黒田玲のいちばん長い日(2)
玲がこの地に降りてきた場所から歩いて二時間のところに街らしきものがあった。
いや遠かったよと玲は心底うんざりしていた。歩いてる間に出るわ出るわゴブリンの群れ群れ。あまりに多いので霊体化や影魔法を使って逃げていた。おかげで倦怠感がすごい。
「魔力を使ったことによる影響かな?まあ、ステータスは相当上がったけど……」
玲は自分のオプションを開く。ステータスの上昇の他に気になる部分も見つける。
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名前:黒田 玲
年齢:29歳
性別:男
レベル:3
職業:【】
頭装備:
胴装備:リクルートスーツ(上)
腕装備:安物の腕時計
手装備:
腰装備:革のベルト
脚装備:リクルートスーツ(下)
足装備:合皮の靴
能力:【霊体化Lv.4】
魔法:【影魔法Lv.5】【】
称号:【異世界人】
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この魔法の欄に新たに【】が追加されていたのだ。何故上がったのか?一つの魔法を特定のレベルまで上げると使える魔法が増えるのか?謎は深まるばかり。あと影魔法の中身も表記が追加されたようだ。
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影魔法
魔法。自身の身体および周辺の物を自身の影にしまうことができる。自身を影にしまった状態で移動することができる…etc。影に対する物理攻撃は効かない。霊体化には自身の魔力を対価とする。
影潜ミ
自身の身体および周辺の物を自身の影にしまうことができる。自身を影にしまった状態で移動することができる
影ノ棘
自身の影から円錐状の影で構築された弾を放つ。無音かつ発射速度が速いが威力は低い。
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今まで使っていた魔法な影潜ミという名前だったらしい。それよりも新たに影ノ棘という魔法を手に入れたことに注目したい。霊体化しか攻撃手段がなかった玲にとって嬉しい収穫だった。
「ただ街の周辺だからなのか、ゴブリンがいないんだよね」
そう、さっきまでしつこいぐらいにいたゴブリンが街の姿が見える距離に入った瞬間、ぱったりといなくなったのだ。影ノ棘を確かめたくても的がいなければしょうがない。
「しゃあない。じゃあ、行こう……ん?」
玲はオプションを閉じて街に行こうとして、少し立ち止まる。街の様子、詳しく言うと街の門の様子を見ると、何やら衛兵らしきものがいて、街に入る人間から何かを確認しているようだ。
「そう言えば、この国での私の扱いってどうなるんだ?」
玲はこの国での自分の立場を気にする。自分の今の状態が不法入国者と何ら変わりなかったからだ。この国のビザ制度はよくわからないが、不法入国はたとえ異世界であっても見逃されないだろう。
また、この国の人間だと偽って街に入るのも、おそらく金がかかるだろうし、身分確認はされるだろうし、何より金も身分証もない。それに身分証がないと言った際の衛兵の反応も気になる。
身分証がない?それは法律によって死罪とされている!こいつを叩っ斬れ!と言われる可能性もある。
「まずは情報集めだな……しかし……」
街に入るには情報がいる。情報を得るには街に入る必要がある。堂々巡りだった。
「どうしようかな……あ!」
玲の頭に天啓が閃いた。
「……次、入れ!」
今、玲は衛兵が街の入り口に立っていた所の近く、というより衛兵の真後ろにいた。でも衛兵も入り口に並ぶ人も玲に気づいたものはいない。
(フフフ、作戦成功だ!なんか感知系魔法とか使われてしまったら危なかったけど、問題なさそうだ!)
