第8話
栗色の髪、暗い色の瞳。目つきは鋭く荒んでいるが整った顔立ち。
少しばかり埃っぽくくすんでいるし、松明の光は不安定だけどーー間違いない。
彼は原作キャラだ。
ーーヒロインとフォレンヒスベルク伯爵の後継である少年の関係の進展に一役買う、我が家の領地が滅ぼされた事件ーー春の女神フローレラの目覚めを祝う祝祭の期間に起こったそれは、後に春月の惨劇と言われるようになるーー村人は皆殺され、生き残りはいないと伝えられているその事件の真相を、いかにして彼らは知ったのか?
全ての真相を理解しているのは、計画者であるフォレンヒスベルク伯爵、彼の主人である大公、そして実行役を担ったハインツ。
そして、断片的に事情を知っているのが、本編時点で盗賊団の唯一の生き残りであるディーター。
つまり、私の前に立っているこの男。
ひょんな事情から、ヒロインたちはディーターと出会い、彼の語る過去から真実を導き出すのだ。
私が原作知識を思い出した後、考えたのはいかにして生き残るか、だった。
家族の元へと行きたい。そんな死の誘惑は強いけれど。死ぬのはとても簡単だけど。
お父様、お母様、兄様、そして村のみんな。私の宝物を無残に踏みにじった者たちへの鉄槌を下さず、優しい死に逃げるわけにはいかなかった。
復讐のためにも、まずはここから逃げ延びることーー。
そして、ある程度の自由を手にした上で、原作の流れ、もしくはキャラクターに接触できる場所に流れ着くこと。そうでなければ、とてもじゃないけど願いは叶わない。
私が復讐をしなければならないのは、ハインツ、フォレンヒスベルク伯爵、大公、そしてこの国と世界。
残念ながら、一介の孤児が手の届く場所にはない。
私が持つ唯一の武器である原作知識を活かすためにも、場を整えなければならない。そしてそのためには何よりも、この牢獄からの脱出が急務であったのだ。
だが、山奥に作られた、賊のアジトである深い洞窟。しっかりと嵌められた頑丈な鉄格子。とてもではないが脱出は難しいーーそう、一人では。そして、状況でも変わらない限りは。
「はじめまして、ディーター」
ーー微笑んで名前を呼んでやる。彼の瞳がますます冷たくなった。
がしゃんと、耳障りな音。鉄格子を思い切り蹴り飛ばした彼が、答えろと凄んだ。
ああ、怖い怖い。
目つきの悪い男に、怒鳴られて暴力を目の前に見せつけられて。
私が本物の9つの子供であれば泣き出しているところだ。
そんなことを思ううちにも、彼の人相はますます悪くなっていく。そろそろ、答えてあげるべきだろう。いつ見張りの男が戻ってこないとも限らないのだし。
ええと、何だっけ。そうそう、私の目的、だったっけ。
それなら、答えは簡単。
「ねぇ、あなた。私を連れて逃げてくださらない?」
私の目的は、これだけなのだから。
素直に答えてあげたのに、彼はちっとも納得していないようだった。
「はっ、そんなことをして俺に何の得がある。
ーー何で俺のことを知ってるかって聞いてるんだよ!!」
がしゃんと、再び鉄格子がなった。
それにしても先程から思い切り足の裏を鉄の棒に叩きつけていますが、この人痛くはないのかしら。
こんなところで怪我を負うのはやめて欲しいのですけど。
「何の得が、と言われれば生き残ることでしょうか。このままだと、ここにいる方みぃんな、皆殺しですもの。
あぁ、それからーーわたくしがあなたを知っているのは、そうねぇ。お告げがあったから、かしら?」
勤めて緊張を見せずに、当たり前のことを告げるように軽やかにそう告げた私の言葉を聞くなり、彼は目を見開いたーー。
良かった、彼は原作通り、世界を呪い荒みきっているが、根本に素朴な善良性と信仰を残した男のようだった。だからこそ彼はヒロインたちの協力者となる。自ら犯した罪の呵責に耐えられずに。
「お告げが…?聖霊様の…?」
目を見開いた彼が、信じられないものを見るように私を凝視する。
ーー世界を守護する神々の僕である精霊。彼らは神々の意思を人に伝える役目も帯びている。
それは時に加護といった形であったり、自然に干渉してみたり、あるいは、ごくごく稀にではあるがお告げーー人の知り得ぬはずの情報を伝えるーーこともある。
例えば、ある村の村長の夢に立った精霊が数日後の豪雨と土砂崩れを警告した。
例えば、とある戦時中の国の王族に語りかけてきた精霊が、敵国の奇襲を伝えた。
そんな話は枚挙にいとまがない。
そう、おとぎ話や経典、民話でも伝えられるような出来事。
もちろん、ディーターだって知っている。
故に、彼が私を見る目が再び変化する。今度は、畏怖と疑いへと。
精霊のお告げを受けた人は、その身を神殿に保護される。一度お告げを受けると、精霊と波長が繋がりやすくなるのか何なのか、その後も精霊たちが接触しお告げをくれる確率が高いのだ。
その身は精霊の声を伝える役として選ばれた伝道師として、生涯を大神殿の篤い庇護のもと暮らすことになる。
そんな特権欲しさ、あるいは注目を集めるため、あるいは思い込みで、お告げを受けたと騙るものも多い。その詐欺で被害を出して仕舞えば重罪となるがーーそうでなければよほどでもない限り大神殿も騙りに関わろうとしない。多すぎてやってられないというのが本当のところだろう。
故に、巷には伝道師を名乗る胡散臭いエセ宗教家も多いのだ。
ディーターが私を見る目が、グラグラと変化していく。
家族の死に気の狂った娘の戯言。あるいはここから逃げ出すための狂言。だが、誰も知らないはずの彼の家族について知っていたのだから本物の可能性もーー。
そんなことを、考え込んでいるのだろう。
「ねぇ、ディーター」
名前を呼んでやれば、何か恐ろしいものから逃れるように、彼が一歩、鉄格子から遠ざかった。そんな彼に、くすくすと声を立てて笑って。
証を立てるように、その名を口に登らせる。
「いくつか、私のいう通りに行動してくださらない?もし私のいう事があっているのなら、私に従いなさい。
そうすれば、いつかマイヤーに復讐させてあげる」
その言葉に、彼の瞳に始めて光が灯った。憤怒と憎悪とーー希望の光。
私は、二つ目の賭けーーディーターの協力を得る事ーーに勝利したことを知った。
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