黒田玲のいちばん長い日(5)
玲の分身が冒険者ギルドの扉を開ける。中を見ると、依頼を達成した冒険者が多くなっており、酒を飲む冒険者も先ほどより増えている。玲はそんな冒険者たちの横を通り過ぎ、「依頼報告」と書かれたカウンタに行く。
「すみません…依頼を達成しました」
「はーい、では成果物と依頼書を出してくださーい」
分身がそう告げると、のんびりした受付嬢がやってきた。
「どうぞ」
「はーい、依頼書と成果物を頂戴しますね」
分身は依頼書と尻尾の入った包みを台に置く。受付嬢は依頼書を確認し、包みを開けると、何やら渋い顔になりだした。
「……すみませーん、もしかして溜めて持ってきてますかー?」
「え?」
「ディッチラットは腐りやすいので、溜めて持ってこられると尻尾の状態が判別できなくなる場合もありますー。今回はすべて状態がいいので問題ありませんが、次回からは小まめに持ってきてもらえるとありがたいですー」
なるほど。どうやら受付嬢は、玲が日をまたいで成果物を溜めていると推測したようだ。
(……つまり一般の冒険者が一日で討伐した量よりも多いということだな)
「すみません、気をつけます。ちなみにほかの冒険者ならどのくらいのペースで納品に来てますか?」
「そうですねー、Fランク冒険者なら一日に大体10本のペースですねー。そうじゃないと宿代やらご飯代やら稼げませんからねー」
そう言うと、受付嬢は「依頼達成 25」のハンコを押し、「次は『報酬受取』カウンタに行ってくださーい」と教えてくれる。玲はそろそろ物の価値を調べる必要があるなと考えながら、分身を「報酬受取」カウンタに行かせる。
「すみません……報酬を受け取りにきました」
「はい、では依頼書を拝見します」
インテリ風の受付嬢に依頼書を渡すと、受付嬢はじっとハンコを見つめ、問題ないかをチェックする。
(……ハンコの偽造とか過去にあったのかな)
どうやらハンコが正規のものかをチェックしているようだ。受付嬢は問題ないと判断したようだ。台に銀貨1枚と大きな銅貨2枚、銅貨5枚をテーブルに置いた。
「では確認をお願いします。今回の依頼が一つの成果物につき銅貨5枚です。今回は成果物が25個納品されましたので、銀貨1枚と大銅貨2枚、銅貨5枚の報酬です。ご確認ください」
玲はお金の数え方を何となく察することができた。
(一本銅貨5枚で、単純計算で5×25だから銅貨125枚になる。おそらく貨幣は10ずつ変わっていくのかな?銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚あるいは銅貨100枚で銀貨1枚という感じで増えていくのだろう)
玲はそのように分析した。
「はい、問題ありません」
「では、依頼はこれで終了となります。次もどうぞよろしくお願いいたします」
玲は枚数を数え終わると懐に入れて離れようとするが、そういえばと思い受付嬢に話を聞く。
「ああ、それでは……っと、ちょっとお聞きしたいんですがよろしいですか?」
「?はい、どうぞ」
「この近くに安宿ってありますか?」
玲はこの際、宿の方も取ってしまおうと考えていた。冒険者ギルドなら変な宿は紹介されないはず。仕事中にそのような紹介はできないと断られる可能性もあったが、物は試し、聞くだけ聞いてみた。
「ああ、そうですね……雑魚寝宿の場合は一泊大銅貨3枚でやってるところがありますね。個室宿ですと一泊大銅貨6枚でギルドおすすめの宿があります」
玲は自身の力がばれないようにする必要があった。雑魚寝宿の場合、他の人間と一緒の部屋で眠るということ。防犯上の観点から言っても雑魚寝宿はできるだけ取りたくない。
(個室宿かな……)
「ありがとうございます。では個室宿の方を教えていただけますか?」
「かしこまりました。『魚の安らぎ亭』という名前で……」
その後受付嬢から詳しい場所を聞いた玲はお礼を言って冒険者ギルドを出た。
(ここか……)
玲と玲の分身は「魚の安らぎ亭」と書かれた建物の前にいた。分身は建物の扉を開け中に入る。
「いらっしゃいませ!」
扉を開けると、女の子が受付カウンタから元気な声であいさつをしてくれる。分身は女の子の前に行く。
「すみません、一泊お願いしたいんですが……」
「一名様でよろしいですか?」
