情になる。いくら体を動かそうとしても梃子でも動こうとしないのだ。その隙に目の前のレイスの下に影ができる。そしてレイスは何かを呟く。
「眠ってろ」
その時、影から黒いものが飛び出してきた。それが人さらいたちの最後の記憶だった。
次は2月8日0時の投稿を予定しております。