黒田玲のいちばん長い日(3)
前回の冒険者ギルドでの話から、今の自分でも冒険者になることができることがわかった。しかし玲は気がかりがあるのか、影の中で腕を組む。
(……登録はできるだろうけど、登録するときの服がな)
そう、街の風景やら冒険者ギルドの様子を見るうちに思ったのが、今の服装では街の人や冒険者に比べて浮いてしまうのだ。気にせずに登録しても問題ないのかもしれないが。
(そういえば影魔法を行使したまんまだったな。ステータス上がってるかな……お)
玲はオプションを開く。するとステータスに若干の変化があったのを見つける。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:3
職業:【】
頭装備:
胴装備:リクルートスーツ(上)
腕装備:安物の腕時計
手装備:
腰装備:革のベルト
脚装備:リクルートスーツ(下)
足装備:合皮の靴
能力:【霊体化Lv.4】
魔法:【影魔法Lv.7】【】
称号:【異世界人】
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(影魔法の中身も増えてるかもな……やっぱり)
影魔法の中身はこんな感じだ。
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影魔法
魔法。自身の身体および周辺の物を自身の影にしまうことができる。自身を影にしまった状態で移動することができる…etc。影に対する物理攻撃は効かない。霊体化には自身の魔力を対価とする。
影潜ミ
影ノ棘
影代リ
自身の影を分身として実体化させる。影の耐久度は低い。影は自身と同じスペックで行動することができる(ただし、体の構造を変えることができる)。影代リが発動中、強制的に影潜ミが発動する。分身を自身から離して動かすことはできない。分身と離れた場合、影代リの効果は終了する。
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(なんか面白そうなものが追加されたな……ん?)
玲は冒険者ギルドから出て、人通りの少ないところに来ていた。玲は影の中でステータスの確認をしていたのだが、何やら向こうから走ってくる音が聞こえる。玲は様子を見るため潜望鏡で外を確認すると、女の子が複数の男に追われている光景が目に入った。
「待て!取り押さえろ!」
「いや!放して!」
「気をつけろ、上玉だ……傷をつけるんじゃねえぞ……」
どうやら人さらいのようだ。男たちは女の子に猿轡をかけ、縄で縛ろうとしている。
(危なかった〜!影潜ミを発動しといてよかった…)
玲はやり過ごそうと考えその場にじっと留まろうと考えたが……。
(……違う気がする)
玲はこのままやり過ごそうとしていた自分に違和感を持つ。玲は勇気を振り絞り、影代リを発動させる。人さらいの前に影の分身が現れる。分身は自分と何ら変わらない姿のようだ。
「!なんだてめえは!!」
「こいついったいどこから……魔術士か!?」
人さらいが騒ぎ出す。女の子は捕まったショックで気絶しているようだ。
「どうします!?」
「構わねえ!!ぶっ殺せ!!」
そう言うと人さらいは手にナイフを持ち、こちらに襲ってくる。
「ひぃ!!」
玲は驚いてフリーズしているが、咄嗟に影ノ棘を発動させる。影から黒い円錐状のようなものが飛び出し、人さらいたちに当たる。
「グエッ」
「ゴフッ」
「ギャッ」
男たちは影に当たった瞬間、衝撃で後ろに倒れ、頭を打つ。静寂が通りを支配した。
……どうやらうまくいったらしい。男たちはのびているようだ。
「よかったぁ……」
玲は緊張がとけて、影代リと影潜ミが解除される。尻餅をついた状態で玲が実体化される。
「……この娘、どうしよう」
玲は何とか腰を戻し、女の子のそばによる。どうやら女の子は完全に気絶した訳ではなく、意識が少し残ってたようだ。玲は女の子の猿轡を解くと、女の子の口が僅かに動く。
「…ぁ………………ぅ」
どうやら、ありがとうと呟いたようだ。そのまま意識を落とし、完全に眠りについた。玲はその子の顔をじっと見つめる。
「私が、助けたんだ」
玲はこの時、初めてこの世界の住人になれたんだと感じた。
屋根の上を一人の男が女の子を横抱きに抱えながら、獣のように軽やかに走っている。
(多分、身体能力が上がってる。前の世界じゃ、ここまで動けなかったし……)
先ほど助けた女の子を影代リでつくった分身に抱えさせながら玲は自身をそう分析する。
(影代リは自身の身体能力と同じ能力の分身をつくる……レベルアップの効果か?)
