黒田玲のいちばん長い日(7)
異世界の空を黒い幽霊が風に舞う紙のように浮遊する。幽霊は街の灯をライトに月とともに戯れる。
(うわ、空を飛んでるわ)
黒い幽霊の正体は調子に乗った玲だった。
玲はレディと別れた後、そういえばステータスチェックをしてなかったなと思い、オプションを開く。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:8
職業:【】
頭装備:旅人のフード
胴装備:くたびれたチュニック
腕装備:
手装備:粗悪なナイフ
腰装備:くたびれた革紐
脚装備:くたびれた革製ズボン
足装備:くたびれたエスパドリーユ
能力:【霊体化Lv.8】
魔法:【影魔法Lv.8】【】
称号:【異世界人】
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(霊体化のレベルが上がってる……おお!バリエーションも一つ増えてるぞ!)
玲は霊体化の詳細ページを開く。
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霊体化
能力。自身の身体を霊体化させることで物理攻撃が効かなくなる。自身以外の周辺の物を霊体化させることもできる(ただし、生物は霊体化できない)。霊体化中の生物への接触によって生物に精神的ダメージを与える……etc。霊体化には自身の魔力を対価とする。
霊体化
悪寒の風
浮遊
自身の体を浮かせることができる。ただし体の大部分を霊体化させなければならない。浮遊には自身の魔力を対価とする。
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浮遊の文字を見つけた玲のテンションは最高峰に上がった。その結果、玲は街の空を漂う一幽霊として空に舞い上がったのだ。
(体が浮いたら本当に幽霊だな)
呑気なことを考えている玲は街の上空を優雅に飛ぶ。
(ん?)
玲は街を飛んでいるときに、目下に怪しい男たちが街を走っている場面を目にする。
(怪しい……本来なら見ないふりをするべきかもだけど……)
玲は何となくつけていった方がいいと直感する。すぐに路地裏に降り立ち、霊体化を解除して影潜ミを発動させる。影を使って男たちがどこに行くのか後を追いかける。
(……あいつら人さらいか)
男たちが向かった先、そこには女の子が一人地面に倒れていた。女の子は気絶しているようで、監視の男が「こっちだ!」と手招きしている。
「すまん!手こずった!」
「誰かに見られたか?」
「いや、大丈夫だ!」
「気をつけろ!昼の班が何者かにやられたらしい……俺たちも狙われる可能性が高い」
「よし、急いで運ぶぞ!」
どうやら昼の奴らと同じグループだった。奴らは運搬のための人手としてやってきたようだ。手際よく麻袋に女の子を入れて、そのまま奴らのアジトに向かうようだ。
(はあ……また衛兵につきだそうかな。いや、泳がせよう)
玲は昼の時と同じ要領で目の前の連中を捕まえようと考えていた。しかし、どうやらほかにも仲間がいるようだ。ここにいる末端だけではなく、ほかの幹部クラスの連中も含め衛兵に突き出さないと意味がないと玲は考える。玲は表に出たいのを堪え、影潜ミで連中の後を追った。
人さらいのアジトはスラム街と呼ばれるようなところにあった。建物の周りには筋肉隆々のならず者たちが警備として巡回している。その中を人さらいたちが入っていき、そのすぐ後を玲が追いかける。
中には多くの女性が捕まっていた。それも人種だけではない。耳の長い人、獣耳の人、羽のある人、角がある人、多様な人種が格子の付いた部屋に入れられ、うつむいている。
それらの部屋の前を通り過ぎ、ある交差路の所で男たちの一人が「ボスの所に行ってくる」と運んできた仲間たちに伝えた。
(……ボスの顔を見ておいた方がいいな)
玲は悩んだ末、ボスの元へ報告しに行く男の後ろをつける。男は建物の一番高いところの部屋の前に到着し、部屋のドアをノックした。
「ボス、失礼します!夜の班、今帰還しました!」
「……入れ」
その声に従い、男が入る。玲もすぐ後ろをつけて部屋に入った。部屋の中にはガリガリの貧相な男が一人、たいそうな椅子に座ってた。顔を下に向け、何かを書きながらこちらを見ずに言う。