そう、玲の影潜ミである。影潜ミから潜望鏡のように視界をつくり、街に入る人間と衛兵のやり取りを見つめる。玲は実際に街に入る人間から街に入るための必要なものをリストアップしようと試みていた。
「やあ、衛兵さん。いつもご苦労さんです」
「おお、チャールズか。商売は順調か?」
「はい、おかげさまで。久しぶりに家族に顔を見せられそうで……あ、これ身分証です」
「うむ問題無い、今日は家族とゆっくり過ごせるといいな……次、入れ!」
先ほどの人間は商人だったようだ。商人が見せたのは身分証で、内容はこんな感じだった。
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名前:チャールズ
年齢:42歳
性別:男
所属:ローグライト王国マルジェイド子爵領ホブンズ市
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ああ、コンパクトだけど有益な情報が読み取れる。この国はローグライト王国で、この街はホブンズ市という名前のようだ。次の人間が衛兵のそばにやってくる。剣を携え、鎧を着ている。
「衛兵さん、これでいいか?」
「む?冒険者か……D以上なので問題ないぞ」
鎧を着ていた男は冒険者のようだ。何やらプレートのようなものを衛兵に見せていたが、内容はこんな感じだ。
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名前:ホランド
年齢:38歳
性別:男
ランク:C
所属:ローグライト王国プランク伯爵領マスティング市冒険者ギルド
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ふむ、衛兵の話から察するに、冒険者ならD以上で入る権利が得られると……D未満だとどうなるんだ?次の人間は農民のようだ。籠に野菜のようなものをたくさん入れてやってきた。
「次、入れ!……では、身分証を見せてくれ」
「すんません。近くの村なんで身分証はありません」
「わかった。では入市料を払ってもらう。大銅貨5枚だ」
「え!値上げしたんです?」
「すまない……ちょっと事情があってな……」
「はあ……わかりました。これでいいでしょうか?」
「問題ない……よし、次入れ!」
ああ、なんかわかってきた。身分証はなくても入ることができるけど、お金がかかると。大銅貨5枚の価値はわからないけど、農民の様子からすると、割と痛い出費のようだ。次の人間がやってきた。また商人のようだ。
「では、身分証を見せてくれ」
「はい、どうぞ」
「確認する……隣街か。では入市料を払ってもらう。同じ子爵様の領内だから大銅貨3枚だ」
「あれ!上がったんですか?」
「すまない……事情があってな……」
「……わかりました。これでよろしいでしょうか?」
「問題ない……よし、次入れ!」
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名前:ベック
年齢:40歳
性別:男
所属:ローグライト王国マルジェイド子爵領マトー市
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あ、これで繋がった。この街にタダで入れるのはこの街の人間のみ。それ以外の街の人間もしくは身分証のない人間は入市料が必要となる。ただし、同じ領の人間なら減額してくれると。玲は一連のやり取りから頭の中で整理する。
(うん!お金がないと無理!)
結局お金がないと入れないことがわかった。現実は非常である。ただ身分証がないと斬られるといった事態にはならなそうなので、若干ほっとする。
(でも、実際どうしよう?)
そう玲は困っていた。街に入るのは金がかかるから無理、有効な身分証も今すぐ用意できそうにない。せっかく影魔法を使って情報をとりに来たのに……。
(いや待て)
玲の頭に天啓が閃いた。
(このまま入れんじゃん)
玲の影魔法に衛兵が気づいてないことを玲は失念していた。
(普通に入れたわ)
あの後玲は影潜ミを使って衛兵の横を通り過ぎ、街に入っていた。特に問題ありませんでした。
(それにしても、本当にザ・異世界って感じの街だな)
玲は潜眼鏡から周りの様子を見渡す。昔の中世のような街並みで、人の服装もそれっぽい服装をしている。
(とりあえず、冒険者ギルドを探してみよう)
玲は現在お金もなければ身分証もない。その両方を満たすことができるとしたら冒険者になるのが一番手っ取り早いと感じていた。それに自分なら影魔法と霊体化を駆使すれば、ある程度のモンスターでも討伐することができる。そのような事情を考慮した結果、冒険者になるのは選択肢としてアリだと思ったのだ。
(……ここか)
玲は「冒険者ギルド」と書かれた看板が掲げられた建物の前に立っていた。玲は影潜ミを保った状態で中に入っていく。
(……おお、以外と広いな)
中は思ったよりも広かった。カウンタの奥では受付嬢やら事務員がせっせと働いており、冒険者と思われる人間がカウンタで受付嬢から話を聞いてたり、掲示板の前で依頼書を吟味してたり、併設された酒場で飲み食いしてたりと思い思いに過ごしている。
(……冒険者の登録条件とかわからないかな)
玲はカウンタの中で「登録・昇進・所属変更関係」と書かれた窓口の近くに行き、先ほど衛兵のやり取りを聞いたように潜望鏡で様子を見る。窓口ではちょうど受付嬢が若い男の子に何かの説明をしているようだった。
「モッズ様。では、登録手続きを始めたいと思います。よろしいですか?」
「はい!お願いします!」