「はい」
「……一人部屋ですと大銅貨6枚です。朝食と夕食を付けますか?一食につき銅貨5枚で提供しております」
「じゃあ今日の夕食と明日の朝食を付けてください」
「かしこまりました。また体をふくお湯と布をお付けする場合、銅貨2枚で提供しておりますがいかがでしょう?」
「じゃあそれも付けてください」
「かしこまりました。当宿は前払い制となっております。すべて合わせて……大銅貨7枚と銅貨2枚です」
「これで大丈夫ですか?」
そう言って玲は銀貨1枚と銅貨2枚を女の子に渡す。それを見て女の子は大銅貨3枚を玲に渡す。
「わざわざお釣りを考えていただきありがとうございます。こちらお釣りです」
「?こういう支払い方は珍しい?」
「そうですね……商人さんみたいです。うちは冒険者の方が多いので大きなお金で支払う方が多く、一泊の料金を大銀貨1枚で支払われたときとか大変でしたね……お客様は冒険者じゃないんですか?」
「いや冒険者だよ。なるほど、ありがとう!」
確かに冒険者がお釣りのことを考えて支払いそうにないよな、偏見だけど。女の子にお礼を言って部屋の鍵をもらい宿を上がっていく。
「……ここか」
玲は部屋の鍵を開け、中を見る。ビジネスホテルのシングルルームと言えばわかるだろうか。部屋は狭いが、ベッドと机と椅子一脚が置いてあるだけだ。玲は分身を解除し、本体が影から出てくる。
「フゥ……」
玲はベッドに大の字に倒れた。肉体的にも精神的にも玲は疲れを感じていた。玲は眠りにつく前にステータスを確認する。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:8
職業:【】
頭装備:
胴装備:くたびれたチュニック
腕装備:
手装備:粗悪なナイフ
腰装備:くたびれた革紐
脚装備:くたびれた革製ズボン
足装備:くたびれたエスパドリーユ
能力:【霊体化Lv.7】
魔法:【影魔法Lv.8】【】
称号:【異世界人】
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霊体化の能力が上がっている。おそらく影魔法と同じように能力のレパートリーが増えているかもしれない。玲は霊体化の詳細を見てみる。
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霊体化
能力。自身の身体を霊体化させることで物理攻撃が効かなくなる。自身以外の周辺の物を霊体化させることもできる(ただし、生物は霊体化できない)。霊体化中の生物への接触によって生物に精神的ダメージを与える……etc。霊体化には自身の魔力を対価とする。
霊体化
自身の身体を霊体化させることで物理攻撃が効かなくなる。自身以外の周辺の物を霊体化させることもできる(ただし、生物は霊体化できない)。霊体化中の生物への接触によって生物に精神的ダメージを与える。
悪寒の風
周辺の生物を畏怖で固まらせる。効果は一瞬。
ーーーーーー
悪寒の風という能力が増えてようだ。果たしてこれは強いのか。短い説明文に玲は疑問をもつが、まあいいやとステータスを閉じる。玲はステータスを見終わった後、異世界に転移された後のことを振り返っていた。その中であることに疑問を持つ。
(そういえば魔力が切れなかったな……)
そう、玲は今日一日影魔法をずっと使っていたのだ。ステータスの説明文を見る限り、影魔法も霊体化も魔力を使うとある。それが一日中発動していても途切れる様子がなかったことに玲は疑問に思ったのだ。
(可能性はいくつか考えられる。影魔法も霊体化も消費魔力をそこまで必要としない。あるいは私自身の魔力量が転移の影響で増えた。あるいはもともと魔力量が多かったが前の世界で活かすことができず、転移して魔力のある世界に飛ばされたことでその能力を発揮できる状態になった。あるいはこれらの原因が複合しているか……)
玲は魔力切れをしなかった原因を頭の中で推測するが結論が出ない。そのうち、いいやと思い考え方を変える。
(わからない答えを探しても仕方ない。それに原因探しは大事じゃない……今大事なのは自分の魔力のキャパシティだ)