玲は身体能力のアップの原因が自身のレベルアップにあると仮説を立てる。実はあの後、玲は自身のステータスを確認したところ、レベルが上がっていたのだ。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:5
職業:【】
頭装備:
胴装備:リクルートスーツ(上)
腕装備:安物の腕時計
手装備:
腰装備:革のベルト
脚装備:リクルートスーツ(下)
足装備:合皮の靴
能力:【霊体化Lv.4】
魔法:【影魔法Lv.8】【】
称号:【異世界人】
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(影魔法だけじゃなくて、大元のレベルも上がってる。対人戦闘をしたから上がったのか。別にモンスターを討伐しなくても上がるのか……)
玲はレベルアップのメカニズムを何となく掴む。それと同時に目的地に着きそうなことを確認する。
玲は最初に街に入った出入口までやって来ていた。
(街に入るときに衛兵の屯所があったのを確認してるから、屯所の付近にこの子を置いていこう。多分、屯所なら子どもの保護とかやってるだろうし)
それにこの子は良いところのお嬢様だから衛兵も探してるはずだと玲は推測していた。
(服装が街を歩いてる人と比べて見てわかるぐらいに、質感の良い服を着てるからな)
多分、いいとこの商人の娘だろう。女の子の服装から玲はそのように分析していた。
(よし!屯所横に小さな路地がある!)
屯所は見張りの兵士が何名かいた。その横に細い路地を確認した玲はそっと屋根から路地に降りて、地面に女の子を寝かせる。
その後、足元にあった石を拾い、屯所の見張りの兵士の前に石を放った。兵士が石に気付いてこちらを向く前に、玲は影代リを解除する。
「ん?なんだ?」
「ちょっと見てくる……うわ!女の子が倒れてる!ちょっと来てくれ!」
「どうした!…この子、子爵様の御令嬢じゃないか!誰か、子爵様に連絡を!」
玲は子爵という言葉に「しまった」と思ったが、正体がバレませんようにと念を込めながらその場を去っていった。
(さて、人さらいどもを見てくるか)
玲は屯所を離れた後、人さらいが現れた通りまでやってきていた。通りを影潜ミを使いながら確認すると、人さらいがちょうど起きたところだった。
「いってぇなぁ…あの野郎、今度あったらただじゃおかねぇ」
「くそ!どこのどいつだ!」
「今から帰って報告しようぜ!街中捜索すりゃ、あいつも捕まるだろ……」
玲は内心どうしようかと思った。このまま放置しても自分には影潜ミや霊体化がある。捕まらないだろうし、捕まってもすぐに逃げられるだろう。だが、このまま放置すれば、ずっと実体化できずに街にいる羽目になってしまう。玲としては、できれば堂々と街を歩きたいと思っていた。
(しょうがない)
玲は影潜ミの状態で影ノ棘を発動する。意識から戻ったばかりの人さらい達は対応することもできず、カエルが潰れたような声を上げて再び沈んでしまう。
(あ、そうだ)
影の中で玲はあることを考えた。そして玲は影の中でニヤリとわらう。影が心なしか邪悪に染まった。
「いや、やり過ぎた」
目の前にパンツ一丁の人さらい達が倒れている。あの後、玲は服がなかったことを思い出し、人さらいから服を拝借していた。
それだけでなく、玲はパンツ一丁の人さらい達を先ほどの屯所横の路地まで持って行き、現在奴らが持っていた縄で縛り終わったところだった。
「多分、女の子が目覚めたら、奴らを人さらいだって証言するはず……そうなれば、奴らは何かしらの罪に問われるはずだ、いやそうなるといいなぁ……」
玲は何気に性格の悪いことを考えていた。人さらい達にとってみれば、気絶したと思ったら衛兵に捕らえられていたという最悪の事態なわけだ。
玲は屯所の様子を確認するため、影潜ミで屯所付近に近寄り耳を立てる。
「……ですから!私を助けたのは黒髪黒目の男性の殿方でして!」
「カーラ様、それだけでは該当する人物が多すぎます。他に特徴などは?」
「……確か父上の儀礼服に似てるような…でも、あのお方は貴族ではないご様子でしたし……」
「……とりあえず冒険者ギルドに確認してみましょう。腕が立つ魔術士のようなので冒険者の線が高いかと」
