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転生した少女は悪役を目指す  作者: 利江 凛恵
第ニ章
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第7話

第2部開始しました!

第2部

第1話


ぎぃと、軋んだ音に重なるように、思い足音が岩屋にこだまする。


「なんだよ、もう交代か?」

「ああ、ほらとっとと働いて来い」

野太い声が耳障りだった。


「この後外で見張りなんだよ。寒くて敵わん」

いっそ凍え死んで仕舞えば良いのに。


「ま、こっちも見張りってことは変わりないが座ってられるからな」

「あの薄気味悪いお嬢ちゃんがいなけりゃいうこたないけどな!」

薄気味悪い?お前たちにだけは言われたくないわ、人殺し。


「おいおい、お嬢様がいなけりゃ俺らがここにいる意味もねーだろうよ」

「違いない」

げらげらと、ゲラゲラと。下品な笑いがこだまする。

嫌な男を思い出したじゃないの、腹立たしい。


「それにしたって、こんな狂ったガキに高値なんて本当につくのかねぇ」

そうなってくれないと、計画が初手から躓いちゃうじゃない。


「ばっかお前、お貴族様のお嬢様だぞ?この手でぐちゃぐちゃにしてやりたい奴なんて掃いて捨てるほどいるに決まってんだろ」

「ま、そりゃそうか。見てくれも悪くない、へっ、頭に言われてなきゃ俺が可愛がってやったのによう」

当然だわ。私お母様似だもの。お前なんぞにくれてやるほど安くないけど。


「はっ、お嬢ちゃんがお前の粗末なもんで満足するもんか!」

「何おぅ!っと、そろそろほんとに時間だな」

「おうおう、さっさと行っちまえよ!」

行って、二度と帰って来なければ良いのに。


この牢獄に閉じ込められてどれくらい経ったのだろう。当初は、下級とはいえ貴族の娘が虜囚になっているのが物珍しかったのか、それとも貴族の生殺与奪権を握っていることが嬉しかったのか。

頻繁に私の様子を見に来ていた男たちも、何を言われても何をされてもーーと言っても男たちもこの鉄格子の中には入って来れないし、精々が粗野で下卑びた言葉を投げつけるくらいのものだったがーー反応しない私に飽きたのだろう。

今ではお座なりに見張りを1人立てているだけ。それも、単なる休憩時間と成り下がっている。

勢いをつけて椅子に座った男は、一度だけ私の方をちらりと見て、鼻で笑い。早速酒を飲み始めた。


私が逃げようとするとか、そんなこと考えもしていない無防備さだ。

私の方にも、その気はないんだけど。

幼子の身で、杖も取り上げられてこの牢獄から出るのは不可能。もしも何らかの奇跡でこの牢獄から出られたとして、この先に待つのは数十人よ盗賊たちが根城とし、四六時中うろついている複雑怪奇な洞窟だ。

元々は山肌にポッカリと口を広げていたらしいこの洞窟、中は広く長く、複雑に枝分かれしており、道を知らないものは盗賊たちに殺されなくとも遭難死を遂げるだろう。

ーー万が一、盗賊団の監視をくぐり抜け、出口までたどり着けたとしても。

ここは深い山の中。

幼い子供1人が放り出されて、生きて人里に出ることは不可能だった。

もっとも、生きて人里にたどり着けたって殺されかねない。


壁に据え付けられた揺れる松明の炎が、男の影を岩壁にと写し出す。まるで化け物のようなその形は、この男たちの本質そのもののようだった。


「ーーホルガー父さんは村一番の猟師でした。どんな獲物も、その弓で百発百中です」


「あ?まったはじまりやがった!」

男の足が鉄格子を蹴りつける。がしゃんと、耳が痛くなるほどの大きな音。

それでも、私は話をやめない。


男は大きな舌打ちをして、また1人酒に戻った。


ドーラ母さんの得意料理は豆のスープ。そばかすが可愛いらしい妹のエルマと、やんちゃ盛りで水切りが得意な弟のデニス。

一家は森の近くの小さな集落で、生活は厳しかったが暖かな生活を送っていたーー。

勤めて焦点の定まらない目で、抑揚なく話し続ける。口で言うのは簡単だけど、意外と難しいんだよこれ。それを繰り返すうち、誰もが私を君が悪い、貴族の娘の気が狂ったとみなし、放置するようになった。それも狙いの1つではある、でもそれ以上に。

ーーこれは、撒き餌だ。


森の側の小さな村の、他の家から少し離れた場所にぽつんと建っていた小さな家。今はもうないその場所に暮らしていた仲の良い一家。

そこには、弓矢が得意なホルガー父さんと、豆のスープが得意料理のドーラ母さんと、可愛い妹のエルマと、仲良く遊んだ弟のデニスと。

そして、もう1人。たいそう家族思いの長男がいたのだ。


賭けであったことは否定しない。

でも私に残された生き残る道はこれだけだった。


そして、その夜。


ぎぃと、いつものように軋んで開いた戸の音が、やけに耳に残ったことを覚えている。

「女のメシを持ってきました」


鉄格子の隙間からカビが生え硬くなったパンを投げ入れる男の姿に、賭けに勝ったことを知った。


「おう、もうそんな時間か…俺もメシを取ってくっから、お前ちょいとここ見とけ、ディーター」


そして、本来見張り番であるはずの男が出て行くのも、想定内。

だって、毎日のように繰り返されてきた流れだもの。

もし、今日そうならなくても、まだチャンスは残っていたのだし。


そう、何度でもこの男は私の前に姿を現したはずだ。

鉄格子の前。凍りつくような視線で私を見下ろす男に笑みを返す。


「やっときたのね」

「貴様、なにが目的だ…!」


怒りに満ちた声が、冷たい殺意が心地よくて、思わず笑い声が漏れた。


小さな村の、今はもうない仲の良かった猟師一家。

商人に嵌められ、領主にも見捨てられたその家の長男の名前は、ディーターと言った。

読んでいただき、ありがとうございます!

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