「仕事はどうだった?」
「特に問題ありませんでした」
「ふむ。襲撃はなかったんだな?」
「ありませんでした」
その言葉を聞いてボスと呼ばれたガリガリ男がペンを止め、こちらを見る。
「運が悪かったと見るべきか?」
「おそらくはそうかと。昼の班が手を出したのは子爵の姫君だそうです」
「運がない奴らめ。まあ、あんな場所に貴族の令嬢がいること自体おかしいがな」
ガリガリ男はそう言うと机に置いてあったカップに口をつける。飲み終わるタイミングで部下の男がボスに聞く。
「昼の班はどうするおつもりで?」
「ん?ああ。連中はどうにもならん。何しろ目立ちすぎた。もみ消すことは難しいだろう」
ボスは残念そうに肩をすくめる。
「しばらく昼の活動はやめるべきだな」
ボスがそう答えると部下の男がゲッとした顔になる。
「……シノギの機会が減るんですか?」
「仕方ないだろ。事態が事態だ。諦めろ」
そうボスが締めくくると、「仕事に戻れ」と男に告げる。男は「へーい」と抜けた声で部屋を出る。それについていくように玲も部屋を出た。
(結構、大きな組織みたいだな)
玲は先ほどのボスと部下の話を振り返る。どうやら話を聞く限り、連中は権力に働きかける力も持ってるようだ。
(もみ消すってそういうことだよな……昼、衛兵の所に置いてったのはまずかったのか?)
玲は自身の行動を反省する。あの時さらわれたのが子爵の娘でなければもみ消された可能性があると思い冷や汗をかく。
(ここまで規模がでかいと全員助けるのは至難の技だな。冒険者ギルドに相談……ありかもしれない)
衛兵に頼るのが難しいとなると冒険者ギルドはどうだろうと玲は考える。一度出直した方がいいかもしれない。
玲はそう思って人さらいたちのアジトをいったん出ようと考えた。一つの部屋を除き人の気配がまったくないエリアを抜けようとする。
(ん?)
そんな玲は誰かに見られてるような気配を感じる。
(気のせい?いや、でも確かに感じるんだよな)
初めての経験に玲は戸惑う。
(確かにいずれ看破されるとは思っていたけど、いったいどこから……)
玲は振り向き、その視線の主と目が合ってしまった。
女の子が格子からじっとこちらを見つめていた。
(やっべ)
玲はどう切り抜けようかと思案する。
(このまま逃げて冒険者を連れてきたとしよう。無事救出作戦が成功したとして、この女の子が冒険者ギルドで『影みたいなモンスターがいました』なんて答えたらどうなる?うーん、そんなモンスターがいるかはわからないけど、モンスターとして討伐されるのは嫌だな)
(それに安心させる意味も込めて接触するのはありかもしれない)
玲はこのまま逃げるより、助けに来た冒険者としていったん接触するほうがいいかもしれないと考える。玲は格子の隙間から女の子のいる真っ暗な部屋に入り、影の中から自分を見つめてる少女に話しかけるた。
「やあ……おっと静かにして」
見つめていた女の子が若干驚いて声をあげようとする前に玲は注意する。
「驚かせてごめんね。私は冒険者のクロード。君を助けに来た」
玲が気さくに挨拶する。ちなみにクロードと言ったのは、レディとの会話の気分がまだ玲の中で残っていたからだ。玲はクロードと言ったとき「あ、しまった。まあ、いいや」と開き直る。女の子はじっと影を見つめ、その愛らしい口を開く。
「冒険者?」
女の子は「モンスターじゃないの」と聞いてくるが玲は優しく否定する。
「私は人間だよ」
「じゃあ、なんでそんな姿なの?」
女の子は首を傾げながら質問する。
「そういう体質なんだ」
「体質……?」
体質の言葉の意味が分からなかったのか、それともそんな体質あるのかという疑問だったのか。少女は傾げた首をさらに傾げていく。
ここで月の光が部屋の中をはっきりと照らし出す。玲は少女の格好をちゃんと見ることができた。黒髪黒目に背中の黒い翼、まさしく異世界によくある鳥獣人の女の子で、貫頭衣に首輪という格好だ。ちなみにほかの女の子も同じような格好にさせられている。
「どうして私を見ることができたの?」
その言葉に女の子は黙ってしまう。地雷を踏んだかと玲は思ったが、女の子は玲の質問に答えてくれた。
「私の種族の力なの」
女の子は呟く。
(種族?獣人特有の力か?)