モッズと呼ばれた少年が元気な声で返事をする。受付嬢は微笑ましくそれを見つめ、説明を開始する。
「まず冒険者はどなたでも登録できますが、登録をギルドの方から解消されることもございます。過去に登録を解消された方は解消された日から1年間は登録できません。また稀にギルドから除名される方もいらっしゃいますが、除名された場合は今後一生ギルドに登録することはできなくなります。」
結構怖いことを序盤で言い出した。モッズ君も内容が内容だけに息を飲んで緊張している。そんな様子を見ていた受付嬢は安心させるように笑いながら話を続ける。
「まあ、解消も除名もそんなにないことですから。最初にこの話をしたのはモッズ様が過去にそのような処分に該当したことがあるのかをチェックするためでして、……この水晶に手を触れてもらえますか?」
そう言うと、受付嬢はカウンタの下から水晶球を取り出し触るよう促す。モッズ君は恐る恐る水晶に触れるも水晶は特に反応しない。どうやら大丈夫だったようで、受付嬢は水晶を下に戻してしまった。
「はい、問題ありませんでしたので登録ができますね」
「よかった〜」
モッズ君は思わずそう呟いてしまった。そんなモッズ君を受付嬢は暖かく見つめる。
「いえ、こちらこそ驚かせてしまい申し訳ございませんでした。では、登録の方を進めさせますね。お名前は、モッズ様で登録して問題ないでしょうか?」
「はい、モッズでお願いします!」
「年齢は?」
「15歳です!」
「性別は男で大丈夫ですね?」
「はい!」
「……はい、これで登録完了です」
随分と早いなと玲は思った。受付嬢がモッズ君にプレートを渡す。モッズ君は嬉しそうにそれを見つめていた。
「では、登録自体はこれで完了です。冒険者についての簡単な説明もいたしますか?」
「あ、お願いします!」
「冒険者は、あらゆる人から寄せられた依頼を達成するお仕事です。しかし、その依頼は大きく分けて三つに分かれます。採集依頼・討伐依頼・護衛依頼です。採集依頼は薬草や毒消し草の採集といった簡単なものからドラゴンの卵の採集まで、普通の人が採集するのに危ない素材を採集するのがお仕事です」
ドラゴンの卵と聞いて、モッズ君は目を輝かせる。
「次に討伐依頼。ディッチラットやゴブリンの討伐といった定番のものから物語の勇者のようなドラゴンの討伐まで、モンスターの討伐や撃退、捕獲を行うお仕事です。これが一番数が多いですね」
ドラゴン討伐と聞いてモッズ君は少年特有のやる気に満ち溢れている。
「最後に護衛依頼。商人や貴族の方の護衛、珍しいものなんかでお姫様の護衛というのもありますね」
お姫様の護衛と聞いて、脳内で自分が姫を助けているシーンでも想像したのだろう。モッズ君のやる気は有頂天に達していた。
「これらの依頼は依頼書として掲示板に張り出されておりますので、それを持って『依頼受注』と書かれた窓口に行きます。受付嬢が依頼の詳細を説明して、依頼達成の証拠となる成果物の話をし、依頼書に『依頼受注』のハンコを押したら受注完了です。依頼達成のため動いてもらいます」
モッズ君は理解できたのか首を縦にふる。
「依頼が達成できましたら『依頼報告』と書かれた窓口に行きます。そこで成果物を納品します。それを確認して問題がなければ依頼達成、受付嬢が依頼書に『依頼達成』のハンコを押します。それを持って『報酬受取』と書かれた窓口に行ってください」
ここまでよろしいですか?と受付嬢はモッズ君に確認する。モッズ君は頭の中で整理できたのか、大丈夫です!と元気よく返事をした。
「では、依頼の受注制限について説明いたします。冒険者だったらすべての依頼を受けることができる……そういう訳ではありません。自分の冒険者ランクより一つ上のランクしか受注できません」
そう聞くとモッズ君はちょっとがっかりしたような顔になる。
「例えばモッズ様はこれからFランク冒険者として登録されますが、受けることができる依頼はEランクとFランクの依頼のみです。D以上の依頼を受けることができません」
受付嬢はここからが大事ですよと前置きして話を続ける。
「モッズ様は既にご存知だとは思いますが、その街の人間以外が街に入ると入市料が取られます。しかし、冒険者ギルドはこの国と契約して、Dランク以上の冒険者であればどの街に入っても入市料は発生しないよう取り決めを結びました」
例えばと受付嬢は話を続ける。
「モッズ様の冒険者カードはこの街の所属になっておりますので、この街を出入りする際にそのカードを衛兵に見せれば無料で出入りできます。一方、隣街のマトー市でこのカードを見せても、入市料は無料になりません。同じ領内なので入市料は減額されるでしょうが」
そう例を出すと、モッズ君はイメージできたのかああ!と言って大きく頷く。
「あちこち動き回る冒険者にとって、Dランク以上までランクをあげた方が金銭的に動きやすくなります。ランクをあげるには依頼の達成数や達成率で判断します。それがDランク以上と判断された場合、Dランク昇級試験というものを受けてもらいます。その試験で見事合格水準と判断されれば、晴れてDランク冒険者として昇級できるのです」
そう説明すると受付嬢はモッズ君を真剣な顔で見つめる。
「一人前の冒険者と判断されるのはDランクからです。私たち冒険者ギルドは一人でも多くの優秀な冒険者を求めております。モッズ様がその一人であることを私は願っております」
「はい!一生懸命頑張ります!」
……どうやら説明は終わったようだ。モッズ君はカウンタを離れ、受付嬢は「次の方、どうぞ」と声をかけている。それを傍目に玲は冒険者ギルドを離れていく。
(……結構有益な情報を手に入れたぞ)
なかなかの収穫に玲は影の中でニヤリと笑った。