黒田玲のいちばん長い日(8)
(なんだよ怨霊って)
玲は「怨霊」と答えた自分に呆れれてしまった。玲は目の前の男に「だれだ」と聞かれたとこ、馬鹿正直に名前を答える気はなく、「クロード」と言おうとした。しかし、「クロード」と目の前の男に答えるのも何か嫌だったので、お前の敵という意味を込めて「怨霊」と返事したのだった。
玲の前の男は痛めた腕をおさえながら玲を睨む。
「怨霊?レイス……ってわけじゃねえな。会話できるってことは何かの魔法か。てめえ、冒険者か?」
どうやら異世界の幽霊は喋れないようだ。魔法を使えることから魔術士の冒険者と思ったようだ。
「どこの回し者か知らねえが、気に食わねえ……ぶっ殺してやる!」
男が懐からナイフを取り出し、襲い掛かってきた。玲はそれを受け止めずにじっと立つ。レヴがそれを見て「いけない!逃げて!」と叫んだ。
男のナイフと手が玲の体をすり抜けた。
「ちっ、本当はレイスか!?なら……ぐあああああああ!!!!!!!!!」
男がナイフによる攻撃が利かなかったのを見て、紫色の何か飴玉のようなものを懐から取り出した。しかし、霊体化した体をすり抜けたことによる精神ダメージによって男は発狂する。そのまま白い泡を噴出しながら男は倒れ、動かなくなった。
「……やったか?」
玲がフラグのようなものを立てるが倒れた相手はピクリとも動かない。玲は緊張感が抜けてしまい地面にへたり込んでしまった。
(こ、こえええええ!霊体化なかったらどう戦っていいかわからなかったしな。最後のあれ、何をするつもりだったんだろう……)
玲はそんなことを思いながら、同時に人を殺めてしまったことに対する罪悪感が出てくる。
(……私が手をかけたんだよな。はっきり言って自分で殺した気にならないけど……いや、嘘。ばりばり感じるわ。私が殺したんだ)
玲にとっては勝手に相手が突っ込んできて、すり抜けて、一人で死んでったと言えなくもないが、霊体化を使いこなしてきた玲にとって、罪悪感が一ミリもないとは言えなかった。
そんな玲の元にレヴがやってきた。レヴは正直、助けてくれた玲に抱き着きたかった。しかし、今の玲の体に触れると何か良くないことになると直感し、レヴはへたり込む玲の前にしゃがみ、玲の顔を見る。
「ありがとう、クロード……本当に、ありがとう」
レヴは綺麗な顔を涙で濡らしていく。膝に顔を伏せ泣きじゃくるレヴに玲は気づく。
(そうか……私が助けなければ彼女は……)
今回の殺しは褒められたものじゃない。もっと他にやりようはあっただろうし、捕獲することだってできなくはなかったはずだ。それでもこの瞬間だけ、玲は救われた。玲は霊体化を解き、レヴの背中を摩る。
「もう大丈夫だよ。怖かったね……ありがとう」
月の光に照らされた黒い翼がまぶしく見えた。
玲は今後のことを考えていた。玲はこのままレヴを残す気はなかった。このまま残せば別の奴がレヴにさっきの奴と同じようなことをするかもしれない。そこでレヴはあることを試してみようと画策する。
(霊体化は「生物は霊体化できない」と説明文で限定しているが、影潜ミにそのような記述はない……試してみよう)
玲はレヴに目線を合わせる。
「これから私の魔法で転移?まあ安全な場所を用意する。ちょっと見てくれが怖いけど大丈夫だから、そこで待っててもらってもいい?」
その言葉にレヴは迷うことなく肯く。
「大丈夫。私はクロードを信じてる」
レヴのまっすぐな瞳に玲はたじろいでしまう。
(なんていい子なんだ……)
玲はレヴの前で影潜ミを発動する。最初に自分が入っても大丈夫なところを見せるため、レヴは影の中に下半身だけ潜って大丈夫なところを見せる。レヴは相当驚いてるようだ。目をこれでもかという位に見開いている。
「大丈夫……ほら」
レヴは体全体を影の中に入れ、すぐに出てくる。これで安全なことを示せたはずだ。
「この中にいれば基本見つからない。レヴにはこの中にいてほしいんだ」
レヴは納得したのか、首を縦に振った。
「よし。じゃあ試しに入ってみてくれ」
レヴは恐る恐る影の前に立つ。そして「えいっ」という言葉とともに影にジャンプした……あれ?