玲は少女がいかにここまで連れてこられたのか気になってしまう。
「ねえ、お話ししない?君のことを教えて?」
「……いいよ」
少女は少し照れ臭そうにしながら肯いた。
少女の名前はレヴ。カラス系の獣人族で昔は山で両親とともに暮らしていたらしい。山では父親が狩りをして、母親が少女の面倒を見る。母親から飛び方を教わり自由に飛び回る毎日。三人で幸せに暮らしてたそうだ。山での出来事を楽しそうにレヴは話していた。
ところがそんな幸せなひと時を壊すものが現れた。人さらいである。彼らは珍しい鳥獣人がいるとの報告を受け、山にやってくる。本当に運が悪かった。その時レヴは一人で山の中を散策しており、両親は狩りでレヴのそばを離れていたのだ。その一瞬の隙をつかれたのだ。
レヴは一瞬で気を失ったそうだ。そして気づいたらここに連れてこられ、今に至る。レヴは食事の時以外、誰にも会うことなく1年以上もここにいるらしい(季節が回ったと言っていたからおそらく1年と玲は予測した)。
相当高値で売られているようだ。レヴが言うには、客がレヴを見て金額の話をするそうだが、毎回人さらいたちの提示する金額を聞いて、『そんなに高いのか!』と客は大声を上げ、部屋に入って様子を見ることすらせずに帰ってしまうらしい。
「早く出たい」
レヴはうつむきながら呟く。レヴはぽつりぽつりと自分の思いを曝け出していく。
「お父さんやお母さんに会えないならそれでもいい……今はただ空を飛びたい」
レヴのほんの少しの我が儘に玲は答えることができなかった。どう返事をすればいいのかわからなかった。どう返事をすれば正解なのかわからなかった。
レヴは自分の思いを伝えた後、顔を上げて玲に笑いかける。
「ごめんね、それとありがとう、話を聞いてくれて」
そう言ってレヴは俯いてしまった。
玲はレヴの話を聞いて、自分の中で何か熱いものがたぎるのを感じた。
(安っぽいヒロイズムはないはずなんだけどな……)
そんなことを考えていると、レヴの部屋に近づいてくる足音を玲は聞く。
「ごめん!誰か来る!」
玲の言葉にレヴは肯く。玲はレヴの影に隠れると、男が一人、部屋の前にやってきた。
「喜べ、お前のご主人様が決まった」
男は相当うれしいのか顔をニマニマさせながらやってくる。
「やっと、やっとだ、一時はどうなるかと思ったが、最後にお前は金になるんだ。相手は喜べ、貴族様らしいぞ」
男は高値で売れたと叫びながら、レヴに語る。
「まあ、ちょこっと変わった趣味をお持ちのようでな。剥製が好きらしい」
(この下種野郎!)
玲は影の中から激怒した。男は何が愉快なのかさらに顔をゆがませて、レヴに迫る。レヴは嫌な予感がしたのか、男から距離を取るため一歩ずつ下がっていく。
「楽しみだよ。さぞ綺麗に仕上がるんだろうな」
男はそう言うと懐から真っ赤な液体が入ったガラス瓶を取り出す。
「この中にはその貴族様の血が入ってる。この血をお前の首輪にかければ、隷属魔法が働き、お前は一生その貴族様に逆らえない。今からやること……わかるよな!」
そう言った瞬間、男がレヴに飛びかかる。レヴは懸命に逃げようとするも、男に力で抑えられ逃げることができない。
「暴れるな!!」
「いや!放して!」
男はレヴを抑えながら片手で瓶の蓋を開ける。
「これで、ジエンド」
「いやあああああああ!!!!」
ガラス瓶から血が一滴垂れようとした。
その瞬間、男の手がガラス瓶ごと何かに吹っ飛ばされた。
「ぐあああああ!!!」
男はひん曲がった腕をおさえながら蹲る。ガラス瓶に入った血がその曲がった腕に汚く染みつく。
「だれだ!?」」
男が何かが飛んできた方向を見る。そこには一人のフードを被った黒い霊が立っていた。
「……怨霊」
そう答えた玲はちっぽけな勇気を振り絞り、膝を笑わせながら男の前に立っていた。
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