玲は魔力量がどこまであるのかを探す必要があると考えた。影潜ミがどこまで持つのか、影代リがどこまで持つのか、霊体化がどこまで持つのか……考えればきりがない。
(……でも今は少し眠りたい)
玲は少し仮眠しようと瞼を閉じていった。
「お客さん。夕食の時間ですよ」
ドアをノックする音が聞こえる。夕食という言葉を聞いて、そういえばと瞼を開ける。急いで部屋のドアを開けそうになったが、宿に入るときは分身で入ってきたことを思い出し、分身を発動させドアを開けさせる。すると先ほどの受付にいた女の子が、別の部屋に同じような夕食を知らせるためのノックをしているところを目にする。
「お騒がせしてすみません。夕食は一階の食堂で用意しております」
「ああ、ご丁寧にありがとう」
分身にそう言わせ、階段を降り食堂へと向かう。食堂にはまだ人がいないようだ。適当な席に座ると、中年の男が厨房から出てきて玲の方にやってきた。先ほどの受付の少女の父親だろうか。どうやらコックのようでエプロンを付けていた。
「お客さん、ご注文は?」
「何があるのでしょう?」
「そうだな、オークのハムでいいのが手に入ったんだ。それか燻製魚かな。ああ、ソーセージもいくつか置いてるぜ」
玲はオークと聞いてあのオーク?と考える。モンスターを食べるだけの肝っ玉は今の玲にはなかった。
「じゃあ、燻製魚で」
「あいよ。パンはどんぐらい欲しい?」
「ここの宿はどれぐらいサービスしてもらえますか?」
「バゲット3本までなら目くじら立てないぜ」
「大盤振る舞いですね」
「よせやい。で?どうする?」
「1本でいいです」
「おいおい冒険者だろう?もっと食っとかないと大変だぜ?」
「少食なんですよ」
「まあ、こっちは助かるからいいけどよ」
そう言って厨房の方に戻っていく。そして入れ違いのように受付の少女が食堂にやってきた。こちらを見ると、暇だったのか、やってきてくれた。相手をしてくれるようだ。
「お客さん。部屋の様子はどうでした?」
「うん、いい感じだよ。さっき少し眠っちゃった」
「だから降りてこなかったんですね。ここは食堂もおいしい料理が多いので期待しててくださいね」
「セラ、ちょっと手伝ってくれ」
「はーい、お父さーん……お客さん、すみません。では、ごゆっくり」
そう言うと受付の少女はそばを離れ、厨房に入っていった。
(セラちゃんか、小さいのに頑張ってるな……)
玲は感心したように少女、セラのことを見ていた。自分があの年のころはもっとちゃらんぽらんしていたなと昔を振り返っていると、先ほどの男が厨房から出てくる。手に燻製魚がのっかった皿と黒い大きなパンが入ったカゴを持っている。
「お待ちどうさん。燻製魚は少しあぶったからうまいぞ。パンは少し硬いが、まあ我慢してくれ。エールはどうする?」
「おいくらですか?」
「銅貨3枚だ」
玲は銅貨3枚を男に渡す。
「毎度。すぐに持ってくるぜ」
そう言うと男はまた厨房に戻っていった。
「どれ、食べてみよう」
玲の分身は燻製魚を一口食べる。スモークされた魚がうまみを倍増させている。スモークのさせ方がいいのか。嫌いな香りではない。直前まであぶっていたようで身が温かい。どうやら分身は味覚も反映するらしい。腹も膨れるようだ。
(栄養もちゃんと摂取できてるのか?まあ今回の食事で栄養が摂取できてるのか、明日の様子をみればわかるかな?)
玲はそう考え、分身に食事を続けさせる。今度は黒パンだ。ちぎった感じ、なかなかの硬さだ。それを口に放り込む。
(硬いが、悪くない。よだれで湿らせれば問題ない)
そんな感じに食事を続けていると、セラがエールを持ってやってきた。
「どう、お客さん?うちの料理は?」
「うん、おいしいよ」
「ありがとうございます!こちらのエールもおいしいですよ?」
「どうもありがと。さっきの男の人ってお父さん?ここの亭主?」
「はい!お父さんが宿の亭主で私が補佐をしているんです。お母さんはギルドの受付嬢なんですよ?」
そう言うと、「ごゆっくり」と言いながら厨房に戻っていく。どうやら食堂に人が入り始めてきたようで、食堂全体が忙しくなっていた。
(さて異世界のビール、いただきますか)
玲と分身は唾をごくりと飲み込む。ジョッキに注がれたエールを傾けていく。
ゴク……ゴク……ゴク……
「……ッはぁぁぁ……うまい」
仕事終わりの一杯は格別だった。