「入れない……」
レヴが困った顔でこちらを見る。
(あれ。なんで……ああそうか、私が意識しないといけないのか)
玲はレヴに「ごめん……よし、じゃあ入ってくれ」と言って少しずつ沈めていくよう意識する。
「!おー!」
レヴの感嘆符が聞こえる。どうやら成功したようだ。レヴの体が少しずつ影の中に入っていく。そして完全に入り切った後、玲はレヴの状態を見るために引き上げる。
「どうだった?大丈夫そう?」
「うん、問題ない。あたり真っ黒だけど普通に息出来たし大丈夫だった」
玲はその言葉にほっとする。同時にあれっと思った。
(そういえば荷物とかも入れてるんだけど、見てないのかな?)
玲はふと思う。そういえば自分も何回か影潜ミを使っているが、影の外ばかりを気にして、中のことはしっかりと見てなかったのだ。玲は確認のためレヴに尋ねる。
「レヴ、影の中には他に何かあった?」
「?いや、何もなかった」
その言葉を聞き玲は影潜ミによって物が一つの空間に入れられてるわけではないと推測する。おそらく別々の部屋みたいになっていて、そこに別個に入れてるんだと推測する。例えばシャツ一枚ならシャツ一枚を保管する空間、人ならその人のみ保管する空間、そんな感じなんだろうと考える。
玲は影潜ミの性質に対する考察を一旦脇に置き、レヴに再度影に入ってもらうことにした。レヴは影に入る際、玲に振り向いて言う。
「クロード、気をつけてね」
玲はレヴの優しさに親指を立て、「大丈夫」と返した。
玲は建物の中を影潜ミで移動する。
(いろいろ考えたけど、敵と交戦せずに全員を助けることができるかもしれない)
玲はひそひそと建物内を移動する。そして見張りたちの横を通り過ぎて、人さらいによってさらわれた女性の下に行く。
「?……!、キャッ……!」
女性が悲鳴が途中で切れる。異変を感じた見張りが中の様子を確認した。
見張りが中の様子を見ると、女性が何事もなく地面に座っているのを確認する。
「おい!うるせえぞ!」
「す、すみません……」
「ったく……」
見張りが去っていくと、先ほどまで座っていた女性が影の中に沈んでいった。
(若干危なかったけど、大丈夫そうだな)
玲が立てた作戦はこうだ。まず建物内を影潜ミを使い影状態で移動する。さらわれた人たちの真下に来たら、影潜ミを使って隠す。異変に気付いた見張りがいた場合、さっきと同じ要領でその人と同じ分身を作ってやり過ごす(短時間なら違和感がすごくても問題ない)。これを何回か繰り返し、できる限り多くの人を救って出ようと考えたのだ。
(最初はいったん建物から出て応援を呼ぶって方法も考えたけど、よく考えると冒険者ギルドが話を信じてくれる保証がない。それに応援を呼んでる間に、さっきのレヴのような隷属魔法を使われると後々面倒なことになりそうだし。だったら、ここでできる限り、いや、全員助けて出て行く方がベスト……かも)
玲が短時間で考えた作戦であった。
(助けるのではなく奴らを先に潰すって作戦も考えたけど、あのボスって男を潰せばすべてが解決するかはわからないしな。もっと上の奴がいた場合、そいつも潰さないと意味がない。それに規模が大きすぎる。連れてきた人たちを人質にされたらどうしようもない……)
頭の中で何かがぐるぐると回っていく。
(正直、これがベストだとは思えない。分身は残せるわけではないから、空の部屋が出てくる。それを見られれば誰か入り込んだと気づかれてしまう。)
玲は唇を噛む。
(くそ!いったい何が正解なんだ!?)
玲は頭の中が整理しきらない状態で作戦を続けていく。こういうのは始めた以上、中途半端にするのは一番最悪だ。迅速に女性たちを救出していく。
「あ!……」
「え?……」
「うわ……」
「ちょ……」
女性たちが叫ぶ前にできる限り影の中に落としていく。玲は影の中で女性たちに謝り続ける。たとえ聞こえなくても。
(ごめん……怖がらせて本当にごめん……)
玲は急ぐ。幸いにも建物外に比べ建物内は人が少ないようだ。そろそろすべての部屋を回り終えるが、まだ発見されていない。
(建物の外で見張っているから、内部は少なくしてるのか?それとも昼に襲われたのを警戒して、本来中にいた連中を外に出してるのか?)