「ああ、なぜ貴方は行ってしまわれたのでしょう……私はまだお礼すら言えていないのに!」
「いずれお会いできますよ。さあ、本日は疲れたでしょう。じきに子爵様の使いがこちらにいらっしゃいます。しばらくは……」
どうやら女の子が目覚めたらしい。玲は先ほどと同じ要領で影代リで分身をつくり、石を見張りの兵士に向かって投げる。兵士が気づいたようだ。兵士がこちらを見る前に分身を解く。
「!またどこから!」
「もし!そこにいる御仁、行かないでくれ!……もう消えたのか、いったいどうやって……うわ!なんだこいつら!!」
「どうした!……うわ!なんで素っ裸なんだ!?」
「あの方がいらしたんですか!?……きゃ!!」
「カーラ様!出ではなりま……どうされました!!」
「衛兵長!!あやつらです!私を襲ったのは!」
「なに!!お前たち!此奴らを連れて行け!」
「「「は!!」」」
どうやら目論見通りに進みそうだ。さあ、さっさと退散しようと玲が屯所を離れる前に、カーラと呼ばれた女の子と一瞬目が合う。
「……」
「カーラ様、どうされました?」
「……いえ、なんでもありません。行きましょう」
カーラは何かを怪しんでいたが、すぐに目を離し屯所に入っていった。
(……気づいたのか?)
玲は内心ヒヤヒヤだった。
「よし!服装はバッチリだな!」
玲は人さらいから奪った服を着て、サイズ感を確かめる。特に問題なく着れてるようだ。玲は自分の持っていた服を影の中にしまう。
玲は人さらいから服を奪う際、奪った服を影潜ミにしまえるか確認していた。影潜ミには問題なく物をしまうことができた。人さらいの服をすべてしまっても、まだスペースに余裕があったのを玲は確認していた。
「……服は用意できたけど、顔を知られちゃってるしな」
玲は先ほど助けた女の子に顔を知られ、衛兵に伝わっていることを気にした。子爵の御令嬢となると助けたことで厄介ごとに巻き込まれると思ったからだ。それに今の玲は無断で街に入っている。衛兵にどうやって街に入ったのかを聞かれた際、金を払って街に入ったんだと言い訳することもできるだろうが、記憶力のいい衛兵がいた場合、玲を街に入れた記憶がないと言われてしまう可能性があった。
「あ、影代リで体をいじれないかな……」
玲は影代リを発動する。例は影に潜み、代わりに影の中から自分とそっくりの人間が現れる。
「ん~、じゃあ髪の毛だけでも変えられないかな?……お!」
玲は髪の色を灰色にできないか意識すると、影代リの分身の髪が灰色になる。
「髪ができるなら、顔もいじれるのかな……なんでもありだな」
分身が玲の意識する人間に変わっていく。前の世界の有名な俳優、自分の子供の頃の顔、受付嬢、衛兵、街を歩いてた老人、老婆……あらゆる人物になることができるようだ。背丈も体格も自在に変えられるようだ。
「試しに髪色は灰色にして、20歳の時の顔にしておこう」
顔を変えるなら別人がよかったのかもしれない。しかし、全くの別人にすると違和感がすごいのだ。まるで体を拘束された状態で無理やり動かしてるような気分になるのだ。玲は顔だけ変えて体をそのままにしてもみたが、顔の表情筋にぎこちなさがあった。どうしてもアンドロイドの人形のような笑い方になってしまう。一番マシな分身が若い時の自分だったので、玲は髪色を変えてできる限り自分とは姿が違う分身を作ったのだ。
ちなみに服装は本体、つまり玲が今装備しているものになるようだ。ちなみに玲の装備を確認するためにステータスを見てみよう。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:5
職業:【】
頭装備:
胴装備:くたびれたチュニック
腕装備:
手装備:粗悪なナイフ
腰装備:くたびれた革紐
脚装備:くたびれた革製ズボン
足装備:くたびれたエスパドリーユ
能力:【霊体化Lv.4】
魔法:【影魔法Lv.8】【】
称号:【異世界人】
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この装備が反映されて、分身の方も先ほどの人さらいと同じ格好になっている。玲は若いころの自分の姿にあまりに似すぎているので、思わず笑ってしまう。
「こりゃ、分身にずっと頑張ってもらうかな」
そんなことを思ってしまった。