玲はそのように考察してると、恐れていた事態が起こる。
「侵入者!侵入者!」
誰かが気付いたようだ。建物内の足音が多くなったと感じる。外を巡回している連中も中の捜索に加わったのか、「おい!入るぞ!」という声が聞こえてきた。
(くそ!あと一人だったのに!)
玲は最後の部屋まで影を走らせる。部屋の中で怒号が聞こえた。
「こら!暴れるな!」
「いやあああああ!!!」
玲は急ぎ中に入る。中では一人の少女が男に抑えられて、首輪に血を垂らそうとするところだった。
(ちっ!)
玲は影ノ棘で男の腕を吹き飛ばす。
「ぐあ!……クソが!」
男が割れたガラス瓶を見て、即座にナイフを取り出し、一気に少女の元へ駆け寄る。
(人質!)
玲は感情が高ぶって影から出てしまった。
「やめろ!!!!」
「!」
男の体がフリーズする。まるで金縛りにあったかのように。
(悪寒の風か!)
玲はすぐに霊体化を発動し、男の体をすり抜ける。
「てめえ!いったい……ああああああ!!!!!!」
男は霊体化の効果で悲鳴を上げながら息絶える。玲は女の子の様子を確認した。女の子はぼーっとした顔で玲を見つめている。玲は申し訳なさそうな顔をしながら影潜ミを発動させる。
「ちょっと怖いけどがまんしてね」
「え?きゃ……」
最後の一人を無事に保護することができた。あとは建物を出るだけ。そう思い、影の中に入ろうとした瞬間、ブォンという音とともに建物に何かが張られる。
「聞け!侵入者よ!」
先ほどのボスの声がどこからか聞こえてくる。
「建物全体に魔法障壁を張った!どんな魔法でも通さん!」
ボスは言葉を重ねる。
「貴様が何かしらの魔法を使って動き回ってるのはわかっている!今なら見逃してやる!」
嘘をつけと玲は思った。だが、まずいことになったと玲は後悔する。
(くそ!出るのが早ければ!)
玲は試しに影ノ棘を障壁にぶつけてみた。
(だめか)
影ノ棘が障壁に当たるが、傷一つついていない。
(……やっぱり応援を先に呼ぶべきだったのかな)
玲は何度目になるかわからない後悔をする。しかし、逃げるためには障壁を何とかするしかない。
(術者を探して仕留めるか?)
玲は物騒なことを考え始めるが、ふと試してないものがあると気づく。
(影魔法が通じない……霊体化ならどうだ?)
忘れそうになるが霊体化は能力である。魔法障壁が魔法を阻害するものなら能力である霊体化なら通れるんじゃないか?
(試してみるか)
玲は影から出ると腕だけ霊体化させ、恐る恐る窓から手を出し魔法障壁に触れる。
(?、問題なく通るぞ)
光明が見えた。
「最終通告だ!これ以降は泣こうと喚こうと許さんぞ!」
ボスは建物全体に聞こえるほどの声で侵入者に告げる。そのこめかみに青筋が立つ。
「ボス、奴が来たら本当に許すんですか?」
そんなことを聞いてきた部下をボスが殴り飛ばす。
「そんなわけねえだろ!来たらぶち殺す!来なかったら末代までぶち殺す!」
結局殺すんなら来ないんじゃないんでしょうかとは誰も言わない。あのモードになったら誰も止められなくなる。部下たちはこんな騒ぎを起こした侵入者に腹を立てつつも、同時にかわいそうにとも思っていた。
「……ちっ、腰抜け野郎め!お前ら、獲物を俺の前に連れてこい!」
ついにボスがしびれを切らす。部下たちは「へーい」と返事し、探しに向かおうとした。
「!、ボスあれを!」
部下の一人が窓の外を見て指さす。ボスはその方向を見て呟く。
「?、なんだあれは。レイスか?」
「あのレイス、こっから出てきたようですぜ」
その言葉を聞いてボスが何かに気づいたようにはっとする。
「あいつが侵入者か!」
「でもモンスターがなぜ?」
「どうでもいい!」
ボスがその場で魔法詠唱を始める。窓から狙撃を試みようとするが、その前に部下たちに止められる。
「はなせ!てめえら、どういうつもりだ!」
「ボス!忘れたんですか!魔法障壁を張ってんですぜ!?」
「へたに撃って跳弾したら、火傷じゃすみません」
「ちくしょう!……クソが、クソが、クソが!」
ボスは怒り狂い、あらん限りの罵声をレイスに浴びせる。それに対し、レイスは我関せずと夜の空に溶けていった。
次は2月7日0時の投稿を予定しております。